MACROSS-A.D.2048-   作:eisyama

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 裏で色々な物が渦巻く中、ついにネスティーの秘蔵っ子が誕生する。
 果たして、それは悪魔か天使か?


第17話デビル・オブ・エンジェル

 培養液の入ったカプセルの中では、ほんの少し前まではひとかけらだった細胞が今では人型を形成している。

 

「素晴らしい……」

 

 ネスティーはカプセルに右手を置き、上からなぞるように撫でる。

 細胞は、ネスティーの動作に反応するかの様に少しだけ脈を打つ。

 

「これより人格成型プログラムを投入します」

 

 研究員は、端末を操作して人格成型プログラムを細胞へと投入する。

 端末から人格成型プログラムが投入される度に人型細胞は、ビクッと脈を打ちながら反応する。

 

「プログラムの投入は完了しました。後は少しずつ細胞を培養すれば、2~3日で完成すると思います」

 

「わかった」

 

 研究員の説明を聞いたネスティーは、細胞の完成体を想像しながら期待感を高めて、ふと口元を緩ませる。

 

「部屋へ戻る。後の事は頼んだぞ」

 

「かしこまりました」

 

 培養される細胞のカプセルを見つめながらネスティーは、研究室を後にする。

 

 部屋へ戻る途中、長い廊下の窓に試作機YF-23の姿を見掛けたネスティーは、窓からYF-23を見る。

 

(所詮、可変戦闘機には限界が見えてくる。この世に必要なのは、歌とプロトデビルンの力だ)

 

 YF-23をあざ笑うかの様にネスティーは、自身のプロジェクトに絶大な自信を持っていた。

 

 いくら最新の可変戦闘機を開発したとして、所詮は兵器の性能にも限界がある。

 それを思うと歌の力は、まだまだ未知の可能性を秘めている。

 しかも人類を窮地に追い込もうとしたプロトデピルンと組み合わせれば無限大だ。

 

ピリリリリリ……

 

 YF-23を窓から眺めている最中、ネスティーの携帯電話が鳴る。

 

「知らない電話番号だな。誰だ?」

 

 自身も知らない電話番号からの着信に疑問を持ちつつも、ネスティーは電話に出る。

 

『……もしもし』

 

『ネスティー君、私だ』

 

 声の主は、上層部連中の一人で小太りの男、ガーネフだった。

 ガーネフの声を聞くなり、ネスティーの表情は途端に険しくなる。

 

『……何の御用ですか?』

 

 嫌な予感を感じたのか、ネスティーの声のトーンが低くなる。

 嫌な予感を感じると、大体の予想は当たる物である。

 

『今朝の件だが、今からどうかね?』

 

『……わかりました。では、会議室でよろしいですか?』

 

『ああ、構わんよ』

 

『では、後ほど』

 

 電話を切った後、ネスティーは大きな溜め息を吐く。

 

(せっかく信頼できるツテがあったのに……仕方がない、全部キャンセルだ)

 

 ネスティーは、信頼できるツテへキャンセルの電話をしながら会議室へと向かう。

 

「失礼します」

 

 会議室にやって来たネスティーは、部屋をノックして中へと入る。

 

 そこにはガーネフと少女、そして年配夫婦と男性がソファーでお茶を飲みながらくつろいでいた。

 

「おお、待っていたよネスティー君。まあ、こちらに来なさい」

 

 ガーネフは手招きでネスティーに呼び掛け、ネスティーも言われるがままにガーネフの傍へとやって来る。

 

「ネスティー君、紹介しよう。ウチの娘のレナだ。ほら、ちゃんと挨拶しないか」

 

「……レナ・ガーネフです。よろしくお願いします」

 

 父親であるガーネフに急かされて、レナはネスティーに挨拶をする。

 

 茶色の髪色に緩いウェーブを掛けたロングヘアーに青い瞳。

 そして男性を魅了するグラマラスなボディが一番の特徴な女性である。

 パッと見では、とても父親とは似ても似つかぬ容姿だ。

 だが、父親に無理矢理連れてこられたのか、彼女のその態度は、明らかに嫌がっているのは明白だった。

 

「そして、こちらがギャラクシーレコードの新城夫妻と息子の武君だ」

 

「初めまして、ギャラクシーレコードの新城と申します」

 

 ガーネフに紹介をされて新城は、挨拶をした後にスーツの内ポケットから名刺を取り出してネスティーに渡す。

 

「ギャラクシーレコードと言えば、音楽業界最大大手の……」

 

「ああ、その通りだ。しかも、新城さんはグループ結成後にスポンサーになりたいと申し出ている。これほど美味しい話は、無いと思うがねぇ?」

 

 ガーネフは、ネスティーに取り引きを持ち掛けて、いやらしく微笑む。

 

「紹介が遅れましたな。こちらが息子の武です」

 

「新城 武です。よろしくお願いします」

 

 新城に紹介されて、息子の武がネスティーに挨拶をする。

 礼儀正しくも、少し野性的な顔つきが特徴の少年だった。

 

「ネスティー君、悪い話ではない。この計画が上手く行って昇進すれば、君の父であるバートン大佐もお喜びになるだろう。くれぐれも私に恥を掻かせるような事はしないでくれよ」

 

 ガーネフの目つきは、間違い無くネスティーを抑制させるような目つきだった。

 

「……分かりました。引き受けましょう」

 

 ガーネフの抑制する目つきに負けたのか、ネスティーはレナと武を引き受ける事を承諾する。

 

 ネスティーの承諾にガーネフと新城一家は喜びに湧く。

 

「さすがネスティー君。君なら引き受けてくれると思ったよ」

 

 ガーネフは、ネスティーの右肩に手を置く。

 

「……ただし、一つ条件があります」

 

 ネスティーの言葉に周りは、一瞬にして静まり返る。

 

「何だね、条件とは? 金かね? それとも地位かね?」

 

 面倒な事を手っ取り早く取り引きを終わらせようと目論むガーネフは、ネスティーに条件を聞きだす。

 

「違います。即戦力になってもらう為、HEXAGRAMがデビューする前に戦闘訓練をして頂きます」

 

「な!?」

 

 ネスティーの条件に周りは、思わず言葉を詰まらせる。

 

「何を言っているんだね! ワシの可愛い愛娘を殺す気かね!」

 

「私の可愛い武ちゃんに何をさせる気なの!」

 

 ネスティーの条件にガーネフと武の母親は、ネスティーに抗議を申し入れる。

 

「ガーネフ大佐」

 

「な、何かね?」

 

「あなたは、私のプレゼンテーションをちゃんと聞いていましたか?」

 

「あ、当たり前だろう」

 

 ネスティーの問い掛けにガーネフは、うろたえつつも応える。

 

「では、HEXAGRAMが芸能活動もしつつ戦場で歌う事もご存知ですよね?」

 

「う、うう……」

 

 ネスティーの力強い問い掛けにガーネフは、額から冷や汗を流す。

 ネスティーのプレゼン自体を殆ど聞かずにいた為、自信を持って返事が出来なかった。

 

「ガーネフ大佐、話が違うではないか!」

 

 ネスティーの条件を聞いた新城は、ガーネフを問いただす。

 

「い、いや……それは、その」

 

 新城の質問にガーネフは、ますますうろたえる。

 

「な、なあ、ネスティー君。せめて二人を戦場に出さないように出来んのかね?」

 

 今まで高圧的な態度だったガーネフが、急に牙の抜けたライオンの如くネスティーに対して下手に出る。

 

「残念ながら、それは無理です」

 

 ガーネフの願いは、ネスティーにあっさりと一蹴される。

 今まで自分の話を真面目に聞こうとしなかったガーネフへの、ネスティーなりのささやかな復讐だったのは、言うまでもない。

 

「ネスティー君、何とかしろ!」

 

 ガーネフは感情的になり、思わずネスティーの襟首を掴んで詰め寄る。

 

「止めてよ、パパ。みっともない!」

 

 ガーネフの態度を見かねたのか、レナが大声を出す。

 そして、レナは、そのままネスティーの前へと歩み寄る。

 

「その戦闘訓練と言うのを受ければ良いんでしょ?」

 

「ああ。それと、歌やダンスのレッスンもだ」

 

「わかったわ」

 

「レナ!」

 

 自分を無視して勝手に決めるレナをガーネフは一喝する。

 

「パパは黙ってて! これは、私が決めた事なんだから」

 

 しかし、レナの強い信念にガーネフは、思わず身体をちぢこませてしまう。

 

「武君は、どうしますか?」

 

 自分の信念を突き通す姿を見せるレナに対して、ネスティーは武に視線を向ける。

 

「ここで引き下がったらカッコ悪いから、僕もやりますよ」

 

「武!」

 

 武の決意に新城夫妻は、驚きの声を挙げる。

 

「バカな事は止めんか!」

 

「そうよ、武ちゃんにもしもの事があったら……」

 

「父さんも母さんも、いい加減にしてくれよ!」

 

 いつまでも子離れが出来ない両親に武はイラつき、思わず感情的になる。

 感情的になる武に新城夫妻は、そのまま口を閉ざす。

 

「これじゃあ、あのレナって娘にも笑われるだろ」

 

 武の後ろでは、レナが微妙に小馬鹿にした感じで笑いを堪えていた。

 それは、まるで「親離れできない子供」と言わんばかりの表情だった。

 ネスティー自身も、レナと同じ心情だったのかも知れない。

 

「わかった。じゃあ、6日間後に歌とダンスの面接をするから、歌用のデモテープを用意しておいてくれ」

 

「わかったわ」

 

「わかりました」

 

 ネスティーの説明を受けてレナと武は頷く。

 

「では、話は纏まりましたので、私はこれで失礼します」

 

 黙り込むガーネフと新城夫妻をよそにネスティーは、そのまま会議室を後にする。

 

 それから3日後。

 研究室からネスティーに通信が入り、ネスティーは研究室へと急ぐ。

 

「お、おお……」

 

 培養液の入ったカプセルには、10代半ばの少女が眠っている。

 紺色のセミロングの髪、少し幼い感じが残る顔つきと体型が特徴的だった。

 細胞の切れ端を培養してから約1ヶ月近く。

 その切れ端が今では、少女の体型を形成している。

 

「培養液の排出を行います」

 

「やってくれ」

 

 カプセルから培養液が抜かれ、カプセルの中から少女がゆっくりと出てくる。

 全裸のまま立つ少女にネスティーは、自分の着ている上着を脱いで少女に掛けて顔を確認する。

 

「名前は言えるか?」

 

「メ……グミ……アク……セ……ラ」

 

 少女は、片言の言葉で自分の名前をネスティーに言う。

 

「そうだ。お前の名前だ」

 

 ネスティーは、メグミの頭を優しく撫でる。

 

「ネスティー大尉、少しお話が」

 

 女性研究員がネスティーに声を掛ける。

 

「どうした?」

 

「一応、培養自体は成功しましたが、まだなにぶん組織細胞の構築が不完全な部分がありまして。もし、彼女に何らかの異変が起きた場合は、この薬の投与をお願いします」

 

 女性研究員は、白衣からカプセル薬を取り出してネスティーに渡す。

 

「わかった。この薬の増産を頼んだぞ」

 

「わかりました」

 

 薬を受け取ったネスティーは、メグミの方に視線を向ける。

 メグミは状況が分かっていないのか、辺りをキョロキョロと物珍しそうに見回していた。

 

「後の事は私がやっておく。みんな、ご苦労だったな」

 

 研究員に労いの言葉を掛けてネスティーは、メグミを連れて研究室を出る。

 

 自室へ戻る間もメグミは、辺りをキョロキョロと見まわしたり、ネスティーに笑顔を見せていた。

 そんなメグミにネスティーは、ふと笑顔を見せる。

 

 自室へ戻ったネスティーは、メグミを着替えさせた後、色々な端末が並ぶ仕事部屋へとメグミを連れていく。

 

「そこに腰掛けてくれ」

 

 部屋に置かれたシートに座らせたネスティーは、メグミの頭に装置を被せる。

 そして、端末を操作して人間に必要な知識等を直接脳にインプットさせる。

 

「インプット完了まで12時間か……」

 

 ネスティーは、メグミへの知識プログラム投入が完了するまでの間、資料を読み返す等をして過ごしていた。

 

「う……う、うああぁぁぁ!」

 

 知識プログラム投入から約10時間が経過した時、メグミのいる部屋から叫び声が響く。

 

「どうした!?」

 

 叫び声を聞いたネスティーは、急いでメグミのいる部屋へと向かう。

 

 ネスティーが部屋に入ると、メグミの皮膚は組織崩壊を起こして変色し始めており、組織崩壊の痛みにメグミは、大きな悲鳴を挙げていた。

 

 

「一応、培養自体は成功しましたが、まだなにぶん組織細胞の構築が不完全な部分がありまして。もし、彼女に何らかの異変が起きた場合は、この薬の投与をお願いします」

 

 

「まさか、コレの事か」

 

 女性研究員の言葉を思い出したネスティーは、貰ったカプセル薬をポケットから取り出して、急いでメグミの口へと投薬する。

 

 カプセル薬をメグミに投与してから数分後、組織崩壊を起こして変色していた皮膚も元に戻り、メグミも痛みから解放されたのか落ち着きを取り戻す。

 

「やれやれ……計画通りには行かないな。これから先が思いやられる」

 

 メグミを見ながらネスティーは溜め息を吐く。

 せっかく培養して完成させたものの、組織崩壊が起こる様では元も子もない為、早急に対策を講じなければならない。

 とは言え、今のネスティーの頭の中は、メグミの最終調整を行う事が最優先事項だった。

 

 やがてメグミへの知識プログラム投入も完了し、ネスティーは色々とテストを行う。

 プロトデビルンの細胞の影響は大きく、10代女性の平均値を大きく上回るほどの身体能力を叩き出した。

 

「素晴らしい……私の予想以上の結果だ」

 

 メグミのデータを参照しながらネスティーは、目を大きく見開き感心する。

 どのデータも高い水準を叩き出し、想像以上の結果にネスティーは、満足していた。

 その隣でメグミは、虚ろな目をしたまま座っている。

 

「凄いじゃないか、偉いぞ」

 

 ネスティーは、メグミの頭を優しく撫でる。

 

「スピリチア……」

 

 虚ろな目をしたままメグミは、ボソッと呟く。

 

「?」

 

「スピリチアが……欲しい」

 

「何だ、スピリチアと言うのは?」

 

 スピリチアと言う物を求めて、メグミはフラフラと歩きながら部屋を出ようとする。

 

「待つんだ、メグミ!」

 

 フラフラと外に出ようとするメグミをネスティーは、急いで止める。

 

「メグミ、どうしたんだ!」

 

 ネスティーの呼び掛けにもメグミは、全く動じなかった。

 

ピンポーン

 

『ネスティー大尉、資料をお持ちしました』

 

 部屋のチャイムが鳴り、部屋の外から声が聞こえる。

 モニターには、資料の入った封筒を持っている士官の姿が見える。

 

「入ってくれ」

 

 ネスティーは、部屋のドアを開けて士官を中に入れる。

 

「失礼します。おや? 可愛らしいお嬢さんですね」

 

 メグミの存在に気付いたのか、士官は笑顔を見せる。

 

「スピリチアァァァァ!」

 

「う、うわああぁぁぁぁ!」

 

 突如メグミは士官に飛びかかり、身体を青白く発光させる。

 発光体は士官を包み込むと、士官の身体から粒子となったエネルギーをどんどん吸収していく。

 

 メグミの突然の行動にネスティーは恐怖感からか、その場から動けなかった。

 無論、目の前で起こっている事も理解すら出来なかった。

 

 最初は抵抗していた士官も粒子エネルギーを吸収されたのか、徐々に大人しくなっていき、やがて虚ろな目をして動かなくなる。

 

「……スピリチア、美味しい」

 

 士官から粒子エネルギーを吸い取って満足したのか、メグミは元気を取り戻す。

 

「お、おい……しっかりしろ。おい、おい!」

 

 ふと我に返ったネスティーは、倒れている士官に声を掛ける。

 しかし、士官はネスティーの呼び掛けに反応をする気配はなかった。

 

「!? い、息はしている。で、でも全然動かないぞ」

 

 息をしたまま動かない士官を見てたネスティーは、思わず息を飲みこむ。

 そして、身体が急に震えだして動けなくなる。

 

「ま、マズい……と、とにかく救護班を呼ばないと」

 

 状況を理解したネスティーは、急いで 救護班に連絡を入れる。

 救護班に連絡を入れた後もネスティーは、恐ろしい光景を見た恐怖感からか、身体が竦んで動けなかった。

 

 数分後、連絡を受けた救護班がネスティーの部屋へとやってくる。

 

「と、突然、か、彼が私の部屋で倒れたんだ。い、急いで医務室へ運んでくれ」

 

 ネスティーは、しどろもどろに救護班へ状況を説明し、士官を医務室へと運ばせた。

 メグミの行動を説明したかったが、説明をしても誰も信用してくれないだろうし、逆に自分に疑いが掛けられてしまうと思うと、下手に言わないのは正解だと思った。

 

 事の状況を見たネスティーは、急いで自分の仕事部屋へと戻って、メグミが入って来ない様に部屋の鍵を掛ける。

 そして、父親であるバートンへと連絡を入れる。

 

『ネスティーか、父さんは忙し……』

 

『どう言う事だよ、父さん!』

 

 バートンの言葉を遮り、ネスティーは興奮状態で問い詰める。

 

『どうしたんだ、そんなに興奮して?』

 

『父さんから貰った細胞を培養して作った人工生命体だけど、突然人を襲って生体エネルギーを吸い出したんだよ!』

 

『プロトデビルンは、スピリチアと言う生体エネルギーを主食にする生物だぞ。知らなかったのか?』

 

『……は?』

 

 バートンの説明にネスティーは、しばらく呆気に取られる。

 ネスティー自身、プロトデビルンの生態系や知識等は全く聞いてはいなかった。

 

『……そんなの初めて聞いたよ!』

 

 そして、我に返ったネスティーは、机を激しく叩きながらバートンンにツッコミを入れる。

 

『とりあえず、どうすればいいのさ? このままじゃ、今度は僕がやられる番だ』

 

 ネスティーは、次は自分が狙われる事に恐怖感を覚えて身体をガタガタと震わせる。

 

『とりあえず、今から音楽データを送るから、それを聴かせるんだ。プロトデビルンにはコレが一番の対応策だからな。じゃあ、後は頼んだぞ』

 

 バートンからの通信が切れると共に音楽データファイルが端末に送られてくる。

 

「この曲は……FIRE BOMBER……って、サウンドフォースの曲か」

 

 ネスティーは、端末から音楽データを抜き取ってステレオにデータを移す。

 そして、仕事部屋の鍵を開けて、ゆっくりと扉から頭を出して辺りを見回す。

 

 相変わらずメグミは、部屋の中をキョロキョロと見回していた。

 

「メ、メグミ」

 

「どうしましたか?」

 

「ちょ、ちょっとこっちに来なさい」

 

 ネスティーは、恐る恐るメグミを仕事部屋に呼ぶ。

 そして、メグミが部屋に来たのを確認したネスティーは、送られてきた音楽を再生する。

 

―さあ、始まるぜ Saturday Night

調子はどうだい

 

 ステレオからFIRE BOMBERの曲が流れる。

 

「全く、こんなくだらない曲が本当に効くのか?」

 

 ネスティーは、しかめっ面になりながらもメグミの様子を見る。

 

 一方のメグミは、FIRE BOMBERの曲に聴き入り、青白い発光体を出していた。

 それを見たネスティーは、今度は自分が襲われると思ったのか、大型端末の陰に急いで隠れてメグミの様子を見る。

 

「アニマ……スピリチア」

 

 メグミは、FIRE BOMBERの曲を聴く事で、どんどん元気になっていく。

 

「ゾクゾクする……こんなの初めて」

 

 メグミの表情が徐々に赤みを帯びていく。

 

「いったい、どうなっているんだ? しかし、これは凄いぞ」

 

 メグミが音楽を夢中になって聴いている間にネスティーは、近くに置かれた端末を手に取り、メグミについての分析データを端末に打ち込んでいく。

 

1:身体能力は10代女性の平均値を大きく上回る

 

2:約10時間毎にカプセル薬を投与しないと組織崩壊を起こす

 

3:プロトデビルンはスピリチアと呼ばれる生命エネルギーを主食とする

 

4:なお、FIRE BOMBERの曲を聴かせる事でスピリチアを補給できるらしい……?

 

「現段階で判明しているのは、こんな感じか……ふう」

 

 端末にデータを打ち込み終わり、ネスティーは大型端末の陰からメグミの様子を伺う。

 先ほどの青白い発光体は放出されず、メグミは普通に音楽を聴いていた。

 

「メ、メグミ……も、もう大丈夫なのか?」

 

 ネスティーは、大型端末の陰に隠れつつ恐る恐るメグミに声を掛ける。

 

「はい、もう大丈夫です。ご心配をお掛けしました」

 

 ネスティーの心配をよそにメグミは、元気いっぱいの笑顔で応える。

 その様子を見たネスティーは、ホッと胸をなで下ろしていた。

 

 しばらくメグミは、組織崩壊を止める投薬とFIRE BOMBERの曲を聴かせる事によるスピリチア回復を行う事で日常生活を送り、ネスティーもそれに安心したのか、仕事に打ち込む事が出来た。

 

 やがて数日が過ぎ、二次面接の日がやってくる。

 

 一次面接を合格したフェイル、アンジェイ、弥生に加えてガーネフ大佐の愛娘レナと新城夫妻の息子である武、そしてメグミが面接を受ける事になる。

 

 ただし、デビュー期間の関係等で新たに人員を募集する時間が無い為、この面接者は、ほぼ合格と言っても変わりはない。

 

 面接会場はシティ8内の大会議室で行われる事になり、会場へやってきたアンナとマイルズは会議室へと入る。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます。アンナ艦長、マイルズ市長」

 

 会議室では、ネスティーとメグミが会場のセッティングしている所だった。

 

「あら、その子は?」

 

 アンナは、ネスティーと共に会場のセッティングをしている少女の存在に気付く。

 

「この子は、私の姪です。今日のオーディションを特別に受けさせます」

 

「初めまして、メグミ・アクセラです。よろしくお願いします」

 

 メグミは、二人に頭を下げて笑顔で挨拶をする。

 

「ふふ、可愛らしい子ね」

 

 笑顔で挨拶をするメグミを見たアンナは、微笑ましい気分になる。

 

「ネスティー君、彼女に内容説明は?」

 

「もちろん、説明を聞いて了承済みです」

 

「そうか……」

 

 マイルズは、あどけない少女が戦場へ出る事に憤りを感じていた。

 見た感じ最年少であるメグミを戦場へ送り出し、その戦火の中で歌う恐怖感を彼女は理解出来るのだろうか?

 未だにマイルズは、市民を戦場の中で歌わせる事には反対だった。

 しかし、リン・ミンメイの歌が戦争を解決出来た一つの方法として、マイルズは静観する事にしていた。

 

「そうそう、他にガーネフ大佐のご令嬢とギャラクシーレコード社長の御子息も面接を受けますよ」

 

「あらあら、随分と豪華ね」

 

 有名な方の子供達も参加される事を聞いたアンナは、少しだけ驚く。

 

 やがてメグミを除く四人も会場に集まり、面接が始まる。

 

 面接のトップバッターは、レナからだった。

 

「さて、面接に入る前に君の経歴を色々と見せてもらったよ」

 

 ネスティーはレナの経歴書を手に取る。

 

「そ、そう」

 

 自分の経歴書を見せびらかすネスティーにレナの表情が引きつる。

 

「芸能界に入る為にガーネフ大佐のコネを使ったまでは良かったが、殆ど売れないままで現在は開店休業状態って事もね」

 

 ネスティーは、嫌みったらしい口調と目つきでレナを見る。

 

「ネスティー君!」

 

 ネスティーの態度を見兼ねたマイルズは、思わずネスティーを抑制する。

 

「あなた、ケンカを売ってるの?」

 

「事実を言ったまでさ」

 

 レナの言葉に対しても、ネスティーは強気な態度を見せる。

 そんなネスティーの態度にレナは、拳を強く握り締めて肩をプルプルと震わせる。

 

「とりあえず、歌かダンスを見せてもらおうか」

 

「いいわ」

 

 レナはデモテープをスタッフに渡して、曲を再生させる。

 

「聴いてもらうわ、愛は流れる」

 

 レナは、ネスティーの挑発で荒れた心を落ち着かせて歌い始める。

 

―時は流れる 愛は流れる……

 

 先ほどまでネスティーに食って掛かっていた態度とは裏腹に、優しく透き通るような声が部屋全体に響き渡る。

 

「綺麗な声ね」

 

 レナの歌を聴き終えたアンナは、レナの歌声の余韻に酔いしれていた。

 

「ありがとうございます」

 

 アンナの率直な感想にレナは、頭を下げる。

 

「続いてダンスをお願いするよ」

 

「クラシックバレエになるけど良いかしら?」

 

「構わない」

 

 相変わらずのネスティーの態度にレナは、内心苛立ちつつも音楽に合わせて踊る。

 ステップも軽やかに動き、そして、ストイックながらも綺麗な動きで踊るレナ。

 そんな華麗で優雅な動きにアンナとマイルズは、思わず魅入っていた。

 

「いやあ、素晴らしい」

 

 踊り終えたレナをマイルズは、拍手で讃える。

 

「本当ね。小さい頃からしていたのかしら?」

 

「はい、幼少の頃から……これでも、銀河クラシックバレエグランプリを3回は取っています」

 

 アンナの質問にレナは照れながら質問に答えつつも、さり気なく自慢を入れていた。

 

「なるほど、実力はよくわかった。後は、実戦の恐怖に耐えれるようにしておいてくれ。以上だ」

 

 ネスティーは、特に誉める事も無く忠告をするだけだった。

 

「では、失礼します。本日は、ありがとうございました」

 

 ネスティーの忠告を軽く受け止め、レナは三人に頭を下げて部屋を後にする。

 

「ネスティー君、あまり人を感情的にさせる様な言動は慎みたまえ」

 

 先程のレナに対してのネスティーの態度にマイルズは注意を促す。

 

「お言葉を返す様で申し訳ないですが、あれくらいで感情的になる様では、芸能界ならびにHEXAGRAMでは上手くやっていけないと、私は思います」

 

 少し煽られた程度で感情的になっていては、戦場では命取りになる事もネスティーは考慮していた。

 

 レナと入れ替わりで次に部屋に入ってきたのは武だった。

 

「さて、レナさんと同様に君の経歴を見させてもらったよ」

 

「そうですか」

 

 レナと違い武は、表情をあまり変えなかった。

 

「演歌界の大御所であり、ギャラクシーレコード社長の新城幸一郎を父に持ち、鳴り物入りで芸能界に入ったは良いが、親の七光りで泣かず飛ばず……か」

 

「それが何か? それより歌とダンスでしたね」

 

 ネスティーの話にも武は、感情的になる事は無かった。

 

「ああ、お願いするよ」

 

「わかりました」

 

 武はスタッフにデモテープを渡して準備をする。

 

「突撃ラブハート、行きます」

 

―LET'S GO つきぬけようぜ 夢でみた夜明けへ……

 

 野性的な雰囲気を持つ武らしい選曲で、かつ声もパワー溢れる声だった。

 

 しかし、武の歌い方をよく聴くと、所々で音を外した歌い方をしていた。

 

「ストップ! 中止だ」

 

「え?」

 

「中止だ。曲を止めてくれ」

 

 ネスティーは、スタッフに曲の再生を止めさせる。

 

「!? いきなり曲を止めて、何のつもりだ!」

 

 突然曲を止められて、気分良く歌っていた武はネスティーに抗議する。

 

「なあ武君。君は、自分の歌った歌を聴いた事はあるかい?」

 

「いえ、全然。そもそも聴いた事すらありません」

 

 自信満々に答える武にネスティーは、深い溜め息を吐く。

 

「君の歌い方……音が所々、外れている」

 

「はあ? 何言っているんですか? あなたは耳がおかしいんじゃありませんか? 周りは歌が上手いと言ってくれて……」

 

「武君。周りの人が褒めてくれているのは、社交辞令だって気付きなさい。残念ながら、君の歌唱力は幼稚園児並み……いや、幼稚園児の方が上手いかな? そう思いませんか?」

 

 ネスティーは、思わずマイルズとアンナに問い掛ける。

 突然の問い掛けに二人は苦笑いしか出来なかった。

 

「な!?」

 

 ネスティー達に現実を叩き付けられて、武は思わず身体が固まる。

 

「……」

 

 幼い頃から周りに殆ど否定をされなかった武にとって、ネスティーの言葉は、かなり精神的に傷ついたらしく放心状態になっていた。

 

「次はダンスを見せてくれ」

 

 放心状態になっている武にネスティーは、ダンスを踊るように指示を促す。

 

 しかし、ネスティーの言葉を引きずっているのか、武は未だに放心状態になっていた。

 

「もういい、次の人を入れてくれ」

 

 何もせずに立ち尽くす武をよそに次の面接者の弥生が部屋に入る。

 

「失礼しま……あの……この人、何してるの?」

 

 部屋に入るなり立ち尽くす武を見た弥生は、武に指を指して問い掛ける。

 

「気にしなくていい。じゃあ、早速だが歌とダンスをお願いする」

 

「はーい」

 

 弥生は、スタッフにデモテープを渡して準備する。

 

「MY FRIENDSいきまーす!」

 

 元気よく手を挙げて、弥生は歌い出す。

 

―恋をするように 目を重ねれば Kiss……

 

 弥生の明るい歌声は、聴いている者を元気にさせるような感じだった。

 

 マイルズは弥生の歌声を聴き、リズムに合わせて軽く首を振っていた。

 やがて、歌を歌い終えた弥生は、ネスティー達に一礼をする。

 

「いやあ、元気な歌声だね。レナさんとは、また違った素晴らしさだよ」

 

 マイルズは拍手をしながら頷き、弥生の歌を評価する。

 

「そうね、私もそう思うわ」

 

 アンナとマイルズは、お互いに顔を合わせて微笑む。

 

「続いてダンスを見せてくれ」

 

「はいはーい」

 

 BGMが流れ、弥生はステップを踏みながら軽やかに踊り出す。

 軽快な動きを見せる弥生を三人は、じっと見つめる。

 

 軽やかにステップを踏みつつも、躍動感とキレのあるダンスを弥生は踊る。

 例えるならレナがクラシックバレエによる静の動きなら、弥生は動の動きだ。

 しかも、そこそこ激しい動きがある物の弥生は呼吸が乱れている様子も無かった。

 

「なかなか良い動きだったよ」

 

「私も見ていて、動きが凄いと思ったわ」

 

 踊り終えた弥生を見たマイルズとアンナは、率直な感想を述べる。

 

「ありがとうございます」

 

 踊り終えた弥生は、三人に一礼する。

 

「歌もダンスも、まあ良かったよ」

 

 二人とは対照的にネスティーは、感情を表に出さずに弥生を誉める。

 

「誉めるなら素直に誉めてよね」

 

 感情を出さずに誉めるネスティーの態度に弥生は、不満そうな表情を見せる。

 

「とりあえず、今度は実戦でも活躍できるようにしておいてくれ。お疲れ様」

 

「はいはい、ありがとうございました」

 

 三人に一礼して、弥生は部屋を後にする。

 

 次に部屋に入ったのは、巨体が特徴的なアンジェイだった。

 

「えーと、彼は?」

 

 弥生と同様にアンジェイも棒立ちする武に指を指して問い掛ける。

 

「彼の事は気にしなくていい。とりあえず、歌とダンスを見せてくれ」

 

 弥生と同様にネスティーは、アンジェイにも歌とダンスを指示する。

 

「あ、あの……」

 

 ネスティーの指示に急にアンジェイは、どもったような声を出す。

 

「どうした?」

 

「じ、実は俺……歌は、ニガテなんです」

 

「な、何だって!」

 

 アンジェイが歌えないと分かった瞬間、ネスティーは思わず感情的になって席を立つ。

 

「いや……あの……アイドルグループでも、その……ダンスメインの人がいるじゃないですか。俺、それに憧れてて……」

 

 巨体とは裏腹にアンジェイは、ごもごもと身体を縮こませながらネスティーに説明をする。

 

「……君、募集要項を読んだか?」

 

「は、はあ……まあ」

 

 ネスティーは、感情を露わにしながらアンジェイに問い掛ける。

 そんなネスティーを見兼ねたのか、アンナとマイルズは必死に抑える。

 

「まあまあ、ネスティー大尉も落ち着いて。せっかくここまで来たんだから、受けさせてあげましょう」

 

「……」

 

 必死に宥めるアンナを前にネスティーは、不機嫌な表情をしながらも席に座る。

 

「まあ、いいでしょう。とりあえず、ダンスを見せてくれ」

 

「は、はい!」

 

 アンジェイは、意気揚々に応えて準備する。

 

 BGMが流れてアンジェイは、軽くステップを踏みながら 踊り始める。

 

 その巨体からは想像できないくらいの軽やかなステップと力強い動き。

 そして、アクロバティックな動きを三人に見せる。

 

「……いやあ、凄いなぁ」

 

 アンジェイのアクロバティックなダンスにマイルズは圧倒されていた。

 

「俺、前にストリートダンスをしていたんですよ」

 

 褒め称えるマイルズにアンジェイは、少し自信あり気に話す。

 

「そうなの、とても素晴らしいわ。ねえ、ネスティー大尉。彼の歌は、レッスンで何とかならないかしら?」

 

 アンナの要望にネスティーは、黙ってアンジェイを見る。

 

「……仕方がない。時間も他に人材が無いから、一応は合格だ」

 

「本当ですか? ありがとうございます!」

 

 ネスティーから合格の言葉を聞き、アンジェイは満面の笑みを浮かべて一礼する。

 

「良かったわね、アンジェイさん」

 

「はい!」

 

「とりあえず、ちゃんと歌えるようにする事と実戦での恐怖感に耐えれるようにしてくれ。じゃあ、お疲れ様」

 

「了解しました! では、失礼いたします」

 

 アンジェイは、敬礼をして部屋を後にする。

 

 アンジェイと入れ替わり、メグミが部屋に入る。

 

「失礼します」

 

「とりあえず、そこの彼は気にしないでくれ」

 

 メグミが問い掛ける前にネスティーは、先にツッコミを入れておく。

 

「は、はい」

 

 ネスティーのツッコミにメグミは、少し苦笑いする。

 

「ネスティー大尉の姪っ子さんでしたよね?」

 

「え? ええ……まあ」

 

 アンナの質問にネスティーは、しどろもどろしながら応える。

 実際は親族でもなく人造人間である為、ボロが出ない様にネスティーは、必死に誤魔化す。

 

「とりあえず、始めましょう」

 

 話が長引くとボロが出ると感じたネスティーは、すぐに面接を始める。

 

「じゃあ、歌とダンスを頼むよ」

 

「はい、わかりました」

 

 メグミは、スタッフにデモテープを渡す。

 

「曲はSUNSET BEACHです」

 

 曲が流れ始め、メグミは歌い出す。

 

―連れなく歩く あなたの後を……

 

 可愛らしい声で歌うメグミにネスティーは、少しにやけた表情をする。

 

「姪っ子さん、可愛らしい歌声ですね」

 

「え? ええ……」

 

「彼女、本当に覚悟を……」

 

「ええ、決めています」

 

 マイルズに話し掛けられてネスティーは、少しにやけた表情を元に戻す。

 

 歌い終えたメグミは、一礼をする。

 

「可愛らしい歌声だね。これはファンも増えそうだ」

 

 マイルズは、可愛らしい歌声を聞いて少しにやけながら話す。

 デレデレするマイルズを見たアンナは、膨れっ面をしながらマイルズの右足を踏む。

 

「いたっ、いたたた!」

 

「あら、ごめんなさい」

 

 アンナは、しれっとマイルズに謝る。

 

「次は、ダンスを頼むよ」

 

「はーい!」

 

 メグミは元気な声で応え、BGMに合わせてステップを踏む。

 そして、BGMに合わせてバク転をした後、一気に三回転宙返りを決める。

 

 メグミの運動神経を見たアンナとマイルズは、思わず目を丸くする。

 

「いや、これは凄いなぁ……」

 

「ええ……本当ね」

 

 その後もメグミは、ブレイクダンスや4連続でバク転を決めたりと、とても10代の少女とは思えないくらいの運動能力をアンナとマイルズに見せ付ける。

 

 メグミが踊り終えて一礼をした後もアンナとマイルズは、まだ呆けた表情をしていた。

 

「いやいや、これは驚いたなぁ」

 

「ええ……メグミさん、凄い運動神経ね」

 

「ありがとうございます」

 

「なかなかだったぞ、メグミ」

 

 珍しくネスティーが笑顔を見せてメグミを誉める。

 

「メグミ、後ほど連絡をするから、先に私の部屋へ戻りなさい」

 

「はい、失礼します」

 

 ネスティーに諭されて、メグミは部屋へと戻る。

 

「ネスティー君。彼女、凄いね」

 

「いやいや、それほどでも」

 

 マイルズにメグミを誉められ、ネスティーは自分の娘が誉められているかのように笑顔を見せて喜ぶ。

 あまり笑顔を見せないネスティーを見たアンナは、普段の冷静なネスティーを見ている故に、彼も人としての感情を持っている事を改めて感じていた。

 

「彼女は、何かをやってらしたのかしら?」

 

「いえ、特に。恐らく彼女の生まれ持った才能ですよ」

 

「それでも凄いなぁ」

 

 なかなか出そうもない逸材を見たマイルズは、メグミに対してえらく感心を見せていた。

 

「……そろそろ、入っていいか?」

 

 ドアを半開きにしたまま、身を半分乗り出した状態のフェイルが話し掛ける。

 

「ああ、すまないね。入りなさい」

 

 ネスティーの了解を得て、フェイルは部屋へと入る。

 立ち尽くしたままの武を見る事も無く素通りしたフェイルは、ネスティー達の前までやってくる。

 

「じゃあ、早速だが歌とダンスを……」

 

「悪いが、俺はダンスは踊る気は無い」

 

 ネスティーの話を遮り、フェイルは踊らない事を表明する。

 

「いいか、募集要項は……」

 

「俺は歌が歌いたい。ただ、それだけだ。それに歌で銀河を救うんだろ?」

 

 再びネスティーの話を遮り、フェイルは話し続ける。

 

「確かに君の言う通りだ。だが、普段は芸能活動も行うんだ。ただ突っ立って歌うアイドルグループなんて殆ど無いだろう」

 

「……フン。ならバンドグループを募集すれば……」

 

「バンドグループだと応募者のパイが狭くなるだろう。それに、このプロジェクトは全員の歌エネルギーが重要だ。それも10代~20代の男女の異なった歌エネルギーがね」

 

 HEXAGRAMは男女混成グループを主軸にしている。

 男性、女性、そして年齢により、それぞれの声質は異なり、それが合わさる事で歌の力であるエネルギーは強くなる。

 父親が提案したアイドルグループは、思った程の成果が成し得なかった故にネスティーは、それを教訓として戦場でも恐れずに歌える人材が必要だった。

 

「……だが、俺はダンスがニガテだ」

 

「さっきのアンジェイ君も歌がニガテだと言っていた。だから、後で戦闘訓練以外に歌の特訓もさせる。だから、君もダンスの特訓をさせるから覚えておきなさい」

 

「……」

 

 ネスティーの説明にフェイルは、少しだけ納得したのか黙り込む。

 

「それに……歌で見返したいんだろう?」

 

 ネスティーの言葉にフェイルは、ハッとした表情をする。

 ネスティーの言葉で、どうやら自身が歌う目的を思い出したようだ。

 

「……ああ」

 

「なら、ダンスも頑張れ」

 

「……わかった。極力、努力する」

 

 ネスティーの説得に納得したのか、フェイルは頷く。

 

「じゃあ、歌を聴かせて貰おうか」

 

「ああ」

 

 フェイルは、スタッフにデモテープを渡す。

 

「聴いてくれ……MY SOUL FOR YOU」

 

 フェイルは背中に背負っていたギターを構えて、デモテープの曲に合わせてギターも弾き始める。

 デモテープの曲は、自分でミキシングをしたのか、敢えてギター部分だけが抜かれていた。

 

 自分で楽器を演奏し、自分で歌おうとするフェイルの姿勢にアンナとマイルズは、フェイルの音楽への情熱に関心を向けていた。

 その一方で、ネスティーは、特に関心を寄せている様子は殆ど見られなかった。

 

―お前が風になるなら 果てしない空になりたい……

 

 フェイルの歌声は、悲しく切ないが、その声の中に秘めた熱さが聴く者に徐々に伝わっていく。

 

 アンナとマイルズがフェイルの歌に聴き入っている中、ネスティーも目を閉じてフェイルの歌を聴いていた。




次回予告

 戦闘訓練、レッスン、様々な苦難を乗り越えた六人の男女は、ついにマクロス8船団よりデビューする。

次回「HEXAGRAM」

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