『バルチャー1よりハルカブリッジ』
ブロウニングからハルカへ移動をしてドルチェフは、ハルカに通信を入れる。
『こちらハルカブリッジ』
『これよりイーグル隊が貴艦の護衛に廻る』
『了解』
ハルカとの通信を終えてイーグル隊は、ハルカの護衛に就く。
『た……隊長』
ハルカの護衛に就いた途端にタクヤがドルチェフに通信を入れる。
しかし、その表情は青ざめていた。
『どうした?』
『ト……ト、トトトトイ……レ……』
『何だと!?』
『も、もう……が……ガガガガマンで……でき、できねぇ……』
青ざめた表情でトイレを訴えかけるタクヤにドルチェフは呆れた表情をする。
なんとかトイレを我慢しようとタクヤは、必死の形相を見せたりキャノピーを叩いたりするが、その行為が尚更ドルチェフを呆れさせていた。
『タクヤ、どうしたの?』
『どうしたの?』
コクピット内のタクヤの様子がおかしいと気付いたエスターとマリアがタクヤに通信を入れる。
『ト、トイレ……も、ももも漏れそう……ぐ、ぐぉぉぉぉ』
『トイレって……』
トイレを必死で我慢するタクヤにマリアもドルチェフ同様に呆れた表情をしていた。
『トイレパックもダメなの?』
パイロットスーツは、宇宙空間においてのパイロットの生命を維持する為の維持装置の他にパイロットの生理現象を考慮してトイレパックも備え付けており、通常であれば約3回は排泄物を溜めておく事が出来るようになっている。
『も、もう……いっぱい』
タクヤの表情がどんどん苦痛にゆがみ、只でさえ青ざめている表情が更に青ざめる。
『出撃前に食べたりするからだよ』
格納庫へ向かう前にタクヤは、空腹感を満たす為に休憩室でジャンクフードを食べていた。
エスターは控えるように忠告したが、その忠告を聞き流したツケが今頃になってやって来たのだ。
『ったく……バルチャー1よりハルカブリッジ』
タクヤの状況を見兼ねたドルチェフは、再びハルカへ通信を入れる。
『こちらハルカブリッジ』
『僚機が体調不良を起こした。すまないが、トイレを貸してくれ』
『了解』
『タクヤ、早く行け!』
『うおぉぉぉぉ、漏れる漏れる漏れるぅぅぅぅぅ!』
ドルチェフに急かされてタクヤは、機体をハルカのカタパルトに向けて飛ばす。
『まったく、アイツは部隊の恥だ!』
タクヤの行動にドルチェフは、怒りのあまり思わず歯軋りをする。
・
・
・
「はぁぁぁぁ……ギリギリ、セーフ!」
ハルカのカタパルトへ着艦すると同時にタクヤは、必死の形相でトイレの場所を聞くと同時に猛ダッシュをして、なんとか漏らす前に間に合う事ができた。
トイレで用を足したタクヤは、先程の青ざめた表情とは対照的にスッキリした表情をしている。
「ふぅ……一時は、どうなるかと思ったぜ。さてと……そろそろ戻らねえと、おっさんに怒られちまうな」
このままトイレでのんびりと過ごしてから帰りたいのが本音だが、そんな事をしたらドルチェフからの鉄拳制裁が待っている事が容易に連想できた。
「それにしても護衛に来たブラックバルチャー隊もバカだよな」
「ホントホント」
タクヤが用を足して部屋を出ようとした時、ドアの向こう側から声が聞こえた。
(何だ? 俺達の事を話してんのか?)
タクヤは声を押し殺して、そっと聞き耳を立てて二人の会話を聞く。
「この後、ブラックバルチャー隊の奴らは全員殺されるのにな」
「艦長も艦長だよな。反統合政府軍に寝返る為に、わざわざこの任務に志願するなんてさ」
「まあ、いいんじゃね? 俺は今の統合軍のやり方は好きじゃないしな」
「ある意味、今回の任務が寝返る機会だったかもな」
「ああ」
しばらくして用を足し終えたのか、二人の声と足音は遠ざかっていく。
タクヤは、ドアをゆっくりと開けて辺りを見渡す。
「うわぁ……俺、マジでヤベェ事を聞いちゃったよ。早く戻って、みんなに知らせねえと……」
タクヤは急いでバルキリーに戻り、ドルチェフ達と合流する。
ハルカから戻ったタクヤは、トイレで盗み聞きした内容を伝える為、ドルチェフに通信を入れる。
『隊長、大変だ』
『今度は何だタクヤ?』
先程からタクヤの行動にイラつかせられてばかりだった為、ドルチェフも思わず怒鳴り散らす。
『そんなに怒るなよ。実はさっき、トイレで凄い事を聞いちゃったんだよ』
『凄い事だぁ?』
『実は……』
タクヤはトイレで盗み聞きした話の内容をドルチェフに話す。
『……なるほど』
タクヤの話にドルチェフは頷く。
『だから、今すぐにでもこの艦を攻撃……』
『タクヤ、落ち着け。確かに今の話が本当なら攻撃しても悪くはない。だが、俺達の任務は何だ?』
焦り出すタクヤにドルチェフは、再度タクヤに任務内容を質問する。
『えーと、超空間なんちゃらを届ける事……』
『そのとおりだ。だから今は任務遂行が優先だ』
『……了解』
自分の想像していた事とは違った対応をするドルチェフにタクヤは、ふてくされた表情をする。
『まあ、向こうが本性を見せたら、遠慮無く攻撃させて貰うつもりだ』
『隊長……』
思い掛け無いドルチェフの言葉にタクヤの表情が明るくなる。
『だからタクヤ、今は任務に集中しろ。いいな』
『了解!』
自分の言葉を信用してくれるドルチェフの対応にタクヤは、俄然気合を入れ直して任務に望む。
ドルチェフはブラックバルチャー全隊員に通信を入れる。
『バルチャー1より全隊員へ。どうやら今回の任務は、一癖ありそうだ。最後まで油断するなよ』
ドルチェフの言葉にブラックバルチャー隊は、気を引き締める。
超空間共振水晶体を輸送する輸送艦の艦載機が4機と少なすぎる事自体にドルチェフは、微妙な違和感を感じていた。
しかし、タクヤが盗み聞きした言葉が確実であれば、自分の部隊は反統合政府軍により全滅させられる事は間違いない。
ドルチェフ自身も慎重になりつつ、この任務の行方を様子見る。
『ホークス3より各機へ。11時の方向より敵影確認。機影はリガード、ヌージャデル・ガークラスの機体15機』
数分後、ラナから敵機確認の通信が入る。
「平和な時間は、ここで終わりか」
ラナの通信を聴いたドルチェフは、操縦桿を握る手に力を入れる。
『約1分後に本体と接触。至急迎撃態勢を取れ』
ハルカとブロウニングは、迎撃用機銃とミサイルハッチを展開して迎撃態勢を取る。
『バルチャー1より各機へ。艦を護衛しつつ迎撃態勢を取れ』
『了解』
各艦の護衛機は迎撃態勢を取りつつレーダーで敵影を確認する。
徐々に接近する15機の戦闘ポッド部隊は、途中で二手に分かれて各艦へ突撃を開始する。
『全艦砲撃開始!』
ハルカとブロウニングの艦砲射撃ならびにミサイル斉射を皮切りにブラックバルチャー隊と戦闘ポッド部隊の戦いの火蓋が切られる。
ハルカとブロウニングの攻撃をかわしながら、2機のヌージャデル・ガーがマリア機とエスター機に攻撃を仕掛ける。
『エスター、フォローをお願いね』
『了解』
ヌージャデル・ガーの攻撃を避けつつマリア機とエスター機は、バトロイドに変形して向かってくるヌージャデル・ガー2機にミサイルを撃つ。
迫り来るミサイルを片っ端から撃ち落としながら突っ込むヌージャデルガー2機のうち、1機をマリア機とエスター機はガンポッドで撃墜し、残り1機をエスター機はガンポッドの銃剣を展開して格闘戦に持ち込む。
ヌージャデル・ガーのパンチを防弾シールドで防ぎながらエスターは様子を見る。
「今だ!」
再度殴りかかる為に拳を振り上げるヌージャデル・ガーの隙を突いたエスターは、フットペダルを思い切り踏んで背部バーニアの出力を上げて、そのままヌージャデル・ガーに体当たりをする形で押し返す。
そして、押し返されて体勢を崩したヌージャデル・ガーをエスター機は、ガンポッドの銃剣でヌージャデル・ガーの腹部に突き刺す。
銃剣を刺されて悶え苦しむヌージャデル・ガーをエスター機は蹴り飛ばし、そのままガンポッドで蜂の巣にして撃墜する。
「……やった」
無事に敵機を撃墜したエスターは、緊張して強ばった表情を緩ませる。
『ほお……エスターのヤツ、腕を上げたな』
出撃当初に比べて日に日に実力を上げていくエスターの戦いぶりを見て、ドルチェフは感心する。
同じくエスターの戦いぶりを見ていたタクヤは、エスターに対しての関心と共に妬みの感情が入り混じっていた。
『くそ、俺も負けてたまるか!』
タクヤ自身も当初は素人並みの戦闘技術だったが、エスターと共に特訓したお陰で少しずつではあるが戦闘技術は上がりつつあった。
ドルチェフとタクヤの目の前に2機のリガードと1機のヌージャデル・ガーが迫る。
『来るぞ。タクヤ、油断するんじゃねぇぞ!』
『了解!』
ドルチェフ機とタクヤ機は迫り来る3機の戦闘ポッドに対してガンポッドで応戦する。
3機の内のリガードを1機を撃墜するが、残りの2機のうちリガードがタクヤ機をヌージャデル・ガーがドルチェフ機に仕掛ける。
「遅い」
ドルチェフ機はヌージャデル・ガーの攻撃を交わしつつ接近し、バトロイドに変形して顔面にパンチを喰らわせて殴り飛ばす。
そして、追い討ちを掛けるかの如くガンポッドで蜂の巣にする。
敵側の戦闘技術が低かったのか、ドルチェフにとっては敵機の撃墜は容易い事だった。
『タクヤ、そっちはどうだ?』
ヌージャデル・ガーを撃墜したドルチェフがタクヤに通信を入れる。
『だ、大……丈夫!』
後方に着かれたタクヤ機は距離を取る為、スロットルを上げていた。
口では平気な事を言いつつも、タクヤは必死でリガードの攻撃を避けている。
「くっそぉぉぉぉ!」
タクヤの乱暴な操縦にVF-11のエンジンが悲鳴を挙げ、徐々にタクヤ機とリガードとの差が縮まる。
ゼントラーディ軍の中では性能の低い機体とは言え、宇宙空間では凄まじい機動力を見せる。
「どうする……どうする、俺!?」
迫り来る恐怖にタクヤは頭の中がパニックになりかける。
「!? そうだ、このテがあった」
タクヤは頭の中がパニックになりつつもエスターとの特訓を思い出す。
「見てろよ」
タクヤは、機体をガウォーク・ファイターに変形させて逆加速を掛ける。
突然の逆加速にリガードは、減速する事なくタクヤ機を追い越す形になる。
「よっしゃ、今だ!」
リガードが追い越した瞬間を突いてタクヤはガンポッドの照準をリガードに合わせる。
「これでも食らいやがれ!」
そして、そのままトリガーを引いてガンポッドを撃ち込みリガードを撃墜する。
「いょっしゃあ、やりぃ!」
タクヤは思わずガッツポーズをする。
『お前も少しは、やるようになったな』
タクヤの戦いぶりを見ていたドルチェフから通信が入る。
『少しは俺の実力を認めてくれますか?』
感心するような口調をするドルチェフに対してタクヤは、笑顔で応える。
『自惚れるな! 俺から見たらお前は、まだまだヒヨっこだ』
『ちぇー……』
自惚れた態度をドルチェフに注意されたタクヤは、不満そうな表情をする。
『バルチャー5よりバルチャー1。ブロウニングにまとわりついていた敵は、全て片付けました』
ブロウニングの護衛に着いていたバルチャー5ことアーサーからドルチェフに敵殲滅完了報告の通信が入る。
『バルチャー2、こちらも全機片づけたわ』
エスターと共に敵機を全滅させたのか、マリアもドルチェフに敵殲滅完了報告の通信を入れる。
『こちらホークス3。ブロウニングの損傷は軽微。特に任務に支障を来す事はありません』
『分かった。そのまま警戒態勢を続けてくれ』
『ホークス3、了解』
ラナからブロウニングの状況報告を受けたドルチェフは、ブロウニングに警戒態勢を続けるように指示をする。
『みんなご苦労だったな。各機、護衛に戻れ』
敵を全機撃墜したブラックバルチャー隊は、再びフォーメーションを組み直して各艦の護衛に廻る。
『それにしても無事に片付いて良かったわ』
『そうですね』
マリアとエスターは特に大きな被害も無く戦闘が終了した事を分かち合う。
『えー、俺はもっと敵さんに来て欲しいなぁ』
平穏無事を喜ぶ二人とは対照的にタクヤは、護衛任務の退屈からか戦闘意欲が湧いていた。
『タクヤ、軍隊に入っているから戦いたい気持ちが湧いてくるのは分からないでもない。だがな、俺達は殺し屋ではない事を忘れるな』
タクヤの戦闘に駆られる欲求をドルチェフは咎める。
欲求が高まりすぎると人間は周りが見えなくなり、それにより失敗をする事がある。
戦闘の場合は特に功名心にはやり戦闘意欲が高まり過ぎる程、焦って撃墜される者も少なくはなかった。
『はいはい、以後気をつけまーす』
ドルチェフの注意を受けてタクヤは応答する。
しかし、その応答も適当だった。
その後、多少の戦闘はあれど特に航海に支障は無く、ハルカとブロウニングは目的地まで航路を進めていく。
『間もなくポイントイプシロンです……!? 隊長、前方に熱源反応多数確認』
「来たな……」
ラナの通信にドルチェフは身構える。
航路の前方に2隻の小型艇とVF-5000を主力とした多数のバルキリーが待ちかまえていた。
『護衛、ご苦労でしたな。ブラックバルチャー隊の皆さん』
突如タイラーから通信が入る。
『ところで前方に見える艦艇とバルキリー。あれは何だ?』
ドルチェフは目の前に見える物に指を指してタイラーに問い掛ける。
『ああ、あれですか? うるさいハエ達を消すために我々が用意しました』
『うるさいハエ?』
『あなた達の事ですよ』
タイラーは、モニター越しにドルチェフを指差して不敵な笑みを浮かべる。
最初の頃の優男で礼儀正しいイメージとは裏腹に今のタイラーには、その面影は全く感じられなかった。
『何だと?』
『我々は、護送している超空間共振水晶体と共に反統合政府軍に就きます。その為、あなた方には消えて貰います』
『護衛任務が済んだら消す。要は口封じと言う事か』
『ええ』
『そうか……口封じか……フッ……ハーッハッハッハッ!』
タイラーの話を聞き、突然ドルチェフは笑い出す。
『な、何がおかしい!』
ドルチェフの突然の態度にタイラーは狼狽える。
『タクヤ、どうやら、お前の言っていた事は正しかったようだな』
『ね、俺の言った通りでしょ』
ドルチェフの通信に割り込んだタクヤはVサインをする。
『な!?』
ドルチェフとタクヤのやり取りを見たタイラーの表情が引きつる。
『ゴメ~ン、さっきトイレ借りた時にアンタの部下の話を偶然聞いちゃったのよねぇ~♪』
タクヤは、ニコニコしながらタイラーに舌を出して謝る。
もちろん、その謝罪は心からの謝罪ではない事は明白だ。
『く……グググ』
タクヤのふざけた態度にタイラーは歯軋りをする。
『それから、消されるのは俺達だけじゃない。お前達も消されるぞ』
『な、なんだと!?』
ドルチェフの言葉にタイラーは驚愕する。
『恐らく超空間共振水晶体を手に入れたら、お前達も消すつもりなんだろう』
『そ、そんな訳が無いだろう! わ、私は事前にアイツらと打ち合わせをしているんだ!』
タイラーは、反統合政府軍を信じてドルチェフの仮説を受け入れようとはしなかった。
タイラーの言葉とは裏腹に反統合政府軍はハルカを含めてブラックバルチャー隊に攻撃を開始する。
「艦長、反統合政府軍がこちらに向けて攻撃をしています!」
「な、何故だ……」
反統合政府軍からの攻撃を受けたタイラーは、裏切られたショックで頭が真っ白になり、気が動転する。
『この状況を見ても、まだ分からないのか!』
ドルチェフは、反統合政府軍からの攻撃に対してタイラーに現実を叩きつける。
『バルチャー1より各機へ。フォーメーション9、目標は敵の小型艇を攻撃だ!』
『了解』
ドルチェフの命令を受け、ブラックバルチャー隊は散開して反統合政府軍の小型艇を外側から回り込む形で飛ぶ。
『アタァァァァァァァック!』
ドルチェフの掛け声と共に全機一斉にミサイルを撃ち込み、数機のVF-5000を巻き込んで反統合政府軍の小型艇を撃破する。
『バルチャー1より各機へ。各個フォーメーションを組んで反統合政府軍の敵機を殲滅しろ』
『了解』
ドルチェフの命令を受けたブラックバルチャー隊は、フォーメーションを組んで反統合政府軍の機体と対峙する。
『バルチャー1よりホークス3へ。ネルに出撃を要請しろ』
ネルに出撃要請を依頼する為、ドルチェフはブロウニングに通信を入れる。
『了解、出撃要請を掛けます』
ドルチェフからの指示を受けたラナは、ネルの部屋へ回線を繋ぐ。
『ネル、隊長から出撃要請が入りましたので出撃してください』
「よっしゃー、やっとアタシの出番かぁ♪ 今まで待たされた分、おもいっきり暴れてやる!」
自室で退屈そうに過ごしていたネルは、ラナから出撃要請の通信を聞いて喜び勇んで格納庫へと向かう。
そして、格納庫に待機している機体へと乗り込んでラナへ回線を繋ぐ。
『ラナ、準備OKだからカタパルトを開けて』
『りょうか……ネル、その機体は……』
ラナは、出撃するネルの機体を見て思わず言葉を詰まらせる。
『いいからいいから。隊長さんには後でアタシから言っとくからさ』
言葉を詰まらせるラナをネルは強引に説得する。
『……了解』
ネルの強引な説得に押し負けたのか、ラナは操縦席のスイッチを押してブロウニングの下部カタパルトを展開させる。
展開したカタパルトから現れた機体はフルアーマード装備を施されたVF-11だった。
「さあて、いくわよ!」
ネルの掛け声と共にフルアーマードVF-11は、勢いよくカタパルトから出撃する。
「ねえねえ、あの機体って……」
カタパルトから出撃したフルアーマードVF-11を見たエミリアは、思わず指を指す。
「あーあ……あのネルって子、後で隊長に怒られるわね」
アイナは呆れた表情をしながら出撃したフルアーマードVF-11を見送る。
アーマード装備は、元々はVF-1バルキリーの陸戦における装甲強化を目的として開発されたオプション装備である。
バトロイド形態に固定されてしまう弱点はあるものの、それを補うかの様にミサイル装弾数が多く、主に特殊任務や艦橋での対空迎撃等に用いられる。
VF-11用はVF-1用よりも耐弾性に優れ、大型ガンポッドや連装ビーム砲等の装備も充実している。
ブラックバルチャーと反統合政府軍の混戦状態が続く中へとネル機は、単身で突っ込んでいく。
「何よ、この機体! クァドランよりも反応が重いじゃない」
バルキリーの操縦に未だに慣れていないのとフルアーマード装備の為、ネル機はフラフラと戦場の中を飛んでいた。
「ちょっと、こっちじゃないわよ!」
シミュレーション時間も少なく、ようやっとバルキリーを何とか飛ばせる状態のネルにフルアーマード装備のVF-11は反応が重すぎた。
その為、ネルは必死に操縦桿を握り締めて操縦をする。
ネルが悪戦苦闘しながら操縦する中、レーダーが4機のVF-5000を捉える。
4機のVF-5000は、ネル機を視界に捕らえると同時に攻撃を仕掛ける。
「くっ、こんな時に!」
ネル機は、攻撃をなんとかかわしつつ大型ガンポッドで応戦するが、機体の反応が鈍い為、ガンポッドの銃弾は次々と避けられる。
「もう、避けるんじゃないわよ!」
なかなか攻撃が当たらないイライラ感からネルは、歯軋りしながらガンポッドを撃ち続ける。
ネル機の攻撃を回避しながら4機のVF-5000は、追い討ちでミサイルで攻撃する。
「やだ、避けられない」
ネル機は避けようとするが、機体速度が重い為、ミサイルがネル機に次々と命中する。
「キャアァァァァァァァ!」
爆発の影響でコクピット内が激しく揺れる。
やがて、ミサイルの爆煙が晴れるが、その中からネル機が姿を現す。
「あ、あれれれ? やられてない?」
あれだけのミサイルを食らいながらも生きている事にネルは辺りを見回す。
フルアーマード装備のお陰でネル機は、殆ど損傷していなかった。
「この機体、凄い! さあ、さっきのお礼をたっぷりと味あわせてやるわ!」
ネル機の生存を確認した4機のVF-5000のうちの2機は、バトロイドに変形してネル機に格闘戦を挑む。
「コレでも食らえぇぇぇ!」
向かってくる2機のVF-5000に対してネルは、機体の反応の重さでガンポッドの銃弾が当たらないと思い、大型ガンポッドを思い切り振り回して格闘戦を挑む。
ガンポッドの砲身が大型で長身の為、向かってくる2機のVF-5000は、突然の事にガンポッドの砲身を回避する事が出来ずに纏めて殴り飛ばされて火花を散らして爆発する。
「フン、見たか」
先程までタコ殴り状態で攻撃を食らっていた鬱憤を晴らしたのか、ネルの表情は清々しかった。
残った2機のVF-5000は、距離と取りつつガンポッドとミサイルで応戦する。
「ガンポッドじゃ当たりそうにもないし、えーと、他に武器は……もういいや、適当になんか押しちゃえ」
なんとか攻撃を回避しつつネルは、トリガー付近のボタンを押すとフルアーマードのミサイルハッチが開き、次々とミサイルが発射される。
大量に発射されたミサイルは、機動を描き、目の前のVF-5000や遠方の反統合軍の機体に次々と命中して撃墜していく。
「ヒュー! 耐久性はあるし、クァドラン並の装備を持つなんて、この機体ますます気に入ったわ」
フルアーマードVF-11の耐久性と装備にネルは、虜になっていた。
『もしかして、その機体に乗っているのは、ネルさんですか?』
フルアーマードVF-11の存在に気付いたエスターがネルに通信を入れる。
『ええ、そうよ。どう? アタシの実力は』
ネルは得意げな表情をエスターに見せる。
『あの……その機体って、隊長の許可を貰っているんですか?』
エスター自身もフルアーマード装備の機体は、ドルチェフの許可が下りないと搭乗が出来ない事は理解していたので、あえてネルに問い掛ける。
『あ、当たり前じゃない! た、隊長がアタシに援護を求めてきたんだから……』
エスターの問い掛けにネルは、しどろもどろに応える。
『コラ、姉ちゃん! なに自分だけフルアーマード装備してんだよ。俺だって、まだ乗った事ないのによぉ!』
二人の会話に突然タクヤが割り込んでネルに食って掛かる。
本来は、自分がフルアーマード装備で出撃したい気持ちでいっぱいだっただけにネルに先を越された事でその怒りは大きかった。
『なによ、ボウヤには関係無いんだし別にいいじゃない!』
『こっちはよくねえよ!』
まるで他人事の様なネルの言葉にタクヤは、中指を突き立てる。
『もう、ケンカは止めてよ!』
タクヤとネルの口喧嘩にエスターは止めに入る。
『三人とも何をやってる!』
戦場で立ち止まっている三人を見掛けたドルチェフは、三人の通信に割り込む。
『戦場で立ち止まっていたら敵の格好の的になるぞ!』
3機がいた場所は、ちょうどネルが敵を全滅させていた為、敵が現れる気配は無かった。
しかし、戦場である為、いつ敵が現れるかは分からないので油断は出来ない状況である。
『すみません、隊長』
この場を何とか収める為、エスターはドルチェフに謝り倒す。
『ふざけてる暇があったら他の部隊の援護に向かえ!』
『了解』
他の部隊の支援に回るように指示を出した後、ドルチェフからの通信は切れる。
『とりあえず、二手に別れようよ。ネルさんは、そのフルアーマード装備だからブロウニングの護衛。僕とタクヤは、残存機の迎撃。いい?』
3機で一緒に行動してもネルのフルアーマード装備では敵の格好の的になり、足でまといになる為、あえてブロウニングの護衛に回るようにエスターは、配慮した指示をする。
『わかったわかった』
『わかったわ』
エスターの指示で3機は、二手に別れる。
『ネル、聞こえるか?』
タクヤ達と別れた頃を見計らい、ドルチェフがネルに通信を入れる。
『何?』
『お前が乗っている、その機体は何だ?』
『う……』
自分が搭乗している機体がフルアーマード装備である事をドルチェフに問い掛けられて、ネルは言葉を詰まらせる。
『いいか、フルアーマード装備は予想以上にコストが高いんだ。それだけは肝に銘じておけ、いいな』
『わ、わかったわよ』
『わかった……わよ?』
ネルの言葉遣いにドルチェフの眼差しが殺気立つ。
殺気立った眼差しを見たネルは、思わず身震いする。
『りょ、了解しました! い、以後、きき、気をつけます』
ネルからの反省の言葉を聞いて、ドルチェフからの通信は切れる。
「あー、恐かったぁ……あの眼差しで睨まれると恐怖感が身体に伝わってくるわ」
ドルチェフに睨まれた時の恐怖感が脳裏に焼きついているのか、ネルの身体は、未だに微かだが震えていた。
「さてと……とりあえず、メガネボウヤの言う通りにブロウニングの護衛に行くか」
ネル機は、ブロウニングの護衛の為に帰還する。
ネル機がブロウニングに辿り着いた時、辺りは、ちょうどパンサー隊が8機のVF-5000と激戦を繰り広げていた。
『こちらバルチャー7。メーデー、メーデー、敵に後ろを取られた』
バルチャー7ことフォルト機が2機のVF-5000から追撃を受けて救難の通信を出していた。
『待ってろ、今助けるから』
フォルトの救難通信を聞いたネルは、フォルト機の後ろに着いている2機のVF-5000に照準を合わせてトリガーを引いて大型ガンポッドを撃つ。
ネル機の攻撃に気付くのが遅れた2機のVF-5000は、回避できずに次々と火花を上げて爆発する。
『助かったぜ、ネル』
『へへん♪』
フォルトの言葉にネルは、ヘルメット越しに得意気に鼻を擦る。
やがて、残り8機のVF-5000もパンサー隊によって全機撃墜された。
既に反統合政府軍の殆どは、ブラックバルチャー隊により壊滅させられていた。
反撃をする兵力が無くなった反統合政府軍は、投降をする意思をブラックバルチャー隊に伝える。
『隊長、反統合政府軍が投降を求めています』
『投降を受け入れる様に伝えておけ』
『了解』
反統合政府軍の投降を受け入れたブラックバルチャー隊は、銀河パトロール隊へ連絡を入れる。
タイラーは、その様子をただ呆然と見ていた。
「か、艦長。ドルチェフから通信です」
ディスプレイにドルチェフが映る。
『そっちは大丈夫か?』
『……あ、ああ……大丈夫だ』
『これで分かっただろう。アイツ等が超空間共振水晶体が目当てだった事を』
ドルチェフの言葉にタイラーは、ようやっと自分が反統合政府軍に利用された事を受け入れてガックリとうなだれる。
『貴艦を反逆罪として、このままこの艦を沈めても構わないが、こちらの配慮で貴艦の乗組員の身柄を銀河パトロール隊に引き渡す事でよろしいか?』
ドルチェフがタイラーの裏切りに対して、このまま反逆罪としてハルカを沈める事も可能だった。
しかし、タイラー自身が反統合政府軍に利用されていた部分を考慮して身柄を銀河パトロールに引き渡す事をタイラーに持ちかける。
『……我々は投降する』
タイラーは、自分が利用されていた事に悔しさのあまり涙を流しながら投降を選ぶ。
『それでいい。良い心掛けだ』
タイラーの意思を確認したドルチェフは、投降を受け入れる。
しばらくして銀河パトロール隊が到着し、タイラー他、ハルカの乗員は全員銀河パトロール隊に連行されて行く。
その様子をブラックバルチャー隊は、ただ黙って見送る。
「貴様、今の統合政府がどんな汚い事をしているのか知っているのか!」
連行されるタイラーは、ドルチェフに向かって訴える。
「統合軍に居続けたら、お前達もいつか切り捨てられるぞ!」
やがて、タイラーの訴え続ける声も次第に遠のいていく。
「……」
タイラーの訴えを聞きつつ、ドルチェフはタイラーの姿が見えなくなるまで視線を送っていた。
ハルカに護送されていた超空間共振水晶体はブラックバルチャー隊が引き継ぎ、ポイントイプシロンで待機中の部隊に手渡されて任務は無事に完了する。
『みんな、ご苦労だったな。帰ったらゆっくり休んでくれ』
『了解』
ドルチェフは、パイロット達に労いの通信を入れる。
しかし、その声には何処と無く疲労感があった。
『タクヤ』
『なんスか?』
『今回は、お前のお陰だ……一応、礼は言う』
照れ隠しにドルチェフは、タクヤに労いの通信を入れる。
今回の作戦はタクヤが真相を伝えていなければ、ブラックバルチャー隊は、何も知らないまま超空間共振水晶体を運ばされた後に反統合政府軍の攻撃によりタイラーと共に全滅。
もしくは、例え反統合政府軍に打ち勝ったとしてもタイラーの策略により超空間共振水晶体略奪の共謀罪に問われていた可能性だってあったのだ。
例え偶然とは言えど、今回のタクヤの功績は大きかった。
『そうね。タクヤのお陰で、こちらも敵の行動が予測出来たからね』
ドルチェフに続いてマリアもタクヤに労いの通信を入れる。
『へっへ~ん、さすが隊長にマリア大尉! 俺の事をよーく分かってらっしゃる。もう、これからもジャンジャン俺を頼っちゃってくださいよ~♪』
普段二人から誉められる事が全く無い為、タクヤは調子に乗って余裕のVサインをする。
(あーあ、またタクヤの悪い癖が始まった)
その様子にエスターは、苦笑いしていた。
『はいはい、コレだから単純ボウヤは……』
調子に乗るタクヤを見ていたネルが茶化した通信を入れる。
『んだと! 勝手にフルアーマード使っといて、よく言うよ』
タクヤは、ネルに向けて舌を出して挑発する。
未だにタクヤは、自分より先にネルがフルアーマード装備を使用した事を根に持っていた。
『何よ、まだそんな事を根に持っていたの? そんなんだから、いつまで経ってもボウヤなのよ』
同じくネルは、右中指を突き立ててタクヤを挑発する。
『うっせーよ! ってか、ボウヤボウヤって気安く呼んでんじゃねーよ! 俺の名前はタクヤだっつーの!』
タクヤも同じ様に右中指を突き立ててネルを挑発する。
未だにネルにボウヤ呼ばわりされる事を内心快くは思っていなかった。
お互いに挑発し合う二人の様子を見ていたエスターは、思わず深い溜息を吐き、ドルチェフの方は、こめかみに青筋を立てていた。
『……前言撤回だ。タクヤ、ネル! お前ら二人は部隊の恥曝しだ大バカ野郎ぉぉぉぉ!』
ドルチェフの怒号がタクヤ機とネル機のコクピットに響き、声の大きさに二人は思わず耳を塞ぐ。
そして、しばらくの間はドルチェフの説教が続き、ドルチェフ、タクヤ、ネルを除くパイロット達は説教が長引くと思い、次々とブロウニングへと帰還していた。
基地へ帰還後、ドルチェフは自室へと戻り、一人で考え事をしていた。
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「貴様、今の統合政府がどんな汚い事をしているのか知っているのか!」
「統合軍に居続けたら、お前達もいつか切り捨てられるぞ!」
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タイラーの訴えかけとも取れる言葉にドルチェフは、憤りを感じていた。
「隊長、よろしいですか?」
ドアの向こうからラナの声が聞こえる。
「ああ、入れ」
「失礼します」
ドアを開け、ラナが部屋に入る。
「そこに掛けて待っていろ」
「はい」
ラナは近くの椅子に腰掛ける。
ドルチェフは、部屋に置いてある棚からコーヒーカップを取り出し、コーヒーメーカーからコーヒーをコーヒーカップに注いでラナに渡す。
「ありがとうございます」
ドルチェフに礼を言って、ラナはコーヒーカップを受け取り口を付ける。
「……味、落ちていませんね」
ラナは、久しぶりにドルチェフの煎れたコーヒーの味に少しだけ微笑む。
「この部隊に飛ばされてからも、コーヒーの調合だけは欠かさないからな」
ドルチェフが珍しく笑顔を見せる。
普段の厳つい表情からは、想像が出来ないような笑みであった。
「さて……」
コーヒーを一口飲んだ後、先程の笑顔から一転してドルチェフの表情が険しくなる。
「話を聞こうじゃないか」
「はい。隊長に色々とお話をした後に渡したい物があります」
「渡したい物?」
「それは話の後で……」
「わかった」
「まずは、今回の私の転属に関しては、最初にお話した通りです」
「……ガルスだったな」
「はい、ガルス中佐です。任務中に彼が作戦指示を無視していたので注意を促したらブラックバルチャー隊に転属になりました」
黙々と転属理由を語るラナの話を聞きつつもガルスの相変わらずの自分勝手さにドルチェフは、思わず溜息を吐く。
「それにしても、この部隊に転属になってから、しばらく名前を聞かないうちにアイツは、いつの間にか中佐になったのか……その様子からしてアイツの横暴ぶりは、今でも変わらないみたいだな」
「はい。ガルス中佐は、現在マクロス8に配属しています」
「マクロス8船団? ただの移民船団にアイツが何をしに……」
「マクロス8船団は、惑星エデンの支援を受けている為、他の移民船団よりも技術力や開発力が高い船団です」
ドルチェフの言葉を遮り、ラナは語り出す。
「風の噂ですが、マクロス8船団は統合軍参謀本部を通して、船団独自で次世代機を開発中らしいです」
「次世代機の開発? 移民船団独自でか?」
「はい。興味があったので、なんとかマクロス8船団の銀河ネットワークにアクセスして、微量ですがデータをハッキングしました」
ラナは、ポケットからメモリーディスクを取り出してドルチェフに渡す。
「これが隊長に渡したい物です」
「そうか、わざわざすまないな」
ドルチェフは、受け取ったメモリーディスクのデータを端末で再生する。
次世代機の開発は、2048年現在でも統合軍参謀本部経由で各開発メーカーが行い、それに基づいてライセンスが紐付けされて量産体制が整う。
しかし、マクロス8船団は開発メーカーに依頼せずに船団独自で開発を行う事にドルチェフは疑問を感じていた。
「こ、これは……」
ディスプレイには、開発中らしき可変戦闘機のデータが表示される。
「私の憶測ですが、恐らくガルス中佐は、この機体を使って統合軍を手中に収めようとしています」
「確かにアイツなら、やりかねないな」
ドルチェフは、コーヒーを全部飲み干して再びディスプレイに目を向ける。
「この機体性能なら次世代AVFが束になっても勝てるかどうか……」
ディスプレイに表情されるデータを見つつ、ドルチェフは固唾を飲む。
開発機の性能自体は、次世代主力機であるVF-19や特殊任務機であるVF-22を凌駕していた。
この性能にガルスのパイロット技術が加われば、まさに鬼に金棒である。
「このMotion Direct Systemと言うのは分かるか?」
Motion Direct Systemと言う聞いた事が無い単語を見つけたドルチェフは、ディスプレイに指を指す。
「すみません、そこまでの情報は入手できませんでした」
ラナは、うつむき加減に応える。
「気にするな。それよりラナ、この件に関しては他言無用だ。いいな」
「はい」
(アイツがマクロス8船団の開発機で統合軍を手中に収めたら、統合軍は、ますます腐りきってしまう。その前に何とかせねば)
ラナから貰ったデータを見たドルチェフは、心の中で改めてガルスの野望を打ち砕く決意する。
「隊長、私の方でも色々と調べてみます」
「すまないな、色々と」
「私をここまで育ててくれた隊長やマリアへの恩返しですから……」
少し照れた表情をしながらラナは、コーヒーカップに口を付ける。
次回予告
ブラックバルチャー隊にやって来た新聞記者。
彼は、記事をスクープできるのか?
次回「バルチャー・スクープ」