逃げるにも逃げる事ができない兵士 作:ならは
「アハハァッ!オラ鳴けよクソ女ァ!!」
薄暗い牢獄の中でけたたましく悲鳴と、貴族の家での一人娘であるアリアの甲高い声が響いていく。
鞭で身体を打たれ、さらには薬による自我崩壊、禁断症状を起こさせるなどの凄惨かつ残忍な拷問がこの倉庫で秘密裏に行われていた。
「…っ」
そのような拷問を見せつけられている男、ジバ・マイヤーは鞭に打たれ続けている黒髪の少女の姿を見て、何ともいたたまれない表情を浮かべた。
彼女は幼馴染の少年と一緒に小さな田舎から帝都へと出稼ぎに来たのだが、アリアは腐敗した帝都の現状を知らずにいた2人の純粋な気持ちにつけ込み、この血生臭い牢屋に監禁される事となった。
ジバだけでなく、他の護衛達もその経緯を知っているため、彼と似た気持ちで拷問を見ていた。
「ふう…流石に疲れたわ…。ジバ、このゴミ女を縛り付けて檻にまた入れておいてねー」
まるで玩具で遊び呆けた子供のように、アリアは鞭を明後日の方へと放り投げた。
彼女はこのように、拷問を一通り終えるとその鬱憤を晴らした訳か、護衛達にその後始末を命じて館の寝室へと戻る。だが、それはいつも通りの光景であるため、明日になると鬼の形相を浮かべて牢獄の人間を拷問にかけるのだ。
帝都から来た無垢なる平民を監禁して趣味による拷問を行なっているアリア家。帝都の腐敗を象徴しているこの貴族の家で、ジバは護衛隊長を務めていた。
「うっ…うっ…」
ジバとその他複数の人間は帝都警備隊の派遣へと赴いて来た人間である。その為、狂った所業は何度か目にしているが、ジバ達はそういった凄惨な光景はいくら見ても見慣れない。
ジバが少女の手を縛っている縄を解こうと歩み寄った瞬間、
「ジバ隊長…自分はもう限界であります」
1人の兵士がジバの進路方向を遮る様に佇んだ。名はガリス、ジバと同じ帝都警備兵である。
「ここの貴族はまさに帝都の腐敗を具現化したものです!民であっての国なのですよ!」
「ああ、わかってるさ」
ガリスの言葉を遮るかのように強い口調でジバは呟いた。
彼もガリスの意見には賛同であった。しかし、帝都の強大な力の前では帝具も何も持たないジバは反抗する意志さえも摘み取られる。
「とはいえ、俺達がどうにかできる問題ではないだろう」
ガリスの肩を押しのけ、縛られた少女の前に立った。少女の体は鞭で打たれた傷痕がびっしり残っていた。目には絶望に打ちひしが
れ、光を失っていた。
その痛ましい姿に眉毛を顰めながらジバは静かに口をあける。
「各員、まだ仕事は終わっていないぞ。この場は俺が後始末をする。お前らは自分の持ち場へと戻れ」
多少どよめきの声が聞こえたが、直ぐに静かになり一斉に兵士達は了解と敬礼し、倉庫から走り去って行った。その中でガリスは煮えきれなかったのか、終始目を伏せていた。
——
満月が照らしているおかげか、夜中とは思えない明るさの深夜。
小さく呻き声が聞こえる倉庫で、少女サヨ。そして幼馴染である少年イエヤスは檻の片隅で蹲っていた。倉庫は、血の臭いで覆われており、2人はまた明日行われるであろう拷問に唯々恐怖するだけであった。
「もうイヤよ…痛いのは嫌」
「サヨ、大丈夫だ!タツミがきっと助けてくれる。アイツだけじゃない、帝都だってこんな貴族の事を放っておくわけがない…」
泣いているサヨに、イエヤスは慰めようと背中をさすりながら、出てくる限りの希望を話し出す。しかし、イエヤス自身もその事を口にしていても、拷問をされている時の痛みを思い出し、強かった口調がだんだんとか細いものとなっていく。
救いはこないかもしれない。
その言葉が脳裏によぎった瞬間、小さく倉庫の扉が開かれた。イエヤスとサヨは心臓が跳ね上がり、また貴族なのかと身構えた。
「…アイツ、護衛の!」
だが彼らの予想は違っていた。アリアの護衛隊長、ジバであった。彼は他の兵士とは違い、鉄の鎧を全身に纏っている。その為、イエヤスには見分けがついていた。
「…!?」
彼らとジバの視線が合う。貴族のでは無いにしろ、拷問が趣味であるアリアの護衛を務めていることもあり、イエヤスは警戒する。
ジバがイエヤス達が閉じ込められている檻へと近づいた。
「何の用だよ…アンタ!」
イエヤスはサヨの前に立ち、ジバを睨み据える。しかしその威嚇も虚しく、ジバは鍵を懐から取り出して南京錠に差し込んだ。
「単刀直入に言う、今から君達を逃す」
「…え…」
ガチャリと小気味よく音を鳴らすと同時に、ジバから予想だにしていない言葉が発せられた。
「少しジッとしてろ」
「あ、アンタ…何のつもりだ」
檻の扉を開け、イエヤスの首輪にも鍵を差し込んだ。サヨも同じく首輪を外そうとしたが、
「だから何のつもりだって聞いてんだよ!!」
解放されたイエヤスはジバの肩を掴んだ。
彼からすれば、憎い貴族の娘の護衛である。その者が自分達を助けるなど信じ難い程であった。
まさかわざと逃し、希望を見せた後で捕まえ、絶望に陥れる魂胆では…
騙され、地獄を味わったイエヤスはその事を想像するまでに疑心暗鬼に憑かれていた。
「…俺はただ犠牲を増やしたくないだけさ」
ジバは顔を俯き、話を続ける。
「こうでもしないと、自分が本当に自分では無くなる気がするんだ。良心に苛まれながら生きていくのは唯々辛いだけだからな…」
ジバはイエヤスへと鍵を渡す、それはサヨの首輪の鍵であった。
「俺のやっていることは偽善だ…それでも構わない。さぁ、早く逃げろ。じきに夜が明ける」
イエヤスは不思議とその言葉に、嘘偽りを感じ取れなかった。鉄仮面を被っている為、表情はわからないが、真摯に自分を見ている気がしてならない。
(この人は…信頼できる)
イエヤスはそう確信した。サヨの首輪を外して、彼女の手を引っ張る。
「ありがとうよ…!」
「い、イエヤス!?」
サヨがきゃっと小さく声を上げるが、イエヤスはそれに構わず、倉庫の外へと走り去ったのであった。
もし文章などにアドバイスがあればよろしくお願いします。