Nameless Story 1人孤独に立ち向かわざるをえない者 作:ロイヤルかに玉
恐ろしすぎる。
『お願いします。あの子を……どうか……』
女性の声がして目を開けると、朧げな視界の中で血まみれの地面に倒れていた。
起き上がろうとするが体にうまく力が入らない。
すぐ傍で苦しそうな呼吸が聞こえ、振り向くとエレナによく似た女性がオラクルに浸食された右腕を押さえながら蹲っていた。
『ごめんね。ダメなお母さんで……。ちゃんと生んであげられなくて……』
先程聞こえた声と同じだ。
女性は腹に手を当てて涙を流しながら、宿った命に謝っていた。
『ぐぅ……ぅぁああああァアアアッ!』
聞いているだけで体がざわつく叫び声と共に女性はオラクルに包まれて巨大な鳥のようなアラガミになった。
苦しげな雄たけびを上げて大きな砂埃を上げて飛び去った。
砂埃に飲み込まれて咄嗟に目をつぶるが砂粒が体に当たる感触はない。それに気づいて目を開ければ目の前で先ほど飛び去った筈の鳥型アラガミが倒れていた。
アラガミは体中を食い荒らされており、見るも無残な姿だった。そして蒸散が始まり、アラガミを構成するオラクル細胞が散った。
この場所じゃ聞こえる筈のない赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
重い体を引きずって近づくと赤子が産声か、母の死を悲しんでいるのか泣いていた。
薄くだが髪の毛も生えており女性と同じ灰色だった。アラガミが赤子を丸呑みしているわけではなかった。あの女性はアラガミ化しても、ずっと子を宿し続けた。
そしてオラクル細胞は宿っていたこの子を喰わなかった上にずっと守っていたとでも言うのか……。
生命の神秘を目のあたりにしたが、今はそれどころじゃない。
『お願いします。あの子を……助けて……』
あの赤子は……エレナか……。
『ユウ、起きろ』
ああ戦友達よ、態々起こしに来たのか。死んでなお大儀だな。
『立て。名も無き兵よ』
いや、立ちたいのは山々なんだが……。
『急げ、手遅れになる。君もあの子も』
分かっている。だから今動くところだ。
『義息よ、らしくないではないか?』
義父さん……。
『お前は生きている。生きている者がやらなければいけない。遠い過去、この世を駆けた我々を代表して、奴らに教えてやるが良い』
おいおい、たかが一兵卒に何求めてんだよ……。
『あとは目を開くだけだ。さあ……!』
また戦友たちの声が聞こえ、ハッとすると目の前には岩、隣を見ればそこにも岩。振り返っても岩。
岩の間に挟まった右手を無理やり引き抜こうとするが、力が入らず何もできない。
皮膚が焼けただれた左手の痛みを堪えつつ腰のポーチへ。
「グゥ……ァ……ウゥ……!」
回復錠を詰めたケースを取り出し、蓋を開けて何錠か口に放り込んでかみ砕いて飲み込む。
体の痛みが引き、激痛による気怠さも軽くなり、深く息を吸って右手を引き抜く。
起き上がろうとするがそれでも決して軽くない痛みが走り、歯を食いしばりながら岩に手をかけてゆっくり起き上がる。
「ハア……ハア……」
爆風に巻き込まれたときに火傷を負った上に落石に当たったせいで所々青く腫れている。頭から何かが流れる感触を感じて触ってみるとそれは勿論血だ。
岩の上に上って周囲を見渡せば、そこにもう人影はない。
脳裏に浮かぶのは怯えて涙をうっすらと浮かべながら俺を見つめるエレナの顔。
「くそ、情けねえ……助けを求める女の子1人も碌に守れねえとは……!」
岩に拳をたたきつけると痛みが走り、岩はひび割れる。
「ふざけるなァ! 馬鹿野郎ォ!」
空に向かって大声で叫ぶ。直後、背後で何かが切り裂かれる音が聞こえた。
振り返ると何かが上空から空気を斬りながら飛び、俺の足元に突き刺さった。
「エレナの……」
エレナが作り出し、貸してくれた神機のような剣がそこにあった。剣がカタカタと震え、俺の腰に差してある対アラガミ用ナイフも震える。
なんでこの2つは震えてるんだ? 俺にどうしろというんだ……?
ナイフを抜くと、エレナの剣が光の粒になってナイフに集まり、光は刀身を形成する。
これじゃあまるで……装甲のない近接型神機だ。
「相棒、力を貸してくれ」
神機を掲げると、CNSから触手が飛び出して俺の腕輪の窪みに入り、結合する。
「…………必ず救い出す。故に少し本気を出すとしよう」
神機から生えた触手はある方角を示す。エレナはあっちに居ると、そう言うように。
「エレナ、必ず行く。もう少しの辛抱だ」
痛みを訴える体を気にも留めずに示された方角へ向かい、渓谷の出口へ向かう。
渓谷を抜けると、タイヤの跡を発見し、それは確かに神機の示した方向へ向かっている。
地面を蹴りつけて一気に距離を跳び、着地と共に更にその足で地面を蹴ってまた一気に距離を飛ぶ。跳ぶように走り、タイヤの跡を追う。
目線の先には小型アラガミの群れを発見して神機を構えて斬りこむ。
『GYAAAAAッ⁉』
目の前に居るアラガミだけ斬り伏せ、そのまま駆け抜ける。横から飛びかかってくるアラガミは片手間に返り討ちにして最低限、進路上のアラガミだけ斬り倒す。
「ッ! 暇じゃねぇんだよ俺は……」
上空から気配を感じて神機を構える。すでにシユウが両翼を広げて突進してくるが踏み込んで腰を落とし、思い切り突っ込んできたシユウの頭部に神機を突き刺す。
『GAッ⁉』
「邪魔だ」
シユウを地面へ叩きつけ、足を止めることなく走り続けようとするがやはり妨害は終わらない。
緑色の甲殻と角を持つアラガミの体当たりを軽く跳んで避け、そのまま踏み台にしてジャンプ、浮遊するザイゴートの目玉に神機を突き刺す。
すぐに神機を抜き、地面へ落ちるザイゴートを踏み台にして跳び、別のザイゴートへ飛びかかる。
大口を開けるザイゴートに対し、神機を横に一閃。
空中で上下真っ二つにしてそのまま着地、駆け続けてすぐ目の前のオウガテイルを蹴り飛ばし、そのまま転がる奴を飛び越えると今度はコンゴウが雄たけびを上げながら迫ってくる。
神機を走りながら構えた。CNSが光り、神機が何を伝えようとしたのか察する。
コンゴウは回転しながら体当たりを仕掛けてくるが、跳躍と共に宙返りしてそのままコンゴウの真上を取り、同時に神機の切っ先を真下のコンゴウへ向ける。
捕喰形態へ切り替えて獣の口でコンゴウの背中を食い千切る。
着地すると体の奥底から力がみなぎり、神機のCNSも強く輝き、脚に力を込めて一気に駆けだす。
普通に走るよりも早く、より長く走れる。
神機開放状態――活動中のアラガミを捕喰攻撃で噛み千切り、喰らう事で一時的であるが身体能力を強化することができる。
半年前、神機を失って以来か。相棒、ありがとよ。
「さて、斬り抜けるぞ」
まだ進路上には妨害するかのようにアラガミ共が立ちふさがる。群れの中に一際大きな体、ヴァジュラを発見するが止まることなく走り続ける。
目の前に飛び出してきたオウガテイルが尻尾で薙ぎ払おうとしてくるが、振るわれた尻尾が当たるよりも早く神機を捕喰形態へ切り替え、オウガテイルの尻尾に喰らい付かせる。
神機を尻尾に噛みつかせたままオウガテイル諸共上空へ跳び、そのままヴァジュラへオウガテイルを投げつける。
『GAAAAA !』
ヴァジュラは投げつけられたオウガテイルを爪で切り裂き、その隙をついて捕喰形態を維持したまま滑空して神機を構える。ヴァジュラの肩を噛み千切って地面へ着地してそのまま走り抜けるが、ヴァジュラはしつこく回り込んできた。
そしてヴァジュラは咆哮と共に雷球を作り出して放ってきた。
「よかろう…………相手をしてやる。秘技――」
高く跳び、刀身を盾に雷球を受け止める。
電撃は刀身に纏わり付き、そのまま空中でヴァジュラを含めたアラガミの大群に対して上空から薙ぎ払うように神機を振った。
「雷返しィ!」
電撃が巨大な刃のように放出され、雷の刃はヴァジュラ諸共小型の大群を焼き払う。
ヴァジュラ以外は焼け焦げて蒸散し始めた。
唸り声をあげてヴァジュラは後方へ大きく飛び退き、さらに強力な電撃を放ってくるが、もう1度跳んで電撃を神機で受け止めて突きの構えを取る。
着地する直前に神機を突き出すと、切っ先から電撃が槍のように飛び、それはヴァジュラの顔面を貫いた。
雷獣の顔はすでに原型を留めておらず、顔を失った巨体は地面に倒れた。
空中にて雷を得物で受け止め、それを着地するまでに撃ち返す。これが『秘技・雷返し』である。
昔、軍の上官から習った。
あの日は空を分厚い雲が覆い、昼間なのに暗かった。そして一瞬視界が光った後にゴロゴロと雷が鳴っていた。
鍛錬していたらいきなり上官がやってきた。
上官「暇だから秘剣を伝授するで。準備しいや」
俺「かしこまり!」
練習中……練習中……練習――グエー感電したンゴー。
上官「これが雷返しだ。分かったか?」
俺「はい」
上官「よし、じゃあやって見せろ。オラぁ雷くれてやらぁ!」
俺「はい雷返し」
上官「はい雷返し返し」
俺「アン〇ルフおじさーん!!」ビリビリっ
こんなことがあって俺は雷返しは極力使うまいとしていた。だって打ち返した雷をまた打ち返してくるとか普通誰も予測しねえよ。
まあ、雷ぶつけてくる人間なんぞ軍の上官連中以外に居る筈がねえからそもそも雷返しをする機会なんてまず無いが。
よくよく考えれば上官たちってマジで常軌を逸した存在なんだな。武器を空に掲げたら晴天なのに雷が落ちて電撃を武器に纏わせるんだぜ?
雷返し以外にもいろんな技を伝授された。
一番難しかったのは構えて3回同時に斬る最早魔法の域に達した技と一回の刺突に3回の突きを内包した技だったな。俺こそ完全にものにできなかったが。
あれはぶっちゃけ秘剣じゃなくて魔剣だと思う。
さて、雷返しのおかげで周囲のアラガミを一層できた。これでしばらくは邪魔されずにエレナを追いかけることができる。こうしている間にもエレナはひどい目に遭わされているかもしれない。何としても、連中から奪い返さなければ。
走り続けているうちに、日が落ち始めるが寝る暇はおろか休む暇もない。少しでも早く追いかけなければいけない。休まずに戦い続けるなんて神機使いになる前からやっている。慣れたものだ。夜になっても建物や地形を捕喰しているアメーバ状のオラクルは光を放っているのであまり暗くはない。方向がわからなければ神機が示してくれる。後は如何に早くたどり着くことができるかだ。
あれこれ考えるよりも走ったほうが正解だ。そう思い、俺は駆けだした。
「…………!」
気配……こっちに向かってくるが、気配のする方向を見ても何も居ない。上かと思い見上げても何もない。ただ暗い空。
じゃあなんでこっちへ向かってくるんだ……。
地響きが聞こえ、構える。
下かッ!
咄嗟に飛び退くと俺が立っていた場所の地面が盛り上がり、土が舞い上がって雄たけびと共にアラガミが姿を現す。
甲冑のようなフォルム、そして印象深いのは左腕の大きなドリルだ。
当然こんなアラガミは見たことがない。
さて……先ほどの地中からの攻撃は勿論だが、あのドリルによる直接攻撃だけは喰らってはいけないか。
『Gooo……!』
アラガミが大きく息を吸い込み、ブレス攻撃かと思い構えた直後――
『Gooooッ!』
氷のブレスが一直線に飛び、素早く身を傾けて回避する。
奴はすぐに距離を詰め、左腕のドリルを振りまわしてきたのに対し、後ろへ下がりつつ最低限の動きで躱すが、奴はただがむしゃらにドリルを振り回す。
躱わされようが関係ない、当たればよいと言わんばかりである。
そして、ドリルを振り上げてからの叩きつけを回避。
隙をついて懐へ飛び込もうとした瞬間、もう片方の手で殴りかかってきた。
「甘いッ!」
捕喰形態を展開しつつ跳び、アラガミの肩を噛み千切ってバースト状態に移行、アラガミを踏み台にして飛び退く。
着地と共に駆け出し、奴の周囲を動き回り撹乱しつつ隙をついて斬りつけ、距離をとって離脱する。
アラガミがドリルを地面に突き立てると、地面にひびが入った。
危険を感じて飛び退くと、アラガミの周囲の地面が隆起して岩塊が飛び出した。
「ッ! ならば……!」
空気を蹴って空中ステップを行い飛び出した岩塊に飛び移り、更に足場にして跳ぶ。
岩塊から岩塊へと渡りながら高速で移動し、アラガミの背後へ回って神機を突き刺す。
『Guoooooo!?』
アラガミが悲鳴を上げて、こちらへ振り向きつつドリルを振ってくるがその場でのスライディングで回避して再びを背後へ回り、神機を掲げて踏み込みと共に振り下して尻尾を切り落とす。
『GOOOOOO⁉』
鮮血が飛び散り、アラガミは悶えるが怒りの雄たけびを上げてドリルが高速回転を起こし、それを地面へ突き立て、そのまま地面をカチあげると冷気の嵐をこちらへ飛ばしてくる。
横へ飛んで躱すとアラガミは一度跳んで地面へドリルを突き立ててそのまま地中へ潜った。
気配を感じつつ動き回り、奇襲を警戒する。地面がひと際大きく揺れ、飛び出したアラガミは冷気の塊をこちらへ投げつけ、俺はそれを回避する。しかしアラガミは再び地面へ潜っていった。
「ちッ! 無駄な時間を……!」
こちらは一刻も早くエレナを追わなければいけない。遅延行為に付き合ってやる義理はない。
再び出てきたと思ったらまた冷気の塊を投げつけて地面へ潜り、こちらは捕喰形態へ切り替えて神機に岩塊を咥えさせてアラガミを待つ。
そして出てきたアラガミが飛び出すと同時に俺も跳び、迫る冷気の塊に対して岩塊を投げつける。
岩塊は冷気の塊を砕いてそのままアラガミに命中する。アラガミは体勢を崩して地面へ倒れ、神機を構えて一気に接近して神機を一閃。
アラガミのドリルを斬り落とし、そのまま首へ神機を突き立てて地面へ縫いつけ、動きを止める。
更に神機で首を削ぎ落す。
頭部が地面へ落ち、アラガミの動きは完全に止まり、死体を捕喰してコアを体から食い千切る。
「相棒、遠慮なく喰っておけ。これから大立ち回りだ」
光るコアを神機でかみ砕いて飲み込ませ、俺は先を急ぐために駆けだした。
エレナ、必ず助ける。だから、もう少しだけ……我慢してくれ。
秘技・雷返し
雷は地に足ついた者の全身を駆け巡り一瞬にして動きを封じてしまう。
空中の一瞬、刀身に雷を受け、返す秘儀がある
それを雷返しと呼ぶ。
即ち、地に足つけぬ、雷返しなり。
昔、軍の上官から習った技だ。
まさか返した雷をまた返されるとは思わなかった。本当にえらい目に遭った。
おかげで半日は身動きが取れず、上官はそのまま俺を放置して酒を飲みに帰った。
新手の放置プレイである。