戦を知り、人の死を知り、互いを誰よりも深く知った少年と少女の、あるひと時の光景。
そこでは例年通り、桜花が儚くも散り際には美しく咲いていた
「やっぱりここの桜はいつ見ても良い。特に散り際が最高に綺麗だと思わないか?」
「……けれど■は──少し寂しいです」
「そうか? 俺には、その散り際まで美しく在ろうとする様が、何よりも尊く見える」
「だからこそです。美しいからこそ、尊いからこそ、私は無くしたくなんてない。だってそれは綺麗でも──きっと悲しいから」
「……」
「戦場に絶対、なんてものは在りません。散る時は皆同じ。戦場で死ぬ方達は自分の事を振り返る間もなく、簡単に居なくなってしまいます」
「……お前は──」
「だから健やかに。幸せに。永く永く、生きてください。それはきっと、この桜よりも美しいものの筈です」
「──わかった」
「──!」
「約束する。そう誓う。■。お前は俺と──」
──焔が唸っていた。
「……」
暗転していた意識が覚醒し、視界には朱く変成した景色が映し出される。
そこは炎熱地獄だった。かつて見た華々しい城の風景は見る影もなく、炎の朱が城を彩っていた。まさに地上の地獄を絵にかいたような光景が、そこにあった。
熱が大気を弾く音と共に炎に侵された城の一部が焼き崩れ、また瓦礫の山を造り上げる。
焔は広がる。火の手に侵されていない空間が、徐々に焔によって食いつぶされていく。迫りくる焔に生物としての本能からか、反射的に四肢を動かした。だが、その結果は真逆。四肢どころか体がまるで全身に杭を打ちつけられたかのように、ぴくりとも動かなかった。
──そういえば、俺は既に死に体だったか。
死んでいた体の痛覚が蘇り、朧気の意識を鋭利に突き刺す。その自覚を得るのに、大した時間はいらなかった。意識の覚醒と共に、肉体のあらゆる欠如が確認できたからだ。
申し訳程度に纏っていた鎧に奔った刀傷。その切り口から流れ出る鮮血は枯れることなくこの焼けた城内の床を潤していく。潰れた片目。斬り落とされた利き腕。それらの最早どうしようもない負傷には痛みすら感じない。
火の手が及んで所々が焼け爛れていた皮膚に修復不可能なまでに燃えた両足は、その結末がどうなったかを諦念にも似た理解へと陥れた。
だけどまあ、何はどうあれ勝敗は決した。
先の戦闘の結果はこちらの勝利。だが、ご覧の通り完全勝利とは程遠い。この通り四肢は砕け、目は潰れ、とてもじゃないが誇れるようなものではない。五感も碌に機能しなくなる程に滅多打ちにされたこの有様は、勝利を掴んだ人間の恰好とはかけ離れたものだった。
「……ははは、是非も無い……まさか、全て奴の思惑通りだったなんてな……」
──無様。余りにも無様。目も当てられん。零れ出てしまう乾いた言葉と、思わず込み上げてきた
戦った。
刃を、弓を、薙刀を。慣れぬ武器を手に、鍛え、戦ってきた。
この高潔な『魂』に、相応しくあろうと。
一部の民草に田舎武士と罵られようとも、全力で戦い続けた。
慣れぬ
──その結果が、この景色だ。
倒壊音が焔の音と共に聞こえてくる。炎上した木柱は火柱となりて、ものを巻き込みながら崩壊する。散った木片は火種となり、猛る焔を更に鼓舞した。無感動に際限なく広がっていく焔の中、懺悔はまだ続く。
……そもそも俺は、何の為に戦ってきたのだろうか。
盛者必衰の理を示し──驕れる平氏を打ち倒さんが為に、我ら源氏は立ち上がった。
飢餓を見た。
いずれ自分自身も辿るであろう、
そして、女が、子が、老人が、本来護るべき人々が苦しみ、恨み、それでも何も出来なかった事を悔い、泣いているのを見た。
その果ての──地獄を見た。
だからだろう。泣いている人を見たくない、と。戦火が無辜の民草に及ばぬように、子どもでも戯言だと切り捨てる絵空事の意地を張り続けたのは。
その為に俺は、『オレ』は──
──
そもそも、俺はそんな大層な理由で戦ったわけではない。情けない話だが、切り捨てる事が出来なかった若輩者の俺にとって、そんな大義は荷が重かった。本当に、考えれば考える程、自分がどうしようもない愚図だと自覚させられる。大義よりも身近な小義を優先し、『先』の事よりも『今』を優先させた。そんなことをして、何度も何度も失敗して来たというのに。なのに、なのに、それを変える事が出来なかった。
それが、それこそが、この『旭将軍』の正体。馬鹿げた話だ。『魂』に相応しくあるべく、だと?
笑わせる。これだけの無様を晒している時点で俺はこの『魂』には相応しくない。
───五年。
俺が変えられた結末は、たったの五年だけだった。
本来の持ち主である器が一体何を思って戦ったのか、自分には分からない。だが、所詮はまがい物。この世界の理の外から来た『異物』。
『オレ』の価値など毛ほどもありやしない。
……でも──
「俺は……お前の為にちゃんと戦えたか? 巴」
──俺に唯一残っていたソレを否定することなど、無理な話だった。
巴。巴御前、などと呼ばれる事もあったか。弓を持てば鷹すら落とし、薙刀を持てば一騎当千。
そして、俺の最愛の女。
もう彼女の名を彼女の前で呼んでやることも、会う事も、二度と無い。寂しさが無いと言えば嘘になる。だが、何処かで健やかに生きてくれていると思い浮かべるだけで、心の隙間が満たされていく。たったのそれだけでも、俺は戦って良かったと思える。
嗚呼、そうだ。そうだった。
『オレ』は紛れもない、彼女の為に立ち上がったのだ。
何故かって、本物だったから。
『オレ』は偽物、中身が入れ替わっただけの贋作だ。そんな中でも、彼女に対する気持ちだけは、偽物だとは思いたくなかった。
『オレ』が贋作だと罵られても構わない。
だが──この気持ちだけは、この『本物』だけは、贋作と切り捨てる事なんてしたくなかったのだ。
………………あ。
「……ああ、くそ……そういう事か……」
最悪だ。こんな有様になってやっと、こんな、こんな事に気づくなんて。
何処まで無様を晒せばいい。こんな簡単な事、気づこうと思えば気づけた筈だ。
「──まだ、まだだ」
命の半分以上が削ぎ落ち、機能のほとんどが停止しかかっている肉体に鞭打つ。
燃え尽きた炉心の如く静かな鼓動と焔が城を食う咀嚼音だけが馬鹿でかく聞こえてくる。
間違いなく死の足音だった。それに追いつかれないように、唯一動く片腕だけで燃える城の中を這いずる。まだ城の全てが倒壊したわけじゃない。
山に囲まれているこの城ならば或いは──
「──!」
絵が施されたふすまを見つける。恐らくは最後の出口。
這う。戦場ではあんなに軽く感じていた鎧が今は尋常じゃなく重い。壊れて金属がいくつか破損し、少なからず重量が削られているにも関わらずだ。
視界が陽炎と共に揺らぐ。落ちそうな意識を焼けた足と腕の切り口による痛みで叩き起こしながら、たった一つの出口を目指す。
「死ぬわけにはいかない……やっと、やっと、
遠い。辛い。苦しい。そして、何よりもどかしい。戦場で初めて人を斬ったよりも。絶体絶命の状況で指揮を委ねられた時よりも。嘗て自分が感じたどんな痛みよりも、この状況は苦しかった。
ずっと、ずっと探していた。『オレ』がどんどん薄まっていこうとも、どこかで求めていたのだ。
答えを。『オレ』は
長かった。ここに辿り着くまで、長い長い道のりを歩いてきた。道しるべの立て札を見据えるばかりで、大事なものを見据えていなかった。
本当に大切なものは、ずっと近くにあったのだ。
「……あと……少し……」
片方の目でしか見れなくなった世界はその赤みを増していく。
だが、その距離は確実に狭まっていた。
そして──
──────届い
──届く事は、無かった。
「────」
崩れ落ちていく天井。それが、最後の、本当に最後の出口を朱い壁となって塞いだ。
「……」
──畜生。
そう独り言ちた直後、腕から力が抜けきった。こうなったらもうダメだ。体が、頭が、魂が、もう生きる事を諦めている。
まさに悟ったのだ。『オレ』自身の死を。
「──すまん」
仰向けになる。
火の手はもう体にまで及んでいる。そして、止めと言わんばかりに、崩れかかった天井が今か今かと崩れ落ちようとしていた。
景色が頭から流れる。
いつの景色だったか、泣きたくなる程儚く、悲しく、懐かしい。
煌びやかに桜舞い散る故郷。
そこではいつも、俺の帰りを待っている彼女の姿。
あいつは桜の木の下で、俺の顔を見て優しく、そして嬉しそうに微笑むのだ。
彼女の頬を愛でる花の様に撫で上げ、幸せそうにする様を見て交わした小さな
「──約束、破ってしまった」
──最期まで、一緒にいよう。
そんな約束を思い出した直後、城は崩れた。
新年あけましておめでとうございます。
ある漫画で言ってたセリフ。
『人は死ぬときに自分がどんな人間だったかわかるもの』
成程、と思いながら書いたこのプロローグ。
感情移入できる文章を書きたいと思っているのでそれが出来ていると思った人は感想欄へコメントよろしくお願いしたい。それが作者にとって最高のお年玉になる。
なお、プロットは一通りできているが、まだ書いているペースが纏まらない今日この頃。
憑依系の奴かくの初めて何で。ほら、内面おちゃらけた憑依転生者とか作者苦手なので。