世界の均衡を保つ『抑止力』が有する一つのシステムの呼称だ。
『世界』が直接選出、選別したある一つの魂を
そしてその魂は修正者の名を騙る、『世界』にとって
その魂は役割を完遂すると、正しい人理貢献の報酬として英霊の座に登録される。
──だが、ある世界線で『世界』はとある大きな失敗をした。
世界にとってシミとも言える、致命的な
壱番目
──憎い。
その存在が。在り方が。なした功績が。その全てが憎い。
考えただけで全身が煮えたぎる。狂い果てたこの身が怒りで、嫉妬で、更に狂おうとしてる。
憎くて憎くて憎くて憎くて憎くてたまらない──‼
何故、何故だ。
何故、
私と同じでありながら私のようにならない。そんな事実が、憎くて憎くて憎くて──
故に──私はその全てを殺し尽そう。
かつて奴が守ろうとしたものを。
奴の活躍が貢献したであろうこの時代を。人理を。
聞けば、奴が京を治めた際に定めた法が、この寛永十六年の幕府に適用されていると聞くではないか。
面白い。
その全てを鏖殺する。
その全てを燃やし尽くす。
その全て、目に見える全てを血みどろの生き地獄にする。
そして奴を見つけ出し、眼前で民草を燃やし、骨の髄まで粉々にしてやる──‼
ご覧あれ。
下総の国にて見舞う屍山血河の死合舞台。
嘲笑うは悪鬼羅刹──七つの宿業宿りし英霊剣豪。
──朱月、下総に浮く。
英霊に時間の概念はない。
英霊とは死した存在だ。過去にその功績、偉業を世界から認められ、人理に刻まれた魂。死後は『英霊の座』において世界の危機に応じて『人類史の守護者』として顕現する大精霊。
人の魂を精霊として昇華させるには後世に残された人々の信仰が必要であり、人々から信仰を集めるにはその存在が曖昧なモノ、要するに
常世で死に、魂だけの存在となったものには『時間』など不要。
故に、多大な信仰を得た英霊たちの魂は本来の時間軸から外された存在となる。
そして、『守護者』たる英霊たちは時間概念が存在しない代わりに、様々な時代から呼び出される。『座』に安置される魂の本体から生まれる
その影の在り方を世間一般では──サーヴァントと呼ぶ。
「──で、俺がそのサーヴァントか……」
──明けた視界には森が広がっていた。
鷹の鳴き声が穏やかな森に木霊する。深緑に茂る木々を彩る無数の枝葉の隙間からは青空が垣間見え、森の涼やかな風が頬を撫でては森の奥へと消えていく。
寛永十六年、下総の国にて俺は、サーヴァント・
「……という事は、俺はあの時死んだという事か」
口から零れ出た声は自分が聞いていても酷く自嘲的に感じた。サーヴァント、所謂人理の影法師となって分かった事だが、どうにも死んだという実感が極めて薄い。サーヴァントしての知識だって、『世界』から与えられたものであって、実体験から来ている物じゃない。生前から、サーヴァントに関する知識は少なからずあったが、今は自分の中の知識と『世界』から与えられた知識との答え合わせをしているような状態だ。
そして──それはあの城で死んだという事実他ならない。
あのまま燃え盛る屋敷の中で、生前唯一の生き恥を晒したあの場所で足掻くだけ足掻いて、最後に生き延びる事は叶わなかった。
……結局、俺は『オレ』の大事なものを最後まで守れなかったのだーー。
「……いやいや、切り替えんとな……それに、最早俺がどうにか出来る問題じゃないだろう」
こうして人理に刻まれ、一騎のサーヴァントとして現界している。なれば、俺はサーヴァントとしての務めを果たすまでだ。例え
召喚の際にサーヴァントして現界するにあたって、その時代の魂の依り代たるマスターが居なかった時点で通常の召喚によるものでは無いとは大体理解していた。そして、
この旭将軍、生前の活躍に恥じぬ行動をとるとしよう。
この下総の国で。
俺は生前の生前──この魂にとっては『前世』と呼ばれるものがある。
だが、神様が現れたり、特別な力を貰ったりなど、そんな俗染みたものではない。
憑依してしまった彼──木曽義仲に相応しいとはとても思えない、無力な魂が乗り移っただけのもの。
無力にして平凡、そんな魂が英雄の器たる肉体に完全な憑依が果たせるはずがなく、魂を構成する基本骨子が
その影響か、名前を含めた前世の大半は消え去り、印象が深かった知識や経験を残して無力な魂は──木曽義仲と融合した。
だからだろう、その前世が他人事のよう、まるで物語の登場人物を綴った本を見ているかのように、まるで実感が伴わなかったのは。
それはつまり、かつての記憶は『記録』になったこと他ならない。自分が死んだ原因も、人生の足跡も、その全てが。
そこに未練はない。当然だ。未練とは感情が伴うもの。手記に書き綴った過去の記憶の中にある感情と、その当時に感じた感情が同じな筈が無い。その時、俺の『前世』と言えるものは完全に潰えた事を自覚したのだ。
しかし──不思議と『魂』に対する敬意は最後まで消えなかった。
木曽義仲。平安時代末期、鎌倉時代初期に活躍し、日ノ本全ての人の為に立ち上がり、その全てから裏切られた悲運の将軍。嘗て『旭将軍』として名を馳せた英雄だ。
だから、そんな自分がこうして人理に刻まれ、一人の英霊として名を馳せているという事は、素直に喜ばしいと思える。
俺はしっかりと役割を果たせた。『旭将軍』として、
これを喜ばずして何になろう。
……まあ、正しく刻まれたのは俺であって『オレ』ではないだろうが。
(それにしても……召喚時の付与知識は多くないな……事態が急を要していないのか。それとも、これ自体が『世界』の後押しか?)
枝葉が緩やかに揺れ、隙間から差し込む陽光も穏やかに流れていく。山林を出て、外に繋がっているらしき山道を歩きながら思索する。
『世界』から与えられた
付与知識も僅かなもので、ここがいつの時代でどの場所なのかという当たり障りのない事ばかりだ。
俺自身理解が及んでいないのだ。
「取り敢えず下山して人里らしきものを見つけてから聞き込みするとしよう……」
情報が少なすぎる。故の最短の情報入手法──聞き込みに出る事にする。情報の仕入れで一番手っ取り早いのは人伝からの聞き込みだ。それが、各地を旅するような商人などが居ればなお良い。基本的に集団で行動し、情報の断片を人から人へと繋げていく事で情報の共有、更新し続けるのが人間だ。それで多少尾ひれがつく事もあるものの、それは自身で確かめるなどして検証していけばいい。
それに『世界』からの付与知識によると、寛永十六年は島原の乱を過ぎた、泰平の世が訪れているらしい。ならば、乱世と違って日ノ本各地で絶え間なく戦場が生まれているわけではないし、人里も探せば見つけられるだろう。今歩いている森は最低限でしか人の手は及んではいないものの、人間を超越したサーヴァントの身であれば遠くに人里があろうとも問題は無い。
そう、問題は無いが──
「にしても……こんな召喚、皮肉にも程がある」
歩を止めてそう独り言ち、自身の体に視線を向けた。
上下黒の着物。何の仕掛けもない、ただの着物だ。少し違う事と言えば、利き腕が動きやすいように右腕の肌が晒されている所だろう。そして、左肩に申し訳程度で装着した白い肩当て。
──間違いなく、二十代前後の姿だ。
サーヴァントは基本的に全盛期の肉体を疑似的に得て現界する。『座』にある魂の情報を読み取り、本体の『影』として、現世に映し出される。故に、その英雄そのものではあるが、本体が直接出張ってくるわけではない。
ここで『クラス』というものが重要になってくる。
英霊とはつまるところ名前と魂を持った力の塊だ。その容量は膨大なもので、現界する際はその容量による負荷を抑え込む為にサーヴァントという使い魔に格落ちさせ、さらに切り分けて『クラス』という役割を当てはめるのだ。その英霊の一部の
英雄に限った事ではないが、反英雄にだって様々な側面がある。神霊としての側面をもつもの。鬼としての側面をもつもの。他にも槍を持って活躍した時期や刀剣を振るって戦場に立った英雄もいるだろう。
それがつまるところ『型』と呼ばれるサーヴァントのクラスシステムの根幹だ。
だからまぁ、自分の様に
ただ、『世界』が最高の人でなし、とだけ言っておく。
セイバーのみならず、アーチャー、ランサーで呼ばれる俺は恐らく
この頃の俺は剣の腕や精神面で色々と成熟しきった三十代よりも対人戦の方が強かった時期に該当する。
もしかしなくとも、
(……考えても仕方無い。巴はもうどこにもいないし、俺の様に召喚でもされない限り再会なんて叶わないだろう)
そう胸中で呟いて、休めていた歩を前へと進めた。
サーヴァントとしての務めを果たす、と意気込んでみたはいいものの、精神が肉体の記憶に引っ張られているせいか、どこか幼い卑屈さが際立っているのが自分でもわかった。もう少し大人の自分であれば『それはそれ』と割り切っていただろうに。その卑屈さを証明するように、歩を進める足取りは軽やかとは言い難かった。
鳥の鳴き声が森に木霊する。風は静かに、されど忙しく前髪を揺らす。
その穏やかさは重い足取りとは全く噛み合わない。
巴に会いたい。だがその反面、こんな女々しい俺を巴が見たらどうなるか、と思うと途端に情けなく思えてくる。
きっと、潔いあいつだったら迷いなくサーヴァントとしての使命を先にするだろう。だらだらと生前の後悔に振り回されている俺とは大違いだ。
だから、この後悔こそが巴を独りにした俺に宿った業なのだろう。
自嘲を込めた溜息と一緒にこの思考を振り払おうともっと速く歩こうとし──
──不意に足が止まった。
遠くで聞こえていた鳥の鳴き声がまるで気圧されたかのように、ぴたりと止まってしまった。吹き付けていた風も止み、ただ不気味に空気の流れを感じるだけとなっている。 そして、何よりも森中が
──空が黒く染まる。暗くなるのではなく、ただ空が黒く染まるだけに終わり、ほぼ同刻に騒々しい気配が森の中から発生し始めた。そして、その気配が発する殺気は全てこの身に寄せ集められている。獣の放つソレと似て非なるもの。ただ破壊衝動が表向きになったかのような、無秩序の殺気だけが森から感じ取れた。
「……今回の騒動はこれが原因か」
黒染めされた袴に差し込んだ刀を鞘から引き抜く。
直後、黒い靄が爆発の様に乱立すると──そこには化生がいた。
一匹は獣性を宿した──だが、そこには動物としての理性など介在しない猪。
一匹はただ破壊衝動を宿した──大鬼の如き巨躯と一振りの大刀を携えた黒い武者。
一匹は魔力を宿した──動く死体と相違ない骸の霊。
「敵の数はざっと二十……それよりも多いか? いや、この程度の数、さして問題はないが」
二十を超える化生共の殺気を自身に集められても、戦場で経験した乱戦に比べればそれらは全て取るに足らないものだった。あの戦場に立つ
故に、こんな破壊衝動しか持ち合わせない畜生共になど遅れは取らない。それこそ
だが、調子合せもある。故に迷いなく剣を構えた。
引き抜いた刃は黒く染まった世界で静かに、鉄の刃は鋭く光る。
「……そこなサーヴァント。隠れなくてもいい。少なくとも俺に敵対の意思はない。どうだ、落ち着くまでここは一時協同戦線を張らないか? 互いに悪い話ではないと思うが」
「──良いでしょう」
「ギィ……⁉」
化生の一部が悲鳴のような唸り声を上げながら靄となって消滅した直後、音もなく現れた俊足の影法師の正体は意外にも──女だった。
黒色の帯のようなものを可愛らしく一つにまとめ上げた白髪に近い桃色の髪。桜色の袴姿に革製の履物。日ノ本と異国らしきものの掛け合わせはいささか不釣り合いであったが、どことなく様になっていた。
だが、放つ無音の剣気は間違いなく、猛者のもの。
目前に群がっている化生たちを音も殺意も剣気すらも感じさせず、
「真名開示は後だ。先にこの化生共を片す。一応言っておくが、勢い余って背中から刺してくれるなよ?」
「必要であれば斬ります。それだけです」
辛辣でどこか物騒な物言いをする所が生前、深い因縁を持つ義経を彷彿させ、自然と表情が苦笑いへと移り変わる。
「ははは、今はそれでいい。敵か味方かわからない以上、警戒するのは当然だからな。それに──」
「■■■■──―‼」
会話に割り込むように突っ込んでくる黒武者。その姿形は人間型でありながら間違いな
く化生のソレであり、並大抵の剣士じゃその一刀のもと両断されるだろう。
「──お前を敵に回すと面倒そうだ」
「……それはお互い様です」
──音を残すこともなく。血を散らすこともなく、化生の首が刎ね跳んだ。
(……切っ先が見えなかった。術技も小細工も無く、ただ
彼女は少しばかり驚いているようだが、これは都を、民草を、『家族』を護る者としては
加えて、今の自分は
斬撃に破壊の跡を残すなどという、『手荒』な仕事は出来ない。
「片付けるぞ。早急にな」
「承知」
短い掛け声とほぼ同時。化生に向かって、俺達は飛び込んだ。
二日かけて書き溜めてたやつを投稿。
英霊剣豪七番勝負、という事で彼はライダーではなくセイバーとして召喚される。倶利伽羅の牛を期待していた人、バビロニアまでお待ちくだされ。
セイバーで召喚されるのは完全独自要素。本人は何よりも皮肉に思っているし、多対一を得意としている本人としてはあまり本領発揮とはいえないクラス。というか三騎士で召喚されれば本人はどのクラスでもそう思う。
次の投稿は気まぐれ。高評価してくれた紅蓮の聖女サン、ありがとうございます。