旭と巴   作:トウチ亀

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肆番目

 

「……」

 

 視界に映り込む火花が花吹雪の如く舞っている。それが何を焼いた事で生じたものなのかは、当人たる俺にすらわからない。

 刀を薙ぐ。すると、舞い上がった黒い土煙が二つに裂かれ、吹き抜ける風と共にどこかに消えて行った。

 

「──案外、やってみるものだな。()()()

 

 やった事は何でもない。落雷の如き紫電を纏った一矢を刃で一閃しただけの話だ。

 生前でも雷を斬るという行為は前例もなく、ましてや即興でやった故に無駄な切り口が多かったが、お陰で攻撃を凌ぐことは出来た。まぁ、あくまでこちらに向いた攻撃だけは、の話だが。

 

(……終点に着く前に強制的に中断させられた……やり直そうにも肝心の怨念はもう……)

 

 内心毒づく。先程の矢は敵意以外にも、これを妨害する気で放ったのだと思う。現に土地にへばり付いていた怨念たちは今の攻撃で跡形もなく消し去られている。

 

「ありがとうございます。義仲さん」

 

 既に戦闘状態に入った総司の冷えた声が背後から聞こえてくる。粗い振り出しだった故に余波が彼女にまで届いていないか心配ではあったが、それはいらぬ気配りであったようだ。

 

「気にするな。斬る()()ならそれ程の苦労じゃない。それに……あれに直撃すれば即死だったぞ? 俺達」

 

 そう言って刀を握ったままの右人差し指で総司の後ろに広がる景色を指す。

 人里だったものは俺と総司が立っていた場所を覗いて──ただの焼け焦げた焦土と化していた。相当な力が込められていたとは思ったが、まさか里を()()()()()()()()()など誰が想像できようか。

 生々しかった骸の肉片はあまりもの高熱で炭化し、茂り渡っていた木々は根っこに土塊を纏わりつかせながら無惨に倒れ伏している。地面も同じように雑草はおろかその地に根付いていた植物のほとんどを焼き尽くし、黒焦げの地を所々焔の赤で彩っていた。

 尋常じゃない威力に驚きを通り越して感心していると、総司が腰に携えた刀の柄に手を置いた。

 

「……こいつの野性的直感を掻い潜り、俺にすらその存在感を隠し通す術……結構なまやかしじゃないか、英霊剣豪」

 

 瞬間、空が朱く嗤った。

 その事に反応する間もなく、次々と変化は訪れた。まだ日中にも関わらず、空にはまるでここにいる俺達を嗤い、嘲笑うかのように堂々と朱い月が浮かんでいる。立ち昇る黒煙の合間から見えていた青い空は何処かへ消えた。遠方を伺える空の境界線は黒く、頭上の空は血の河を滲ませたかのような不気味な光景を作り出していた。

 

『──お見事』

 

 瞬間、穏やかであるがどこか隠しきれない狂気を内側に内包した女の声が聞こえたと共に、人型の黒い靄が刀の間合いの外に顕現する。

 言うまでも無く噂に聞いた悪鬼羅刹英霊剣豪、その一騎であった。

 

『妖術師殿から聞いていた旭将軍、噂に恥じぬたくましい剣の腕です。纏めて屠る気で放った矢を初見で撃ち落とすとは』

 

「無駄な賞賛は止せ、鏖殺者。血まみれの棒振りに何褒められようが不愉快なだけだ」

 

『あはは! 中々面白い事言うお侍はんやなぁ。ほな、言われとるで? ライダーはん』

 

 黒靄が晴れる。そこから現れたのは──女将(にょしょう)であった。

 滑らかな黒髪。整った顔立ちから見る事の出来る目は僅かな光を残し、淀んでいる。その淀みを即座にその内側に宿っている狂気の正体なのだと理解する。

 そして何よりも、強い。

 今もなお愛想笑いに近い微笑みを浮かべているが、付け入る隙が全く見当たらない。女性らしい細腕から感じ取れる確かな技量に、尻鞘(ぽんぽこ鞘)を携えた足腰の立ち振る舞いの全てから完成された武の術理を感じる。

 そして驚くことに、艶やかな声を発した少女の正体は鬼種──鬼だったのだ。

 間違いないと断言出来たのは、恐らく生前の経験からくるものだろう。血の匂いに混じって強い果実酒の香りがする盃を片手に色白な顔を心底愉快気に歪ませる様は()()()()()()()実に鬼らしいものだった。

 そして、それら二騎の姿を見た途端、悟った。

 こいつらは総じて()()()()()()と。

 

「……羽虫、その首落とされたくなかったら構えなさい。それだから──」

 

「! おい、待──」

 

 桜色の残影が地面を蹴る。待て、と制止の手をかざそうとした時には全てが遅かった。

 瞬間、甲高い金属音が女将の太刀を轟かせた。

 

「チ……」

 

「──息を潜めた狼などに噛みつかれるのですよ?」

 

「総司! 止まるな、そのまま行け!」

 

 制止は既に断念した。先程の会話は間違いなく聞かれている。故に、真名の秘匿は無意味だ。俺も遅れて飛び出し敵の横槍に対して声を張る。鬼種の娘に向けた縮地から放たれる音越えの突きを女将が刀の腹で防いだ刹那、総司の足周辺に()()()()の呪詛が集まり始めたのだ。間違いなく、残りの五騎の内の誰かの攻撃であった。

 だが、総司はそれに反応を示した様子は無い。声のまま攻撃に移ってくれるらしい。

 信用されてるな、と苦笑いが浮かび上がると同時に形を取ろうとしていた呪詛を間合いギリギリの場所から斬り捨てる。

 

「速く! 鋭く!」

 

 二連、無明の突きが二匹の悪鬼に炸裂する。

 互いに持ちうる得物が軋み折れるかのような金切り音が轟く。だが、サーヴァントが持つ得物は等しく神秘を纏うモノだ。そのような通常の法則には捉われない。

 煌々と火花を得物から散らしながら高すぎる練度を誇る突きに耐え切れず、地面に二本線を描きながら二騎は後方へと押しやられた。

 

 

 

 総司の縮地には及ばないが、空いた距離を縮め一気に間合いを詰める。総司が作り出した『繋ぎ』の火種。鬼の方はともかく、不意打ち同然で放たれた総司の突きを一度とは言え防いだ彼女だ。総司の動きを無駄にしない為にもここで堕としておくべきなのだろう。

 けれど。

 

「思い上がりましたね?」

 

 戦というのはそのようにうまく事が運ばないものだ。

 目が紫電を纏った矢を捉え、落雷のように大気が瞬間的に膨張するのを覚える。数にして六本。出力は先程の剛射に勝るとも劣らない魔力の密度を誇り、貫通力で言えば先の射撃を凌駕している。総司はそれらの脅威をいち早く感じ取り、十八番の縮地で女将の矢が捕捉する範囲から瞬時に離脱する。

 刹那、六本の紫電が()()()()()朱い夜を穿つ。後退して回避を試みるが既に遅すぎた。もはやこの速度で放たれれば中距離程度の間合いなどもはや意味を持たない。

 躱せない。それがひとえに理解できる一射、否、六射で放たれる一矢だった。

 

「──そいつはもう()()

 

 躱せないなら、()()()()()。自分の得物を一呼吸の間に六度振る程度なら、呼吸も一瞬の時間も不要だ。

 反射的に先に放たれた狙撃を経験則による洞察で頭の中を僅かな情報で満たす。そして、そこから派生していく突破口を見つけ、この状況に於いて最適な結果を検索し、割り出していく。総司のような先天的に備わった虫の知らせでは無く、鍛錬と経験の積み重ねにより後天的に獲得した洞察力、その極意。突破口が少しでもあればそれを手繰り寄せる為の立ち回りが可能となる(わざ)だ。

 一射目。横に薙ぎ払い、雷光が火花のように散りながらその軌道を大きく逸らす。

 二射目、三射四射五射目。並行して飛来する矢を一つ落とした際に振るった腕の勢いに任せ、法則性も無くただ腕のしなりによる斬撃の()()のみを意識し、全て叩き落とす。

 そして六射目──。

 

「そら、返品だ」

 

 矢を()()()()()()()()()

 駆ける。音を斬り、大気を穿ち、紫電が視界を迸る。速度による重さを利用したそれは威力と速度を殺すことなく、目で捉える事すら馬鹿々々しく思えてくる程の速さを誇りながら、持ち主である女将の元へとかえって行く。

 流石に驚いたのか、女将が目を見開くのとほぼ同時、猛烈な光が生じると共に戦場に雷の大柱が六つ乱立する。魔力の爆発は突発的な衝撃波の暴風を生み出し、尋常じゃない勢いで空気を叩いた。

 しばし攪乱される戦場。仕切り直しが必要かと思い、ある程度の攻撃には問題なく対応できる程度の間合いを計りながら後退していき、先に離脱した総司と背中合わせになる。

 

「実際に打ちあって気づいていると思うが、こいつらは通常のサーヴァントと()()が一段階違う。紙装甲のお前は気を付けろ」

 

「他には?」

 

「連携がざるだ。各個でじっくりバラしながら適当に斬れ」

 

「承知」

 

 声だけの打ち合わせを終えた瞬間、足元から先程の五芒星とはまた違った呪詛の気配を感知する。

 そして、血黒の呪詛が大蛇の大あごを象り、()()()()()()()()()()()()()()()

 光が徐々に遮られていき、朱い月光を残して暗がりに陥る大蛇(おろち)の口内で呪詛による体内融解が始まろうとする刹那、総司は縮地を利用して大あごの()()()()()()()()()()()脱出を成功させた。初見であれば正しい判断なのだろう。事実俺自身そうだと感じる。事実ではあるのだが少しばかり俺を置いていく事に抵抗が無さすぎないかお前、と思わなくもない。

 呪詛であれ、それが伊吹山の大蛇であれ、カタチを得ているというのであればたとえ斬った経験が無かろうと()()()()()()()()()()

 視界が陰る。月光すら目に入らなくなった瞬間、一呼吸も置ける暇すらなく刃が縦横無尽に閃き、数舜遅れて大蛇の頭を象った呪詛は細切れとなった。

 

「……余裕がないのか、はたまた別の理由か。いい加減しつこいぞ?」

 

 大蛇の血肉がただの魔力へと還っていく光景を目にしながら、自分でもわかる程面倒くさげに吐き捨ててしまう。敵は案の定、気の短い奴らだという事が良く分かった。残心の終わり際に生じた意識の隙間を突き、肌を起点に全身を包み込むように襲う剣気。呼吸を整えながら憂さ晴らしにもならない言葉を紡ぐ。

 

「互いに話し合いの場が必要だと思うが、どうだ?」

 

「ぬかせ、旭将軍」

 

 俺を見据える黒頭巾の男。纏う剣気はまさしく剣の鬼が如く鋭く、そして冷たい。

 こちらの軽口を物ともせず、返答と言わんばかりに頭巾の男は俺の首目がけて一閃する。

 あまりにも予想通りの解答に対してそりゃそうか、と呟きながら追撃は不可能と判断し、様子見がてら男の刃を自身の刃のはらに奔らせ、朱夜の空間に火花が舞う。

絡める様に受け流す事で相手の攻撃手段の一つである刃を一時的に封殺しながら、頭巾で隠れかかっている足に鞘を振り抜く。だが、初見の印象通り、相手は剣の鬼と言われても違わない程の手練れだ。この程度の攻撃は両足を少しばかり引く事で簡単に避けてみせる。

 

「ぬぅっ‼」

 

 そして、態々晒した隙に付け入らない程甘くも無い。

 地面に屈んだ一瞬を狙った、初撃とは比べ物にならない程の剣気が乗っている一閃。速度、重さ。斬るという行為において必要な要素全てが先とは段違い。一瞬、自身の首が断ち切られる映像が頭を過ると共に斬る事を目的とせず、ただ弾く事だけに意識を注いだ刃を横薙ぎに振るう。

 甲高い音が刃から腕へ、最後に鼓膜へと伝う。

 ここだ、と内心ほくそ笑む。

 立ち上がりと共に、足を振り上げると共に()()()()()()()。右足を中心に地面には亀裂が広がり、ここにいるサーヴァント全騎の足場全てに及ぶ。総司の心配はしていない。アレは足場が崩れた程度で戦闘に支障がでる程やわに出来ちゃいないと確信している。

 そしてあの冷ややかな剣鬼に明らかな隙が生じる。

 狙い通りだ。俺は先程と変わらない速度で走り抜き、がら空きの胴へ突きを決める。

 景色が早送りになる。刃の切っ先から確かに空気を突き斬る感覚を噛み締めながら、距離は人の身などとうに通り越した速度で縮んでいく。

 だが、流石の俺も驚愕する光景がそこにはあった。

 何と、まともに立っている事すら難しいあの足場で重心、構えの全てが整った()を取っていたのだ。

 

「シっ!」

 

 互いに放った突きが切っ先を触れ合わせたまま()()()()()()()

 ()()()()()()()、ととんでも技量に舌を巻きながら苦言を相手に聞こえない声量で漏らす。

 

「成程、そのじゃじゃ馬っぷりはどうにもまともに戦う気はないと見る」

 

「生憎と乱戦気味だ。何でもありが基本だろう」

 

「道理だ」

 

 一瞬で距離を取り、互いの間合いを計って再び超速で詰め寄る。あちらは上段からの斬り下ろし、こちらは地面に刀の切っ先を走らせながら迎え撃つ。互いに持ちうる得物から大気を斬る音が聞こえる。

 同刻、再び銀の閃きが交差する。これだけ接近しているのにも関わらず頭巾の中身が伺えない事に疑問を覚えるという割とどうでも良い事を考えて思考を緩めながら、返す刀でもう一撃叩き込む。

 刀は俺の生きた時代でも真正面で受け止める事はあまりない。乱戦においても受け流す事が基本だ。

 故に、一対一の打ち合いは常に相互の攻撃を受け流し合うという構図が出来上がるのだ。

 刃が刃の上を奔る。金属が激しく摩擦し、耳をつんざく。英霊の膂力によって生まれた斬撃の残留が地面を抉り飛ばす。

 

「「──」」

 

 剣戟の空白。

 打ち切りの合図のように、頭巾と俺は交差する。

 その結果は。

 

「両者痛み分け、か」

 

 頬に生じた傷を撫でる。あちらも頭巾の裾から血が流れ出ているが、あれだけの剣の腕があればあんな傷は手傷のうちに入らないだろう。自信なくしそうだ、と後退しながら呟いた。こちらにもあちらにも、纏う衣服には先程胸に付けた傷以外、目立った損傷は見られない。取り敢えずこの死合は相打ちでもない──結果としてはまずまずのものとなった。

剣戟の終了を把握したと共に、後方に飛び退く。

 

「義仲さん、無事でしたか?」

 

「まあな。そっちは──おい、あの坊主相手に無傷でしかも手傷負わせて帰ってくるとか、お前本気で人間辞めているだろう」

 

 後退して総司と合流しながら、傍らで右手首が吹き飛んでいる十文字槍を携えた槍兵を見て自然と冷や汗が流れる。経験則による敵の分析では『単純』な技量で言えばあのとんでも女将より上かもしれないという確信染みた予感を抱かせるほど、総司の相手取ったあの坊主は化け物染みていた。まぁ、立ち回り次第では俺でもどうにかなりそうではあるが。

 だが、あれほどの相手を初見で負傷を負わせる総司の剣の腕前には感服する他なかった。

 

「──これはこれは」

 

「!」

 

「……」

 

 姿を晒していない英霊剣豪残り二騎の内の一騎が体を覆う黒い靄を払い、現界する。総司は反射的に刀を構え、俺はその英霊剣豪の観察に徹する。

 下手な妖しより歪な男だった。『人』の英霊に区別するというには、その霊基から感じ取れる気配は余りにも禍々しい。先程死合った英霊剣豪の持つような()()()ではなく、間違いなく奴自身を起点に滲み出るソレ。

 緑の着物を着崩し、髪の右側は白く、左は反対に黒い。その手に持つ札や体中から感じ取る事が出来る魔力や呪詛の気配は日ノ本の魔術師、陰陽師のもの。冷ややかに嗤うその顔立ちは非常に整っているが、その皮の下に隠れる混沌と悪、しかも稀に見る生粋の『外道』の香りは英霊的にも決して相容れるものでは無かった。

 

「誉れ高き旭将軍、木曽義仲殿に京の都に根を張る壬生狼が一匹、沖田総司殿ではありませんか。どうぞ、今後お知り行き願いたい。我が忌名はキャスター──」

 

「ふっ!」

 

「せめて名乗らせてやれ」

 

 是非も無し。一秒にも満たない、瞬間移動が如く速度で放たれた突きがキャスターと名乗った男を襲う。気持ちはわからないでもないが容赦が無さすぎないかお前、と口に出す前にそれは阻まれた。

 総司の無間の突きはキャスターの心臓部、サーヴァントの中枢たる霊核に位置するその直前で止められていたのだ。そして、離脱しようとした総司の動きが不自然に停止ししていた。まるで四肢が動かんと言わんばかりに、その機敏だった動きは硬直している。

 

「ン~~? 躾がなっていませんねぇ。もっとも、病で早死にした無力の犬には無理な事でしょうが。まぁ、そこは本人に聞けばわかりますか。どうなのです? 最後まで何も出来ずに死に絶え、無力で、無様にむざむざと仲間を殺された沖田殿?」

 

「──貴様」

 

 総司の冷徹な表情に、更に冷たさが乗っかる。その反応を良く思ったのか、キャスターは内側から滲み出る下衆の笑みを隠そうともせず、ニタリと口角を上げる。

 

「ハハハハハァ! 失敬失敬! あまりにも滑稽で愚かでしたから! この程度の悪戯は勘弁していただきたい! ですが、噛みつきたがりの狂犬かと思えば良い表情(かお)を作るでは在りませんか! 良い! もっと、もっとです! 都の治安維持とは名ばかりの人斬りにはもっと良い表情(かお)が出来る筈だ! さぁ! さぁ──」

 

 瞬間、赤い五芒星が浮かび上がり、総司の顔に苦悶が滲む。

 

「くッ……⁉」

 

「狂い、惑い、苦悶に染まれ! それでもっと私を()()()()()()()! 狂犬は狂犬らしく狂っている方が様になる! 我々英霊剣豪は貴女という英霊を歓迎しましょう! フフ、フフ、フフフハハハハ──」

 

 汚い笑声だ。もはや耳に堪えない。野蛮で、下劣で、品などという高潔なものとは程遠い。相手の過去の古傷を好き放題抉り、辱め、嗤い、嘲笑う。俺には縁遠く、生前も死後も到底理解が及ばないであろうもの。何より奴の、キャスターという男の在り方はどうしようもなく──

 

 

「そら解呪(えんがちょ)

 

 

 あまりにも、醜い。

 少なくとも斬る事に何の躊躇いも覚えない程度には

 間合いを詰め、総司の体を侵食していた呪術を斬り捨て、解呪(えんがちょ)する。

 

「──っっ!!!! ……旭将軍……っ‼ 貴様やはり我が妖術を……っっっ!!!!」

 

「こっちは驚いたぞ? ぺらぺら動く口とは裏腹にお前全く()()()()()()からな。それもその薄汚い妖術の賜物か?」

 

 体を覆っていた多重結界ごと斬ったキャスターの肉体から鮮血が舞い散る。

 そしてすぐさま硬直が解除され漸く体に柔軟性が戻ってきたと思える総司を横脇に抱えると明らかに憤慨した様子のキャスターがギラギラと怒気と憎悪を瞳に燃やしながらこちらを見ていた。

 

小癪ゥ!!!!

 

 腕が振るわれ、対魔力を貫通する呪術の火炎が地面を迸る。だが、ただ憎悪を込め、怒りのまま振るった粗削りの攻撃に対応できないわけが無く、総司を横脇に後ろへと跳躍する。

 

「流石に迂闊すぎたな総司。とっとと始末する気概は俺も賛成だがもう少し我慢を覚えろ。……で、体の具合は大丈夫か? 今ので呪力の類は取り除いた筈だが」

 

「申し訳ありません……戦闘には支障は在りませんので。義仲さん、それよりも──」

 

「ああ、奴の気色悪い妖術には気を付けるさ。お前こそあいつの動きには注意しておけよ?」

 

 ふぅ、と一息ついて呼吸を整えながら、刀を構える。抜かりはない。故に構えた刀は周囲の警戒に充てつつ、見据えるのは今でもこちらを見ているあの下衆男の姿。

 性格的にも能力的にも恐らく『厄介さ』で言えばどの英霊剣豪よりもこいつの方が上だろう。英霊剣豪らが纏う魔力と先程総司に仕掛けようとしていた呪術に込められた魔力の種類は同じ。もしかしなくとも、英霊たちのあの残虐っぷりにはあのキャスターが一枚噛んでいる。何かの妖術で変生したのがあの悪鬼羅刹、未だ黒靄を纏っている一騎を除く六騎となれば、警戒するのは必然だろう。

 外道にして狡猾。策士としてはこれ程厄介な相手はいない。しかも、それを楽しんでいる節すらあるのだからなお質が悪い。

 それに、先程は意趣返しに煽りまくったのだ。こういう奴は我欲だけは一丁前だ。それを少しでも貶せば爆発するのは必定。

 ……であるのだが……。

 

「………………」

 

 奴の反応はこちらの予想を覆すものだった。もっと怒ると踏んでいたが、その顔は憤慨が滲む刺々しい表情から次第に先程総司に語り掛けていた時に見せた愉快気なものを思い浮かべるものに戻っていた。性根の腐り切った、人を玩具か何かとしか思えていない、そんな顔に。

 精神汚染スキルの類による情緒の乱れだろうか、キャスターの不気味とも言える挙動に横の総司は得物を握る力を強め、相応の警戒心を持って奴を見ていた。

 

「……いけないいけない。私としたことが、一番の()()()を忘れて憤慨してしまうとは。見苦しい姿をお見せしました、木曽義仲殿」

 

「いや、相も変わらず外道百面相なのだが」

 

「左様。あなた方人間達から見た私は外道そのものでしょう」

 

 遠回しにあまり変化は無いと伝えたのだが、自覚はあったらしい。まるで自分が()()()()()()と言う物言いには些か違和感を覚えたが、それはそれだ。その違和感が判明した所で、少なくともこの場で何かが変わる予感も無い。

 

「で、キャスター。お前も英霊剣豪の内一騎と考えていいんだな?」

 

「然り。改めて名乗らせていただきます。一切鏖殺の宿業宿せし七の悪鬼が一人。骸の名は言うに及ばず。我が忌名、キャスター・リンボと申します。お知り行きを、義仲殿。そして──」

 

 ぱんぱん、と手を鳴らす事数回、キャスターの乾いた拍手音が戦場に響く。

 

「──我ら七騎を相手取り、その上ほぼ無傷で凌ぎ切るその武芸、見事なり。我らが主たる妖術師殿に聞いた通りの──否、それ以上のものでした」

 

「総司を忘れるな。こいつが居なければ下総の俺はとうに斬り殺されている。それに……まだ一騎残っているみたいだが?」

 

 この戦闘が始まってもなお、微動だにしない一騎に目を向ける。

 特有の黒靄は妖術の類によるものなのか、影はおろかその姿形すら伺う事は出来ない。

 今は大人しく傍観に徹している英霊剣豪たちはあの黒頭巾を除き、漏れなくその姿と血と臓物の匂いを晒している。

 不自然極まるその一騎の状態に警戒度が上がっていく一方だ。

 

 

 だが、キャスターは俺のそんな様子を見て心底愉快気に、愉悦に(まみ)れた()顔を浮かべている。

 

 

「──ハハ」

 

 

 嗤いがキャスターの口から零れると共に──左肩の『印』が、疼いた。

 

 

「──フフ、フフ、フフフフフフフフフ、ウフフフフフフフフフフハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 

 不快極まる笑い声が辺りを包みこむ。下衆の表情が更に歪み、留まる事を知らない奴の外道っぷりにますます拍車がかかる。

 

「……?」

 

 そんなキャスターの反応に、疑問を覚える。人の矜持、過去を踏みにじり、嘲笑う奴が、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハハハハハハ!!! いやはやこれは愉快、愉快、愉快ィ!!! 貴方が、旭将軍・木曽義仲たる貴方が! それを言いますか! ()()()()()()()()()()()()()()と⁉」

 

「……いちいち気持ち悪い奴だな。大方お前の妖術か何かだろう? 気配遮断、明鏡止水、はたまた圏境とも違う、こちらの認識を阻害する類の──」

 

 

 

 

「──と彼は言っておりますが。いやぁ、拙僧は()()()哀れで哀れで心苦()しい。頬擦りしたくなる程に」

 

 

 ──黒靄が晴れた。

 これまで多くの民草の命を奪ってきた英霊剣豪。この時代に異常をもたらす最凶の存在が、今目の前に露になる。

 黒靄に感じていた違和感が、靄と共に悉く消し去られていく。

 

 

「想い想い想い続け、一切鏖殺の宿業を埋め込まれようともその理性を保ち続けた悲しくも勇ましい魂を持つ彼女に対する仕打ちがこんなものとは、一体どんな悲劇なのでしょう!」

 

 

 ──………………は?

 

 

 間抜けな声が、自然と口から零れた。

 

 

「おお、サタン様! サタン様! 見ておられますか! いや、見ているのでしょう! だとすればこれは何の因果だ⁉ 拙僧が今見ようとしているのは、サタン様の与えし加護の奇蹟‼」

 

「義仲さん……? あの英霊剣豪は一体……?」

 

 

 ──あり得ない。

 警戒心が、思考が、心が、徐々に薄まっていく。心が消えて行く。感情が消えて行く。これまでどんな状況でも平静を保っていた思考が消えて無くなって行く。

 代わりと言わんばかりに出てくる驚愕が、疑問が、憤怒が、ぐちゃぐちゃになった行き場を無くし、俺を更に壊していく。

 

 

 知っている、知っている。

 

 

 死風になびく銀の長髪。鬼種の証たる一対の角。纏う甲冑も、得物も、その真名も、知っている──‼ 知っているとも──‼

 

 

「さぁ、参りましょう! 煉獄の戦姫! 鏖殺の死合舞台にて、彼を想う貴女の果て(末路)を拙僧に見せてくだされ! 背負いし宿業は一切焼却! 忌名はアーチャー・インフェルノ! 骸の名を──」

 

 

 

 

 

 

「……とも…………え………………?」

 

 

 

 

 俺達は、最悪の形で再会を果たした──

 

 

 ──『印』が、脈打つ。

 




 一週間ぶりの投稿。
 外道百面相こと、キャスター・リンボの登場。こいつは難産でした。書くにあたって言葉遣い、言動を何とか運用できるようにしたい所。作者の所感だと、リンボはプライドは身の丈以上に高いが、頭のどこかでは必ず冷静な部分があるタイプに見える。まぁ、限界は流石にありますが。
 旭さんに放った妖術は怒りのままで振舞ったものだが、『楽しみ』とやらがいいストッパーになって逆に冷静になれた模様。
 なお、今後も頻繁に登場予定。今のところは。
 
 そして旭さん、敵の得物も自身の攻撃に転じる事が出来る乱戦が得意なサーヴァントです。
 あと活動報告に何か書いてみたので是非とも意見をよろしく願いたい。
 多くの感想、評価、ありがとうごぜいました!
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