旭と巴   作:トウチ亀

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 ──平安末期。とある屋敷の縁側。
 少年と少女は成長し、想いの丈と共に強く成長していった。
 驕りし平氏はそのまま。人々は飢餓に苦しみ、必ずどこかで誰かが泣いている。
 そんな時代で確かに存在した、鬼の姫と木曽の(つわもの)のひと時──。


「義仲様」


「ん? どうした、改まって」


「巴は……」


「……?」


「ふふ……巴は、貴方が好きです」


「──……はは、オレもだ」


 ──愛してる。


 秋の風は緩やかに、されど楽しそうに二人の間に吹き抜ける。
 桜花は終わりを告げ、やがて落ち葉となり、逞しく育って次の春へと繋いでいく。
 未だ青葉たる彼らはまず間違いなく、その平穏を噛み締めていた。





伍番目

 ──銀の糸が風に揺れる。

 前髪の間から覗く額に生えた角は鬼の名を冠する極東の天性の魔の証明。

 左の得物は巴型の薙刀。右の得物は紅い刀身を持つ名刀。

 端正な顔立ちが持ちうる朱色の瞳は鮮やかな花のように美しい。俺の知るどの女よりも勇ましく、何よりも綺麗な女傑。こいつの為ならどんな場所でも戦えた。こいつの為ならどんな事だって頑張れた。戦って戦って戦って、最期には折れそうになってもあいつのお陰で自分の足で立つ事が出来た。旭将軍の殻を被っただけの『贋作』である俺が見つけた数少ない『本物』。

 それが、それこそが、俺にとっての巴御前という女だった。

 

「……おい」

 

 恐ろしく、低い声だ。こんな声を出せたのか、と自分でも驚かざるを得ない。

 だが、どうでも良い事だ。

 

「誰の女に、手を出した?」

 

「ンン~~~~? 誰、と? ハハハハ、ご心配なくとも、その女は間違いなく貴方のですよ? それよりもっと喜ばないのですか? 嘗て苦難と戦場を共にし、乱世における日ノ本でもっとも愛したご自身の女が死後で再会を果たす。ああ! 何たる王道!! これを喜ばずして何になりましょうか!!!!」

 

 ──違う。

 俺は、()()はこんな再会がしたかったんじゃない。

 もっと、もっと穏やかなものだと思っていた。ささやかで、死してあの乱世の現世から解放され、血生臭い戦場などではなく、『旭将軍』としてでなくただの『オレ』として、穏やかに対面するものだと思っていた。

 違う。

 違う。

 こんなのは、こんなのは。

 

「さぁ、是非とも貴方の感想をお聞きしたい。インフェルノの夫である貴方に。一体どんな気持ちでしょう? 人理守護の為に屍山血河たるこの下総に馳せ参じ、倒さなければならない敵がよりにもよって最愛の女だった時の気持ちは! それはさぞ、さぞ胸躍る光景なのでしょう!!! フフフ、フ、フフフフゥハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハァ!!!!!!! ああ、何という道化! 何と愚かなことかっ!! 覗きたい、その現実を認識したくないと足掻き、苦しむ心を! 一体、今の貴方の魂は何色でしょうか⁉」

 

 

 

 

 ──何が違う?

 

 

 これは、現実だ。

 あの姿、あの得物、あの顔、このオレが間違う道理などあるわけがない。 

 知っているとも。何度だってこの目に、心の蔵に刻み付けて来た。大切に、大切に、深く深くあいつの全てを焼き付けて来た。

 だが、何故だ。

 何故あいつが、よりにもよってあいつが、あそこに立っている──?

 

 

 ──嘘だ。

 

 

 否定を否定する。嘘であって欲しいと、そんな縋るような願いを抱いている己を否定する。

 そんなわけがないだろう。オレとあいつの繋がりを示す肩の『印』が焼ける様に熱い。焼印を押し付けられているようなこの感覚が、嘘である筈がない。

 

 

 ──違う違う違う違う違う違う違う違う。

 ──嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

 

 

 沸騰する。頭の髄に至る隅々が、脈動する。煮えたぎる。どこかにあった冷えた部分が逆転し、灼熱を抱く。熱い。腹の底から湧き出てくる熱が全身を巡り、体の奥が燃えるような感覚が全身を迸る。若年の肉体に縛られている精神構造がそれに拍車をかける。

 

「義仲さん! 何とか堪えて! それではキャスターの思うつぼです!」

 

 総司の叱咤が聞こえる。が、今のオレにはそれすら気に留める事が出来なかった。

 

帰命せよ(オン・)──」

 

 言霊を唱える。

 紡がれていく言葉と連動し、左肩の『印』が白く火を巻き上げる。

 焼ける。燃える。焦げる。血肉に焔が灯る。永く長く、稼働していなかった炉心の火が踊り、猛る。

 これが印への干渉によるものなのか、それともこの全身が煮えるような感覚を奔り続けている激情によるものなのか、最早判別は着かない。

 だが、そんな無駄な作業はさして重要ではないだろう。奴らは巴を、オレの妻を辱めた。

 その時点で──奴らへの手向けは既に決まっている。

 

「──旭の輝きよ(アニチ・ソワカ)

 

 完全ではない、剣士たるオレの持ちうる最強の幻想、その断片を展開する。

 肩に背負った三つ巴が脈動し、黎明の白灯を巻き上げる。夥しい魔力の奔流が白い道となって地面を抉り、朱い月が嗤う夜、血の河に沈んだ土地が旭の光で周囲を余すことなく照らしていく。生前、人に向けるべきではない『邪道』と斬り捨て、倶利伽羅峠の戦いを折に生涯使う事をやめた力を、何の躊躇いも無く解き放った。

 熱は静まらない。グラグラと、激情が煮える。

 熱く。熱く。熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く熱く──!!!

 左拳を、握る。手から血が滴り落ちる程に強く、激情の熱をその拳に乗せる。

 変わらず嗤っている畜生、キャスター。冷ややかに、愉し気に、こちらを見据えている。

 それで少し、熱が冷めた。

 湧き出てくるのは後悔と罪悪感。オレが、あいつをあんなにしてしまった。紛れもない、突き放した筈のオレが彼女を苦しめ、狂わせた。泣かせて哀しませて、自分が抱く身勝手な想いに振り回して、あいつの願いを踏みにじった。

 

 

 そんな自分に、どうしようもなく──

 

 

「──そこを」

 

 

 

 

 ──吐き気を、覚えた。

 

 

 

 

「どけぇぇぇえええええぇえぇぇぇええええぇえええええぇぇぇぇぇえええええぇぇぇぇぇえええええええぇええええ!!!!!!」

 

 

 怒号と共に拳を振り被る。真言詠唱によって活性化させた膂力。白い爆炎となった魔力。それらをありったけ乗せた拳は火山の大噴火の如く。地を焼き、不浄を燃やし尽し、横にどこまでも伸びる火柱となる。その威力は対軍宝具と違い無し。

 辺り一面に悪鬼を殺す白の業火が広がっていく。炎熱に晒された空気は衝撃と共に熱風となり、抉れた地面が灼熱に晒され紅に染まる。

手が砕け散るような痛みが手を襲うが、開け閉めして問題なく動く事を把握すると、底上げした筋力で地面を踏み蹴った。削れる、などとやわなものではない。爆音が地面を伝い、踏み砕いた足下の土が大きな土塊となって吹き飛ぶ。

無論、こんな大雑把な攻撃で奴らが死ぬとは毛頭思っていない。純度が高く、わかりやすい感情を攻撃に乗せた所でそれは達人からしてみればただの隙にしかならない。

頭は冷たく、心は燃やせ。

立ち塞がる障害を、阻む者全てを冷静に冷酷に冷徹に踏み越え、ただただ、駆逐しろ。

 

「!」

 

 直後、()()()()()が充満した。人の身で嗅げばそれこそ瞬時に泥酔してしまいそうな程に強い酒の香り。人の身に余る、まさに禁忌の魔酒と称すべきもの。真言の焔で浄化し、所々にその残滓を漂わせているこの場所で、だ。

 そして──その魔酒は怒涛となり、死んだ大地を覆った。

 視線が辿った先にいるのはあの艶やかな鬼種の娘。キャスターとは違う、根本からして致命的に狂ってしまっているようなどこか壊れた笑みを浮かべている。器から流れ出るのは宝具か、少なくともただの酒ではなさそうだ。

 

 

 知るか。

 

 

 白焔が鉄を奔る。印から直接抽出した魔力が鉄刃の中で鼓動を鳴らす。

 そうだ。対処などとうに分かり切っている。後はオレがどうするべきなのか。そんな事

ならとうに決まっている。生前、何の為にこの剣を握った。何の為に鍛え、何の為に人を斬り続けた。

 阻む者全てを、叩き切るためだろう。

 

「っっっっ!!!!」

 

 袈裟に一閃。

 強く速く、脈動した祓魔の斬撃はその怒涛の全てを斬り払う。祓いの太刀。破魔の刃。魔性を滅し、不浄を滅する斬撃。それを阻む術など、悪鬼羅刹に備わっている筈も無く、地面を斬り進む刃は止まる事を知らない。否、奴らに止める事など不可。

 この一刀、穢れなる全てを両断するのだから。

 

「くっ⁉」

 

「っ」

 

 ()()()()()()切り口を作り上げた地面を血飛沫で染め、鬼種の娘を、初めて姿を晒した大蛇のくノ一の傷口を白焔で焼きながら斬り裂いた。

 

「……っ⁉ 何故、傷が……塞がらない……!!!?」

 

「けふッ──……ふふふ、酷い事するんやなぁ、旭はん。そんな怖い表情(かお)して。どっちが鬼かわからへんわぁ」

 

 口を動かすより手を──返答の間を置く事も無く、ただその二騎をありったけの膂力で蹴り飛ばし、宙に流血を舞わせながら吹き飛ぶ様を最後まで見届けることなく突貫する。

 

「消えろ」

 

 駆けろ。眼は躱すべき矢軍の全てを見据える。速く速く、もっと速く、駆け抜けろ。

 

 

「消えろっ……!」

 

 

 印を起点に焼け焦げるような激痛が全身を迸る。印に宿る力が、エーテルで構成されるこの体を蝕み、食いつぶしていく。永く稼働を許さなかった炉心が急稼働によって暴走しかかっているのだ。

 血脈が焼かれていく。脳髄が焼けていく。肩の三つ巴が、オレの全てを焦がしていく。

 ──くだらない。

 あいつはもっと痛い。

 あいつはもっと苦しい。

 否否否、あいつはずっと今も昔も、もっと痛い! 苦しい!

 焼かれた脳髄が激情で再び沸騰する。すると先程の痛みが可笑しい程引いていく。

 

 

 ──ずっと、待ちわびていた。

 生前が無理でも、死後であれば、再会できるのではないかと。どれだけ否定しようとも、どれだけ後悔と罪悪感に見舞われようとも、そんな子供じみた奇蹟を心のどこかで望んでいた。

 永遠に、などとは口にしない。それはただの傲慢であり、強欲だ。オレは死した身であり、彼女もまた死した身だ。輪廻の輪から外れたこの身は惨たらしい後悔を抱いたまま、『座』で鎮座している。この現界だってひと時の泡沫の夢に過ぎない。泡沫は誰かに悟られる事も、自分が悟る事も無く、消えゆくもの。それらは脆く儚い。所詮は影法師、人理の影に映し出される影絵の一つに過ぎない。それらは『贋作』であり、決して()()()()()()

 

 

 

 ──それでも。

 

 

「消えろっっっ!!!!!」

 

 

 月は未だ朱く嗤っている。虚ろに立つ巴から目を離さず、総司と対峙した坊主の一刺しを受け流し、ありったけの力で地面に叩きつける。

 五芒星を斬り捨てる。

 大蛇の呪毒を祓う。

 矢軍を弾く。

 突きを躱す。

 一閃を流す。

 穿通の突きを。詛呪の呪いを。溶融の波濤を。粛清の紫電を。嘲弄の妖を。両断の閃きを。

 斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。斬る。

 

 

 ──それでも、オレとあいつが触れ合ったという事実が残れば、それで良い。

 

 

 その時間を、無駄だとは言わせない。

 

 

 そのひと時を、たとえ泡沫に消えてしまうとしても、決して『贋作』とは言わせない。

 

 

 この現界(ユメ)の、邪魔はさせない──!!!

 

 

「消えろォォオオオオォオオオオオォォォオオオオオオオオオォオオオオオオォォォォォォ!!!」

 

 

 爆発する。血の夜に黎明の火が咲く。

 印から抽出される魔力が暴走し、五体が四散しかけた直前に溜まった鬱憤を吐き出す感覚で魔力を排出したのだ。術理などない。明確な意図の下やった事でもない。

 感情のまま振るったそれは──確実に巴への活路を開いた。

 

 

 脳裏で滲む。あいつを褒めた時に見せる、喜んだ顔が。

 頬を撫でる手を自身で摺り寄せる、あの姿が。

 ──走る。

 

 

 連鎖する。強がって怪我を隠した時に見せた、怒った顔が。

 オレの手を両手で握って叱ってくれる、あの姿が。

 ───走る。

 

 

 流れる。家族で、仲間で、皆で馬鹿騒ぎしている時に見せた、笑顔が。

 いつもは哀し気な目を、その時だけは幸福で満たしている、あの姿が。

 ────走、る。

 

 

 

 

 終点で辿り着いたのは──泣き顔だった。

 行かないで。離れないでと。涙で自分の顔を濡らし続けながら懇願する、あいつの顔。

 歯噛みする。なんて馬鹿な事をしたのだろうかと。半ば殺意にすら近い感情で頭が満たされていく。

 まだ、間に合う。あの畜生が埋め込んだ宿業とやら、あいつのだけなら、オレで()()()()()()

 あと少し。踏み込み一つだけで、あいつに手が届く。

 ─────手を、伸ばした。

 

 

「────」

 

 

 その時だった。

 少し離れた場所で、()()()()()()()()()()()()()()()()()を狭まった視界に捉えたのは。そして、目立った外傷が無い事から原因は直ぐに思い当たった。

 病弱。沖田総司という英霊の死因であり、あいつを英霊と至らしめる信仰の一部。『沖田総司は病弱である』という人々の印象は英霊となっても彼女を縛り付け、その有り体はスキルというよりは半ば呪い染みている。

 それを事前情報として知っていたから、止まった。否、迷ってしまった。

 

 

 惑いは一瞬。されど一瞬。

 達人揃いであるこの戦場において、今晒した隙は余りにも──。

 

()()()()()?」

 

 ──致命的だった。

 

 

 剣鬼の声。冷酷で冷徹でどこまでいっても冷ややかさしか介在しない声音が耳に到達すると共に、己の視界を鮮血が覆った。

 血の出所は伸ばした自分の腕。激痛が奔る。腕の中身がぐちゃぐちゃにされ、今か今かと破裂しようとしている感覚。腕を貫いた際に生じる痛みが発端となり、無理な攻撃と印からの力を強引に引き出した反動が今になって体中を襲った。尋常じゃない痛覚の波の起点となった自身の血で濡れる鉄の刃を、呆然と見据える。

 

「迷ったのが貴方の敗因です。木曽義仲」

 

 呆然とする猶予を与える間も無く、あの剣鬼は離脱。直後、紫電を纏った無数の矢群が体を満遍なく貫いていた。霊核と頭への直撃は避けたが、次の攻撃を回避するにしては、絶望的な状況であった。

 案の定、肩を小刀の刃が斬り裂いた。傷口が焼けるような痛みと共に傷が血を噴き上げる。底上げされた英霊剣豪の膂力から放たれたソレは乱戦に於いて負ってはいけない深手となってしまった。ぐらつく体に鞭を打ち、前のめりに倒れそうになった体を右脚を突き出す事で何とか踏ん張る。

 倒れていい筈がないだろう。

 あいつは、もう直ぐ傍にいるのに。

 

「仕上げだ。最後は貴様が仕留めろ。プルガトリオ」

 

「任されよ!」

 

 無情に告げる剣鬼の言葉と共に、この剣豪の中でも一二を争う技量を持つ穿通の槍兵が牙を向けた。

 

「これぞ槍の究極。生涯無敗を確立させた十一の式──」

 

 血で濡れる視界の中、坊主の十一の構えを幻視した。武芸の極み、武の求道の果てに完成されたその挙動に付け入る隙などありはしない。そして、そこまで来てある異変に気付く事が出来た。

読めない。あの型、武器を見てもある筈の情報が()()読めないのだ。幾度となく乱戦を生き抜かせてきたオレの洞察が全く機能していない。そこで漸く理解に達した。コレは、この宝具は、正しく初見封じ。十一通り存在する構えであらゆる技への対応を可能とする、攻撃における()()()()()()()()

 やがて、構えを完了させた坊主が一つに集約する。高められる武道の圧。尋常じゃない技量の密度を感じさせる、まさに槍の鬼。古今無双すら生易しい、正しく神仏さえ貫くであろう究極の一。

 

「朧裏月、いざ参る!!!! 我が槍の血肉となれぇ! 旭将軍!!!」

 

 なすすべもなく、細切れになりかけているオレにそれを躱せる余裕など、残っていなかった──。

 

 

 

 

「ごっ──」

 

 ごぽり、と行き場を求めた血が胸をせり上がり、口が鉄の臭いで満遍なく充満する。刹那に取った回避行動はただ空けられる筈だった穴を少し減らすだけの結果に終わり、この場においてそれは余りにも致命的だった。

 坊主が放った十一の槍撃。構えの数だけ放たれたそれらを、オレは視認してから()()()()弾く事が出来なかった。

 地面に体が弾む。刀傷だらけになってずたずたにされたぼろ布のように無様に、乾いた風が流れ込む戦場で転がって行った。地面と擦れる体を伝ってくる振動と衝撃は未だ流血が止まらない傷口を抉り返されるような痛覚ばかり伝えてくる。

 何とか受け身を取り、未だ勢いが収まらない体を留め具の代わりにした刀で速度を殺す。

 

「……──っ─……」

 

 傷が悲鳴を上げている。杖のように地面に突き刺している刀を握るこの手すら、痛みでうまく握っているかどうか判別がつかない。なけなしに声を上げようとしても喉に血反吐が絡まり、うまく発声できなかった。

 

「……その傷で膝を着かないのは流石、と言っておきましょう。──詰みです」

 

 血を流しすぎたのか、目の前にいつのまにかあの女将が立っていた。手には弓では無く、太刀。オレの頭上に掲げたソレは朱月の光を煌びやかに反射させている。

 

「ぐっ、義仲さん!!!」

 

 振り下ろされる刃。

 それを苦悶が見て取れる様子でオレの名を呼んだ総司がオレの負傷を全く考慮しない縮地ありきの体当たりでとどめの一撃は免れた。だが病弱スキルの反動が未だ残っているのか、総司は体当たりを完了させた後はうまく着地出来ず、オレと一緒に地面を転がった。

 

「ふふふふふ、随分油断しとったなぁ、黒縄地獄はん。旭はんもよく頑張りはったわぁ。奥さんの為にそんな血まみれになって。ほな、あんたもそう思わへん?」

 

「つまらぬ事を言っているようであればその首切り落としますよ、衆合地獄。寝首をかかれる前にさっさと傷を治しなさい。彼らはどうにも往生際が悪い」

 

「それがなぁ、()()()()()()。こう……傷自身が傷を治すのを妨害しとうて暴れてる感じや? あぁ、痛うて痛うて仕方ありまへん。ほんと、面白いなぁ、旭はんは。あははは、はははははは!!」

 

「……っ」

 

 刀を支えに、傷から奔り続ける異常な痛覚を何とか堪えながら、立ち上がる。出血は仮初のものだ。エーテル体の修復に魔力を当てれば止血程度の事は出来る。敵に傷の修復を阻害する類のものが無かったのが幸いだろう。それに、頭に上っていた血が少し抜けたとでも思えば少しは気が楽になる。心なしか、足もしっかりと動くようになってきた気がして来た。

 まず、()の状態は何とか動けるという状況だ。戦闘に入るとなるとまだ難しい。加え、未だに肩で息をしている総司。早急の回復が好ましいが、無理強いは出来ない。

 詰んでるな、と口に溜まった血反吐を吐き捨てる。

 

「隙だらけですなぁ、義仲殿。そうれ、そうれ! 輝き喰らえ我が五芒星!!」

 

「ッ──!!!」

 

間髪入れず、俺の体に呪詛を叩き込まれた。

 体に直接埋め込まれる五芒星の呪いは確実に俺の四肢を縛り付けていた。

 

「捉えた! 捉えたぞ旭将軍!!! 我が呪詛に抗い、斬り捨てる乱世の猛者よ! だが、それもここまで!! 拙僧が振るう術はルチフェロなりし、サタン様のご加護! たかだか人間の身でそのような蛮行、いと可笑し!!!! 故に、貴方にとって最悪の死に方をご覧入れましょう! 今もどこかで見ている我らが主妖術師殿もさぞお喜びでしょう!! フハ、フフフフフ、ハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 キャスターはそう言って、巴がいる方向に朱く光る呪術が宿った手を振るった。

 

「……良い趣味してるな、本当に……」

 

 それだけで、奴のしようとしている事を理解できた。本当に、良い趣味をしている。どんな外道でも迷わず楽しそうにその選択をする辺り、その性根は実に腐っていると見る。

 虚ろな瞳でこちらを見た巴。武器を構え、俯きながらこちらへ歩み寄ってくる。大方、()()()()()()()()()()()()()()。成程、そういう類の事を肴にする連中からしてみればこの展開はさぞ好みな筈だ。

 

「くっ……くそ、くそ!!! 何で、何で……私は、また……ッ!」

 

 意図を察した総司は立ち上がろうとするも未だ反動が残っており、悔し気に地面を叩いていた。

 だが、それで止まる筈も無い。ただ無情に、俺との距離だけが縮まっていく。

 

(本当に、何でこんな再会になったんだかな……)

 

 巴に俺を殺させる展開を作り上げたのはまず間違いなく俺だ。それがこの場を狂わし、今の状況に至ってしまった。外道、人でなし、とは俺も人の事は言えない。偶然と言ってしまえばそれまでだが、冷静さを欠けば相手の思うつぼなのは予想出来たはずだったのだ。

 地面を踏みしめる音が徐々に大きくなっていく。

 もう、手を目一杯伸ばせば届く距離だ。けれどそれは叶わない。

 

 

 ──この無様さは、きっと俺の『宿業』なのだろう。

 生前犯した業。拭っても拭いきれない、未来永劫俺を縛り続ける咎。

 成程、と納得する。

 砂利を踏みしめる音が──止まった。もう、巴は目前であった。

 せめて。

どうせ現界(ユメ)だというのであればせめて、あの花のような笑顔がもう一度見たかった。流させてしまった哀しみと涙を上塗りするような、一杯の笑顔を。

そいつを見れたら俺は──

 

 

 ──どんなに幸せなのだろうか。

 

 

 

 

「──お逃げ下さい、義仲様」

 

 

 

 

 凜と勇ましく、聞ける筈の無い、声がした。

 

 

 気づけば、周囲には紅い焔が際限なく広がっていた。

 理解する。あいつの意図を。巴の送ってくれた、布石を。

 すぐさま、回復した印を通じて体に宿った呪詛を綺麗に吹き飛ばす。驚愕に染まる血濡れの総司を横脇に抱え、焔に背を向ける。

 

 

 逃げなければならない。無駄にしてはならない。そんなことは分かっている。だが、此処で何も言わないのは、言葉では言い表せないナニカが違う気がした。

 だが、ここで何を言っても負け犬の遠吠えだ。だから、呑み込もう。

 

 

 すまん。

 

 

 必ず、必ず迎えに行く。

 

 

 生前も、死後も、待たせてばかりだった。

 

 

けれどこの現界(ユメ)では、お前を泣かせたりしないから。

 

 

すまん。すまん。

 

 

 そして──ありがとう。

 

 

 そんな言葉を残して、俺と総司は離脱した。

 

 

 

 




 というわけで投稿。
 叫ぶ回数が多い今回の旭さん。そして、今回も多い独自要素、真言詠唱。『印』とやらは結構この物語において重要なものではあります。プロット作成中に『あ、これやりたいな』という願望とどうやって明神切以外で英霊剣豪を殺せるか、そして煉獄茶ちゃんをどうやったら救えるかを考えた結果であり、作者の願望が詰まったものでもあります。なお、これになぞった奥義もある。
 そして、前書き通り二人の愛って重いなぁ、と書いてて思ってたりする作者。
 
 数多くの感想、評価ありがとうございます。
 そして多くの誤字報告。細かく見てくれているんだって作者とても嬉しいです。活動報告の方も積極的に意見を出してくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いします!
 それでは次回。


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