──必ず迎えに行く。
しきりに謝った後に紡がれたその言葉は──
状況も。立場も。その何もかもが。
あの時とは、そう。彼と彼女が体験したあの出来事。悲劇としか言いようのない、黎明の如き威光を放ち、一人の女の為、一つの家族の為、一つの仲間の為に苦しむ民草を救い続けた
日ノ本の夜空を煌々と照らす火花の屋敷、燧城。巻き起こされる熱風。星の如く散り散りに空を橙に彩る火の粉。覆い囲う山の樹々は火種となり、その業火の中心にいる独りの将軍の最期を不謹慎ながら美しく、煌びやかに、その
彼は離別の言葉を放った。大好きな人を護る為に。
彼女は離別を拒んだ。大好きな人の傍に在る為に。
彼は、彼女が自分を想ってくれていた事を知っていた。彼女は、彼が自分をどれだけ大切に想ってくれているかを知っていた。
だからこそ起こった、あの別れ。それこそ、どんな皮肉な話なのだろうか。彼と彼女、二人が抱いていた気持ちに、間違いなど何処にもなかった筈なのに。
間が悪かったのを呪うべきなのか、運が彼らを見捨てたことを悔やむべきなのか。はたまた、この悲劇の引き鉄となった
──どうしようも無い事だ。
その感情も、後悔も、全て全てどうしようもない事だ。
憎むべき者は、ここにはいない。天運を呪うなど、馬鹿らしくてしょうがない。
全ては覆せない過去のものとなった。彼と彼女の死は正しいものとして人理に刻まれた。
けれど――大好きな人はここにいる。
十分だ。その何もかもを燃やし尽くさんとする憎悪も、彼の死に対する悔恨すらも、今ここにいる彼女には不要なモノだ。
彼女はただ己を好いてくれた彼に少しでも、寄り添いたかっただけなのだから。
理由らしい理由など、ただそれだけ。
それこそが、彼女を宿業への叛逆を成させた所以。だがその叛逆には当然、それ相応の対価があろう。命令に背いた駒がどうなるかなど、彼女自身が一番よくわかっている。己が火にその身を炙られるか。加担する事を頑なに拒み続けた一切鏖殺を成すのか。
けれど、同じ過ちをする方がもっと痛い。
また会えるのはこの地じゃないかもしれない。もしかすると、この刃を彼女は彼に向けてしまうかもしれない。もしかすると、永久に近い時を経ても、彼と彼女は会える事は無いかもしれない。
だから彼女は――精一杯笑った。
生前は、泣いて見送ってしまったけれど。
彼の菩提を弔ったあの瞬間も、彼女は泣いてしまったけれども。
この時は、彼を護る事が出来たこの時だけは、笑っていた。
陽炎の中に揺らいで消えて行ったそれは奇しくも――彼がいつしか彼女に向けて浮かべた、優しい微笑みだった。
その場の誰もがあの黒衣の
朱い夜を彩る煉獄の焔。占めて七騎、下総の羅刹衆たる英霊剣豪をその焔は円状に取り囲んでいた。だが、それは異常だ。可燃物など、この戦場ではとうに黒縄地獄の紫電が燃やし尽くしている。燃えるものは炭化し、囲いのように茂っていた森もいっそ清々しく感じる焼け野原へと変わり、人里であった場所は文字通り跡も形も存在しない。あるのはただただ、不気味に月光がこの地を照らしているだけの光景だ。
ならば、この焔の発火源は何か。
決まっている。これは鬼の火。鬼とはこの場に於いて二人だけ。そして焔を発する鬼は、無論彼女しかいない。
魑魅魍魎がばっこする下総。そのたった一つの戦場で、戦らしからぬ静寂が流れる。六騎の視線は焔に背を向け、行く手を阻むようにして立っている女傑に向けられる。その視線は咎めるようなものでも無く、なんら感慨を抱いていたわけでもない。一切鏖殺の宿業を埋め込まれたその霊基に、そんな感情を抱く機能は無い。
泣く者も、嘆く者も、悲しむ者も、恐怖する者も、ただ殺し、殺して殺して殺し尽す。それが英霊剣豪の在り方。主たる妖術師が召喚した英霊たちの歪められた在り方こそが、その本質である。
そう。それを理解しているが故に、彼らの視線にただ純粋な疑念が込められたものとなるのは必定であった。
「……
焔が唸る。その状況で最初に口を開いたのは悪鬼の頭領たる冷ややかな剣鬼──剣の英霊剣豪、
「私は……ただ私であるが故に、この道を阻むのです。エンピレオ」
そう言い、彼女は威嚇と言わんばかりに自身の得物の穂先を地面に滑らせる。灼熱の証である火花が大気の動きと共に渦巻き、炎熱からくる熱風が地を焼く。
エンピレオの放った剣の圧はかなりのものだ。並大抵の輩であれば金縛り、否、呼吸停止さえも容易だろう。
だが、それは有象無象の凡兵が相対した場合である。
剣鬼が相対するのは人理にその名を刻み、英霊の一人として名を連ねる武勇を誇る百戦錬磨の女傑。その身は英霊剣豪なれど、魂は死せず。生前、数々の修羅場を潜り抜けてきた彼女が怯む道理など存在しなかったのだ。その口調は堪え切れない痛みと苦しみを押し隠したものではあるが、明確な意思が込められた赤の瞳は勇ましくもなお美しい、意思の焔を宿らせていた。
それは全て彼女が──巴御前である故に。
『想いを募らせ幾星霜──』
重い沈黙を破るように、彼らの頭に声が届いた。
頭に直接聞こえてくるソレの正体はサーヴァントと
『何重にも積まれたソレは己の宿業すらはねのける、か。呆れた信頼関係よな。よもや我が令呪の縛りにすら抗うとは。だが同時に何とも──』
当然である。それはとうに聞き慣れた声であり、何よりも自分らを下総に呼び出した張本人。英霊という存在に宿業という異物を埋め込み、全ての破滅を目論む
『──
蔑み愉しむように、嗤う。頭に直接響く言霊の奥底に込められるモノは憤怒か憎悪か。
答えは否。どちらも否である。
込められるのは純粋な妬み嫉み。おおよそ人の抱くであろう感情に於いて醜いと言わざるを得ないソレ。ただの外道であるリンボとはまた毛色が違うものだ。どちらにせよ、この者もまた外道の極みにいる事に違いは無かった。
「左様で御座います、我が主。……故にこそこの結末は些か興醒めではありますが……」
冷めた目で彼女に視線を送るリンボの様子は何とも残念そうである。一体何が期待外れだったのかなど、この男の性質を知る人間であれば深く考えなくとも想像する事は容易だ。
だがそれでも、妖術師の嗤いは止まらない。
『ククク……そう気落ちするな、リンボ。心配せずとも、代わりとなる舞台は用意してやろう。無論、
その言葉に、場を漂う空気が淀む。一騎を除き、その言葉の直後に流れたのは動揺に取れなくもない──戸惑いであった。
召喚の折、現界の依り代たる妖術師の性質を心得ていた英霊剣豪は一騎を除き、その意図を数瞬で理解に至った。在り方を歪められ、鏖殺の、計画の駒として行使されるだけの存在に成り果てた彼らですら『えげつない』と言わしめるその凶行に。
省かれた一騎とは当然、成り損ないの英霊剣豪である巴御前ただ一人だ。
理解できる筈も無い。たとえ歪められようとも、たとえ堕ちようともあの黒衣の武士、木曽義仲を想い続ける事で我を保ち続けた彼女に。
──彼への想いを、
「……フフフ、フフ、貴殿も人が悪い。いえ、そんな言葉すら貴殿には生ぬるい。拙僧を外道と称しましたがはて、貴殿は如何なりましょう? 妖術師殿」
『然り。何とでも言うと良い。私は元より無だ。嘗ての帰るべき場所は消え失せた。守るべきだったものは島原で全て燃え尽きた。どれだけ狂おうとも、どれだけ醜く堕落しようとも、所詮はそれも人の悪性の一部に過ぎぬ。であれば──』
轟々と火は猛る。燃えカスとなった灰燼の大地は朱く、鬼の火から生まれる
だが、彼女の理解が及ぶ筈も無い。否、彼女にそんな余裕などありはしない。
今でこそ、彼女は物腰穏やかで物静かな『巴御前』を保っている。だが、その内側ではこの世の人々に対する憎悪でいっぱいだ。たとえそれが
だが、それはあり得ない。彼女には掛け替えのない心があり、思い出があり、貰った言葉がある。たとえ幾千幾万の人々に向けた憎悪であっても、幾星霜に積もった彼への想いはそれを悉く凌駕し尽くす。
それが巴御前という『女』の自負であり、誇りだ。
思い直し、彼女は得物を握り直す──。
「――!!!!?」
彼女、巴御前が膝を屈する。右手に握った得物は地面へ滑り落ち、空いた両手で心臓、丁度霊核に位置する場所を握り潰すかの如く、掴んだ。
体を迸った強い違和感。それを感じ取った刹那、彼女の全身を尋常じゃない苦痛が襲ったのだ。心の臓を、肺を直接手で握りつぶされるような感覚。本来であれば、エーテルで編まれた仮初の体であるサーヴァントに本来そんな事が起こる筈も無い。だがそれ故に彼女はこの永続的に続き、なおかつ強くなっていくこの激痛に彼女は抗う事が出来ない。
一切焼却の宿業すら耐え抜いていた巴御前が、だ。
『――
「――ハハハッハハハハハハハハッハハッハァ!!! 然り! 然りです! 救いなど存在しない! 光など耄碌が現世に視る無謀の幻想に過ぎない!! ならば、この仮初の第二の生をとことん愉しまなければ!!!!!」
「――は、ッッあッ……ぐ……!!」
横たわった景色の中、彼女は苦悶を口から零す。もはや四肢は動かない。呼吸すら難しく、苦痛は彼女を蝕み続ける。
『……して、インフェルノよ。貴様の勇ましき女の
「猪口……才、な……そん……な、事は──」
苦し気に、彼女は口を開く。結論から言って妖術師の言っている事は戯言、所謂出まかせを口にしているに過ぎない。その件は生前に彼と共にとっくのとうに克服済みである。
だが、侮ることなかれ。この妖術師、英霊剣豪の宿業、その基礎をリンボと共に作り上げた現世に在りし妖魔だ。
『ククク……抗うな。鬼種の魔。それは本来、人と相容れぬ血の
「──、───……!!!!」
『……もはや喋る事すらままならんか……では、取り掛かるとしよう。何、大したことはせんよ』
口角が怪し気に吊り上がる妖術師を幻視する。
魔力供給の
『ただその精神構造を弄るだけの話だ。
ぞわり、と。今彼女が感じている苦痛よりも耐えがたい悪寒が、彼女の体中を駆け抜けた。理解が及ばなかった彼女も漸く悟ったのだ。自分が今何をされるのかを。
それは薪になるよりも、鏖殺に加担する事よりも恐ろしく、悍ましいものなのだった。
「……い………や………っ……!!!」
『────ッッ!!!! ハハハハハハハハ!! 良い顔だ! さぁ、血よ滾れ! 荒ぶれ鬼よ! これより貴様は骸に堕ちる! 惨たらしくただ殺し、蹂躙し、人理の仇とならん!! それが貴様への手向けだ!! アーチャー・インフェルノ!!!』
壊れたように、男は嗤う。
その声と共に、彼女の意識が壊れていく。大切なナニカが、崩れていく。
壊され、辱められ、大切なモノからどんどん消えて無くなって行く。失いたくないものも、忘れたかったものすらも全て全て、一切焼却へと堕ちていく。
『エンピレオ。黒縄地獄、衆合地獄を相模の国に赴かせ、鏖殺を始めるのだ。そして、ゆめ忘れるな。貴様ら英霊に非ず。人理の影から生まれる影法師に非ず。屍山の上に立つ鏖殺者だということを――その宿業に相応しい働きを期待する』
「――委細承知」
だが、巴御前という存在がどうなろうが、悪鬼らはそれを咎める気も止める気も無い。
彼らはただ殺すだけ。
霊基に刻み付けた
刹那に完成する屍山血河を人々に見舞う、手駒に過ぎないのだから──。
――泣きながらも笑っていた、あの時の顔。
――泣きそうになるのを押し殺して笑っていた、さっきの顔。
――何故、俺にあんな表情を浮かべたのだろう。
全ての間違いは、咎は、俺にしかないというのに――。
駆ける。先程の光景が頭の中をよぎり、自然と拳に力が入る。が、未だ治療が行き届いていない手を周辺に発生する激痛によって熱が灯らせた頭が冷え、回転数が落ちていた足をひたすら加速に専念させる。
木々の隙間から木漏れ日のように差し込む月明りは朱い。森は化生たちの気配で騒々しく賑わい、奴らの奇襲にあったのも一度や二度の話ではない。生憎と得物が握れるような状況では無く、足を使って黒武者や猪の頭や胴体を蹴り飛ばしては進み、捻じり切っては前に進むを繰り返し続けている。こちらの傷も完治しているとは言い難い。サーヴァントの基本機能である自己修復は霊核さえ傷付いていなければ負った傷を塞ぐことは出来る。
けれど、蓄積された呪いが随分と強力なものだったのは予想外だった。
単純な話、あの猛撃で傷を受けすぎた上に時間をかけすぎたのだ。確かに攻撃は完璧とは言えないが、防ぐ事は出来た。幸か不幸か、霊核を砕くには及んでいなかった。ただ、傷についた呪詛の浄化を後回しにしてしまったのがまずかったのだろう。
傷口からまるで毒の様に侵食し、英霊剣豪の呪詛が霊核に染み付いていたのだ。
「あー……奴らにしてやられたな……」
肉体が魔力の塊ゆえか、肉体に停留している強力な朱色の呪詛の残滓を肉眼で見る事が出来る。じくじくと痛みが迸り、治りが極端に遅くなっている傷を見ながら自分でもわかる程苦々しくそんな事を呟いていた。
効果が無いわけではない。現に傷自体は塞ぐ事は出来ているのだ。けれど、僅かでも汚染されてしまっている霊核を印で治療しようものなら、恐らくは連鎖的にその呪詛が宿ってしまっている
そして、同じ負傷している、という面だけを見れば総司の容態も看過できない状態だ。
頭に叩き込んでおいた下総周辺の地図を思い浮かべながら、ふと視線を背中で肺を荒々しく上下させている総司に向ける。
見た所、容態はあまり良くない。走っている間も何度か咳き込んだ際に感じた水気と濃厚な血の香りからして吐血した回数は数度。端的に言って戦えるような状態ではない。恐らくは、先の戦闘時より体調は良くないように思える。
「総司、意識はあるか?」
だが、止まって体調が良くなるのを待っている余裕は皆無だ。森は化生共の気配だらけだが、その中にはあの親玉が放つ独特の気配は全くもって感じ取る事は出来ない。
それははっきり言ってきな臭いことだ。気配遮断以上に気配遮断している、というか人間の『感じ取る』という感覚そのものから消え去っているあの術であれば音も匂いも無く接近するなど容易いだろう。霊的な存在に対して一際敏感なサーヴァントですら感じ取れないという事実がその懸念に対して更に拍車をかけた。
「ッ……ご……さ……」
「……?」
返事として帰ってきた声は弱々しくもしっかり発音している。だが、それはどこか悔しさを強引に押し込めたような、形容しがたい感情が込められている気がした。
「おい、無理して返事をしなくとも――」
「――ごめん……なさい」
「良――…………」
絞り出て来た言葉は――謝罪だ。回転数を上げていた足は当然、その速さを緩めた。
先の戦闘においてこいつの行動に咎める所があったとすれば、否だ。そんなものにはどこにもない。寧ろ、感情のまま動いた筈の俺にこいつは振り回されたのだ。否があるとすれば必然的にこちら側だ。
余りにも突っ走り気味で、余りにも理屈に合わない懺悔。
当然だ。もとより、人の抱く感情は明確な理屈など在らず。いざ理屈を述べようとも、それは理解の先走りから来る妄言に終わる。
こいつの後悔。こいつの意識の底に居付く
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
一度零れ出たその言葉は留まる事は無い。一度決壊した感情は、口から出る謝罪と共に血生臭くなった下総の空気に溶け込んでいく。
こいつは『仲間と共に戦い抜きたい』と願った。
こいつの嘗ての仲間は『生きて欲しい』と願った。
それは相互矛盾というカタチとなって総司を苦しめる。一方はその制止を拒むだろう。もう一方はその願いを拒むだろう。互いが抱くその願いの在り方はどこまでも仲間に対する情を持つ人間らしい。
だからこそ、一方がその帳尻合わせをするしかない。
その果てに総司はそれを許容するという選択をした。自分は仲間と共に戦えない『無能』と思い込む事で、最後まで戦うという願いを押し殺す。
故にこそ、第二の生に懸ける願いは『最後まで戦い抜く事』、ただ一つ。
それこそが、沖田総司という剣士を英霊へと至らしめる源泉だ。
救いたい、などという傲慢は抱かないし、抱けない。俺にその権利はないし、仮に解決出来たとしても、それは余りにも残酷な事だ。救いだと思ったのが、真の解決とは程遠いものなのだったのだから。
そんなものは、ただ質が悪いだけの夢想。
夢から醒めた時の現実との差に苦しむというのは、悪夢となんら変わりない。
「……」
けれど、それは――。
「……やっぱり馬鹿だ。俺も、お前も」
――俺が生前に犯した過ちでもある。
「……お前の気持ちは正直言って完全には理解できない。俺は
声を掛けた理由は自分でもよくわかっていない。だが、合理的な理由があった訳ではない事は確かだ。この総司という女は武士としても女としても強い。放っておけばきっといつも通りの、あの元気な姿を見る事が出来るのだろう。
しかし、総司のこのどこまでも自傷的な自己嫌悪。行き着く所まで到達してしまった後悔。これは、もしかしたら同じ道を辿ってしまったかもしれない巴の可能性でもある。それを見て見ぬふりをするのは──何だか違う気がしたのだ。
「俺も当時はそれが最善だと思っていた。『生きて欲しい』と願う事が、間違いだったなんて思えなかったからな。ああ、だからこそ俺は間違えたんだ」
抱いた願いに間違いなどあったわけじゃなかった。だが、間違えた。
それは――一緒に生きたかったから。
巴は誰よりも、俺と一緒にいる事を望んでくれた。
総司はきっと誰よりも、剣の世界で生き、剣の世界で共にいる事を望んでいた。
かけがえのない仲間と
そうだ。
何で気づかなったのか。
俺が、俺自身が、誰よりも巴と一緒にいる事を望んでいた筈なのに。
何故、あんな間違いをしてしまったのだろう――。
だが。
「けど、お前みたいな馬鹿にも救われる奴もいる」
それは、
後ろめたさがあった。
破ってしまった約束があった。
伝えたかった事が、一杯あった。
まだ、まだ、まだ、言葉などでは伝えきれない事だって、たくさんあったのだ。けど、そんな事は烏滸がましい事だと、後ろめたさが邪魔をする。その果てに、どうしようも無い事だと、割り切りという名の諦念を抱いた。
けどあいつは――こんな俺を変わらないまま、待ってくれていた。
それだけで、よかった。それだけで、俺は救われた気がしたのだ。
「……! じゃ、あ……」
「……?」
先程よりもはっきりとした声、と言ってもそれはあの明朗快活さからは程遠いものだ。
そして何よりも、どこか不安が見え隠れしていて、何とも弱々しい。
「義、仲さんは、私を置いていったり……しませんか……?」
「――当然」
即答する。会ってから一日も経過していない仲だが、重要なのはどう相手と過ごしたか。この沖田総司という剣士を仲間と認めるには――十分すぎるものだった。
「安心しろ。俺は――ここにいる沖田総司を、置いていったりしない」
もう二度と、あの過ちを犯さない為に。
先にあいつが浮かべたあの笑みを、満開の笑みに変える為に──。
「……」
背中の総司は安心したように柔らかく微笑みながら、意識を微睡みに落とした。
足を止める。見据えるは、後方にある大きな二つの気配。喧しくてしょうがなかった化生どもの喧騒はいつのまにか鳴り止み、その代わりに血の桶のような血生臭さと、決して侮れない殺気と剣気が仮初の肌を迸っていた。
「──隠れる気がないなら出て来い。坊主、蛇娘」
一か月と二週間と数日振りの投稿。
用事に用事が重なってこんな事になってしまいました。お気に入り登録してくれた方々、誠に申し訳ない。更新速度は再びもとに戻す予定。
ここからが本格的な後書き。
冒頭を含めた前半部分が一番筆が乗ってしまった。これが作者の本性なのか……? (※なお、愉悦部の愉悦基準は今一つ分かっていない。
そして後半。ある意味『置いてかれた』という点、『一緒に居たかった』という点では煉獄茶ちゃんも沖田さんも似たような感じじゃないか、という作者の解釈から来るもの。
でも、死んでも待ってくれている人がいるって『置いていった』人からしてみればこれ以上ないくらい幸福な事なんじゃないかな、と。
そして、愉悦しまくっているリンボと妖術師殿。旭さんのヘイト稼ぎは順調である。お前絶対許さないからな……!
今後も今作をよろしくお願いします!