聞く暇も無かった。余裕が欲しいなぁ。
結局、グレースの留学問題は父上の希望通りになった。
長子である俺が反対して、継承権問題に軋みを生じさせる事をガンダル以下、臣下の殆どが危惧した為である。
『言ってる事は理解出来る。理解出来るんだけど……』
執務室のテラスを解放して、風に当たりながら俺はずっと遠くを眺めていた。
ここ、郊外にある水晶宮からでも、かなり発展したベガ中央市の市街が一望出来る。
巨大な高層ビルが林立して、数年前までの田舎星とは思えない発展ぶりである。
山とか森とか自然豊かな地方領って側面は、少なくとも首都では感じられなくなりつつあり、俺はズリルに命じて無秩序な自然破壊の抑制を図った。
静養の為の水晶宮が、機能的に駄目になるとして新しく宮殿を建てる計画すら持ち上がってしまった程だ。
「殿下。そこに居たのですか」
「ハツメか」
緑の長い髪を持ったシャーマンが、小脇に資料を抱えて現れた。
昼休みはもう終わったのかと確認すると、まだたっぷりと15分はありそうだ。
「まだプライベートタイムだよ」
「分かっています。グレース様の事に関してフリード星側の調査結果です」
資料を差し出すシャーマンは「多分、早めに知りたいと思いましたので……」と、遠慮がちに述べる。
俺は「ああ」との生返事と共に、受け取ったファイルに目を通す。
「悪感情、あり……か」
「離宮焼失事件も影を落としているのが……」
王宮の一角にぽっかりと空いてしまった次元転移の消失地は、モニュメントの意味でもあるのか、フリード王家が未だ埋め戻しを許可していない。
「原因は、ウードウ魔術団のせいだと説明してるのだけどな」
これも災いを呼び込んでしまった結果だとして、王室内では再びヤーバン王族を迎える事を反対している一派がある。具体的に言えば、王妃なんだけどね。
連中の言によると、先代デュークの失踪も我々のせいらしい。
悪い事は全て他人へ責任転嫁するのが、フリード星の文化であるから。まぁ、予想はしていたんだけどな。
「しかし、フリード王はヤーバン大王の申し入れを受け入れるでしょう」
「一国の王だけあって、現実的だからね」
己の立場を客観視し、要求を受け入れる/断るデメリットを天秤に掛けられるだけの分別はある男だ。
だが、内心ではこちらを見下しているのは容易に想像可能である。
何しろ、姉テロンナの前例があり、表面的には丁寧だけど裏に回れば、身内が陰湿な虐めを行っていたのを止め様としなかった奴だ。
表面的には歓迎すると言っていても、フリード王は決して信頼に値する人物ではないのである。
「養父として、ああ言う、魔窟にルビーナを送りたいとは思わないよ」
「お辛い立場ですね」
俺は姫の事をグレースとは言いたくない。
それはフリード王家から押しつけられた名前だからである。
姫の名は姉の尊称であったルビーナであり、もうすぐに戴冠式も行って惑星領主にさせる予定だ。
「将来的な政略結婚を父上は考えているのだろうけど……」
「デューク・フリードは従兄弟ですよ」
俺は首を振り、「関係ないさ。ルビーナには先代デュークの血が入っているが、大王としては近親相姦になろうがヤーバンが政治的に利用出来る物なら、多分、何でも利用する」と断言した。
前線の具合が思わしくないのに苛ついている事情もあろう。
ガイラー星の抵抗は苛烈で、特に敵にゲルドンとか言う総司令が着任してから戦線が膠着状態に陥りつつあり、防戦一方だった戦術を転換、ヤーバンの勢力圏へと襲撃をかけて来る事が多くなった。
「フリード星を完全支配下に収めたいとの野望から、姉上の失踪で予定が狂ったシナリオを再現したいのだろうね」
「デューク・フリードの評判も貴族の間ではさほどではありませんが……」
「余り良くはないな」
我が儘放題との情報は度々寄せられる。
フリード星の価値観で教育されるとああなるのは目に見えていたが、特に王妃が甘やかしているらしく、傍若無人の振る舞いが目立つらしい。
二十年以上前の姉も、先代デュークの性格がこうだったと聞くから、どれだけ苦労しただろうと思う。
「ヤーバン王家は奴らの教育係じゃない。姫を行かせたくはない!」
「心中、お察し致します」
だが、もう留学は決定してしまった。
他ならぬ俺の手によって、公式文書にサインしてしまったのだのだから、せめて、両学の障害になりそうな事案を取り除くしかない。
相変わらす、王妃の方は自分の意に反しそうな噴いての排除に動くだろうが、ルビーナの護衛を増やす事で当面は対処しよう。
ズリルの娘ヤマメ以下、同級生として数人のシャーマンを送り込み、バックアップとして侍女部隊も配置するが、本当なら武官も付けたい所だ。
「ウードウ魔術団やワルガスダー他、外部勢力の動きは?」
「特にはありませんね」
「くれくぐれも警戒は厳重にな。もうすぐ、ルビー星での式典もある」
惑星領主の戴冠式。領主の証として頭に象徴である宝冠を載せるから、戴冠式との名がある。
実は俺は一度しか経験していない。
最初のベガ星の時は病弱で式に出られなかったから、本人不在の略式で済ませ、後にルビー星を姉上から譲られた際にようやく正式な戴冠式を行った。
姉上の手で授けられた本物の冠はずっしりと重くて、首がどうかなりそうだったから『あんな物、いつも代わりに付けている略式のティアラで充分じゃないか』と思うけど、幼いルビーナに耐えられるのか?
五歳の子供なんだから、派手な式典をする必要有りか?
うーむ、変な所を心配してしまうな。
そんな心配が当たってしまったのは、ルビー星での一件だった。
〈続く〉
約2,000文字。
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