え、知らない?
実はこれ『ガンダム』の中では未使用曲なんですね。でも当時発売のLPの中には収録されてて、そのポップな旋律が耳に残っているのですよ。連邦軍がジャブローから宇宙へ進撃する時用の曲なんだろうと思うけど、そのシーンが短か過ぎてカットになったのかも知れません。
『ガンダム』のOstは良い曲が一杯なので、また、別の機会に取り上げたいなぁ。
部屋の中にあったのは巨大な写真バネルだった。
無論、それ一つと言う訳ではなく、大小様々なサイズが並べられている。
黄色い騎士と灰色のレオタード女。
「ここで黒いベルバランや、エトワールを見るとは思わなかったな」
でかいのになると等身大の物もある。
壁中に埋め尽くされる写真やポスターに俺はため息を付いた。
「どうして……」
「どうも姫様は、あの怪人達に心酔した模様です」
同行のサンメが説明を入れる。
俺は「何があった?」と問うが、サンメもこの離宮には赴いて数日しか経っていない為、「詳しくは姫様本人か、ルーペ侍女長へお尋ね下さい」と素っ気ない返事が返って来るのみだった。
「私も侍女長から、そう説明があっただけです」
「危機を救われたからか。ストックホルム症候群なんじゃないのか」
「すとっく……何ですか?」
当然ながら、この世界にはストックホルムなる地名は存在しない。
俺は「いや、古代の例えだよ」と誤魔化して、「人が突然に事件に巻き込まれる時、その事件に巻き込んだ張本人に対して、そいつが行った小さな親切に対して感謝の念が生じ、好意的な印象を持つ様になる事だ」とざっくりと説明する。
無論、ベルバランは事件を起こした犯人では無かろうが、味方として登場して好意を刷り込む行為には危険な物を感じてしまうのだ。
「奴の正体も、目的も不明なんだからね」
「しかし、それを姫様にどう説明しますか?
下手すると反発されますよ」
「……だよなぁ」
幼女に道理を教えても感情から反発するのは、こちらも育成に七年以上掛けているから判らぬでもない。〝王女らしく〟とか〝大人になりなさい〟と諭しても、「まだ子供だもん」とヘソを曲げる事だってしばしばである。
もう少し大きくなれば、子供の特権を出すのを差し控えるんだろうけど、実際九つは正真正銘の子供だから、それを楯に言われると、ぐぅの音も出ない。
あ、あと帝王学として〝面従複背〟も教えてあるからなぁ。
例え「はい」と分かったフリをしつつも、心の中で反発心も起こるのは目に見えている。
「でも、一応、警戒する様には伝えておく」
「は」
「次善の策だよ」
それがどれだけ通用するのか、それは俺にも判らない。
◆ ◆ ◆
広間での行事を終えたルビーナ達が現れたのは、それから半時間後だった。
私室だからか、他人の目を気にせずに一目散に駆け込み、「お義父様!」と俺の胸に飛び込む。
「大きくなったな」
「成長期ですもの」
抱き上げて縦ロールになった頭を撫でる。
うん、確かに頭一つ分は大きくなった気がする。
「部屋に驚いた?」
「ベルバラン責めだな」
尋ねて来たので、素直な感想を返す。
ルビーナは笑って「とっても紳士的な方なのよ」と続ける。そして、幾度も助けられた事が語られる。
ベルバランだけでは無く、エトワールに付いても語り出し、まるで弾幕射撃さながらに、こちらが完全に聞き手に回る状況が一時間近く続く。
到着した時はまだ昼間だったのに、すっかり外は夕闇に包まれている。
時々、「ほぅ」とか「へぇ」とか、「そうなのか」と合いの手を入れるだけである。
怒濤のお喋りで、俺は黒いベルバランがルビーナに強い信頼を与えているのを知った。
『こりゃ、下手に忠告は出来んな』
これだけ信頼を築いたかのなら、頭ごなしの警告は逆効果だ。
さて困った。四方八方から黄色い騎士が俺が何と返答するか、ベガ王子を見詰めている様な錯覚がして来て息が詰まる気がする。
「だけどルーペったら酷いのよ。ベルバラン達に対して〝最低限の警戒は怠るな〟ですって」
「ま、何か起これば、それは侍女長の責務だからね」
ルーペの方をチラリと見るが、相変わらずの澄まし顔である。
しかし、俺は敢えて憎まれ役になってくれている彼女に感謝した。
「それはルビーナとて理解出来ない訳ではないだろう」
「う……うん」
「良い子だ。流石は王女だ」
くしゃりと頭を撫でて、抱き挙げた姿勢を元に戻す。
ルビーナは王女らしく、スカートの端を摘まんで一礼するとすすっと後ろへ下がった。
「本格的な調査は明日から始めますか?」
「ああ。今日はゆっくりすべきだが、色々と打ち合わせがしたい」
侍女長がようやく話は終わりかと、タイミングを見極めて発言する。
一時間近く、押し黙って待機しているのは『苦痛だろうなぁ』と侍女達の忍耐強さに感心する。
「河岸を変えよう。これから先の話は王女の私室にふさわしくない」
「はい。では侍女長室に」
ルーペが頷くと今まで控えていた二人のシャーマン、イチメとサンメが取っ手に手を掛けて扉を開いた。
侍女長が先導し、俺が続いて廊下へと出る。
扉の向こうにはルビーナの学友役として用意された侍女達が立っており、一斉に頭を下げる。当然だが、俺の正体は伝えてないので、頭を垂れる相手はルーペである。
『ヤマメが居るな』
それだけ確認して、俺は素知らぬ顔で侍女長に続行した。
暫く歩くと離宮にしては見すぼらしい、装飾の無い事務的な扉が特徴な感じの部屋に辿り着いた。
「侍女長室です」
「見すぼらしくないか」
「済みません。本来の部屋は放棄しました」
ウードウ魔術団の攻撃で破壊されたと言う。
が、これ幸いと元給湯室を改装して、現在の部屋に落ち着いたのだと語るルーペは、顔色一つ変えずに「元の侍女長室が酷い物でしたから」と述べる。
「盗聴機器だらけでした。無論、フリード星の業者が設置した物です」
「酷えな」
「元の離宮を破壊したのも、思えば手出しが出来なかったからかも知れません」
壊された元離宮の建設はヤーバン系の業者が行い、防諜もばっちりだった。しかし、この離宮はフリード系の業者オンリーで建てられている。
つまり、そう言う事である。
「外見は貧相ですが、これで防諜はある程度まで大丈夫な筈です」
「ある程度、なのか?」
ルーペは肩をすくめ、「流石に対エスバー用の防諜装備は、壁が特殊ではないのでどうにもなりません」とため息を付いた。
つまり、テレパシーやクレヤボンスを持った超能力スパイの前には無防備同然か。
「敵シャーマンも居ますしね」
「不死女か……」
「シャーマン一個分隊がこちらへ来てくれて、本当に助かりました」
こちらに配備したシャーマンの損害が大きく、また見習い中心なので能力的に物足りなかったそうだ。
ルーペ曰く「三交代制で結界を張れば、少しはマシになる」のだと言う。
〈続く〉
約2,600文字。
ルビーナと黒いベルバランの間に何があったのか。
それは閑話をお楽しみに。