にしても、テロンナ姫って気丈だなぁ。
ある意味、あの光景(胎児がぐんぐん育つ所とか)はホラーだぞ。
俺は説明する。
あの時、目の前で起きた事を。
エータは感情の無い人形じゃ無いのを、言葉足らずかも知れないけど、姉へ一生懸命説明した。
「それは後天的に得た擬似的な物ですね」
一通り、俺の言を聞いてくれていた姉がそう言ってのけた。
つかつかと机へ向かうと、再生機をスタンバイしてスイッチを操作する。
壁が左右に開き、2Dタイプの映像パネルが現れる。
「これは私がその時、極秘に撮影した物です」
ヤーバンの王女は片耳からキラキラ光るイヤリングを外すと、ことりと机の上に置いた。
宝石の様に見えるが、これは記憶クリスタルである。
イヤリングの取り付け部は極小の記録装置になっており、ここから映像を取り込む事が出来る。
「機器がコンパクトな分、2Dの酷い画像ですが、お忍びでの記録には便利な物です」
王女はそう言いつつ、再生機へクリスタルをセットすると再生ボタンを押す。
「これは…」
「そう、これがエータの製造現場よ。ベガ」
透明なシリンダーが並んでいた。その中に浮かぶのは胎児の様な物体。
擬似DNA、擬似タンパク質から機械的に製造される〝人〟ならざるモノ。
「これは製品化されるにはまだ早い段階です」
映像内ではフリード星の科学者か、それとも工場の主任らしき男が説明している。
「こちらが出荷状態です。労働力になるまで身体を成長させます」
「急激に成長って、後で障害とかは起きないのですか?」
じっ、じっと時々映像が乱れるのは、撮影機器の性能の低さであろう。
説明役は「はっはっは」と笑って、老境になったら影響は出るかも知れないが、どの道、製造後60年で廃品だから問題ないと断言する。
「予め、必要な知識や技能は製造段階からインプットされ、少年、少女の姿で産み出されて直ちに労働に就きます」
「感情とかは無いのでしょうか?」
「ありません。後天的に学習して擬似的な感情らしき物を持つ個体も現れますが」
シリンダーからプールの様な培養槽へと移されたエータが、ゾンビみたいにペタペタと上陸する。のろのろと規則正しく並び、その先のブロックで洗浄されて行く。
暫くすると、場面が変わった。
宝飾工場か何かの労働場面だ。作業机にエータが並び、手元で微細な工芸品を作っている。
「見て下さい、ここでは全て手作業です」
「効率が悪いのでは?」
案内役は姉の質問に、やれやれとでも言う風に肩をすくめた。
効率は問題では無いのだと。
宇宙各地で高品質のフリード製宝飾品は高値で取引されている。その原動力こそが…。
「高騰する人件費の問題でとっくに絶えたとされる、これらハンドメイドの工芸品。
ご覧下さい。そう、機械も使わずに手作りする贅沢。それこそが、宇宙最高の、至高の品物を作りだす事に繋がるのです」
「それに効率的にはペイをしていますよ。これとは別の作業。そう、死の危険のある危険な仕事ですが、それにも従事させております」
別の男の説明に姉上が固まっていたが、男は事も無げに続ける。
「例えば放射能に満ちた原子炉内部の清掃とか、人間だったらどう考えても遠慮したい仕事ですな。なぁに、エータなんぞは使い捨てれば良いのですからな。安くて効率が高い」
わははははっと上がる笑い。
その声を遮る様に「ブー」と警報が鳴る。
「おお、もう栄養補給の時間ですな。飛ばしても良いのですが…」
「いえ、折角ですから見学を」
案内された先は食堂。いや、食堂と言って良いのか?
壁に給食用の機械が置かれただけの、机も椅子も無い殺風景な大部屋。
ベルトコンベアー式にトレイが流れて行き、その中に豆腐の様な紫色の物体が充填されている。
副食として、おからみたいな白い物が盛られているが、どう見ても不味そうだ。
エータたちはそれを受け取り、無言でそれらを崩して口に入れて行く。
立ったまま、咀嚼、飲み込み。時々、水を呷る。
会話は無く、ただ機械的に。
「合成タンパクですが栄養価は満点です。それに安い」
「味はどんな物なのでしょうか?」
姉の質問に、案内役は「酷い物ですよ。でも彼らに味覚はありませんから」と説明する。
「味覚が?」
「当然です。必要有りませんからね」
さも当然、的な感じで説明する男。
彼らは物であるから、人間に必要な全ての機能を与えては居ないし、命令だけを大人しく聞く様に調整されている生きた機械なのだと語っている。
画面が切り替わり(イヤリングを外し、どこかに置いて撮影しているのだろう)、生気の無いエータ達の中で、真っ青になるテロンナ姉様を尻目に、栄養補給を終えたエータ達はぞろぞろと食堂を出て、元の現場へと帰って行く。
「まだ見ますか?」
「一旦停めて下さい」
俺の要請を受けて映像は消えた。
確かに画面を見る限り、エータは人の姿を模しただけの人形だった。
しかし、俺は気が付いていた。
画面に映るエータ達の年齢に。
「若い奴らばかりですね。年を食った者でも三十路がチラホラって所ですか」
「良く気が付きましたね。ベガ」
姉様は語る。食堂からの帰り道、廊下を掃除する老エータに出会った。
彼は擬似的な感情を持っていたらしい。
「目障りだと殴られた際、呪いの言葉を吐いて悔し涙を浮かべていましたからね」
「では、年を経ると…」
「感情を持つ事もあると言う話よ。ただ、フリード星人はそれを認めたくはない様だわ」
エータは機械らしく、従順に動いているのが正常であり、感情なんかを持って予測も付かない動きをすると困るのだ。
そんな個体はイレギュラーだと判断されて処分されてしまうらしく、例え、感情を発露した個体が存在したとしても、それを表向きに出すエータはまず無い。
事実、その老人は「不良品だ」の言葉と共に連行されてしまい、その後、どうなったのかは姉様でも分からない。
「にしても酷いな。姉様、彼らは何故、人に似せて作られたのでしょうか?」
「エータを製造したのは遙か昔の事であり、当時のフリード星人が何を考えていたのかは残念ながら……。ただ、彼らは創造者であるとの視点で、エータを見下していましたよ」
自分達が神の如き存在であり、だからこそ被支配民を過酷にこき使う権利がある。
立場が上である者は、下位の者に何をやっても構わない。
そんな風土が出来上がったのは、こんな傲慢な考えがある為ではないかと姉様は考えている。
「自分達の優越感を得る為なのか…」
「原初のフリード星人。いえ、惑星テーラに住んでいたムーやアトランティス人が、そう考えていたのかまでは、記録が不完全なので、私には分からないのよ」
「惑星テーラ?」
姉様は頷く。
そして「ハークの正式名称が、ハーク・テーなのは『惑星テーラから連れて来られた労奴』の略なのです。そしてフリード星人は、その惑星でムーと言う国を建国していたわ」と語り出した。
〈続く〉
「機械も使わず(人力で)作る贅沢」は『キディ・グレイド』11話の台詞から引用させて頂きました。あれの惑星アウレーのお話は『ベガ』を書く際に大いに参考にさせて頂いています。
テロンナ王女のイヤリングは『宇宙円盤大戦争』の時に、物凄く気になったので(透過光きらきらで、いやが上にも悪目立ちするんだ。あれ)小道具として意味ある物として使わせて貰いました。
結局、約2,700文字だ…うーむ。