紛争に関わる闇が見えて参ります。
俺は再び、手元のファイルに目を落とした。
「これが襲撃者か」
成る程、異星人と言っても良い様な風貌をした連中だ。
緑の単眼に牙の生えた大きな口。手足の触手。
特撮の巨大ヒーロー物作品に登場する宇宙人の様に衣服らしき物は見当たらず、身体は裸体だ。胸にダーツの的を連想させる、同心円状のラウンデル模様があって、ここからビームを発射するらしい。
「生体レーザーを発射する生き物って、確か希少種だったよね」
「少数ですが存在はしますが……」
問われたテイルは幾つかの事例を挙げる。
一つはクリスタルで構成された鉱物生命体。もう一つは、翅に発振レンズを持つ大型の蝶だ。
いずれにせよ、遠い辺境惑星に生息する珍しい生命体であり、滅多に見られる物じゃ無い。
「こいつらがその類いの生物である可能性は?」
「低いですね。軍用に作られた人造生命体である方が可能性は高いと思われます」
理由として変装・擬態能力を有する事。撃たれた際に消滅してしまう事などを挙げる。
フリード星のエータの例でも分かるが、人造生命体は死ぬと細胞が崩壊して死体が残らないタイプも多いのである。
「この資料は何処から?」
テイルは暫く沈黙したが、ややあって口を開く。
「バレンドス中佐からです」
「え、何故、中佐が?」
意外な名前が出てきたので戸惑う。
だってそうだろう。
ベガ王子を敵視している筈の彼が、敵に塩を送る様な真似をするのかって話だ。
「もっとも、それを届けたのは別人ですが……」
「誰だ?」
テイルは「ゴルヒ・フォック少尉」と告げる。
あの馬面か。俺は「まだ居るんだったら帰すな。後で面会する」旨を指示すると、Dr.ヴォルガの方へと向き直った。
手持ち無沙汰だったのか、初老の博士はモノクルを外すと神経質そうに磨いていた。
「取りあえず、貴方はぼくの所に身を寄せなさい」
「感謝します」
彼は慌ててモノクルを付けると、こちらへ深くお辞儀する。
続けて俺は「奴らの目的は何だと思う?」をDr.に向かって問う。
「嫌な言葉を耳にしたのです。例の贋者がフリーズ中に意味不明の言葉を口走るのは説明しましたが、贋者が口にした中に〝ベガ王子〟や〝暗殺〟との不穏な単語が混じっておりまして」
周囲の空気がざわつく。
無論、俺もその中の一人だったけど、敢えて動揺を押し殺して「騒ぐな」と言ってのける。
ぴたりと雰囲気が元へ戻る。ハッタリだけど上出来だったな。
「恐らく和平会談自体も潰そうと画策していると考えられます」
「むしろ、そっちがメインだろうな」
だって、ベガ王子がその催しへ出席するのは不確定だからだ。
断られる事も考慮に入れ、普通は〝もし暗殺が出来たらラッキー〟程度の感覚で計画を立てる筈だからな。
「贋者達にとって、和平会談を決裂させる意味は何だ?」
Dr.から後ろへ視線を移すと、有能な侍女長に向かって質問する。
「主戦派の差し金か、或いはこの紛争で利益を上げられる目算が就いた者の仕業。純粋にテロリズムで政治的なアピールをしたいだけの勢力。等が考えられますが……」
「そも、この紛争に対してどんな利益が考えられる。領土問題とそれに付随するレアメタル採掘権は理解したが、それ以外の要因として何かありそうかな」
純粋に国内問題だけならば、ベガ星が介入すべき性質の物では無いと思う。
長引けば他星に影響を及ぼす問題ならば介入の口実はあるが、それ以外なら内紛の推移を見守っていた方が得策だからだ。敢えて火中の栗を拾いに行く様な真似は避けたい。
やっぱり、面倒だからね。
「考えられる要因ですか。ふむ、一つありますな」
ややあって、Dr.ヴォルガが口を開いた。
彼曰く、「傭兵の派遣問題です」だそうだ。
「傭兵?」
マーセナリィ。不正規の雇われ兵。戦いを飯の種にする戦争の犬たちである。
大抵は軍人崩れやゴロツキが前職で、荒っぽくて野卑な戦闘狂(バトルジャンキー)が命を賭けにするスリルを忘れられないが為に、敢えて所属している場合も多い。
「厄介ですね。殿下」
ハツメが呟くが、全くそうだ。
傭兵は退役軍人の受け皿としても機能しており、軍との繋がりが強く、表向きは民間の戦争会社であるが、本質は軍の下請け企業ではないかと疑われる半官半民な組織でもある。
傭兵を派遣する企業には闇も多い。
軍との癒着なんかで複雑な利権問題やら、使うのが憚られる新兵器の実戦テストやらが絡んでくるからだ。
出来れば、あんまり関わりたくないってのが本音になる。
「マルク本星の国境紛争には、他星から傭った傭兵団が古くから投入されてきましたからな」
「政治的な事が要因か?」
「はい。双方の正規軍が直接、干戈(かんか)を交えると遺恨が残る場合があるとの判断です」
傭兵は自国の兵と違い、もし紛争で死亡しても責任問題に繋がる事は薄いとの背景もある。
所詮は金で雇われた余所者故、遺族に手配する恩給などの保障を考えなくても良いと言うのは、為政者にとって大変都合のいい話なのである。
戦死した場合の責任、それ込みで大金で雇っているのであるからだ。
Dr.ヴォルカが言うには、それ以外にも装備の問題もあるらしい。
両マルク星の文明段階は惑星間航行レベル。地球基準で言えば21世紀に毛の生えた程度の物に過ぎず、自力で恒星間航行可能な宇宙船を建造可能な域に至ってはいない。
無論、自前でワープ可能な宇宙船も保有はしているが、これらは基本他星からの輸入品だ。
「傭兵は桁違いに性能の良い武装を整えておりますからな」
「戦力も魅力なんだね」
Dr.は頷いた。
火薬式の銃器ではないビームガン。全身が歩く武器庫の様になった戦闘用サイボーグ。無補給で延々と機動可能な宇宙艇等、オストマルクでは夢みたいな装備を保有しているからだ。
「紛争が回避されると、それら傭兵が〝飯の食い上げだ〟としての不満が出る。か」
「はい。五年前の停戦もようやく成ったばかりでしたから」
一般的に傭兵が関わる戦場は、だらだらと戦争が長引く事が多い。
傭兵部隊。つまり、傭兵派遣会社にとって戦争は飯の種であるから、簡単に終わってしまったら困るのである。
だから、敵味方双方の傭兵同士が、水面下で手を結んで戦っている〝やらせ〟はないかとの疑惑も昔から付いて回るんだよな(傭兵共は表向き否定しているが、事実だろうと俺は見ている)。
傭兵が携わる戦場は、正規軍が関わらない田舎星で起こる事が多く、一気に大攻勢を掛けて電撃的に収束なんて事態は、よっぽどの事がないと見られない。
逆に言えば、経済的な問題で大部隊を雇えないからである。大部隊があれば前述みたいな真似は出来るだろうし、これで勝利出来なかったら、『こんな大部隊を持ってるのに目標を達成出来ない無能部隊』のレッテルを貼られ、以後の商売に差し障りが出るからね。
「再び、戦端を開いてくれないと困る。か……」
「これに我が国の主戦派が裏に付いた可能性もあります」
「で、主な傭兵の企業名は判るのかい?」
無駄だと思うがDr.に尋ねてみた。
が、意外な事に彼は「バイソン・カンパニィ。超攻傭兵社ディメンション。ゼビュロ・マーセナリィ」など数社をすらすらと挙げた。
「殿下。それは……」
「どうした。テイル?」
それを耳にしたテイルの顔色が変わった。
彼女は言いにくそうに、しかし、はっきりと「その傭兵会社はブーチン星の企業ですね」と答えたのだった。
〈続く〉
傭兵会社が何となくパチモノ臭いのは仕様です。
多分、手にドリルの付いた量産型モビルフォースとか、頭が砲塔になった装甲バトルアーマーとかが主力兵器なんでしょう(←嘘)。