某提督の徒然ならざる日々   作:七音

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航空母艦 鳳翔の悩み

 

 

 

 

 

 

「さてと。そろそろ夕飯の下拵えをしなくちゃ」

 

 

 航空母艦 鳳翔は、その日も宿舎の厨房に立っていた。

 着物の上から割烹着を着け、髪が落ちないように三角巾もしっかり結び、準備万端である。

 まだ日は傾き始めたばかりだが、数十人分の料理の下拵えとなると、相応に時間が必要となってしまう。

 自らも名を連ねる艦隊を構成する、健啖な少女たちの胃袋を満たすのも、今の鳳翔の勤め。「よしっ」と拳を握って気合を入れていた。

 すると、そんな鳳翔へ、背後から声をかける少女が二人。

 

 

「鳳翔さ~ん。球磨も手伝うクマ~」

 

「多摩も、お手伝いするにゃ」

 

「あら、当番じゃないのに、良いの? ありがとう、二人とも。助かるわ」

 

 

 語尾が特徴的な、球磨型軽巡洋艦の一番艦と二番艦が、鳳翔と同じく割烹着を着て立っていた。

 艦隊の烹炊が鳳翔の仕事とは言ったけれど、流石に一人で全てを切り盛りできる訳ではなく、当番制で手伝いをするようにと、提督によって決められている。

 具体的な案を出したのは重巡洋艦の妙高だったりするが、ともあれ、人出が足りなくなる事は滅多にない。

 

 

「今日の献立は何クマ?」

 

「和食は、なめこ汁と肉じゃが、鰆の幽庵焼きに、中華は麻婆豆腐にキクラゲと卵のスープと、洋食の方は、ポトフとハンバーグ。

 小鉢は、茹でて刻んだ蔓紫と空芯菜の和え物、キュウリとモヤシの酢の物、コールスローサラダから一つよ」

 

「サワラ……! 美味しそうにゃ」

 

「鳳翔さんが料理するんだから、どっちも美味しいに決まってるクマ~」

 

「それもそうにゃ。早く食べたいにゃ」

 

 

 ただ、「手伝って貰うのだし、一人で出来る事だけでも」と、鳳翔がいつも前倒しで下拵えを済ませてしまうので、当番制にあまり意味は無かった。

 しかしながら、鳳翔の世話になっている少女たちもそれを重々把握しており、暇がある時には、球磨たちのように自発的に手伝いを申し出るのだ。

 働き者過ぎる鳳翔にも、困ったものである。

 

 

「それじゃあ、球磨ちゃんはタマネギを。多摩ちゃんにはニンジンをお願いできる?」

 

「任せるクマー!」

 

「お茶の子さいさい、にゃー」

 

 

 ズラリと並ぶ食材を前に、球磨と多摩はガッツポーズ。

 鳳翔の指揮の元、美味しい夕食のために突貫する。

 ……のだが。

 

 

「あ、あれ? お、おかしいクマ。タマネギの皮が、思うように剥けない、クマ……ッ!?」

 

 

 早速、球磨がつまずいた。

 まずはタマネギの頭と根を落とし、皮を剥こうとしたのだが、ちょっと剥いてはビリッ。ちょっと剥いてはビリッと、小さく破けてしまうのである。

 料理をした事があれば、誰でも似た経験があるだろうけれど、あいにく、球磨はそれほどでもないため、初めてのもどかしさだった。

 

 

「きっと、乾燥しすぎて脆くなってしまったのね。そういう時は、水に浸せばちゃんと剥けるようになるのよ」

 

「本当クマ? ……おおお! マジだクマ、今度は破けないで剥けるクマー!」

 

「後は、頭の部分を落として、先に半分に割ってから、根の方をこうして切ると……ね?」

 

「おおー! こんな方法もあるクマかー。……よし、上手に剥けたクマー!」

 

 

 見兼ねて鳳翔が助けに入り、ボウルに汲んだ水の中で皮を剥くと、破けずに皮が剥けていく。

 次に、割ったタマネギの根の部分に、包丁のあごでく、り抜くように切れ目を入れ、そこから皮を一気に剥いて見せる。

 手際の良さに球磨は感動し、慣れない手つきながら、自分でも同じようにやってみると、今度は上手くいった。ドヤ顔である。

 

 

「流石は鳳翔さん、大人にゃ。経験豊富で憧れるにゃ」

 

「ふふふ。ありがとう」

 

 

 ニンジンをピーラーで剥いていた多摩は、姉妹艦を的確に指導してみせた鳳翔を褒め称える。

 瞳には純粋な憧れの感情が伺え、多少の照れ臭さを覚えつつ、鳳翔は微笑み返すのだった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 時は経ち、満月が暗い空を泳ぐ夜。

 今日一日を無事に乗り切り、純和風な自室にて、薄桃色の襦袢だけを身に纏う鳳翔は、意外にも落ち込んでいた。

 

 

「はぁ……」

 

 

 深く溜め息をつき、敷いてある布団の枕へ顔を埋め、しばらく。

 仰向けに寝返りを打った彼女は、天井を見上げて呟いた。

 

 

「大人、かぁ。私だって、女の子なんだけどな……」

 

 

 地味に気にしていたのは、多摩の言った一言。あの場では普通に嬉しく思ったのだが、一人、自室でくつろいでいると、妙に気落ちしてしまう。

 確かに、鳳翔の見た目は二十代前半から半ばの女性である。

 雰囲気も落ち着いていて、同じ年代の見た目を持つ戦艦や空母たちからも、敬意を以って扱われている気がする。

 軍艦の現し身に実年齢などなく、見た目や性格、喋り方などの雰囲気で対応を決めるのは、ある意味で仕方ない。

 仕方ないとは思うけれど、鳳翔にだって乙女心はあるのだ。

 たまには年上の女性ではなく、女の子扱いされてみたいと思う事だって、あるのだ。

 

 

「やっぱり、着物を着てるからそういう風に見られるのかしら。いっその事、私もセーラー服を……」

 

 

 ムクリと身体を起こし、鳳翔は自分が大人として扱われる理由を探る。

 まず、一番の理由と考えられるのは、やはり見た目。

 航空母艦としての装束である着物は、鳳翔自身も気に入っている、落ち着いた風合いの一品なのだが、それが外見年齢を上げている一因とも言えるだろう。

 試しに、鳳翔は違う衣装──駆逐艦や軽巡洋艦、重巡洋艦たちの衣装を着た自分を想像してみた。

 

 特型駆逐艦のオーソドックスなセーラー服。

 初春、子日、龍田のワンピースタイプに、朝潮型や陽炎型のブレザータイプ。

 天龍、球磨型、長良型、川内型、最上型の、それぞれに趣の違う学生服。

 そして、高雄型、妙高型が着る、働くお姉さんタイプなどなどなど……。

 

 一通り想像し終えて、鳳翔は。

 

 

「駄目だわ……。自分でもコスプレとしか思えない」

 

 

 布団に両手をついて更に落ち込んだ。

 想像している間、鳳翔の中の小悪魔が「ババア無理すんな」と言うほどだった。ちなみにその小悪魔は脳内で爆撃した。

 ともあれ、似合わないという感想だけは鳳翔も同意できる。

 何が似合わないって、もう全体的にとしか言えない。

 うっかり、島風の服を着た所まで想像したのがいけなかったのだろうか。

 あれは彼女だから許されるのであって、あんなの着たら通報されちゃうと、鳳翔は想像しただけなのに悶死しそうだった。

 

 

「せめて、髪型だけでも変えてみましょうか……?」

 

 

 しかし、乙女心は諦めが悪く、もう少し現実的に変化を起こせる場所……。髪型の変化に着目する。

 いつもの髪型は、いわゆるポニーテール。後頭部の、少し高い位置で結ぶのが鳳翔のこだわりだ。

 これを変えれば、ちょっとは見た目が若くなるのでは?

 試しに、化粧台で髪を解き、二つ結び──ツインテールにしてみると。

 

 

「なんだか、子供っぽ過ぎて違和感があるような……」

 

 

 確かに若くなったように見えなくもないが、これでは逆に、幼く見えてしまうような気もした。

 なんというか、中学生っぽい。

 流石に子供のように扱われるのは避けたい。ツインテールは失敗である。

 

 次に試すのは、密かに憧れていたシニヨン。

 艦隊の中でもこの髪型は少なく、イメージチェンジには最適だろう。

 また髪を解き、覚束ないながら、なんとかシニヨンの形に整えて、鏡を覗く。

 

 

「う~ん……。気分転換にはなりそうだけど、準備に手間取って朝の支度が遅れそうね」

 

 

 普段の印象とは少々違い、垢抜けた女性というか、モダンな雰囲気を得た気がする。良いかもしれない。

 けれど、この髪型にするには結構な時間が掛かり、早朝、身嗜みを整えるだけで一苦労しそうだった。普段からシニヨンにしている妙高の苦労が伺える。

 自分のワガママで皆に迷惑は掛けられないと、鳳翔はこの案も却下する。

 誰かが見ていたら、もっと自分のために時間を使って下さい! とでも言われそうなものだが、そういう部分で他人を優先してしまうのが、鳳翔の美徳でもあった。なかなか難しい。

 

 当の本人はその事に全く気付かず、今度は頭の横で髪を結ぶ、サイドテールに挑戦するも……。

 

 

「これじゃあ、加賀さんの真似にしか……」

 

 

 同じく航空母艦であり、艦隊の主力でもある正規空母、加賀とほぼ同じになってしまい、万事休すと肩を落とした。

 別に同じ髪型でも問題ないというか、加賀も文句など言わないと思われるが、ここで重要なのは、自分らしさを保ちつつ、女の子度をアップさせること。

 航空母艦同士での真似事は厳禁だと、変な所で生真面目さを発揮する鳳翔であった。

 

 そんなこんなで時間は過ぎ去り、今度は潜水艦である伊9。通称イクのトリプルテールを真似してみようとしていた時。

 唐突に、廊下へと続く引き戸がノックされた。

 

 

「鳳翔さん、遅くにすみません。少しいいですか?」

 

「っ!? て、提督!? は、はい、ただいま──あっ」

 

 

 男性の声。

 この時間に鳳翔を訪ねる男性は、物理的な立地を鑑みても一人しか居ない。艦隊の指揮を務める青年だ。

 まさかの人物の登場に、鳳翔は慌てふためき、とりあえず結びかけだった髪を解き、そのまま出迎えようと立ち上がってから襦袢姿なのを思い出す。

 これまた慌てて半纏を羽織り、戸を開ける前に一度深呼吸。いつも通りを装い、ようやく提督を迎える。

 

 

「お待たせしました……っ。何か?」

 

「あ……。はい、ええとですね。例の、お店の件で話があったん、ですけど」

 

 

 左手に軍帽とファイルフォルダーを抱えた提督は、鳳翔を一瞥した後、目線を逸らしながら要件を告げる。

 おそらく、鳳翔が責任者となる飲食店の、本格的な出店に関する話であろう。

 だが、なぜ目線を逸らす必要があるのだろうか?

 奇妙な反応に鳳翔が小首を傾げると、彼は何故だか、軍帽を目深に被って続けた。

 

 

「もしかしなくても、取り込み中だったみたいですね。着替え、とか。本当にすみません、時間も弁えずに」

 

「い、いえ、そんな。謝らないで下さい、提督。特に何もしていませんでしたから」

 

「そうなんですか? でも……」

 

「……?」

 

 

 髪型を変えて遊んでいました、とは言いづらく、適当に誤魔化す鳳翔だったが、何やら提督も歯切れが悪い。

 再び小首を傾げてしまう鳳翔に、彼は。

 

 

「その……。失礼を承知で、言わせて貰いますがっ。……む、胸元が少し、はだけていて、ですね」

 

「……えっ!?」

 

 

 実に恥ずかしげに、そう言った。

 驚いた鳳翔がバッと下を向くと、言われた通り、襦袢の衿が少し緩み、普段は隠れている肌が見えてしまっていた。

 慌てて身支度を整える間に、合わせがズレてしまったのだろう。

 

 

「すっ、すみませ……! ぉぉ、お見苦しいものを……」

 

「い、いえっ! 見苦しいとかは、あの、決して……」

 

 

 大急ぎで衿を合わせ、顔を真っ赤にして謝る鳳翔。

 恥ずかしい。恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたい。

 対する提督も同じように感じているらしく、二人の間には沈黙が広がった。

 

 

「あ、明日! 明日、改めて話しましょう!」

 

「そ、そうですね! その方が良いと思います!」

 

「ででで、では、おやすみなさい!」

 

「お、お休みなさいませ……」

 

 

 やがて、耐えきれなくなった提督の方から、明日に仕切り直そうと提案され、鳳翔は一も二もなく頷く。

 逃げるように去っていく提督を、頭を下げて見送り、ぎこちない動きで部屋に戻って、布団の上に正座し、数秒。

 

 

「ああ……っ。私ったら、なんてはしたない……!」

 

 

 鳳翔はまた枕へと顔を埋め、ジタバタしながら「私のバカ私のバカ私のバカ」と、自己嫌悪に陥ってしまうのだった。

 そして提督の脳裏には、いつもはポニーテールに結んでいる髪を下ろし、胸元を覗ける襦袢姿の鳳翔の姿が、しっかりと刻まれた事だろう。

 この事が二人に、どのような影響を与えるのか。

 それは、遠い未来の彼女たちだけが知る事である。

 

 

 

 

 







 普段は落ち着いてる女性が慌てふためく姿とか可愛いと思います!

 はい。という訳で、明けましておめでとうございます。新年一発目の小話でした。
 鳳翔さんはいつでも可愛いですが、やっぱり羞恥に悶えてる時が一番クると、筆者は考えます。正月グラの中破姿も最高やで。
 今年はこんな感じの短い話を、出来れば月一で更新していきたいと考えております。
 次回は電ちゃんの予定で、その次からは未定ですが、今後とも宜しくお願い致します。
 ……本編はどうするのか? 今年中には更新しますよきっと(クロールする目玉)。
 それでは、失礼致します。



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