某提督の徒然ならざる日々   作:七音

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駆逐艦 電の所望すること

 

 

 

 

「さてと。それじゃ行こうか」

 

「はい、なのです」

 

 

 早朝。

 白の詰襟に軍帽を揃え、ピッシリ身支度を整えた自分は、借家の玄関で振り返る。

 そこには、セーラー服を着て、長い茶髪をクリップで後ろに留める美少女が居た。

 駆逐艦、電。

 自分が初めて励起した、統制人格だ。

 かなり幼く……中学一~二年生くらいに見える彼女は、こちらへ優しく微笑みかけてくれている。

 ああ、やっぱ可愛ぇなぁ。

 

 

「あ、司令官さん。ちょっと待って下さい」

 

「ん? 何か忘れ物?」

 

「そうじゃないんですけど……。少し、屈んでもらいたいのです」

 

 

 玄関から出ようという所で呼び止められ、なんだ? と思いつつ少し屈めば、ほっそりとした指が首元へ伸ばされる。

 こ、これはもしや、行ってらっしゃいのキス、とかか!?

 んな訳ないわな。冷静に考えて。好感度も足りないだろうし。

 バカな事を考えている間に、彼女の指は襟をちょちょいといじって。

 

 

「襟のホックがズレちゃってました。これで大丈夫なのです!」

 

「あ、ああ……。ありがとう、電ちゃん」

 

 

 満面の笑みを、また向けてくれる。

 どうしてくれよう。このいじらしい愛され美少女。

 ここに来るまで色々あったけど、こんな可愛い子が新妻の如くお世話してくれるってだけで、ウン百万円単位のお釣りがくるよ……。

 と、幸せを噛み締める自分だったが、何故か電ちゃんは、物言いたげな表情でこちらを見つめる。

 

 

「電ちゃん? まだ、どこかおかしい?」

 

「あ、いえ。なんでもないのです」

 

 

 両手を顔の前でワタワタと振り、「行きましょう」と促す電ちゃん。

 ……どうしたんだろう。

 もしかして、明日から毎日ホックを留め忘れようって考えていたのがバレた? いや、そんな感じでもなさそうだ。

 実は昨日の夜から、こんな表情を幾度か見ていた。

 その度に声を掛けたが、彼女はさっきと同じように「なんでもないのです」と言うばかり。気になるな。

 気にはなるんだけど、このまま問答していたら訓練に遅れそうだし、とりあえず家を出よう。

 

 借家から一歩出れば、目前には見事な桜並木が通じていた。

 と言っても、まだ花は咲いていない。

 沢山の蕾が、今か今かと春の到来を待っている所だ。

 ようやく暖かくなった陽射しが心地良くて、自分は歩きながら伸びをする。

 

 

「あ~、やっと春めいて来たなぁ。桜が咲いたら綺麗だろうし、お花見したくなるな」

 

「お花見ですか。楽しそうなのです。電と、司令官さんと、書記さんや先輩さんも誘って……」

 

「いや、電ちゃん。書記さんまでは良いけど、先輩を誘うのはちょっとマズいと思うよ?」

 

「そう、ですか?」

 

「うん。酔ったふりして襲いに来そうだし。酒乱の気があるんだよ、あの人」

 

「そ、そうなのですか。ぜんぜん知りませんでした」

 

 

 あの先輩の事だ。花見にかこつけてビールとか大量に持ち込み、「酔っちゃったんだから仕方ないよね!」とか言ってセクハラ三昧になる。絶対になる。酔ってなくたってなる。

 だから酒乱というあり得そうな嘘で誤魔化すのだが、でも、電ちゃんの前ではまだカッコいい女性提督として振る舞ってるから、花見をしても礼節を保ってくれる可能性が微レ存?

 ……いや、どっちにしろ被害を受ける可能性の方が大きい。花見をする時は先輩に嗅ぎつけられないようにしなければ。

 

 そんな風に企みつつ、自分は電ちゃんの様子を伺う。

 特に変わりなく見え、小さい歩幅で、一生懸命に着いて来てくれていた。

 だが、やはり玄関での表情が引っかかる。

 電ちゃんは引っ込み思案な性格みたいだから、言ってくれるのを待つより、こちらから聞いた方が早いかも知れない。

 ……こ、こういう事には慣れてないし、緊張するな……。

 いや、男は度胸だ! 勘違いならそれで良いんだし、聞いてみよう!

 

 

「今朝の事なんだけどさ。本当に、大丈夫かい? 何か気になることでもあるんじゃない?」

 

「あ、えっと……。大したことじゃないのです。だから……」

 

「君にとっては大したことじゃなくても、自分にとっては重要なことかも知れないじゃないか。

 なんでも話してくれていいんだ。自分は、君の司令官なんだからさ」

 

 

 歩幅を合わせ、隣に並んで問いかけてみると、ゆっくりと足を止める電ちゃん。

 そよ風が吹き、桜の蕾たちを優しく揺らす。

 ややあって、彼女は俯き加減に、手をモジモジさせながら呟いた。

 

 

「き、昨日の、訓練の時。電のこと、呼び捨てにしてました、よね」

 

「……やっぱ嫌だった!? 馴れ馴れしかったよねゴメンナサイっ!!」

 

「はわっ!?」

 

 

 自分は反射的に、腰を九十度に曲げる。

 昨日の訓練……。初めて標的艦に砲弾を的中させられた、あの訓練の際、自分は電ちゃんを呼び捨てにした。

 自分に喝を入れるためであり、今までとは違う“自分”になるためでもあったが、やっぱり馴れ馴れしいのはダメだよなぁと、訓練が終わったら呼び方を元に戻したのだ。

 あああ、嫌がられるかもって思いながら、あの時は勢いで呼び捨てにしちゃったけど、こんな事なら非モテ男らしく──

 

 

「び、ビックリしたのです……。でも、そうじゃなくて、ですね」

 

「……へ? 違うの?」

 

 

 電ちゃんの否定の言葉を聞き、頭を下げたままに問い返してみると、彼女は。

 

 

「う、嬉しかった、のです。司令官さんが、電のこと、受け入れてくれたみたいで。

 だ、だからっ。出来れば、ですけど。……これからも、呼び捨てにして欲しい、のです……」

 

 

 薄紅に頬を染め、そう言ってくれた。

 こんな乙女チックな反応、生まれて初めてだった。

 

 

「ぃ、電?」

 

「……あ。はいっ、司令官さん!」

 

 

 姿勢を戻し、恐る恐る呼んでみたら、それこそ花が咲いたような笑顔を浮かべ、電ちゃんは──電は、答えてくれる。

 その笑顔に自然と頬が緩み、けれども、だらしない顔を見せたくなかった自分は、口元を隠して、近くの桜の木に手をついて深呼吸を繰り返す。

 落ち着けー。落ち着け自分ー。

 抱きしめたいとか思っちゃ駄目だぞー。今の心理状態じゃ、うっかり実行に移しちゃうからなー。

 

 

「し、司令官さん? どうかしましたか? どこか痛いんですか?」

 

「いやいやいや、なんでもない。大丈夫。むしろ絶好調になったよ。戦意高揚したよ。キラッキラだよ」

 

「……?」

 

 

 どうにかこうにか萌ゆる心を宥めた自分は、自分でも分かるほど快活な笑顔で返した。

 いやはや。

 女っ気のない学生生活で自分はモテないんだと思ってたし、ちょっとでも強気に出るとシッペ返しを食うって姉たちに調教されてたけど、これはあれだな! 人生初のモテ期が来たか!

 二十代半ばに差し掛かろうという今、やっと我が人生にも春が来たのだっ!

 

 ……とか調子乗るとマジで痛い目みるだろうし、電ちゃ──電が優しく、初心な子なんだという事にしておこう。

 それでも十二分に可愛くて、見てるだけで幸せですが。

 嘘です。やっぱり抱きしめたいです、はい。

 

 

「あ。司令官さん、あれ!」

 

「ん? ……あっ」

 

 

 ふと、電が頭上を指差した。

 釣られてその先を目で追えば、そこには一足早く咲いた、桜の花があった。

 まだ一輪だけで、少し寂しそうにも見えるけれど。

 確かな春を告げる、淡い桃色の花が。

 

 

「春だなぁ」

 

「司令官さん、さっきも言ってたのです」

 

「そうだった」

 

 

 思わず呟くと、電は小さく笑いながら、眩しそうに桜を見上げる。

 自分も彼女の隣で、同じように。

 

 つい数ヶ月前までは、何も考えず、ただ惰性で動き続けるだけの人生を送っていた自分が、今ではこうして、魂を分け合った少女と共に、戦いへの訓練を積んでいる。

 実感なんて今でもないし、これから獲得できるか、自信すらない。

 でも。それでも。

 この子が、電がこんな風に笑ってくれるなら、頑張れる気がした。

 

 

「行こう。電」

 

「はい。司令官さん」

 

 

 呼びかけ、視線を下ろすと、電もこちらを見てニッコリと。

 自然、並んで歩き始める。

 一緒に見上げた一輪の桜が、意外なほど気力を充実させてくれていた。

 

 今日も一日、頑張ろう!

 

 

 







 知ってるか。この新妻ちゃん、一年後には電話越しに女(現地妻)の気配を察知してヤンデレるんだぜ。
 という訳で、新年二発目。可愛い電ちゃん話でした。今となっては皆懐かしい……。
 そろそろ本編でも電ちゃんのテコ入れをしたいんですが、その前に色々と書かなければいけない話があって、思うように筆が進まずヤキモキしております。だから息抜きのこっちが捗ってしまうんですけども。ナンテコッタイ。
 次回は年末年始が修羅場だったらしい某駆逐艦です。何気に初登場となりますが、今後はこっちで初登場な艦娘が多くなると思いますので、あらかじめご了承下さい。
 それでは、失礼致します。


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