「ああ、いたいた。おーい、提督ー!」
唐突に、鎮守府の廊下に少女の声が響いた。
一人歩いていた提督が振り返ると、何か、ケバケバしいビニールのパッケージを片手に駆け寄ってくる人影が。
夕雲型の制服であるサロペットスカート姿の彼女は、意外な事に陽炎型駆逐艦の末妹、秋雲だった。
茶色の髪をポニーテールにし、それを文字通り尻尾のように揺らす姿は、本人の容姿と相まって非常に愛らしい。
……はずなのだが、提督は実に嫌そうな表情を浮かべて対応する。
「なんだ、秋雲」
「ちょ、露骨に顔しかめる事ないじゃん。……やっぱダメ? 鎮守府から薄い本出すの」
「鎮守府を一体なんだと思っているのか、文書で提出してもらおうか」
「あっはっはっはっは、サーセン」
額に青筋を浮かべる提督に凄まれても、秋雲に反省の様子は見られない。
史実を反映したのか、彼女には絵心があり、実際、その腕前は確かなものである。
しかし、いずれは同人誌の稼ぎで田園調布に白亜の豪邸を建てたい! と目論んでいる秋雲は、事あるごとに「艦娘ネタの薄い本描かして! みんなの許可は貰うし、相手は提督をモデルにするから! 健全なのにするから!」と言って、周囲を困らせているのだ。
ごく一部、相手役が提督であるという部分に惹かれて許可しそうなのが居るという事が、更に問題を拗らせている。
某練習巡洋艦などは、私費を投じてまで描いて欲しいと言い出しそうなのが怖い。
「薄い本への出演なら絶対にお断りだ。例え健全だろうと、相手が誰であろうとも、だ。前にそう言っておいたはずだが」
「あー、違う違う。流石の秋雲さんだって、四六時中薄い本の事ばっか考えてるわけじゃないって。そうじゃなくって……ほい、これ」
てっきり、また薄い本出版の許可を求められるのかと思っていた提督だが、秋雲は顔の前で手を振り、代わりにパッケージ──ポテトチップスの袋を差し出す。
「これは?」
「期間限定、数量限定の激レアポテチ。ナマコ酢味」
「……何を考えてこんな物を」
「ウケ狙ったんでしょ、きっと。もしくは電波を受信したか」
目を細め、ゲンナリ呟く提督と、パッケージに踊るやたらリアルなナマコを見て笑う秋雲。
色んな方面で資源不足に悩まされている現代日本において、こういった嗜好品の類いはかなり高額になっているなずなのだが、随分と遊び心に溢れる企業があったものである。
「いやー、ネタになるかと思って買って来て貰ったんだけど、マッズいのなんの! あんまりにもマズいから、提督にも食わそうと思って」
「マズい物を食べさせようとするな」
「いいじゃんいいじゃん、記念に一枚。ほら」
「いらん」
「そんなこと言わないでさー。食べてくれたら……。パンツ、見せてあげたって良いんだよぉ……?」
「いらんと言っている。それにもう見飽きた」
「ヒドッ!? あ、あたしだって女なんだぞー! 流石にその言い方は傷つくわー!」
ヒラリ、とスカートの端をつまみ上げ、色仕掛けしてみる秋雲だったが、にべもなく断られてしまう。
普段は見なかった事にしてスルーしている提督も、秋雲のようにダシに使う統制人格相手には遠慮しないのだ。
「頼むよ提督ー、一枚だけでいいからー、それも嫌なら半分、いや先っちょだけでいいからー。マズいから捨てるのなんて勿体ないんだよー。てーいーとーくー」
一方、諦め悪く周囲をグルグルしつつ、誤解を招きそうな言い回しで頼み込む秋雲。
この分では、承諾しないとトイレまで着いてきそうである。
仕方ない、と提督は溜め息をつく。
「……はぁ。一枚だけだぞ」
「おっ? マジで? よっしゃー! じゃあじゃあ、せめてあたしが食べさせたげるよ! ほい、あーん」
一転、秋雲は喜色満面に歓声を上げ、ポテチをつまんで提督の口元に。
正直な話、こんな風に誰かに物を食べさせられるのが苦手になっていた提督だが、男に二言はない。
覚悟を決め、秋雲の手からポテチを食べる。
「………………」
「どうよ? マズいっしょ?」
ザクザクザク。
厚切りのチップスが、音で食欲をかき立てる。
しかし、騙されてはいけない。このポテチはナマコ酢味なのだ。
ジャガイモ本来の風味と塩気と、調整をミスったとしか思えないナマコ酢の酸味とエグみが絶妙に混じり合い、えも言われぬ地獄を醸し出しているのだ。
当然、提督の鉄面皮も剥がれると予想し、その顔を記憶してイラストにしてやろうと、秋雲は考えていた。
ところが。
「秋雲。もう一枚いいか」
「へ。あ、うん」
何故だか提督はもう一度ポテチを要求し、戸惑いながら、秋雲がまた一枚。
改めてポテチを咀嚼する彼は、それを確かに味わい、しっかり嚥下して。
「美味いじゃないか」
「ぇええぇぇえええっ!?」
予想を裏切る感想で、秋雲を驚愕させるのだった。
ナマコ酢味のポテチが、美味しい。
秋雲ですら三枚も食べられなかったアレが、美味しい。
にわかには信じられなかった。
「いらないと言うなら全部貰えるか。自分が食べる」
「ええぇ……。い、いいけどさぁ……。えぇ……。マジで言ってんの……?」
「大マジだ」
「うっへぇ……」
けれど、提督は少年のように目を輝かせ、受け取ったポテチを一枚一枚、味わって食べ続けている。
もしかして、提督ってば味覚障害かなんかじゃないの?
そう思わずにはいられなかった秋雲だが、なんだか嬉しそうにも見える提督の鉄面皮に、言葉を飲み込んだ。
(想像してた反応とは違ったけど……。ま、いっか?)
ちょっとばかり方向性は違うけれども、提督の意外な一面を見られたのは確か。
これをイラストに描き起こし、仲間たちに楽しんでもらう。
そうして外堀を埋めていき、同人活動開始への足掛かりとするのだ。
薄い本の事ばかり考えてないと言いつつ、実は計算高い秋雲であった。
後日、有り余る貯金をはたいて全国からポテチを買い占めた提督が、ポテチで満腹になって夕食を食べられず、間宮と伊良湖にキツく怒られるという珍事も発生するのだが……。
それはまた、別の話である。
秋雲先生! 先生の18禁デビュー作の犠牲者には、やっぱり先生自身がピッタリだと思います!
はい。てな訳で新年三発目。秋雲先生、デビュー目指して頑張るの巻でした。
流石の秋雲先生も、無断で生モノ同人誌を出すほど非常識ではないようです。まぁ、ゆくゆくは不健全なのにも手を出すんでしょうけど。
売り子にはぜひ浜風と鹿島さんと大鯨ちゃんを採用して頂きたい! ……風雲? そういえば居ましたね、専用グラ用意されたのに大して話題にならなかった子(酷い)。
次回辺りからチラ裏に公開する予定ですが、誰の話になるかは分かりません。更新時期も分かりません。イベントあるし。レイテ後編、どんな惨劇が待ち受けるのやら……。
それでは失礼致します。