吾輩はキャッスルである   作:さるかに太郎

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ゴミ捨て場で産まれた

 吾輩(わがはい)はキャッスルである。エンブリオのカテゴリーの話だ。名前は《隠天岩窟(いんてんがんくつ)》アマノイワト。主殿を危機から救うため、たった今生まれた。

 

 基本はダンボールの形をしていて、必要に応じて形色模様を変化させ、周囲から隠れる能力がある。気配遮断能力まで持っていて、隠密行動には持ってこいだと自負している。

 

 現在、アルター王国の街中、ゴミ捨て場の側でいかにもゴミっぽいダンボールに化けている。

 

 吾輩の体内では小さな少女、〈マスター〉であるヨウが頭を抱えてうずくまっていた。周囲を見ていないので、吾輩が孵化したことにも気がついていない。

 

「うう……デンドロがここまでリアルだなんて……というより、現実と変わらない……視線が怖い……嫌だぁ……」

 

 主殿のエンブリオである吾輩には、なぜ彼女がこんなに震えているのか、理解できる。思考が流れ込んで来るのだ。

 

 向こうの世界の彼女……日向(ひなた) 陽子(ようこ)は、引きこもりである。対人恐怖症の中でも、特に視線に対して恐怖を感じる視線恐怖症という奴で、人に見られる事を極端に嫌う。

 そんな彼女は、このままではいけないと一念発起。評判の良いVRMMOゲーム、Infinite Dendrogramを購入した。

 目的は二つ。現実ではままならない外出を楽しむ事と、ゲームの中で人の視線に慣れる事。そう考えて……挫折した。

 

 「視覚をアニメにしておけば良かった……CGでもこんなにリアルだなんて……だれよ、デンドロがゲームとか言ったのは……」

 

 この世界にやって来た彼女を最初に迎えたのは、無数の視線。また〈マスター〉がやって来たのかという、ありふれたごく普通の……現実と変わらない視線。とてもNPCのものとは思えぬ生々しい視線が、彼女には耐えられなかった。

 

 「キャラメイクの時の猫ちゃんの視線にはギリギリ耐えられたから、油断した……もっとこう、人もニ等身で可愛らしいファンシーな感じで耐えられると思ったのに……。自分が嫌だ……どうしてこうなんだろ……」

 

 冷静さを失い、ログアウトする事も忘れ、人目につかない所を探してゴミ捨て場にうずくまっていたのである。

 

 そうして一時間ほど経った頃、吾輩が生まれた。

 

 なんとも、頼りない主殿である。しかし、自分の欠点を克服しようとこの世界にやって来たのだ。だから……

 

 『そんな事を言うな、主殿。吾輩はそんな主殿から生まれたエンブリオ。吾輩は自分を変えようとした主殿が嫌いでないぞ』

 

 「ひぃぃ! だ、誰で、すか!? 女の人の声!? あれ、暗い! 出して!出してぇぇ!」

 

 しまった、声のかけ方が突然過ぎたか。内側で暴れられ、ボコスカと殴られている。

 防御力の高いキャッスルたる吾輩がレベル0の主殿に殴られてもダメージは全く無いが、心がとても痛い。

 

 「そ、そうだ、ログアウト、ログアウトすれば……三十秒かかるの!? じゃあ、ここは自害を!」

 

 まずい、いきなり自害とは、なんてマイナス方向に決断力が溢れているのか。ここで主殿が自害すれば、彼女は二度とデンドロに戻ってこないかもしれない。そうしたら吾輩の存在はどうなるのか。エンブリオとして生まれたのに、一度も使われる事なくお蔵入りなど冗談ではない。

 

 『落ち着くのだ、主殿。吾輩は、貴方のエンブリオ。貴方に決して危害は加えない。だから、まずは話をさせてくれないか』

 

 気持ちは逸るが、ゆっくりと、一言一言を確かに発音して、主殿に伝える。パニックを起こしている彼女に早口でまくし立てるのは、逆効果だ。

 大丈夫、吾輩は主殿から生まれたエンブリオ、きっと心は通じ合うし、説得できる。

 

 「え……私の、エンブリオ?」

 

 今まさに自害コマンドが実行されようとした瞬間、主殿の動きが止まる。

 

 よし、反応が来た。だが焦るな。ここで対応を間違えたら、吾輩の未来はない。

 

『そうだ。吾輩はキャッスルのエンブリオ、《隠天岩窟》アマノイワト。貴方を覆っているのは、外敵から身を隠すための城壁だ。

 カモフラージュ機能に長けていてな、これがある限り、そうそう人の視線には晒されない。自分の部屋だと思って、落ち着くのである』

 

 「キャッスル……城壁……つまり、ここは私の部屋?」

 

 主殿が動きを止め、落ち着きを取り戻す。ダンボールの中という狭い密閉環境、なおかつ部屋の主が自分であるという状況は、狭くて暗い場所が落ち着くという引きこもりらしい嗜好を持った主殿の精神を安定させるらしい。

 

 そして、記憶を覗いた限り、どうやら彼女は、落ち着いた状態で、なおかつ視線さえ感じなければ、人との会話はなんとかできる。

 

 吾輩の目は、外側に向いている。内側の主殿を認識しているのは視線とは違うエンブリオの超感覚のようなものだ。彼女が視線を感じる事は無い。

 

 本当は真正面から話しかけたい所だが、この様子だと止めておいたほうがいいだろう。彼女に視線を向けるのはためらわれる。

 

『吾輩は、貴方を守る城だ。貴方の危機を感じ取り、このような姿で生まれた。コンゴトモヨロシク』

 

 「よ、よろしくお願いします……。私は、日向 陽子……じゃなくて、ヨウです。エンブリオ……これが、エンブリオなんですね」

 

 ペタペタと主殿の小さな手が吾輩の内側に触れる。

 

 『主殿、くすぐったい』

 

 「あ、ごめんなさい。……うん、これなら、大丈夫かもしれません」

 

 主殿が、側面に空いた覗き穴から外を眺める。

 道行く人間は、誰もダンボールの中にいる彼女を気にしていない。当然だ、吾輩は隠密に長けたエンブリオなのだから。

 

 「アマノイワトさん、私、この世界を冒険して、色んな景色を見てみたい。でも、人に見られるのが、どうしても耐えられないんです。私の冒険に、付き合ってくれませんか?」

 

 「もちろん。それと、『さん』はいらん。吾輩は、主殿に仕えるもの。呼び捨てでよいのである。敬語もいらんぞ」

 

 「わかった、アマちゃん。私も、ヨウでいいよ。主殿って、なんかむず痒いし」

 

 「アマちゃん……素晴らしい響きであるな、ヨウ。 気に入ったのである。 さあ、こんなゴミ捨て場、とっとと出よう。我が主殿には、もっと広い世界が待っている!」

 

 「……うん!!」

 

 ようやく見れた、主殿の笑顔。やはり、人は泣き顔なんかより、笑った顔の方が魅力的だ。

 吾輩の主が、僅かに腰を上げ、吾輩を持ち上げる。ダンボールに入ったまま移動できる、這うような姿勢。端から見ればダンボールが動いてるように見えるだろう。

 

 そうして踏み出す。冒険の始まりの一歩を。雑踏の中へと、歩み出す。

 

 ダンボールのエンブリオである吾輩と、誰かの視線を感じるだけで自害しようとする主殿の、隠密冒険(ステルスアドベンチャー)の始まり。

 

 主殿、いつか貴方が視線に耐えられるようになるまで、吾輩は貴方を守ろう。

 

 いつか貴方が吾輩を必要としなくなる日まで、吾輩は貴方を守ろう。

 

 いつか、貴方が人の視線に耐えられるようになった時……吾輩の内側から出てきて、真正面から貴方と向き合える時を、吾輩は楽しみに待っているぞ!!




次回、「ジョブクリスタル接触潜入作戦」(予定)
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