□スラム街【魔術師】ヨウ
炎上する不法投棄場の中へ突入する。目指すは中心、モヒカンを叩き込んだ場所。そこで、トドメをささないと。
燃え盛る炎の中に入るのは、これで二度目だ。一度目の時よりも、レベルは上がった。
炎耐性を付与する《エンチャントファイア》にはより多くのMPを込めたし、防具も少しだけ良いものになった。だから、熱ダメージは問題ない。呼吸も、風魔法と氷魔法で適温の空気を確保できる。
対策が出来てる以上、この炎は私を視線から覆い隠す味方になってくれる。
すぐに、中央にたどり着いた。モヒカン・ブロイラーは、火の海の中に平然と立っている。まるでダメージを受けてる様子は無く、〈エンブリオ〉を構えて、周辺の様子を探っていた。
「やっぱり、炎は平気なんだ……」
炎対策装備がどの程度耐性を与えるかは分からないけど、あの分なら中級までの炎魔法ならノーダメージで耐えられそう。
こちらに有利な点があるとすれば……モヒカンは、【救命のブローチ】を身に付けてるように見えない。多分、誰かに砕かれてしまったか、アクセサリー枠が耐火装備で埋まって装備できないんだ。
「一回だけなら、倒せる……かな?」
とにかく、やるしかない。炎に紛れて、後ろに回り込む。炎魔法は効かない。氷魔法は炎の中では威力が減じる。なら、使うべきは雷魔法。
「第一の術、《ライボルト》!」
背後から放った一条の雷が、モヒカンの後頭部に向かう。しかし、モヒカンは振り向いて雷を腕で防御。こちらに〈エンブリオ〉を向けた。
「その辺に潜んでやがるのか!」
私は即座にその場から移動して、射線から逃れる。
「《フルオート》《ヒート・ジャベリン》!!」
声と雷光で私の位置にあたりをつけたモヒカンが、さっきまで居た位置周辺に《ヒート・ジャベリン》を打ち込む。一瞬の間に、数十発。ガガガガガガ、と絶え間なく〈エンブリオ〉から打ち出された。
「ひっ、え、多っ!」
予想外の弾幕が、広範囲を薙ぎ払う。必死に避けるも、わずかに掠った一発が、アマちゃんの表面を何の抵抗もなく削っていった。
危ない。一発でもまともに喰らえば、アマちゃんごと串刺しにされちゃう。
《紅蓮術師》の初期魔法が、私にとって致死の威力となって連射される。これが、威力に特化したタイプの〈エンブリオ〉の力。
強敵だ。あの〈エンブリオ〉、モヒカンの思いに応えてあんな形に進化して、力を貸そうと頑張ってる。だけど……
「負けないよ。私にだって、アマちゃんがついてるんだから……《ライボルト》!」
紡ぐ言葉は、全て《詠唱》。アマちゃんの名前も力に変える。
撃つと同時に移動。反撃の《ヒート・ジャベリン》を回避。何度も、何度も繰り返す。少しづつ、モヒカンのHPを削る。代償に、少しづつアマちゃんを削られる。
一見、互角。だけど、有利なのは向こうだ。
「まんたーんドリンクっ!」
ダメージがかさむ度に、ものまねをしながらポーション(多分、普通の中級ポーション)を飲んで回復される。
こちらは〈エンブリオ〉を回復させる手段を持っていない。このまま戦い続ければ、ジリ貧になる。
HPを削りきる手段として数個だけ買い込んだ、なけなしの中級魔法ジェムを投げつけても、
「遅せぇんだよ!!」
投擲速度が遅いせいで迎撃され、モヒカンまで届かない。
「おら、どうしたぁ!!もう手が尽きたのかぁ!!《ヒート・ジャベリン》!」
攻撃はどんどん苛烈になる。こちらのダメージソースが、迎撃しやすいジェムか、喰らっても大したダメージにならない低級魔法しかないとバレたみたいだ。モヒカンは防御も回避も捨てて攻撃に集中し始めた。攻撃の精度が増している。
このままじゃ負ける。勝負に出ないといけない。《天照》を使わないと。
だけど、なかなか使うべきタイミングが来ない。狙うなら、相手が大技を使った瞬間。《ヒート・ジャベリン》のような小技を使っている状況で使っても、倒しきれるか分からない。
大技を使わせるには、モヒカンを追い詰める必要がある。なにか、手段は……
「あっ、もしかしたら、あるかも」
モヒカンは、私の事をキャッスル野郎って呼んだ。アマちゃんがルピーに自己紹介したのを、伝え聞いたからだ。きっと、そのときに名前も聞いてるはず。モヒカンがアマちゃんの名前を知ってるなら、一つだけ通じるハッタリがある。
「これ以上戦いが長引けば、不利になるだけだよね。よし……」
アイテムボックスから、最後の【ジェム】を取り出す。今から特攻を仕掛ける。
「《ライボルト》!《ライボルト》!《ライボルト》!」
いくつも下級魔法を連発して、その中に紛れ込ませるように【ジェム】を投げ込む。
しかし、モヒカンは雷光に混じる【ジェム】の存在に即座に気づき、
「そんな小細工が通用するかよ!!」
即座に【ジェム】を撃ち抜く。だけど、それは悪手。私は耳を塞いで目を閉じ、伏せていた。
モヒカンに撃ち抜かれた【ジェム】が空中で炸裂する。バァァン、と、とてつもなく大きな炸裂音。
目を閉じ、伏せているのにかすかに感じる、眩い光。
「がぁぁ!? 目が、何しやがった!?」
あの【ジェム】は、光と音を操る【幻術師】の魔法……《フラッシュバン》が入っていた。ただ大きな音と光を撒き散らす、目くらましの魔法。幻術とはちょっと毛色の違う魔法だけど、視界を潰せるのは私にとって魅力的だから買っておいた奴だ。
《フラッシュバン》をしっかりと視界に捕らえて迎撃してしまったモヒカンが、強烈な閃光に目を押さえる。
……チャンスだ。ここで、なんとしても勝負を決める!ここで、追い詰めて、大技を引き出す!
わざと大きな足音を立てて、こちらの位置を知らせながらモヒカンに突っ込む。
そして、フラッシュバンで痛めた耳にも聞こえるように、叫ぶ。
「トドメだよ、モヒカン!!」
奴を仕留めうる可能性のある……
「《
大嘘の、まだ使えもしない必殺スキルの名前を。アマちゃんの名前を知ってるなら、これが必殺スキルであると、伝わるはず。
目がくらんだスキに、必殺スキルを叫びながら、敵が突っ込んで来る。そんな状況で、モヒカンはどう動くだろう。
回避スキルや防御スキルを持つなら、迷わず使うだろう。だけど、モヒカンはジョブもエンブリオも攻撃型。とれる行動は限られる。
モヒカンは、足音を頼りに私へ照準をつけた。そして、
「《マルチプルマジック》……《クリムゾンスフィア》ァァ!」
最大の攻撃をばらまくという対策を取った。
〈エンブリオ〉の砲身を砕きながら、【紅蓮術師】の奥義が連射された。上級職全てを見てもトップクラスの破壊力を誇る必殺の炎。以前、ルピーが【ジェム】から放った《クリムゾンスフィア》の倍以上の大きさを誇る物が、6つ。
この火力なら、純竜どころか〈UBM〉すら焼き尽くすかもしれない。
6つの紅蓮の炎は、横一列に放たれ、回避不能の壁となって迫ってくる。ここだ、今しかない!ずっと、この攻撃を待ってた!
「決めるよ、アマちゃん!《天照》!!」
スキルを発動する。同時に、私はアマちゃんの中から飛び出した。《天照》が発動している間は、中にいられない。
外に出てしまった私に、灼熱の炎が、モヒカンの視線が、襲いかかって……くることは、ない。
周囲に存在するのは、暗闇の世界。光も、炎も、世界を照らしうるものは消えていた。
《天照》は周囲の光を発するエネルギー……光、炎、雷……全てをアマちゃんの中に吸収して、閉じ込める事で暗闇を創り出すスキルだ。
発動すれば、アマちゃんを中心として半径二十メートルが真っ暗になる。効果は一分。クールタイムは、12時間。
わずかな光すら無い状況では、《暗視》ですら意味を持たない。本当の暗闇。私が視線を気にしないで自由に動ける世界を創る隠密スキルだ。……本来の使い方は。
このスキルには、弱点がある。エネルギーを吸収して閉じ込めるにも限界があり、高エネルギーの攻撃スキルを吸収すると、あっという間に限界が来て……アマちゃんは一分持たずに爆発する。木っ端微塵に。
ゴメン、アマちゃん。《クリムゾンスフィア》相手に、使っちゃった。しかも六発。既に、アマちゃんの命運は尽きている。あと数秒で爆発してしまう。
ただ、この弱点は、利点にもなりうる。爆発するアマちゃんは、強力な攻撃になってくれる。半径二十メートルに存在するエネルギーを、小さなアマちゃん内部に収まるまで圧縮しているのだ。極限の圧縮から開放されたエネルギーは、凄まじい爆発を引き起こす……らしい。アマちゃんによると。
その圧縮されるエネルギーが、【紅蓮術師】の奥義たる《クリムゾンスフィア》ならどうなるか。その《クリムゾンスフィア》が、魔法を強化する〈エンブリオ〉から放たれた、強力な物ならどうなるか。それが、六発もあればどうなるか。
真っ暗な闇の中、〈エンブリオ〉の駆動音と事前に目に焼き付けたモヒカン・ブロイラーの位置を頼りに、アマちゃんを抱えて走る。爆発まで数秒もない。
飛び上がり、振りかぶって、モヒカンにアマちゃんを叩きつけた。ビキリ、と。アマちゃんから致命的な破損音が鳴る。
アマちゃんが砕け散り、暗闇の中に光が生まれる。その光は、文字通り爆発的に広がって……
これが、隠密スキル《天照》の応用、光、雷、炎カウンターの自爆スキル。名付けて、
「《
私も、モヒカン・ブロイラーも、爆発に飲み込まれた。この不法投棄場全てを飲みこむような、大爆発。王都の夜を照らす、小さな太陽が生まれる。
私の【救命のブローチ】が砕かれる。致死ダメージを無効化した私は、モヒカンが消滅する姿を見届けた。
どんなに炎対策の装備を積んでも、ここまで圧倒的な威力だと意味がない。
例え9割ダメージをカットしても、致死ダメージの10倍ダメージを受ければ死んでしまう。千ダメージ削減出来ても10万ダメージ受けてしまえば意味がない。
モヒカン・ブロイラーが何かを叫びながら消滅する。声は爆音にかき消されて聞こえない。
やったかな……!?
まさか、この状況を何とか出来るUBM特典とか持ってないよね。倒したと思ったら、のパターンだったらもう打つ手が無い。
最後に叫んでいたのは、まさか必殺スキル……
【クエスト【品評会防衛ーテトラ・スターグ】を達成しました】
不安で疑心暗鬼になってる私に、システムメッセージが戦いの終わりを教えてくれた。
○
戦いの後に残ったのは、高熱によりガラス化したクレーターとモヒカンのドロップアイテムだけ。その中心に、私はいる。ここにいるだけでも余熱で死んでしまいそう。
アイテム回収を終えると、少しだけボーッとして、ふっと、肩の力が抜ける。ああ、私、やりきったのかな……。
嬉しいんだけど、疲れが押し寄せてきて、視界が、暗く染まる。立っていられない。地面に伏せてしまう。
ステータスに異常はない。これはリアルの疲れだ。視界に、『過労』の警告が出ている。慣れない事をしたからかな。
もう動く気力もないので、ログアウト準備をする。
残り30秒。
それにしても、ここ3日は濃密な日々だった。アマちゃんに会って、テトラちゃんに会って、ブロイラー団と戦って……
引きこもりを始めてからの全ての日々を合わせても、このデンドロでの3日の経験に及ばない。
残り25秒。
止まってた時間が、また動き出したような、そんな感覚がする。この世界なら、本当に変われるかもしれない。
そんな感慨に浸っていると、何かの音が聞こえてきた。………たくさんの、足音と、話し声が……
残り20秒。
「通報があったのはこっちです!突然、不法投棄場が爆発したと!」
「皆さん、住民の避難誘導を最優先とします!負傷者がいたら私の所へ!《フォースヒール》で回復します!〈マスター〉による王都封鎖テロの一環かもしれません!くれぐれも、注意してください!」
これは……騎士団が、近づいて来る音だ。まずい。ちょっと派手にやり過ぎた。あんな爆発が起きれば、誰かが通報するに決まってる。
残り15秒。
「嫌……」
身体は動かないし、クレーターには隠れる場所もない。このままじゃあ……
「嫌、駄目、早く、早くログアウトを!アマちゃん!アマちゃん!お願い、すぐに再生して!」
ログアウトボタンを連射する。いくら押してもカウントダウンは早くならない。
手の紋章に呼びかけても、うんともすんとも言ってくれない。
10、9、8、7……
ログアウトは間に合わなかった。騎士団の足音はクレーターの縁で止まる。その先頭は、【聖騎士】の鎧を着た綺麗な女性。確か、あの人は人気ティアンの……
思考を最後まで続ける事は出来なかった。女性が、クレーターの中心に倒れている私を
「大丈夫ですか、そこの方!すぐに救助します!」
視線が、私を貫いた。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
【自害しました】
【デスペナルティ:ログイン制限24h】
○
□日向 陽子
現実に戻った私は、視線の恐ろしさにしばらく泣いて、疲れでぐっすり眠ってしまった。起きてから、通信教育の宿題や、色々と用事を済ませてネットでデンドロの情報サイトをチェックする。
「3倍時間だと、デンドロ内の事件が記事になるのも早いなぁ」
私が死んでから、リアルでは半日しか経ってないのに、もう私の引き起こした爆発が記事になっている。デンドロ内では、36時間前の出来事だ。
騎士団の会話から、もしかして怪我人を出してしまったのではないかという事が、気になって記事を読む。
幸い、王都で起きた爆発事件では、ティアンの負傷者は確認されていない。爆発の威力が想定外に大きかったから心配だったけど、怪我人がいなくて良かった。被害者無しで容疑者も不明な為、指名手配にもならないと思う。
〈マスター〉同士の殺し合いは罪に問われないけど、周囲に被害を出すような戦い方をしたら話は別だ。今回は、かなり危なかったかもしれない。今後は注意しよう。
「こっちも、もう記事になってる」
杖の品評会が、珍しく無事に終わったという記事。受賞者欄には、テトラちゃんの名前があった。最年少受賞者ということで、ちょっとだけ大きく取り扱われてる。
写真には、見事賞を貰ったテトラちゃんの笑顔。私は最後には死んでしまったけど、この笑顔を守れたなら、めでたし、めでたし、ということでいいのかな。
……せっかくのクエスト成功だけど、一番喜びを分かち合いたいアマちゃんには会えないでいる。早く、ログイン制限解けないかなぁ。
次回 エピローグ 第一エンブリオ編 終わり (予定)