□ある姉妹の電話
「もしもし、お姉ちゃん?」
『もしもし、ヨウちゃん? ヨウちゃんがデンドロを始めたってお母さんから聞いて電話したんですが……』
「うん、お姉ちゃんもデンドロをプレイしてるんだっけ」
『ええ、大学の友だちに勧められて。それで、どうですか。ちゃんとプレイできてますか? 視線、怖かったりしません?』
「ほとんどリアルと一緒で怖いけど……〈エンブリオ〉が、視線から隠れるタイプの子が産まれてきて、その子のおかげでなんとかなってるの」
『そうですか。遊べているようなら、何よりです。職業、何にしました?」
「【魔術師】だよ」
「【魔術師】、いいですね、魔法は楽しいですから。……それなら、【
「組み込みたいんだけど……【生贄】って、レベルを伸ばすのが難しいんだよね。闘えなくなっちゃうから。私、人とパーティー組むのも難しくて」
『でしたら、私とパーティーを組みませんか? デンドロ内なら、私はいくらでも視線対策が出来ますから。【生贄】のレベリングも手伝えますよ』
「視線対策って……そんな事出来るの? じゃあ、お願いしていいかな」
『ええ、もちろん。私もヨウちゃんと遊びたかったですし、視線対策は下級職の枠をちょっと潰すだけですから。今、どこの国にいますか?会いに行きますよ』
「アルター王国の、ギデオンって所に行こうと思ってるの」
『……おおう……アルターの、ギデオン……よりによって、このタイミングで……』
「お姉ちゃん? どうしたの?」
『いえ、なんでもありません。……参考までに聞きますけど、今なら有利な条件でドライフに移籍できるって言ったら、します?』
「え? しないけど……何かあるの?」
『もし、万が一、仮にですよ。お姉ちゃんが、ある国がアルター王国を乗っ取る計画に参加してたら、どう思いますか』
「『仮に』が具体的過ぎる気がするんだけど……それは……ちょっと……ううん、すごく、悲しくなるかな」
『理由を聞いてもいいですか?』
「王国のティアンの子と、約束したの。いつか、視線恐怖症を治してその子のお店で買い物するって」
『ヨウちゃんに、そんな約束をする友達が……』
「うん、だから、王国が乗っ取られて……もし、その影響でお店が潰れたりしたら、お姉ちゃんのこと、ちょっと嫌いになるかも」
『……そうですか、分かりました。では、ギデオンで落ち合いましょう。細かい場所と時間は後で送ります。ちょっと私は用事が出来たので……もしかしたら、デスペナルティになって合流できないかもしれません。その時は連絡します』
「お姉ちゃん、何やるつもりなの?」
『ヨウちゃんと一緒に遊ぶ資格を得る為に、ケジメを付けてきます。【超級激突】のチケット、頑張って用意しますから、生きて会えたらいっしょに観戦しましょう。それと、この戦いが終わったら……結婚しましょう、デンドロ内で』
「わざと死亡フラグ立てるのやめようよ」
『半分ジョークです。それでは、切りますね。無事に会える事を祈ってますよ』
「あ、待って、最後に聞きたい事があるの」
『何ですか? これから何をするつもりかは、あまり話したくないのですが』
「そうじゃなくて、〈エンブリオ〉のこと。お姉ちゃんの〈エンブリオ〉って、話せるタイプの子かな?」
『非常に微妙ですが、一応は話せる、と言っていいと思います』
「そっか。私のも、話せる子なの。他の〈エンブリオ〉と話したがってたみたいだから、会わせるの、楽しみにしてるね」
○
□ 〈サウダ山道〉 キャッスル【陰天岩窟 アマノイワト】
最強の〈エンブリオ〉とは、どのカテゴリーか。
デンドロプレイヤーの間で常に話題となるテーマであるが、この問題に対して実に有意義なアンケート結果が存在する。
ある掲示板の『キャッスル系統エンブリオ総合スレ』において取られたアンケートによると、〈マスター〉の3割はエルダーキャッスルが最強と考え、3割はフォートレスが最強と考え、3割は■■■■■が最強と答えた。残り一割はキャッスルや複合カテゴリーだ。
このアンケート結果からも分かる通り、実に十割近くの〈マスター〉はキャッスル系統こそが最強であると考えている。
その考えは、おそらく正しい。目の前に広がる光景を見ると、吾輩はそう結論せざるを得ない。
『これが、吾輩の、第二形態の力……』
見上げるほどの大きなムカデ型魔物が、炎に包まれ、もがき苦しんでいる。
そんな【亜竜甲蟲】がしばらく暴れ、足掻いたものの、やがて力尽きて……光の粒子となって散っていった。
「勝てちゃったね、亜竜級に……」
ヨウも、進化した吾輩の大幅なパワーアップに驚きを隠せない。
ギデオンまでの道中、吾輩達は【亜竜甲蟲】に遭遇した。
見つけたのは偶然。道の向かい側からやって来る馬車が見えたので、やり過ごすのにいい隠れ場所を探していると、最高の潜みポイントに【亜竜甲蟲】が先客として隠れていたのだ。
その視線は、遠くの馬車を確実に捉えていた。明らかに待ち伏せの構えだ。虫型の割に賢いモンスターであったなコイツ。
コイツを放っておけば、間違い無く馬車が襲われる。もしかしたら、馬車にはティアンも乗っているかもしれない。
NPCとはいえ、ティアンに目の前で死なれるとあまりに後味が悪い。テトラと知り合った今なら、なおさらだ。
そんな訳で、ヨウは不意打ちで【亜竜甲蟲】に戦闘を仕掛けた。隠れて潜んでの火炎狙撃。ヨウの基本スタイルだ。
しかし、流石は下級職の六人パーティーに匹敵すると言われる亜竜級。一筋縄ではいかない。
『思ったより、遥かに強かったであるな』
硬い甲殻は炎を弾き、攻撃が通じない。強靭な顎は容易に岩をも噛み砕く。吾輩でも、2、3回も攻撃を貰えば砕けてしまう威力。
レベル0での撃破報告があるそうだが、実物を見ると絶対に嘘だと断言出来る。これは、まさしく化物の類だった。
それでも、こそこそ何度も攻撃を重ねてダメージを稼いで、稼いで……その内に、ヨウが岩に化けていると悟られた。
どの岩に化けているかはバレていないものの、目に入った岩を片端から砕くという強行戦術をとられ、あわや殺されそうになり……
その瞬間、吾輩は進化を果たした。
さらなる隠蔽能力と攻撃補助能力、そこに歩き狩りでレベル50【魔術師】となったヨウの火力を合わせ、隠れたまま攻撃を続けた結果、勝利をもぎ取れたのだ。
周囲に他の敵が存在しない事を確認して、ヨウはふうっ、と息を吐き出す。
「つ、疲れた……。でも、馬車は無事に逃げたみたいだし、【紅蓮術師】の、亜竜級以上の討伐って条件も満たしたし、良かったかな」
【亜竜甲蟲】のドロップ【亜竜甲蟲の宝櫃】を拾うも、開けてみようという気力すら残ってない。さっさとアイテムボックスにしまってしまう。
そんなヨウとは対象的に、吾輩は新たなる力に酔いしれてハイテンションになっていた。
『これが吾輩の第二形態……くくくくく……ふはははは……この力は……世界を取れる……!』
全身にみなぎるエネルギー。第一形態を遥かに超えるリソース。今の吾輩なら、たとえ超級だろうと倒せてしまう、そんな根拠のない万能感すら感じてしまう。
これが進化……!あと5回も進化するなんて、吾輩はこの世界を支配できてしまうのではないか。自分の潜在能力が恐ろしい!
「力に溺れるのが早すぎるよアマちゃん。せめて上級進化してからにしようよ」
『おっと、そうであるな。進化出来たのが嬉しすぎて我を失ってたのである』
改めて、現在の姿を確認する。ヨウに抱えられた、進化した吾輩……その形は、四角い長方形の『ふすま』だ。
ふすま・建物の複合カテゴリーではなく、単ふすま。まさかの扉単体。
この姿に進化した瞬間は、さすがに吾輩も焦った。もしやアームズか何かに間違って進化してしまったのか、変に進化の方向をいじったせいで、建物部分のリソースが足りなくなったのではないかと。
慌ててステータスを確認したが、カテゴリーとスキルを見て、一安心。
少し変わり種かもしれないが、自信を持って言える。吾輩はキャッスルである。
「スキル、結構増えたね」
ステータス画面を確認すると、新しいスキルは四つ。
《路傍の岩》
《岩戸こもり》
《岩戸開き》
《一念岩をも通す》
まずは、探知抵抗パッシブスキル《路傍の岩》。スキルや魔法、レーダーによる探知に対抗する能力。出力次第であるが、探知専門〈エンブリオ〉でもない限り、吾輩を探知するのは難しくなる。
《危機察知》も無効化するので、隠れての不意打ちがやりやすくなるスキルである。
特殊スキル、《岩戸こもり》《岩戸開き》。この二つが、吾輩が扉型に進化した原因だ。どちらも隠密行動向けのスキルである。
攻撃補助スキル《一念岩をも通す》。
ヨウの火力不足を補う為の、条件付き攻撃補助スキル。これのおかげで、【亜竜甲蟲】の撃破に成功した。
以上、計四つ。中々、豪勢な進化だ。スキルにリソースが割かれたので、ステータス補正には大した変化は無かった。
「ちょっと休憩しよっか。第二アマちゃんの寝心地も試したいし」
亜竜との戦闘は、かなりヨウの神経を削ったらしい。あくびを一つして、眠そうにする。
『きっと、ヨウにとっては高級ホテルよりも居心地がいい部屋になっているのである』
ヨウは、適当な岩壁を見つけると、そこにふすまとなっている吾輩を貼り付けて、
「《岩戸こもり》」
スキルを発動させながら、戸を開くように吾輩をスライドさせる。
すると、岩壁の中に、上下二段に分かれた小部屋……押し入れが現れた。
第二形態の吾輩は、扉を建物の壁や地面に取り付けて使う、取り付け型のキャッスルだ。
扉を開く際に、《岩戸こもり》か《岩戸開き》のどちらを発動させるかによって、内部が変化する。
《岩戸こもり》は取り付けた場所に、押入れ型の拡張空間を作り出す、居住性と隠蔽性を両立させたスキルである。
拡張空間ゆえに、ヨウが入ったまま、《陽炎》で紙一枚分の薄さにまでなれる。
中に入り、扉の形を《陽炎》で周囲と同化させれば、もはや見破る事は不可能である。
欠点は、自力での移動が不可能になるということ。移動する際は、第一形態と使い分ける必要がある。
内部に入ったヨウは、さっそく上の段に、アイテムボックスから取り出した布団と枕、クッションにチェシャぬいぐるみを設置して、寝っ転がった。
「暗くて狭くて落ち着く……押入れって、秘密基地みたいで楽しいんだよね」
どうやら《岩戸こもり》は、ヨウのお気に召したらしい。そのままお菓子とポーションを取り出して、まったり休憩モードに入る。
クッションの最適な配置を探りながら、何気なくヨウがつぶやく。
「これなら、アマちゃんの中で眠れるかも。デンドロ内睡眠、試して見ようかな。三倍眠れるから、得した気分になるんだって」
なん、だと……! ヨウが、吾輩の中で、寝泊まりを……!
あまりに衝撃的な一言に、思考が一瞬停止する。
しかし、すぐに思考は再稼働。このチャンスを逃してはならない。
『ぜひ、そうするのである!吾輩、眠るまでの話し相手や、目覚まし時計役も引き受けるのである!』
〈マスター〉の寝泊まり。それは、キャッスル系統の〈エンブリオ〉に許された特権であり……吾輩が、今まで持っていなかった機能だ。
実を言うと、〈マスター〉を内部で寝泊まりさせられる他のキャッスルが、とても羨ましかった。
旅の道中、テント型のキャッスルの前で〈マスター〉がキャンプしているのを見たときなど、嫉妬で狂いそうなくらいだったのである。
この《岩戸こもり》は、ヨウだけではなく、ヨウに寝泊まりしてもらいたい、そんな吾輩の要望を受けて進化したのではないかと、そう感じる。
「ふふ、アマちゃん、寝床として高性能だね。じゃあ、今日からは寝床としてもよろしくね」
『合点承知である!』
……うむ、この形態に進化して良かったのである! ヨウと一緒の時間が増えるであるな!
○
「あ、そうだ」
休憩を切り上げ、出発しようと吾輩から出る前に、ふと思い出したかのようにヨウが切り出す。
「ねぇ、アマちゃん。実は、アマちゃんにはお姉ちゃんがいるって言ったらどうする?」
『吾輩に、お姉ちゃん?』
はて、姉とは一体何の事であるか。理屈上、〈エンブリオ〉に姉なんて生まれようがない。一人一つしか持てないのだから。
レギオンあたりは姉妹型でもおかしくは無いが、吾輩はキャッスルだ。レギオンは持っていない。
『ヨウの言いたい事がよく分からんのである。エンブリオの姉って何であるか?』
「私のお姉ちゃんもね、デンドロで遊んでるの。聞いてみたら、お姉ちゃんの〈エンブリオ〉もアマちゃんみたいに喋れるんだって」
「つまり、ヨウの〈エンブリオ〉である吾輩にとって、ヨウの姉の〈エンブリオ〉は姉のようなもの、という事であるか」
「そういうこと。ギデオンで会う約束をしてるの。楽しみにしててね」
吾輩、まさかの妹属性であったか。この上なく似合わんのである。
ヨウのお姉ちゃんと、その〈エンブリオ〉……気になるのである。なので、少々記憶を覗かせてもらった。
見えたのは、ふんわりと優しそうな雰囲気の女性だった。顔立ちは姉妹だけあって、ヨウによく似ている。
歳の離れた姉妹で、引き篭もる前のヨウと一緒にゲームで遊んだり、一緒にお菓子を作っていたり、やたら楽しそうな思い出が多い。
今は、大学に通う為に家を出ているらしい。
どうやら、リアルの人格は問題なさそうだ。この優しそうな雰囲気なら、エンブリオ占い的にはキャッスルも有り得そうである。
……しかし、デンドロ内ではどうだろうか。
なにせ、ゲームの世界の話だ。リアルでは聖人の如き人物が、ティアン虐殺をやらかす極悪人プレイをしているかもしれない。
兄妹で世界派と遊戯派に分かれてしまい、ティアン殺しが原因でリアルで不仲になってしまうという話もあるらしい。
いまのところ、ヨウは世界派とも遊戯派ともいいがたい、中間あたりの価値観を持っている。場合によっては姉との対立もあり得るだろう。
ああ、できればヨウのお姉さんが、ティアンには手を出していませんように。姉妹が不仲になるところは見たくないのである。
……不安になっていても、仕方ないであるな。大丈夫、ヨウの姉なら、きっとゲーム内でも良い人である。
若干の不安を抑え込んで、ギデオンの方角を眺める。目に映るのは、だいぶ近づいて来た、アルター王国最大級の都市。
ヨウの姉が待ち受けるその街は……思っていた以上に、ピザっぽい形をしていた。
ああ、いいであるな、ピザ。こう、皿ごとバリっといきたいのである。次の進化で口でも生えないだろうか。
次回 レギオン戦隊 ムゲンジャー登場(予定)