雑踏の中を、主殿と共に歩く。ごみ捨て場ではダンボール、市場ではレムの実の木箱。状況に合わせて、最も適切な外見を偽装する。
這うように箱が移動する姿は異様だが、タイミングを見計らった移動と完璧なカモフラージュによって気に留める者はいない。
「周りが私を気にしない……こんなに気楽に歩けるなんて、エンブリオって凄いんだね、アマちゃん」
吾輩の知識が間違っていなければ、箱に隠れてコソコソと移動することを『気楽』とは言わない。しかし、主の役に立つはエンブリオの誉れ。褒められて悪い気がするはずもない。
『フフフ、もっと褒めても良いのであるぞ、ヨウ』
「うん、凄い凄い。……あ、見て、熊のキグルミが立ってるよ」
主殿に言われた方向に目を向けると、大きな噴水の前、茶色い熊が子供達にお菓子を配っていた。手には、看板のようなものを持っている。
『何かのイベントであるか。お菓子を貰いに行くか?』
吾輩が読み取った記憶によると、向こうの世界でのヨウはこちらの姿と同程度の年齢の筈だ。ああいったお菓子やキグルミは魅力的に見えるだろう。
「う~ん、お菓子を貰うとなると、隠密を解かないといけないし、そしたら人に見られるだろうし……ちょっと怖いから、やめとくよ」
やはり、ヨウの視線恐怖症は酷い。まあ、ゆっくり治して行くとしよう。
『そうか、なら良い。それより、これからの話であるが、兎にも角にも、ジョブにつかなくては何も始まらん』
「うん、そうだね。でも、どんなジョブがいいのか、まだ悩んでるんだよ。始める前に攻略wikiを読んだんだけど、どの職業がいいかピンと来なくて」
『やりたい事はないのか。生産職でも、戦闘職でも、まずは方針を決めた方が良いのであるぞ』
「それなんだけど……アマちゃんが一番活かせるジョブにしたいんだよね。だから、アマちゃんが何できるか詳しく教えて」
『む、吾輩の能力か』
吾輩を軸に考えてくれるとは、照れるではないか。これは生半可な答えは返せまい。エンブリオとして、主殿の期待に答えねば。
『では、吾輩のスキルについて説明しよう。吾輩のスキルは3つだ。一つは、《
民家の壁に立てかけられた板材木の側に移動して、自身の形状を平べったく変化させる。内部のヨウには身体を伸ばしてもらい、表面を木目模様に。これで板材木に紛れる事ができる。
『ある程度自由に変化出来るが、ヨウが内部に入れる程度の形状が限界である。サイコロサイズ等には変化出来ぬ』
ふんふんと頷くヨウ。この能力はヨウの生死に直結するので聞く側も真剣だ。
『次に、《天の声》。 これは、吾輩の内側にいる間、声の発生源を誤魔化すスキルである。 これを使えば、ヨウの声から居場所を特定する事が出来無くなる』
「えーと……具体的に、どういう事?」
『ふむ、例えば、ヨウがあそこの出店で買い物をするとするのである』
視線を向けるのは、ジュウジュウと心地良い音を立てながら香ばしい煙を上げている、焼き鳥の屋台。店主のお姉さんが団扇で炭を仰ぎながら、呼び込みをしていた。
「はーい、今、王都で大流行のアルターチキン、アルチキだよー。只今ちょうど、焼きたてとなっていますー。炭火で焼かれた、アルターチキン、一本二十リルとなっておりますー。王都に来たら、これを食べないと後悔するよー」
「美味しそうだねー」
『うむ、あれを買うとしたら、ヨウはどうする』
「えーと……こっそり近づいて、代金を置いて、盗む」
『……善悪はおいて、人としてはともかく、まあそれでも間違いではないのであるが、普通に買うとしたら、どんなに巧妙に隠れても、『一つ下さい』と話しかければたちまち居場所は割れる。そうすれば、まともに視線を受けたヨウは自害するであろう』
「間違いないね。じゃあ、どうすれば買えるの?」
『そこで役立つのが、このスキルである。試しに、隠れて声をかけてみるがよい』
いうと、ヨウは吾輩を地面と同じレンガ模様に変化させ、建物の陰を縫うように素早く出店に近づき、店主のお姉さんの死角を取った。
そして、スキル《天の声》を発動させながらヨウは声を出す。
(すみません、アルチキ下さい)
「はーい、一本二十リル……あれ、今の声どこから……気のせいかしら」
すぐ後ろから声をかけられたというのに、店主は声の主に気がつく様子がない。
(アルチキ下さい……代金はここに置いておきます……塩味貰って行きますね……)
「な、何!? 声が、私の脳内に直接!?」
どこからともなく聞こえる不気味な声に店主が慌てているスキに、ヨウが手早く代金を置いて、一番美味しそうな焼きたてアルチキを取って出店から離脱する。
そのまま走って、即座に人目の無い路地へ。
「なるほど、こうやって使うんだね。話しかけても居場所がばれないのは便利かも……うま! 何これ!この味で二十リル!?」
ハフハフと焼きたてアルチキを頬張りながら喋るヨウ。どうやら大層気に入ったらしく、あっという間に食べ尽くしてしまった。タレ味も買っとくべきだったかな、と呟いている。
『美味しかったようで何よりである。声の届く範囲ならどこでも使えるので、覚えておくとよいぞ。それで、最後のスキルなのであるが……《
「特殊? 名前は強そうだけど、どんなスキル?」
『良いか、このスキルはな……』
○
『……というスキルなのである。使いどころは考えねばならんぞ』
「ええ……なんで私のパーソナリティからそんなスキルが生えてくるの……」
説明を受けたスキルがあんまりな効果だったせいで、自分のエンブリオに対してドン引きしているヨウ。心外である。
『自分の小さな胸に手を当てて考えるのである。吾輩は、この上なくヨウにピッタリだと思うぞ』
「小さな、は余計だよ……うう……」
納得いかない、という表情をしながら、ヨウは唸っている。
「でも、そういう事なら、ジョブは【
『で、あろうな。吾輩のステータス補正も【魔術師】には向いている。【魔術師】のジョブクリスタルは、魔術師ギルドにある筈である。もっとも、ギルドには人がいて、普通に入れば視線を浴びるのであるが』
ジョブクリスタルは、基本的には誰でも使っていい事になっている。
だから、普通の〈マスター〉なら正面から入ってギルドの職員と世間話でもしながらクリスタルに触れれば良い。
しかし、ヨウは違う。同じ事をすれば、たちまち自害してしまう。
「うん……じゃあ、魔術師ギルドに潜入する算段を立てようか」
吾輩達は、噴水の近くにあった案内板で魔術師ギルドの位置を確認すると、ギルドに向かって歩き出した。忍びながら。
「まずは、周辺をうろついて侵入経路や人の出入りを確認するよ。出来るなら、侵入は夜。深夜でもギルドは開いてるみたいだけど、人は少ないから」
ゆっくり時間をかけて、下準備を始める。夜まで時間はあるのだ。おしゃべりでもしながら、機を待つとしよう。