魔術師ギルドの建物と出入りの人間の偵察、調査を済ませると、ヨウが一度ログアウト。トイレと食事、向こうの世界での情報収集を済ませ戻ってきて、大まかな方針を立てると夜が来た。
さて、ギルドの侵入口は、正面玄関と裏口、あとは窓くらいしかない。玄関には受付嬢が、裏口には守衛が、それぞれ常に目を光らせており、突破は困難。窓は施錠されている。
その事をふまえ、吾輩達は作戦を立てた。ダンボールである吾輩には、侵入にもふさわしい格式高い経路という物が存在する。
貴族が馬車でパーティーに訪れるように、竜騎士が竜に乗って戦場に馳せ参じるように……吾輩達は、荷車の荷物に紛れてギルドに侵入する事にした。
ギルドという物は、どうしてか大抵酒場と併設されており、日々大量の食料品が運び込まれている。魔術師ギルドもその例に漏れない。
その中でも、極端に太陽光に弱い『月夜草』などの食材は、夜中に運び込まれる。狙いはその荷車だ。
『来たぞ。あの荷車がカーブで速度を落としたら、飛び乗るのである』
道の陰で、魔術師ギルド御用達の食品業者を潜み待つ。やがて、ガラガラと音を立てて業者のマークが入った荷車が引かれて来た。
「よいしょっと……ふぅ、重いなぁ……それにしても、昼間のあの声なんだったんだろ」
おや、あの荷車を引いてる女性はどこかで見たような……ああ、昼間のアルキチ屋のお姉さんであるか。昼は店番で夜は運搬とは、仕事熱心な事である。結構な量の荷物を引いてる辺り、STRが高いのかもしれない。
今現在、道の陰のボロいダンボールに過ぎない吾輩達を、お姉さんは気にせず通り過ぎる。そして、カーブに差し掛かり、速度が落ちた。
『今である!』
「うん、行くよ!」
出来る限り素早く、音を立てないように丁寧に。後ろから荷車に飛び乗った。
乗り込んですぐに、積み込まれた荷物を確認する。水樽に、束ねた草に、木箱に……
『ヨウ、それだ!』
目をつけたのは、月明かりで育つ『月光イモ』の詰まった箱。外見が一番ダンボールに近く、重量がヨウの体重に近い。それをアイテムボックスに収めて、模様を真似た吾輩が成り代わる。別に木箱でも樽でも良かったが、本能的にダンボールに近い形状でいたいのだ。
元の荷物をアイテムボックスに入れてしまえば、吾輩達の分増えた重量を誤魔化す事が出来る。
「なんか今一瞬重くなったような……気のせいか」
お姉さんが背後を振り向くが、異常などあるはずがない。気のせいなので職務に励んで欲しいのである。
そのままガタゴトと揺れること五分、吾輩達は無事にギルド内部、調理場に運び込まれた。
○
「うまく行ったね、アマちゃん」
周囲に人がいない事を確認して、アイテムボックスから『月光イモ』の箱を取り出して調理場に置く。
すると、そのままヨウは伏せて床に耳を当てだした。
『ヨウ、何してるのであるか?』
「……知ってる?引きこもりってね、家族と家の中で鉢合わせしないように、物音で家族の行動を把握するスキルを持ってるんだよ」
『おお、リアルスキルとかいう奴であるな。音で、建物の様子を探っているのか』
〈マスター〉の中には、リアルスキルという向こうの世界で身につけたスキルを使える者がいるらしいが、まさかヨウがリアルスキル持ちだったとは。スキル名は《
「そんなとこ。1……2……3……今、建物にいるのは5人……かな。二人は守衛さんと受付さんだから、あと三人。食器の音と会話が聞こえるから、二人で食事してる酒場のお客さんがいるみたい。すると、あと一人は……」
『酒場の調理師であろうな。いつこの部屋に来るか分からん。急ごう』
表面上は冷静を装いつつ、吾輩の心は喜びで震えていた。
おお、リアルスキルという言葉の響き、なんと素晴らしいことか。いつか、意思疎通出来るエンブリオに会えたらヨウの事を自慢するのである。
調理場から出てギルドのメインホールを覗くと、目当ての物はすぐに見つかった。
酒場の側に設置されたそれは、見上げるほどある、大きな結晶体。見ているだけで心が沸き立つ宝石のような輝きを発している。
「あんな大きいんだ、ジョブクリスタルって」
『うむ、どうやってジョブクリスタルに触れてる間を誤魔化そうかと考えていたが、あれだけ大きければジョブクリスタルそのものの影に隠れられるのである』
ならば、近づきさえすればあとはどうとでもなる。余裕のミッションだ。
コソコソとクリスタルに近づくと、酒場で飲んでいる二人の〈マスター〉の会話が聞こえてきた。どちらも格好からすると【魔術師】の男女ペアだ。グビグビとジョッキで酒を煽りながら、大声で会話する。
「……だからね、杖を買うならもう少し待ちなさいって。もうすぐ若手の杖職人が腕を競い合う品評会が開かれるのよ。販売も同時にやるから、買うならその時がいいわ。出来に対して、割りと得な値段で手に入るんだから」
「でもそういってよ、お前いつだって『今は買い時じゃない』つって買う時期逃してるじゃねぇか。この間リアルの中古車選びでも安くなるのを待ってる間に売れちまって……」
ほう、これはいい話を聞いた。魔術師になるなら杖は必須。品評会なんて物があるなら、いい杖も見つかるかもしれない。覚えて置こう。
大声の会話に紛れて、クリスタルの接触に成功。視界に、ジョブリストが映し出される。
まだ何も条件を満たしていないので、就ける職業は基本の下級職のみ。ヨウは迷わず【魔術師】を選択……しようとして、手が止まった。
どうしたのかと視線を追うと、見つめているのは【魔術師】系統の上級職【
ヨウが【魔術師】に就くのは、この【紅蓮術師】の前提を満たす為でもある。
「すぐに条件満たすから、待っててね」
クリスタルに向かって宣言すると、【魔術師】の項目をタップ。
ヨウのステータス表示が切り替わり、【魔術師】のジョブが表示された。
「さて、後は出るだけだね。どうしようか」
『ああ、出るだけなら簡単である。入るよりも、ずっと。《天の声》を使うのである』
ジョブにつけた以上は、もう見つかって自害しても大した問題はない。デスペナを受けてセーブポイントに戻るだけだ。しかし、吾輩はどうせなら一秒でも長くヨウといっしょにいたいのだ。デスペナなんて勿体無い事はさせられない。ここは、無事に脱出する。
「《天の声》を使う……ああそっか、簡単だね」
今、この部屋の状況を確認すると、酒を飲んでる客が二人に、正面玄関の方を向いた受付嬢が一人。玄関からの脱出には受付嬢が邪魔だ。
つまりは、この嬢が視線を正面玄関から逸らせばいい。出来る限り正面玄関に近づく。
ヨウが大きく息を吸い、《天の声》を発動させた。
(今何て言いったのよ!!私が買いどきを逃すウスノロですって!!ふざけんじゃないわ、焼き殺すわよ!!)
少女であるヨウの声は、どんなに凄んでも迫力がない。普通なら、大人の女性の声とは間違えないだろう。
だが、客が二人しかいない状況での、出処がハッキリしない怒鳴り声を、受付嬢は客が発した声だと判断したようだ。
慌てて立ち上がって、喧嘩をなだめようと酒場に向かい……仲良く飲んでいる二人を見て、不思議そうに首をかしげた。
そのスキに、吾輩達はゆうゆうと正面玄関から脱出する。
「ミッション成功、だね!」
『やったのである!』
初めての作戦を成功させ、ジョブという成果と興奮を胸に、吾輩達は夜の街を走り出すのであった。