無事に【魔術師】となった我輩達は、さっそく王都の外に出る事にした。
王都の出入り口は警備を重視しておらず、常に開門状態。紛れ込める荷車も多く、出入りに困る事は無い。
装備は初期配布の杖一本。防具も初期のまま。ポーションすら持っていない。だが、吾輩がいる限り、ヨウには傷一つ付けさせぬ。
王都から出てすぐの〈イースター草原〉……初心者の狩場で、吾輩は草原におけるもっとも自然な形、岩に変化した。さあ、レベリングの始まりである。
○
……さて、これで何匹目を狩っただろうか。レベルは3になり、スキルもいくつか手に入れた。
『落ち着くのであるぞ、ヨウ。敵に気付かれない限り、じっくり狙えるのである』
「うん。狙うのは顔面、狙うのは顔面……」
吾輩達から20メテルの距離に、群れからはぐれた【リトルゴブリン】が居る。こちらをただの岩と思っているのだろう、警戒もせずに、横っ面を晒してその辺を歩き回る。
標的にするのは、孤立した個体。群れと戦って生き残れるかは怪しい。安全策に越したことはない。
覗き穴から杖の先を出して、じっくりと照準するヨウ。外せばこちらに気づかれる。素早さよりも、正確さが大切である。ヨウの口が、《詠唱》を始める。
「距離、20、風速、南西に3……視界良好……ターゲットロック」
《詠唱》に使われる文言は、なんでも良い。ヨウは風速だの言ってるが、全てデタラメである。それっぽい事を言ってるだけだ。
「 《魔法射程延長》 ……《ラピットファイアー》……
初期炎魔法の中でも弾速の速い《ラピットファイアー》に、《魔法射程延長》を組み合わせる事で、狙撃として利用する。
顔面に当てて口や喉が焼かれてしまえば、叫んで仲間を呼ぶ事も出来ない。
狙い通り顔面に炎の直撃を受けた【リトルゴブリン】だが、まだ威力が足りないせいで、一撃では仕留められなかった。しかしヨウは冷静に、2発目を腹に打ち込んでトドメを刺す。
「やった……倒せたよ! アマちゃん!」
『おめでとうである! この調子なら、すぐに次のレベルアップであるな』
即座に場所を移動して、吾輩の形も別の岩に変化させる。同一地点に居続ければ、居場所が特定される危険があるからだ。
そうやって、一匹づつ【リトルゴブリン】や【パシラビット】を始末していると、やがてレベル6まで上がった。初のレベリングでここまで上がれば上出来であろう。
『いい感じである。火属性のダメージと撃破数を稼げば、そのうち【紅蓮術師】の条件を満たせるのである』
「もうちょっと稼いだら、場所を変えてもいいかもね。〈ノズ森林〉とかどうかな……ふあぁ〜」
会話の最中に、あくびをしてしまうヨウ。女の子がはしたない。
『眠いのであるか? もうログアウトして寝たほうがいいのである』
「そうだね。もう寝る事にするよ。おやすみ、アマちゃん。今日は、ありがとうね」
『うむ、おやすみ。いい夢見るのであるぞ』
メニュー画面を開いて、30秒待機。ヨウはログアウトして、吾輩の意識も闇へと沈んでいった。
○
向こうの世界でたっぷり八時間寝て朝支度を済ませれば、こちらの世界では丸一日と数時間経って、時間は早朝。前回のログアウト地点で復帰して、狩りを続ける……そういう手筈に、なっていた筈だ。
……何故か、復帰した地点は、ログアウトした場所ではなく、セーブポイントであった。周囲に人の少ない、不便な場所のセーブポイントを登録しておいたので、復帰と同時に視線に殺される事はなかった。
即座に吾輩を呼び出し、被ると同時に路地裏に飛び込んで隠れるヨウ。
『おはようである、ヨウ。なんでログアウト地点で復帰しなかったのであるか? セーブポイント復帰は危険である』
「おはよう、アマちゃん。それがね……朝、デンドロの情報サイトを見てたら、私が寝てる間に王都周辺で大規模な集団PKが起こって、〈イースター平原〉なんかが占拠されてるんだって。ログアウト地点で復帰したらPKに囲まれちゃうから、こっちに来たの」
なんと、そんな事が。向こうの世界の情報収集は便利であるな。
『なるほど、それはいい判断である。それにしても、物騒であるなぁ。危うく巻き込まれる所であった。今日はレベリング出来ないではないか』
PKの奴ら、せっかくジョブを手に入れて、これからというときに、なんと無粋なことか。呪われるといいのである。窒息とか大気圏からの落下とかよくわからない液体になるとか戦艦にでも撃たれるとかそんな死に方をして欲しい。
「狩りできないから、今日はどうしようか考えてたんだけど……ドロップアイテムの換金に、挑戦しようかなって」
デンドロにおいて、倒した敵は金ではなく換金アイテムを落とす。つまり、金を得るためにはアイテムを売る必要があるのだが、吾輩達にとっては困難だ。
『確かに必要な事であるな。しかし、屋台の食べ物と違って、買い取りは半ば盗みに近いやり方では出来ないのである』
吾輩の言葉に、ヨウはここぞとばかりに嬉しそうな顔で答える。
「実は私、有益な情報を仕入れてきたの。私でも利用できるお店が、あるかもしれない」
『なんと、そんな店があるのか。 世の中広いであるな。どんな店なのであるか?』
「うん、店員と客がお互いを見ずに、商品とお金だけをやり取り出来るシステムが整備された場所……盗品市場が、スラム街にあるんだって」
○
王都の中も、完全に整備されている訳ではない。栄える場所もあれば、廃れる場所もある。その最もたる場所が、王都の片隅にあるスラム街だ。悪名高き盗賊ギルドもここにある。
道行く者は、モヒカンであったり、顔をローブで深く隠していたり、いかにも盗賊といった風体であったり、他の場所と比べれば柄が悪い。
道は入り組み、暗がりも多く、そこら中がゴミや瓦礫だらけ。つまりは隠れるのに困らない。今日の我輩は瓦礫に変化している。
周囲の住民が近寄ろうとしない危険区画の、さらに奥へ進むと目当ての店が見つかった。
「ここ……かな?」
『景品交換所』という看板のかけられた、こじんまりとした小屋。
店と言うには、あまりにも造りは簡素だった。チケット販売所といったほうが近いだろう。視界を確保するためのガラス等は一切ついておらず、視線は全く通らない。アイテムと金をやり取りする穴が空いているだけだ。
「ここはね、指名手配されて普通の店を利用できなくなった犯罪者とかが利用するんだって。一切の個人情報を与えないように、会話すらいらないの」
『いったいどこでこんな店の情報を得るのであるか』
「デンドロの掲示板の、『対人恐怖症でもデンドロしたいスレ』」
『ヨウみたいな人間が他にもいるのであるか……』
自分の〈マスター〉が特別だと思っていたが、認識を改めるべきかもしれない。
周囲に人がいないかを慎重に探り、誰もいないと判断してから店の前へ。
「顔を見られない代わりに、買値も売値も超ボッタクリ。だけど、盗品を売っても買っても通報される心配がないらしいよ」
『なるほど、どうやって取引するのであるか?』
「簡単だよ。こうやって売りたいアイテムを穴に押し込むと……」
ヨウがドロップアイテム【パシラビットの毛皮】を放り込む。
少しの間があって、相場買い取り価格より、かなり少ないリルが穴から投げ出された。
「買うときは、買いたい物を商品リストから選んで、紙に書いてお金と一緒に放り込むの」
なるほど、このシステムなら視線恐怖症だろうが利用できるのである……本来の店の目的とはかけ離れているが。
さっそく、ドロップアイテムを全て買い取ってもらう。売った金と初期資金を合わせて、消耗品と食料、寝具、その他諸々を最低限買う。
これでようやく普通の〈マスター〉と同程度の準備が整った。一安心である。かなりボッタクられて持ち金が減ったが、サービス料と割り切るしかあるまい。
資金は残り、200リル、無駄遣いせず、大切に使わねば。
「あ、可愛いチェシャぬいぐるみが売ってる。ねえ、アマちゃん……買っていい?」
『駄目である。今は、お金がギリギリなのである』
「いい子にするから……。お願い……」
まるで、母親にねだるような言い方。そんなことをされても困るのである。
『……いいであるか、ヨウ。この金を使えば、明日を越せるかも怪しいのである。特に今は狩場も封鎖されて、収入を得る手段がない』
ヨウの目に、涙が浮かぶ。だが、流されるわけにはいかない。
「私、頑張るから。どうにかして、お金を稼ぐから。だから……この子を、買わせて……」
吾輩は耐えた。必死に耐えた。しかし、涙目でぬいぐるみをねだる少女の姿に負けてしまった事を、誰が責められよう。
ヨウが120リルと共に注文書を投げ入れる。チェシャのぬいぐるみが出てきた。
……残り、80リル。もうダメかもしれぬ。
○
「いいお店だったね。姿を見せないで買い物出来るなんて、あのサービス精神を他の店も見習うべきだよ」
ご機嫌でチェシャぬいぐるみをアクセサリー欄に装備するヨウ。間違いなく無駄遣いだが……いや、この笑顔には120リルの価値がある。一概に無駄とは言い切れまい。
『犯罪者用のサービスであって、視線恐怖症用のサービスではないのであるが』
……ところで、ヨウが笑顔なのは嬉しいのに、チェシャぬいぐるみを愛でているのを見ると、心がざわついてチェシャに対してドス黒い殺意を覚えるのは何故であろうか。
まるで、吾輩をそっちのけで他人のエンブリオを褒められているような気分になる。奴は管理AIに過ぎないというのに。
吾輩は、心の中の『いつか泣かすリスト』にチェシャの名を刻み込む事にした。どうやるかは知らんが、いつか泣かす。許せチェシャよ、貴様は何も悪くない。これは吾輩の一方的な私怨である。
『それはそうと、金策が必要であるな。財布が軽過ぎて悲しいのである』
アイテム補充を終えたはいいが、狩場が封鎖されていると本格的にやる事がない。大人しく出店でも巡ってグルメを楽しもうとしても、金が無い。
どうするか話し合いながら瓦礫の影を移動していると、事件に遭遇してしまった。
スラム街のメインストリートを歩く、鎧を着込んだ〈マスター〉である大男。
その鈍重な歩みの後ろから、軽装備の〈マスター〉の少女が近づいて、大男のアイテムボックスに触る。すると、少女の手の中に、ズシリと金貨でも詰まってそうな袋が現れた。
【盗賊】の《窃盗》だ。このスキルは、アイテムボックスからでさえアイテムを奪う。だが、こんなに人気のない場所、一対一の状況でスリにかかるとは、警戒が甘いのではないか。もしヨウならとっくに自害しているうかつな動きだ。
「なんだ?」
そんなずさんな盗みが、バレないはずが無い。大男が振り向いた瞬間に、盗賊少女が猛ダッシュで逃げ出した。
「あばよ!金は頂いて行くぜ!」
「テメェ、待ちやがれ!!」
金を盗まれたと気がついた大男が追う。死の追いかけっこの始まりである。しかし、普通に考えれば、逃げる盗賊を鎧を着込むタイプの職業が追えるはずもないが……。
「来い!」
大男が、己のエンブリオを呼び出す。姿に見合った、巨大な斧。それをぶん回すと、刃先から斬撃波が飛んだ。エンブリオの能力だろう。
「ちっ!」
逃げる盗賊少女が、回避の為に姿勢を崩してしまう。距離を詰めようとする戦士に対し、ナイフを投擲して牽制。斬撃波を警戒しながら、逃げる。
そのまま二人は吾輩達の目の届かない場所まで動いて……
『追うのである、ヨウ』
「え?」
『金策である。あの二人、間違いなくどちらか死ぬ。その際に散らばる所持アイテムをスキを見て掠め取れれば、丸儲けである』
「……あの戦闘は怖いから、逃げたい……」
気持ちは分かる。とてもよく分かる。しかし……
『今の財布がどれだけ軽いか、考えるのである。80リルでは、明日を越せんぞ。それに、言ったであろう。どうにかして、お金を稼ぐと』
初心者狩場が占拠されてる以上、金を稼ぐチャンスを逃す訳にはいかない。可哀想だが、心を鬼にするのである。
『そのぬいぐるみを売るのであれば、あと一日くらいは持つであろうが』
我ながら、子供になんて外道な脅しをするのか。ぬいぐるみを取り上げるのは、もはや虐待では……言い過ぎたのでは……もうちょっと、言い方と言うものがあるのでは……。
ヨウは、考えこんで、ぬいぐるみを見つめた後、答えた。
「そうだよね、頑張って稼ぐって、約束したもんね。約束したなら、ちゃんと果たさないと。分かった、行こう、アマちゃん。あと……金策考えてくれて、ありがとう」
『どういたしましてである。約束を守るのは、いい子であるぞ、ヨウ』
方針は決まった。戦闘しながら移動する二人を、隠れ潜んで追う。
戦いの舞台は、スラム街のより奥へ。より危険の潜む場所へ、移動するのだった。
次回、モヒカン族現る