金床を叩く気持ちの良い響きと、商品を買い叩く粘り強い交渉の声と、職人が弟子をぶん殴る鈍い音が響く職人街。その多様な音の中を、ひっそりと行く。
「【幻術師】系統かー。悪くないかも」
『光と音を欺罔する、便利なものである。場合によってはビルドに組み込んでもいいかもしれぬ。その場合は魔法特化ビルドであるな』
「でもAGIは最低限欲しいよね。下級職で補うとすると……」
将来のジョブの話をしながら、木箱に変化して移動する。職人街はその辺中に素材の詰まった箱が置かれている。
何となく、石鹸工房の良い香りのする香料の詰まった箱を真似た。ヨウだって女の子である。ゴブリンの革やら耳やら詰まったグロ素材箱よりはこちらの方が良いだろう。
「あんまりその辺は気にした事ないかな〜。何に化けてもあんまり気にしないよ」
『ヨウは、もっと女の子としての意識を持つべきである』
吾輩の気遣いは無用の物だったらしい。残念である。
そうして街を進んでいると、騒がしい騒音の中に、ふと、小さな声が聞こえた気がした。
「うっぐ、ひぐ、お姉ちゃん、だずげでぐだざい……」
声の聞こえた方へ目を向けると、道の隅に積まれた資材の側に、ヨウよりもう少し幼いくらいの少女が膝を抱えてうずくまっていた。声は……泣き声は、その少女が発してるものだ。左手に紋章の無い、〈ティアン〉の少女。
『迷子……であるか?』
「え? ホントだ。あの子、家族とはぐれちゃったのかな」
えっぐ、ひっぐ、ぐす、と。どうして子供の泣き声はこうも心をざわつかせるのか。
……きっと、初めて会った時のヨウを思い出させるからであるな。
周囲の人は気付かないか、気付いても通り過ぎるか。……きっと、誰かが助けるだろうと思うのは、楽観的に過ぎるだろう。
助けたい。そんな庇護欲が暴れ出す。しかし、吾輩の〈マスター〉は視線恐怖症の身。こんな事を頼んでいいものか……ええい、悩むくらいなら相談である。
『ヨウ、頼みが……』
「あの子を助けるよ、アマちゃん」
回答は、頼みごとよりも早く得られてしまった。ヨウも助けたいと思っていたようだ。
しかし、口調は勢いがあったものの、顔は僅かに青ざめて、緊張が見える。
……迷子を助けるということは、明確に人と関わり、会話する必要が出てくるということだ。姿を隠した上で助けるのだとしても、こっそりと商品を買ったり、ドロップアイテムをガメたりするのと比べれば、ヨウにとっては負担が大きいだろう。
『いいのであるか?』
吾輩から提案しようとしていたにも関わらず、つい確認する言葉を口にしてしまう。
「いいの。私、もともとはこういう人助けクエストをたくさんやって、人や視線に慣れるつもりでデンドロ始めたんだから。……挫折したけど。今はアマちゃんがいるから、きっとやれる。……それにね」
バクバクと加速する心臓を押さえつけ、生唾を飲む。目は泳いで落ち着かない。
「私も昔、迷子になった事、あるから。まだ視線が平気だった頃の話だけどね。まるで世界が終わっちゃうような、そんな暗い気持ちになっちゃうんだよ、迷子って。あの辛さを知ってると、ちょっと放っておけない」
冷や汗まで流れ出てきて、挙動はどんどん怪しくなるが、それでも助けようという意思はブレない。
視線を異常に恐れるヨウが、怖くても、それでも少女を助けようとするのは、きっと。
優しさ、であろうなぁ。ヨウの知識の中の、エンブリオ性格診断というのも存外バカにしたものでは無いのかもしれない。優しさは、キャッスルの〈マスター〉の特徴といわれているのだから。
『……なるほど、ヨウに覚悟があるのは分かったのである。それで、具体的にはどうするのであるか?』
「えっと、《天の声》を使って、陰から話しかけて誘導する?」
『……良かったのである。ここでヨウが完璧な作戦を立てていたら、吾輩の立つ瀬が無かったのである。吾輩に、もうちょっとだけ、いい作戦があるのである』
〈マスター〉が行動を決めたなら、みすみす見つかって自害の道を歩ませるなど〈エンブリオ〉の名折れ。せっかく勇気を出したのなら、報われる結果が待っていて欲しい。だから、作戦を立て、伝える。
「それじゃあ、作戦開始、だね」
『応、である!』
○
うずまって泣いている少女の背後を取るのは、赤子の手をひねるよりも簡単だった。隠れる為の資材まで側にあるとなれば、見つかる方が難しい。まずは、情報の入手。全ての基本だ。
【看破双眼鏡】を使って、少女の名前を確認する。このアイテムがあれば、迷子の子猫ちゃんに名前を聞いても分からない、なんて事態にはならない。
視界に、テトラ・スターグの名と、【杖師】のジョブが表示された。
「テトラちゃん、か。こんなに小さいのにジョブを持ってる。この国だと普通なのかな」
『珍しいかもしれぬが、別にいてもおかしくはないであるな』
【杖師】であるということは、この職人街の住民であることは間違いないだろう。流石に王都の反対側の住民であったら途方に暮れていた。
『投擲、用意である』
「りょ~かい」
ヨウが装備からチェシャぬいぐるみを外す。今回の作戦のキモはこの猫である。これを利用して、テトラとのコミュニケーションを図る。
「お腹空きまじだ……ひっぐ、お姉ぢゃん……」
泣いてるせいでまともに発音できてないテトラの目の前、足元に、そっとチェシャぬいぐるみを投げた。そして、声の出処を誤魔化す《天の声》を使おうとして……そこで、ヨウが動きを止めた。
『どうしたのであるか』
「え~と、チェシャの喋り方って、どんなだっけ」
『何か、特徴的な語尾だった気がするのである』
「こんな感じかな……」
今度こそ、《天の声》を発動させ、とびきり高い……教養番組のぬいぐるみのような声を作って、少女に語りかけた。
(やあ、テトラちゃんネコ。どうしたネコ。困ってるなら相談にのるネコ)
はて、なにか、致命的な間違いを犯してる気がするのである。クマのマスコットキャラクターが語尾に『クマ』をつけて話すような、そんな不自然な話し方だっただろうか。せめて、ニャーとか、そんな語尾の方がまだ自然だ。
……まあ、吾輩がチェシャに会ったのは第0形態の頃にほんのちょこっとであったし、きっと吾輩の記憶違いである。チェシャの話し方は多分こうであった。いや、間違いなくこうだ。
「ぐず、え、誰でずが……」
自分の名前を呼ばれて、キョロキョロと小動物のように辺りを見渡すテトラ。出来れば資材の後ろは見ないでほしい。そうそう、見るべきは前である。やがて、テトラは目の前にぬいぐるみが落ちているのを見つけた。
(ボクだよネコ。君の足元にいるぬいぐるみネコ)
「ひぐ、ぬいぐるみ……?えぐ、あなたが、ひっぐ、話してるのですか?」
テトラはチャシャを拾い上げると、地面に投げられた事で着いていた土を軽く払う。そして、ボタンで出来た目と見つめ合った。
(はじめまして、ボクはぬいぐるみの精チェシャネコ。君のお困り事を解決するため、ぬいぐるみの星からやって来たネコ)
その場のノリでチェシャに勝手な設定が加えられていく。
「チェシャさん……?は、はじめまして、テトラです。困り事を解決……私を、助けてくれるんですか?お家に、帰れるんですか?」
ぬいぐるみが喋る、そんな大人が見たらSANチェックが必要になるような光景は、しかし子供にとっては喜ばしいものだったようだ。
警戒心の壁をすり抜けて、下手な大人が話しかけるよりも素直に会話を始めてくれた。
第一関門はクリア。ターゲットとの接触に成功。
(ボクが来たからには、もう安心ネコ。任せるネコ。キミをお家まで、案内するネコ)
さて、ここからどうするか。お家の場所を聞いても分かるまい、分かれば迷子にはなってない。ならば……【杖師】であれば、家は店を、やってるかもしれない。店名を聞いてみるのがよいか。
(テトラちゃんって、【杖師】ネコ?もしかして、お家は杖屋さんネコ?もし名前が分かるなら、教えて欲しいネコ!)
「チェシャさん、《看破》持ってるんですか? はい、家は、お店屋さんしてるのです。……スターグ杖具店って、お店で……」
ヨウは地図を広げて、職人街の店の配置を確認する
「ここに、スターグ杖具店というのがあるネコ。きっとここネコ」
喋り方が直ってないネコ。
『この位置なら問題なく送ってあげられるのであるな』
大まかに移動ルートを決めて、意識をテトラの方に戻す。
(大丈夫ネコ。お家の場所は分かったネコ。さ、立つネコ。まずは、右の方に行くネコ。お家はそっちネコ)
「はい!」
チャシャを手に、テトラは立ち上がる。涙と鼻水でベトベトの顔だが、顔から暗さは消えている。もう泣いてはいなかった。
テトラに向かうべき道を教え、そこから声の届く距離を取って尾行する。それにしても、突然現れた脳内に直接話しかけるぬいぐるみを信用するなど、悪い人に騙されないか心配であるな、この子。
○
結論を言うと、家に届ける作戦は成功したと言えるだろう。
「あ、猫ちゃんです」
(待って、猫なら僕がいるネコ。そっちは違う道ネコ)
途中、テトラが猫(本物)に気を取られて道を外れたり、
「それでよ、俺は舐めた態度を取った〈マスター〉の連中に言ってやったんだよ。この俺が金を積めば動くと思うなよって。……お、50リル落ちてる。ラッキー」
『今である!』
邪魔な通行人の視線を逸らす為に50リル硬貨を投げて拾わせたり、
「皆さん下がって下さい!刺されたのは〈マスター〉です。これは殺人事件ではありません!解散、解散しなさい!」
「すごいです、さんかくかんけーってやつです、チェシャさん!」
(教育に悪いから見ちゃだめネコ)
途中の道端で、二股をしていた〈マスター〉の男性が〈ティアン〉の女性二人にナイフでめった刺しにされデスペナったという珍事件で衛兵に道が封鎖され、迂回せざるを得なかったり、
多少の障害はあったものの順調にスターグ杖具店に近づいた。しかし、店までもう少しといった所でトラブルが起こってしまう。
「あ、知ってる道です!」
家に近づくということは、テトラの知ってる道に出るということ。それはいい。
問題は、テトラが吾輩達を振り切る勢いで家に向かって走り出してしまった事だ。……チェシャを抱えたまま。
(え、あ、ちょ、ま、待って、降ろし……)
「ありがとうございます、チェシャさん!お家についたら、たっぷりお礼をしますね!」
走り出したテトラは意外と速く、あっという間に声の届かない範囲まで出られてしまった。
マズイ。本来であれば、店の前まで行ったら『ここでお別れネコ』とか言わせてチェシャを回収する予定だった。
しかし、あの様子ではチェシャは店の中まで連れ去られてしまう。そして『迷子のわたしを助けてくれた思い出のぬいぐるみ』としてあの子に大切な宝物として扱われ、ボロボロになっても補修を繰り返し、やがて子や孫に受け継がれてゆく……あれ、それでもいい気がしてきたのである。
しかし、いくら美談に聞こえてもヨウがそれを許さなかった。
「チェシャがさらわれた!と、取り返さないと!」
『……あげてもいいのではないか。新しいチェシャを買う余裕はあるのであるし』
「アマちゃんの馬鹿! あの子じゃないと駄目なの!新しいの買っても違う子なの!あの子は、私の!」
どうやら、迷子を助ける優しさと、ぬいぐるみを譲る優しさは全くの別物らしい。……愛着が重要なぬいぐるみについて、新しいのを買えばいいとは確かに失言であった。
地味に馬鹿と言われてダメージを受けた吾輩の繊細な心はともかく、慌ててヨウが駆け出した。
しかし、隠れながらの移動では間に合わない。我輩達が追いついた時には、既にテトラはスターグ杖具店の門を開け、入り込んでしまった。
「ただいま、お姉ちゃん!聞いてください、ぬいぐるみさんが……あれ、お姉ちゃんいないのかな」
バタン、と木製の門が閉じられる。そうしてチェシャは連れ去られてしまった。
「あ……ああ……」
絶望の声をヨウがあげる……が、すぐにその瞳には闘志が灯った。
「まだ…まだ、諦めるには早い!可能性は残ってる!潜入するよ、アマちゃん!チェシャを救出しないと!」
そして、目の前の建物を睨みつける。
木造の、小さな2階建て建築。古びて、セキュリティ意識のカケラも無さそうな造りの店。営業しているのかも定かではない。門の上には、掠れて文字の消えかかった看板。
『スターグ杖具店』それが、次の潜入場所の名前だ。
……いや、普通に裏口とか開いて入れそうな雰囲気であるな、この店。潜入といえるかすら、疑問である。
とにかく、吾輩達は周囲をぐるりと回って、入りやすそうな場所を確認するのだった。
次回 クエスト発生 『品評会防衛依頼』(予定)