吾輩はキャッスルである   作:さるかに太郎

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クエスト、スタート

 真昼のスターグ杖具店への侵入……その経路の決定は困難だった。

 

 周囲を偵察した結果、選択肢が多すぎるのだ。裏口に窓、煙突。入ろうと思えば正面からでも入れてしまう。

 

 悩んだ末に吾輩達が出した答えは……二階の窓から侵入するというものだった。

 

 わざわざ面倒な二階から侵入するのは。2つの理由がある。一つは、一階からテトラが行動する物音がするので、二階からの方が見つかりにくいというもの。

 

 もう一つの理由は、ただいまヨウの右手で回転している鍵縄にある。ヨウ曰く、

 

 「せっかく盗品市場で買った『〈マスター〉初心者向け冒険セット』の中に鍵縄があったんだから、使えるタイミングで使いたいじゃない」

 

 との事だ。ヨウが楽しそうなので吾輩に異論はないのである。

 

 目立たない店の裏側から、二階のベランダの手すりに向けて、鍵縄が放たれる。

 

 一発で、手すりに鉤縄は引っかかった。とても初めてとは思えない、見事な手並み。

 

 『……なんで鉤縄を一発成功させられるのであるか』

 

 どう考えても、日常生活の中で習得出来る技術ではない。

 

 「漫画で、格好良いシーンがあったら真似するでしょ?投げ縄とか投石紐(スリング)は練習したことあるから、その応用だよ。クラスの男の子なんかはエネルギー波の技の練習してたけど」

 

 スリングって意外と恐ろしい威力になるんだよね、物置の壁を壊して怒られちゃったよ、と少しだけ遠い目をして、鉤縄を引き、壁に足をかけて登る。

 

 四角い吾輩を背負って壁を這う様に登るその姿は、新種のカタツムリ型モンスターに見えるかもしれない。キャッスルマイマイとかそんな名前の。殻が壁の模様に擬態する珍しい品種で、見つめられただけで死ぬ絶滅危惧種だ。

 

 無事に登りきって、鍵の掛からない窓から内部に侵入する。

 

 侵入した部屋は、ゴチャゴチャとしていた。無数の木材に、杖用の装飾金具。使い方の分からない道具が山の様に置いてある。

 

『作業部屋であるかな』

 

「杖屋さんなら、そりゃあ、あるよね。……あれ、なんだろ」

 

 ヨウが気をとられたのは……部屋の中央、作業台に置かれた、杖だ。

 

 紅く、燃え上がる鳥の意匠が彫り込まれた杖。その紅色は、炎のように荒々しく、見ているだけで攻撃性が刺激されて、すぐにでもその杖を使って街中に火を放ちたくなるような、そんな気持ちになってくる。

 

 この杖を作った人物は、よほどねじ曲がった品性をしてるのではないか。そんな邪推させるのは、芸術品としてのパワーがなせるものだろうか。

 

 「彫刻……じゃないよね。凄く作り込まれてるけど、持ち手があって、先端に宝石が嵌ってて……【魔術師】が使うための、魔法杖かな」

 

 『見事な物であるな。吾輩、これほどの業物を見たのは生まれて初めてである』

 

「アマちゃん、生まれて二日目じゃなかったっけ」

 

 そうであった。吾輩、杖なんて初期配布の安物しか見たことが無いのである。

 

 「あ、今は杖なんて見てる場合じゃなかったね。チェシャを助けないと」

 

 周囲を見渡すと、床板に隙間が出来ているのが見つかった。そこから、階下の音が聞こえてくる。

 

 『そこの隙間から、階下の様子が覗けそうであるな』

 

 床に伏せて、隙間を覗き込む。

 

 階下では、チェシャが来客用らしきテーブルの上に置かれている。紅茶とふかし芋を出されており、その対面にテトラが座っていた。

 

「チェシャさん、さっきはありがとうございました。どうぞ召し上がって下さいです」

 

 ペコリと頭を下げるテトラ。おままごとの様に見えるが、目は真剣だ。じっと、チェシャを見つめている。

 

 「なんか歓迎されてるけど、早めに話を切り上げてチェシャを回収するよ」

 

 再び、《天の声》による声当てを始める。

 

(どういたしましてネコ。でも、僕はぬいぐるみだから、食べ物を貰っても食べれないネコ)

 

 差し出されたお茶も芋も、手を付ける事は出来ない。ヨウ自身はとても食べたそうであるが。そういえば昼飯を買いに行く途中であった。

 

「あ、そうですよね。じゃあ、何かお礼に出来そうな物は……そうだ、洗濯でもしましょうか」

 

(お礼なんて、必要ないネコ。それより僕はもうぬいぐるみの星に帰らないと)

 

「ああ、でも、ええっと……」

 

 続けて、あれはどうだ、これはどうだとお礼の話が続く。そして断る。

 

 『……どうも、様子がおかしいのである。お礼をしたいというより、チェシャを引き止めたがっているような……』

 

「むう、チェシャを飼おうとしてるのかな」

 

 それでも帰り話をすると、途端にテトラの顔が曇った。そして、言いにくそうに切り出した。

 

 「あの、チェシャさん。もう少しだけ、帰るのを待ってもらえませんか。助けて貰っておいて厚かましいですが、もう一つだけ、助けて欲しいことがあるんです……貴方を、〈マスター〉と見込んで」

 

 ……えっ、この子、なんて言ったであるか?

 

 〈マスター〉という思わぬ単語が飛び出して、ヨウが、息を止める。動揺を抑える為に、ゆっくり息を吸ってから、

 

(……いつから、気づいてたの?)

 

「わりと、はじめからです。《鑑定眼》で見ても、チェシャさんただの市販のぬいぐるみなのに喋ってますし、そういう不思議な事は大体〈マスター〉が関わってますから」

 

 思ったより洞察力のある子である。しかし、二階から〈マスター〉が声当てしているとまでは気づいていないようだ。まだヨウに会話する余裕は残っている。

 

 (……とりあえず、助けて欲しいことっていうのを、言ってみて。受けるかどうかは、聞いてから)

 

 ありがとうございます、と頭を下げて、テトラは語りだした。

 

 ○

 

 助けて欲しいことの内容は、こうである。

 

 明日、若手職人達が腕を競う、杖の品評会がある。しかし、ここ数年、〈マスター〉による窃盗や騒ぎによって品評会が台無しにされる自体が相次いでいた。

 

「どうも、展示品を盗む事が条件の上級職があるらしくて、警備の薄い品評会は、狙われやすいんです」

 

 今年は警備に〈マスター〉が雇われていたのだが、その大半は大規模〈マスター〉殺しによって警備に参加出来なくなってしまった。衛兵も、この騒ぎの対応で忙しく、警備に人員を割けない。

 

 このままでは、今年の品評会も台無しになるだろう。だから、品評会が無事に終わるように、手を貸して欲しい。

 

 品評会に参加する若手職人達は、必死に〈マスター〉に声をかけている所なのだという。それでも、集まりは悪いようだ。

 

「私、なんとしても今年の品評会で実力を示さないといけないんです。そうしないと、お店が続けられないんです」

 

 彼女とお姉さんは、去年亡くなった父からこの店を継いだのだという。しかし、姉には【杖師】の適性が無く、テトラはまだ子供で、店を継いだ当初はレベルが低かった。

 

 客足はどんどん離れて、赤字続き。今では姉が他所でアルバイトして生活費を稼いでいるのだという。

 

「この一年、たくさん修行しました。レベルだって、上がりました。その実力を示せる、チャンスなんです。そしてお客さんが増えたら、お姉ちゃんもアルチキ屋の売り子や運送をしないで、このお店の経営に集中出来るんです」

 

 そのお姉ちゃん、見たことがある気がするのである。

 

「私は、なんとしても、お姉ちゃんとこの店を続けたいんです。それが、夢なんです。だから、打てる手は打ちたいんです」

 

 吾輩達の実力も分からないのにすがるのは、それだけ必死なのだろう。

 

 「明日の品評会が、何事もなく終わるように、手を貸してもらえませんか。その……報酬はあんまり出せないんですけど……」

 

 提示された金額は、侘しいものだ。この店の経営状況を考えれば、一万リルすら出すのは厳しいだろう。もっと割のいい依頼は、いくらでもある。

 

「品評会かぁ……」

 

『どうかしたのであるか?』

 

「ちょっと、思い出す事があってね」

 

 ヨウが何かを思い出してるようなので、内心を読もうとして……ガチガチに記憶がブロックされている事に気がついた。

 

 読まれまいとしている。ならば、触れるべきではあるまい。

 

 しばらく考え込んで、ヨウは決断を下した。

 

(警備に参加するのは、無理かな)

 

 視線の溢れる品評会は、死地も良い所だ。好き勝手に侵入するならともかく、警備行動は出来ない。

 

「そう、ですか……。ごめんなさい、助けて貰った上で、無理なお願いをしてしまって」

 

 自分でも少ない報酬だと理解していたようだ。うつむいて、それでも無理強いはしない。だけど、話はまだ終わってないのである。

 

(うん、警備は無理。だけど、品評会を荒そうとしてる〈マスター〉に心当たりがあるの。そいつ等をデスペナルティに追い込むくらいなら、出来るかも。それで良ければ、請けるよ。お金は要らないけど、成功報酬で、テトラちゃんが作った杖一本。それと、条件が一つ)

 

 ヨウの脳裏に浮かぶのは、スラム街で見た二人組のPK。奴らは、品評会を狙うと言っていた。警備は無理でも、暗殺なら可能だ。

 

 パッと、テトラの表情が明るくなった。

 

「本当ですか!?そうして貰えるなら、やって欲しいです!……条件って、何でしょうか」

 

(今から、目をつむって頭を机に伏せて。いいって言うまで、絶対に周りを見ようとしないで。物音がするだろうけど、盗みはしないから、信じて。その条件が呑めるなら、請けてもいいよ)

 

「は、はいです!」

 

 言われた通りに、テトラは机に伏せた。それを確認して、ヨウが立ち上がる。

 

「下に行くよ、アマちゃん。チェシャを回収する。それと、少しだけ会話の練習する。アマちゃん無しで」

 

『大丈夫であるか?あの子に見られたら、死ぬのである』

 

「目をつむるって言ったもん。あの子が私を信じて視界を隠すなら、依頼を請ける。信じなければ、死ぬ。ちょうど良いじゃない」

 

 堂々と立って、吾輩を紋章に収納する。足音を隠すことも無く、階段を見つけて降りた。

 

 テトラが座るテーブルの向かいに座り、チェシャに出されたお茶に手を付ける。

 

「いいの?私を信じて。悪い〈マスター〉かもしれないよ。お金とか、盗むかもよ?」

 

 ヨウの顔色が露骨に悪い。吐きそうなのだろう。聞かせる声だけはかろうじて整えている。

 

 この世界に来てから、初めて他人に聞かせる肉声。今までとは違う声の聞こえ方に、テトラがピクリと反応する。

 

「し、信じます。迷子だった私を助けてくれたんですから、良い〈マスター〉だって」

 

「そっか。信じてくれるなら、頑張らないとね」

 

 続けて、チェシャのぬいぐるみと、ふかし芋を手に取り、メモ帳に『報酬はここに埋めといて』と簡易な地図を書き置いて、立ち上がる。

 

「その依頼、引き受けるね。だから、頑張っていい杖を作って。私に出来るのは、品評会を荒らす悪者を退治する事だけだから。……約束する。絶対に、貴方の夢を邪魔させたりなんてしない」

 

 店の裏口へ向かう。店から出る前に、振り向いて、

 

「いつか、テトラちゃんが繁盛させるこの店に、お客さんとして来るからね。いつになるかは分からないけど……もし、挙動不審な女の子が来ても、優しく接してくれると嬉しいな。それじゃあ、目を開けていいよ」

 

 言って、出る。吾輩を召喚して、被る。チェシャの回収には成功した。もっと大きな問題が発生したが。

 

『責任重大であるな』

 

「やって見せるよ」

 

 なぜだか、ヨウはやる気に満ちている。ブロックしてる記憶と関係あるのだろうか。

 

 会話を済ませて吐き気が収まったようで、ふかし芋をかじる。この芋は、前金のつもりで取った物だ。食えば、後戻りはできない。

 

 システムメッセージが、戦いの始まりを告げた。

 

【クエスト【品評会防衛】ーーテトラ・スターグ 難易度:4】が発生しました】

 

 達成条件は、品評会を妨害する〈マスター〉二人の討伐。

 

 これから始まるのは、〈マスター〉との戦い。ただ隠れるのではなく、打って出る戦い。

 

 クエスト、スタート。

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