□スラム街 【隠天岩窟 アマノイワト】
キャッスルとは、実に様々でバリエーション豊かなカテゴリーである。
〈マスター〉を内部で守る城壁型。
アイテムを加工する生産拠点型。
相手を閉じ込めるトラップハウス型。
何かを召喚する門となるゲート型。
居住性にリソースを割いたホテル型。
吾輩は普段、城壁型に分類されるのであるが、今回はトラップハウス型として戦う事を決意した。それを実現するのが、《陽炎》応用スキル《アマちゃん梱包牢獄モード》である。
本来は、ヨウが吾輩に入って相手の視線から隠れるのだが、逆に相手を吾輩に閉じ込める事で視線を遮る荒業だ。
捕らえた後は、《陽炎》によって相手が入れるギリギリのサイズに縮むことで行動可能スペースを減らし、脱出を困難にする。
ただし、使用にはいくつかの問題がある。
まず、ヨウが吾輩の外に出る必要があるので、周囲に人の目が無い状態でなければいけない。吾輩も、ヨウが出ている間は視覚を封じなければならない。
普通の〈マスター〉はスラム街にあまり来ないし、夜中にスラム街を出歩こうなんてティアンはめったにいないのでこの点は問題ない。
次に、ヨウが吾輩の内部を確認出来なくなるという点だ。これも、横取りした【戦士】のドロップにあったマジックアイテム【透視眼鏡】で解決出来た。吾輩を透視して、内部の敵の様子を確認できる。
……ところで、服が透けない事で有名な商品である【透視眼鏡】であるが、【戦士】の彼は何を思ってこのアイテムを買ったのか。きっと無残に破れた彼の夢については考えないでおいてやるのが人情ではないだろうか。
最後に、力尽くで吾輩を敵に被せる必要がある。
この問題をどう解消するか。ヨウは、リアルでもデンドロにおいても容易に貯める事のできるエネルギーを利用することにした。
キーワードは重力。あるいは万有引力。
【聖騎士】とルピーの戦いを見渡せる位置……2階建ての建物の屋根に鉤縄を使って移動した吾輩達は、十分な位置エネルギーを持っていた。
そして、吾輩の重量を増す為に、アイテムボックスからリュックサックを取り出して、手持ちのアイテムから重いものを詰め込み背負い込む。
現在のSTRは普通の成人男性程度なので、抱えて跳べる限界の20キロ程度の重さに調整。
これを抱えてヨウが上から落ちれば、ヨウの体重(内心にロックが掛かってたので不明。よってXとする)に20キロの重量を加えた(X+20)キロという圧倒的な重量に相手は押しつぶされ、屈み込んだ姿勢で閉じ込める事が可能になる。
屋根から飛び降りた後は、落下予測地点とルピーの位置がズレた分を風魔法を発動させて自分を動かし補正する。
そして、魔物が人を捕食するように、吾輩はルピーを頭から食べ、内部に閉じ込めたのだった。
○
「こんなもんでルピー様を閉じ込められると思うなよぉ!」
吾輩の内部で、ルピーが暴れる。狭い空間でナイフをぶん回すが、効かぬ。まだヨウに殴られる方が心にダメージが入る分痛い。だが、万が一の可能性に備えて、さらに防備を固める。
『ヨウ、頼むのである!』
炎に突入する際にファイアーアマノイワトに変化したように、吾輩は用途に合わせてフォームチェンジすることができる。
今回変化するのは氷属性のフォーム。ヨウが、《詠唱》付きの魔法を吾輩に向かって放った。
「行くよ! 風に乗りて来たれ、凍てつく凍気の精霊よ……! 近距離絶対凍結呪法、
初級氷魔法《ブリザード》が……いや、近距離絶対凍結呪法《
これで吾輩はアイスアマノイワト。厚い氷に覆われて物理的に固くなる。密閉する事で内部から外に漏れる声が小さくなる効果も持った、拘束運搬フォームである。
ヨウは凍った吾輩を買っておいた台車に乗せると、昼の間に準備した『処刑場』に向かって走り出す。攻撃力に劣る吾輩達が、確実にルピーを仕留める為に用意した場所へ、いざ行かん。
○
さて、ヨウが台車で吾輩達を運んでいる間、ルピーは必死に脱出を図っていた。
ガッ、ガッと鈍い音が響く。
「くっそ、装甲の硬い敵には、同じ場所を攻撃し続けるのが定番なんだけどな」
ナイフで一点を集中的に突き続ける戦法を試し、刃先が欠けて無駄だと分かると、アイテムボックスをいじりだす。
「おいキャッスル、アタシをどこに連れてくつもりなんだ?……お、ドライフ製電動丸ノコあった。試して見るか」
振りかぶる必要のない電動丸ノコが、キュイイィィンと鋭い音を立てて回転、吾輩に押し当られた。しかし、すぐに刃が欠けて駄目になってしまう。木材用程度の強度しか無いようだ。吾輩を切るなら最低でも石材用か金属用の工具が必要だ。
『どこに行くかは秘密である。楽しい場所でないのは保証するのである』
「そりゃ、敵には教えられねぇか。じゃあ別の質問。なんでアンタはアタシを狙うんだ?さっきの【聖騎士】の仲間?それとも同業のPK?」
電動丸ノコが駄目だと分かると、即座に次の道具を取り出す。話しながらも、吾輩を攻撃する手は止まらない。
『いや、吾輩達はあの【聖騎士】とは別口である。事情が……』
そこまで言って、思いついた。今の吾輩達が戦う理由、そして、この状況。取引が出来ないだろうか。
誓約書を使い、ルピーを解放する代価として、モヒカン共々、品評会に手出し出来ないようにする。
何もPKはモンスターという訳ではないので、言葉も取引も通じるはずだ。モヒカン相手に勝てる確証も無いし、相手にとってもデスペナルティよりこちらの方が良いはず。
『なあ、ルピー・ブロイラーよ。【誓約書】は持っているか?もし持ってるなら、条件を聞いて貰えれば解放するのである』
「あん? そういう話は駄目だ。断る」
きっぱりと、拒絶される。とりつくシマもない。
『まだ、条件も何も言ってないのであるが』
「見逃してやるから言うこと聞け、なんて話に乗るのは、プライドが許さねぇ。それに、ブロイラー団の流儀は『欲しいものがあれば奪い取る。気に入らない奴はぶち殺す。誰の指図も受けやしねぇ』だ」
ああ、この子、ただの遊戯派PKだと思っていたが、そうではなかった。筋金入りの遊戯派PKである。説得は無理そうだ。
『なら、殺し合うしかないであるな。残念である』
「PKと話し合おうなんて方が間違ってんだよ。アタシも含めてPKは殺し合いこそがデンドロの醍醐味だと思ってる。覚えときな」
次々と道具を取り出しては、あれでもない、これでもないと取り替えるルピー。焦っている時のドラ○もんのようだ。
やがて、これぞというアイテムを見つけたらしい。青い液体の入った小ビンを取り出す。
「
【溶解液】は、ある程度以上のENDを持った、主に鉱物系のモンスター対策として使われるアイテムの一つだ。
ENDに関係なく、物質の性質として溶かせるものなら溶かしてしまう。ただ、調達が面倒なので自分で作れる【錬金術師】以外は使おうとしない。なぜそんなアイテムを持っているのか。
……溶解液系の攻撃はちょっと耐えられるか分からんであるな。ビンの封が開けられ、中身がぶちまけられる。
じゅうぅ。嫌な音を立てて吾輩の城壁が溶けはじめた。
『ぎゃあああぁぁ!溶けてる!吾輩の身体が溶けてるのである!』
液体の量が少ないので穴が開くには至らないが、これは不味いのである。意外と吾輩は溶解液攻撃に弱いらしい。
「お、コイツは効くようだな。【錬金術師】から盗んだアイテムを持っといて良かったぜ。なら、一本限りのとっておきの奴を食らわせてやる。【特級溶解液】だ」
ドクロのマークが付けられた、いかにもヤバそうな薬瓶が取り出される。
ああ、【盗賊】の強さって、速さや盗みに加えて、無節操にアイテムを集める事による対応力の高さもあるのであるな。一つ勉強になった。
だが、黙って溶かされてなるものか。ルピーが蓋を開け、薬品を掛けようとしたタイミングで、
「《トルネード》!」
【透視眼鏡】で中を確認していたヨウが、風魔法をぶっ放す。小さな竜巻に巻き込まれ、吾輩は洗濯機に放り込まれたかのごとく回転した。
べシャ。急激な回転によって【特級溶解液】の中身がこぼれ、ルピー自身に降りかかる。
「しまった!」
ルピーの【救命のブローチ】が砕け散った。一瞬で【盗賊】の低いHPを削りきって致死ダメージを与える、恐ろしい溶解液だったようだ。
ああ、良かった。致死ダメージで良かった。中途半端なダメージで人間が溶けるグロい姿を見せられたら、吾輩は気を失ってたかもしれない。グロ画像は苦手である。
危うく脱獄される所だったが、乗り切った。そして、脱獄を試せる時間もここまでである。ヨウが吾輩を運ぶ足を止める。『処刑場』に着いたのだ。
「落とすよ、アマちゃん。せーの!」
声がして、落ちる感覚。計画によれば、吾輩はスラム街の隅、もはや使う者のいない、土で底の出来た枯れ井戸に落とされた筈。
石炭と木炭、液体燃料。それに加えて、燃焼の為の酸素供給用風魔法ジェム、その他がたっぷり詰められた、即席の焼却炉と化した枯れ井戸。そこに、ヨウが炎魔法を打ち込んで着火した。
「じゃあアマちゃん、後はよろしくね」
『うむ、任されたのである』
上方から、ゴリゴリと重い石が擦れる音が響く。ヨウの手によって、枯れ井戸に石蓋がされた。
ようやく吾輩は視界を開く事が出来る。目の前に広がるのは、灼熱地獄。圧倒的な熱量が、アイスアマノイワトだった吾輩を一瞬でファイアーアマノイワトにしてしまう。今回は炎を遮る為の属性付与魔法が無いので、熱は内部にほぼ素通しだ。
吾輩自身は炎に耐えれても、中の〈マスター〉は焼けてしまう。普段なら欠陥と言えるが、中にいるのが敵なら話は別である。
「おいこら!!外で何やってんだ!!ガンガンHPが減ってんだけど!!……ああ、焼かれてんのかこれ!」
一定以上の温度は痛覚カットに反応してしまうので、焼かれているという事実に気づくまで時間がかかったようだ。すぐにルピーがポーションを飲み始めた。高温ダメージと回復速度のダメージレースである。
普通に戦えば、多少ダメージを与えても回復されてしまう。だから、回復アイテムが尽きるまで、焼き尽くす。あるいは【酸欠】などの状態異常で殺す。
もはや脱出に割く時間はない。ルピーは生き延びる為の行動に手一杯になる。
3分が経過した。
吾輩の内部の温度は急激に高まって、ルピーのHPの減りも早まる。最初は下級ポーションで追いついていた回復が、次第に間に合わなくなってくる。そして、次に手を出した中級ポーションはそう数はないはずだ。高いので。
「た、【体内火傷】ってなんだ、こんな状態異常存在してんのかよ……」
高温の空気を吸った結果、臓器が焼けたらしい。自分を巻き込む覚悟で氷系の《ブリザード》ジェムを発動、温度を必死に下げる。ポーションのがぶ飲みは続く。炎に包まれた事で内部の酸素も減っているので、ときおり風魔法ジェムを発動して酸素の確保もしてるようだ。
5分経過。
ずっと炎の中にいる吾輩の内部温度は、どの位になっただろうか。
ルピーのステータスは覗けないが、予想では【酸欠】【熱中症】【脱水症状】【火傷】【体内火傷】の状態異常まみれになっている。だんだん動きが鈍くなってきた。
ポーションも氷魔法ジェムも風魔法ジェムも尽きたようで、もはやデスペナルティは確定だろう。
「なあ、お前、この後兄貴……モヒカンの方も狙うんだよな、きっと」
息も絶え絶え、絞り出すような声で、ルピーが尋ねる。意識はプレイヤー保護機能でなんともないだろうが、身体が死にかけている。
『そのつもりである。事情を話して止められないなら、デスペナルティにするしかあるまい』
もはや死体と言っていい身体。しかし、目がまだ死んでいない。まるで、これから一矢報いようとしているように。
「……なら、止めねえとな。〈マスター〉の方は殺せなくても、〈エンブリオ〉であるテメェはぶっ壊す。兄貴の元へは、行かせねぇ。《お前のものは俺のもの》」
もはや指一本動かせないルピーの手に、アイテムボックスからジェムが飛び出して収まった。あの色は、爆発系魔法が込められたジェムだ。
「上級ジェムはあの【聖騎士】に使っちまったから、中級のしか残ってねぇけど、十分だろ」
コイツ、自爆するつもりであるか。敵前で力尽きる直前に、仲間の為に自爆する。誰もが一度は憧れる夢のシチュエーションだ。
もはや死ぬと分かっているなら、自身に致死ダメージが入る事も恐れる必要はない。
いかに吾輩といえども、内部で爆発を起こされればタダではすまないだろう。
「一度、やってみたかったんだよな。敵を道連れにする命をかけた自爆。兄貴はつえーから、残されたお前の〈マスター〉なんてイチコロよ」
今なんて言ったであるかコイツ。ヨウをイチコロだと?誇大妄想も大概にするのである。
「ほざくなである。たかがその程度の攻撃、耐えて見せるのである。それに、貴様の兄貴がどんなに強かろうが、吾輩の〈マスター〉は絶対勝つのである」
「なら、勝負だな。あっちの世界で楽しみにしてるぜ。兄貴がお前の〈マスター〉を始末するのをよ。あばよ、キャッスル野郎」
最後に不敵な笑みを浮かべて、ルピーは力尽きた。
爆発魔法が解き放たれる。
脆いルピーの身体を消し飛ばし、吾輩を内側から引き裂こうとする。
さあ、根性の見せ所である。吾輩の気合がどの程度防御力に影響するかは分からぬが、ここで耐えねばなんのための〈エンブリオ〉か。
耐えねば。例え意識を手放しても、身体の方は残さねばならない。ここで、吾輩がいなくなれば、ヨウは唯一の勝機を失ってしまう。
衝撃に意識が遠くなって、闇に沈む。どうだろう、吾輩は持ちこたえられただろうか。確認できぬ。
意識を取り戻した時には、きっと戦いは終わっている。願わくば、次に会うときは、ヨウには笑顔でいて欲しい。
だから、勝つのである、ヨウ。あのモヒカンに勝って、笑顔で再会するのである。