ある人は笑いました。澄み切った空のように笑いました。
その人も笑いました。澄み切った空のように笑いました。
ある人はとても力持ちでしたが、その人もとても力持ちでした。
ある人は泣きました。ごうごうと降る雨のように泣きました。
その人は笑いました。澄み切った空のように笑いました。
ある人は・・・
「・・・う~ん?」
その人物を敢えて『カノジョ』と呼ぼう。
部屋は青一色。幾多の理解不能な言語や数式、映像が写し出される、壁一面に敷き詰められたスクリーン。それを操作する男女別に統一されたデザインの服を纏った人々。
そんなSFチックな部屋の一角に、誰ともなく悩みを吐露する代わりにため息混じりに唸る『カノジョ』の姿があった。赤を基調として金の縁取りが成された丈の短いドレスに紫色のマントを羽織り、そこから見え隠れする機械的で明らかに常人のそれではない左手には、地球儀と思わせる球体が取り付けられた杖が握られている。その格好だけで街中を歩けば大いに目立つだろうが、何よりも先に目を惹くのは余りにも美しいその美貌だろう。左右が完全対照で恐ろしく整い、調度品にも数えてもよいほど。これは女性が目指すべき究極の美の在り方の一つと考えても差し支えないだろう。
その『カノジョ』がいる場所は人がいるべき平常の世界ではない。
此処は地上より遥か6000m。横殴りに降り注ぐ氷雪は乱れ打たれた矢のようで空が見えないどころか一寸先すら白に汚し、生命の色を延々と否定し続ける白銀地獄。
そんな酷虐の極寒地にそぐわない命の気配のある人工物が一つ。
表向きは天体観測所であるその建物の正体は、人理継続保障機関『フィニス・カルデア』が運営する魔術工房であり、世界の存続のために日夜歴史の監視をする国連の公認施設である。
その活動の中枢であるオペレーター区画で、『カノジョ』・・・、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』と呼ばれる『女性』は無数の計器とにらめっこしながら活動現場のサポートをしているのだ。
勿論、史実の『レオナルド・ダ・ヴィンチ』は男性だが何故女体と化しているかは・・・強いて言うなら『カノジョ』の芸術的価値観によるものだ。
そんな天才(変態?)の御座す部屋に自動ドアを開けて一組の男女と犬とも猫ともいえない不思議な獣が一匹入ってきた。
「おはようございます。定時より 2分遅れでマシュ・キリエライト、先輩と同伴で到着です」
―おはよう
「フォウ!」
「フォウさんも一緒です」
「やぁ、おはよう。ちょうど君たちを待ってた所だよ」
「・・・また、特異点の発生ですか?」
「いつもの流れだがね」
挨拶をしながら入室してきたマシュ・キリエライトという少女はワイシャツに黒のワンピース、赤のネクタイに白パーカーを着て眼鏡を掛けている。顔立ちは幼さが残りながらも凛々しく、西洋人らしい色白。その優等さは言動に限らず格好からも窺い知れる。そのマシュに導かれるように後から入室してきた黒髪で典型的な優男といえる東洋顔の少年、藤丸立香に『カノジョ』は挨拶を返す。なんとも頼りないがこれでもカルデアの歴史修正の現場、その第一線で活躍する魔術師だ。彼は過去の英雄、『英霊』を使役して数々の世界を救ってきたのである。この後藤丸が特異点と呼ばれる大小様々な存在しない歴史の修復のため旅立つまでが日常の流れとなっている。
「そんな顔をされるダ・ヴィンチちゃんは久しぶりにですね」
「素晴らしいだろう?悩みに更けても輝いてしまう私は最高の芸術作品さ!」
「そうですね。では状況をお聞かせください」
「・・・最近マシュの私への扱いが辛辣になった気がするよ」
ダ・ヴィンチは沈んだ気持ちを切り替えるように息を吐いた。
「気を取り直して、西暦2013年にて新たな特異点が観測された。場所は東京都市部。この間修復したばかりですぐに発生とは日本は忙しい所だね」
「ですが計器を見る限りでは極小規模のようです。そこまで悩む理由は?」
「その横を見てごらん」
「次元の波長計ですか?・・・えっ?何ですかこのメーターの振り幅は!?」
マシュの目線の先には次元の軸を表す針が目盛限界を左右に高速移動する計測器があった。
「縦振りならば特異点の発生で縦軸の歴史が曖昧になっていると説明がつくのだが、これは横振りだ。つまり・・・」
「平行世界からの干渉・・・ということですね?」
「その通り。だが、理解らないのはこんなに近い年にこのような大事件が発生していたらまず間違いなく現在に多大な影響が出ているはずだ。なのに一切の影響が出ない程度であることは数字と現在を見知る我々が証明してしまっているんだよ」
「確かに不思議ですね。この規模にしては歴史が揺れ動かなさすぎです」
「という訳で我らがマスター君。今回も危険な任務になるかもしれないが頼む。その代わりどういう訳か時間は安定してるから十分なバックアップを期待してくれ。あと重要なのは宝具はあまり使わないで。正直特異点かも怪しい都心で使っちゃうとこっちが歴史に干渉しちゃうかもしれないからね」
―わかりました
「先輩。微力ながら私も支援させていただきます。お気をつけて行ってきてください」
―ありがとう
「 ? 先輩、お顔が優れないようですが大丈夫ですか?」
—今朝、悲しい夢を見た気がして
「大丈夫かい?マスターである君が見る夢は英霊の記憶とは別に現実との境界が曖昧になる傾向がある。十分に気を付けてくれ」
—はい
「ところで今回は誰を連れて行くんだい?」
「私が行こう」
藤丸立香が考えていると背後から低い男性の声がかかった。藤丸が振り向くとそこには赤い羽織を纏った長身色黒の男性、英霊エミヤの姿があった。
「エミヤ君か。君の申し出はとてもありがたいね。でも今回はかなり危険かもしれないよ」
「なに、世界を救うほどの功名はないがこれでも英霊なんぞと呼ばれる身だ。少年一人守るぐらいの仕事はするさ」
「では、私も参りましょう」
エミヤの背後から声がして全員がそちらを向く。そこには青いロングドレス風の服の上からゴツゴツとした鎧を装着した、金髪碧眼の天使と見紛うような端麗な顔立ちをした西洋女性、アルトリア・ペンドラゴン(剣)その人がいた。
「ほう、偉大なる騎士王自らご出勤とは。目的は米櫃をまた空にしてなお膨れぬ腹を満たす為かね?」
「ええ、そうで・・・って、違います!何か嫌な気配があると私の直感Aが告げているのです。決して本場の和食の味をもう一度堪能したいとかではなく!・・・ところで、なぜ私は和食に覚えがあるのでしょう?」
「フォウ?」
「だ、そうだ」
「君たち二人が居れば安心だ。よろしく頼むよ」
―よろしくね
言うとエミヤはニヒルな笑みを浮かべ、アルトリアはゆっくりと、だが力強く頷いた。
皆で巨大スフィア、カルデアスのある部屋に行き、英霊二人とコフィンに入る。
毎度のことながら緊張は拭えないが深呼吸をして気を紛らわす。
「それじゃあ、頼むよ」
目の前が目映い光に覆われて、意識が時間から乖離していき・・・・・・・・・
AM11:20
某国 海岸
「うん?」
南半球に位置するとある国で情熱的な日差しを浴びながらジャグリングをしていた青年は、不意にその手を止めた。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
観客である地元の子供たちは早く続きが観たいと急かすように疑問を口にした。
「・・・呼んでる」
「誰が?」
「泣いてる子、かな」
「もう行っちゃうの?」
「危ないこと?」
「そう、かも」
「嫌だよ!」
「兄ちゃんが傷つくのやだ!」
子供たちが泣く泣く訴えると青年は少し困った表情を浮かべて言った。
「大丈夫!俺は自分ができる範囲で努力するだけだよ。それに・・・」
青年は困惑顔を満面の笑顔に作り変え、突きだした右手をサムズアップにする。
青空と海の青の境界線が混ざりあい、蒼一色に染まった背景。
それはまるで、全ての青空を背負っているようで ・・・
「俺、クウガだし!」