光が晴れる。
明滅していた意識は地に足がつくと同時に焦点を合わせ始める。
はっきりとし始めた視野一杯には、なんとも物々しく続くコンクリートの通路があった。
―ここは?
『通信良好。どうやらそこは巨大なドーム型建造物の内部通路のようだね』
任務開始早々の視野を占拠する無色の閉鎖的空間に何か巨大な生物の体内にいるような得体の知れない不安を覚えた藤丸は、背後にいるであろう頼りになる自分のサーヴァントを確認しようと後ろを向き—
ガキンッ!!
目の前で二つの閃光が火花を散らした。
―!?
『なっ!?』
『えっ!?』
状況を見ていた三人は何が起こったのかわからないとそれぞれ絶句する。
それもそのはず。藤丸に付き従い、共闘すべき筈の英霊二人がいきなり剣を交えたのだから。
「マスターから即刻離れなさい」
「それはこちらの台詞だ」
お互いが剣を納める様子はない。二人が発しているのは藤丸が幾度の修羅場で経験した、一切の雑じり気のない殺気だった。
『お二人とも、お止めください!一体どうされたんてすか!?』
「失礼ながら剣を構えて説明させていただきます。今現在私と彼にはお互いが敵と認識させる強い強制力がはたらいています」
「私と彼女はお互いをマスターを害する者としか見れてはいない。そう、これはまるで・・・」
『聖杯戦争のように、かい?』
二人はゆっくりと頷いた。
『そんなことあるのでしょうか、仮にその時代で聖杯戦争が起きていたとしても戦わせるサーヴァントを呼び出すのはあくまでその時代のマスターの技能と聖杯の意志であるはずです。部外者である私たちを強制的に参加させるなんて聞いたことが・・・まさか!?』
『それ自体が並行世界からの干渉・・・一般人の歴史には関わらない魔術側の聖杯戦争の認識から平行世界の聖杯戦争が同化し始めて、知らず知らずのうちに私たちの世界が乗っ取られ始めているのか。でも昨日今日で発現した特異点がここまで急激に魔術世界に影響を与えたなら誰かしら気づくとおもうんだけど、今は置いておこう。君たちのそれは今すぐ戦わねばならないほど強制力の強いものなのかい?』
「はい。敵と同じ場に居るだけならば本来は気持ちが悪いものの我慢できる程度のものです。しかし、マスターを狙う者という認識だと話は別です」
『多重契約の弊害だね。常に英霊の生命線であるマスターを殺すかも知れない存在と共に居るのは酷な話だろう』
「話しは済んだか?では殺し合わせて強い方を残すかの判断はマスターに任せよう。もっとも、君が考えなくとも時間がたてば自ずと答えが出るがね」
「っ!? アーチャー、貴方は・・・!」
『エミヤさん!先輩も何か言ってあげてください!』
エミヤの言うとおりだった。お互いがマスターを殺すかも知れない緊迫した状況を続けることは不可能。平行世界からの干渉という異例の事態の今、そのような状態であり続けることなど出来ない。彼はどちらかを切り捨てろと言っているのだ。
けれど、こと英霊との付き合い方だけは一日の長がある藤丸は敢えて笑顔で答える。
―エミヤは少し遠くで見張りをお願い
「 」
エミヤは少し驚いたような顔をすると直ぐに呆れたような、照れを隠すような複雑な表情になった。
この皮肉屋と付き合いの長い藤丸は、彼が効率のために直ぐ悪者になろうとする癖を知っている。わざと煽るような言い方をすることも。そんな質の悪い癖すら藤丸にとっては日常会話の一環でしかなかった。
「君というやつは・・・、まあいい。単独行動のスキルがある私の方が動くのが有利だろう。精々いつ来るか解らぬ一矢に気を付けるんだな、騎士王」
「その時は貴方の首が落ちる時です」
アルトリアの言葉にニヒルな笑顔を浮かべると、霊体化して虚空へと彼は消えていった。
『いやー、冷や汗掻いたよ。ではマスターくん。こんな状況で悪いが今後の方針を・・・』
ドンッ!
『今度はなんだい!?』
地揺れと共に鈍重な爆発音が全身を駆け巡る。
「危ない、マスター!」
天井に亀裂が走り、瓦礫が藤丸目掛けて降り注ぐ。
間一髪でアルトリアの放った風が吹き飛ばした。
―ありがとう
「お礼は豪華な日本食で。今はここから脱出することが先決です」
『こちらから地上へのルートに誘導します。お二人とも指示に従って走ってください!』
マシュの指示に従い爆発音の響く通路を走る。
「マスター!出口です」
前方の光の満ちた出口に飛び込む。
眼前に飛び込んでいたのはスタジアムのなぎ倒された観客席、半壊したステージ、そして
片方はクラゲのような触手が体から生えた怪物。もう片方は白い鎧と赤い複眼があり、鬼を彷彿とさせる二本角の怪物だ。
激しい白い怪物の打撃の応酬にクラゲの怪物は少しずつダメージを蓄積しているようだが、白い怪物は背後で倒れているメイドの服装をした女性を守りながら戦っているようで劣勢は歴然だった。クラゲの怪物はそれを見越したように執拗に女性を狙っており、歪んだ顔は笑っている感情が見て取れる。
『どちらからも魔力は感知できない・・・いや、この反応パターンは・・・」
「マスター、どちらを攻撃しますか?」
アルトリアが聞いてきたが、藤丸はそんなことはとっくに決まっていた。
—明らかに悪者な方!
「了解しました」
微笑むとアルトリアの居た地面が砕け、一直線にクラゲの怪物に切りかかる。
神秘の秘匿のために彼女の風王結界《インビジブル・エア》に隠された不可視の聖剣が触手数本と共に左腕を断ち切った。
「「 !? 」」
突然の乱入者に驚く素振りを見せる二体の怪物。
それを他所にアルトリアは反転して首に切りかかる。
「グウッ!」
間一髪で避けたクラゲの怪人を後から吹いた強風が襲い、カエルが潰れたような声を発してコンクリート壁に叩きつけられる。
壁にめり込んだ体からは大量の青い血液を噴出させており、息も絶え絶えのようだ。
彼女はクラゲの怪物にとどめを刺すためにゆっくりと近づいていく。
「!? 駄目だ!」
開かない口のどこから発声したのか白い怪物が叫んだ。
瞬間、クラゲの怪人のめり込んでいる壁面からおそらく壁内部を伝って伸ばしたであろう無数の触手が生えてアルトリアを拘束した。
「こんなものっ、ぐぁぁっ!?」
即座に触手を振りほどこうとした彼女を電撃が襲う。
壁から立ち上がったクラゲの怪物もいつの間にか傷が塞がっている。恐ろしい治癒能力だ。
『あの怪物の姿や能力から察するに、おそらくクラゲ目の怪物だ。電撃は電気クラゲの類、再生能力はミズクラゲだ。毒も持っている可能性があるから気を付けるんだ!』
白の怪物がアルトリアのもとに向かおうとする素振りを見せるが触手に阻まれてしまっている。
藤丸は何とか助け出そうと令呪を翳すが—
— !?
先ほどの触手が壁を貫いた振動で天井の一部が崩落し、直下の倒れている女性に落ちようとしているのが目に入った。
反射的に駆け寄って女性の上に覆いかぶさり、痛みが訪れる短くも長い時間を待ちながら頼りになるその名を叫んだ。
—エミヤ!!
その時、上空より飛来した矢が落下する瓦礫を吹き飛ばしてついでとばかりにクラゲの怪人の腹部を抉り取った。
「グガア゛ア゛ァア゛!!!」
クラゲの怪物はこの世のものとは思えない呻き声を上げる。
緩んだ触手を切り払ったアルトリアは一気に駆け出し首を撥ねる。が、直ぐに傷が修復を始めてしまう。
「マスター!宝具の使用許可を」
彼女は再生すら許さず消し飛ばすために、マスターである藤丸に英霊が用いる神秘の行使を求めているのだ。
ダ・ヴィンチの危惧する歴史干渉の危険があるが、この際四の五の言ってはいられなかった。
—宝具の使用を・・・
「そこの人、離れて!」
許可の言葉は白い怪物の声に遮られた。
そちらへ見やると白い怪物が右手を突き出し、左手を腹部のベルトのバックルに添えていた。
その両手が開かれ、姿勢が低くなった時点で藤丸は何かあると察っする。
—アルトリア!
「わかりました」
白い怪物はアルトリアが後方に跳ぶのを大きな眼で確認すると、ほぼ治りかけのクラゲの怪物の元へ走り出す。
「う、うん?」
倒れていた女性が起き上がり、朦朧としていた意識は白い怪物を見たことで急激に覚醒した。
「五代さん!!!」
五代と呼ばれた白い怪物は両足で跳躍、空中で体を前転させながら右足を突き出す。
「オリャーーー!!!」
眼が再生したクラゲの怪物は白い怪物の飛来を認識するも、逃げる間もなく強烈な蹴りを受けて後方へ吹っ飛ぶ。
しかし、そのキックをもってしても倒すには至らずクラゲの怪物はゆっくりと立ち上がった。
その場に緊張が走る。
「ゴラゲパジュスガバギ!フグッ、グア゛ァァァ!!!」
白い怪物の蹴り入った部分に現れた謎の刻印から亀裂のような光が伸びてクラゲの怪人のベルトのバックルに到達。聞き覚えのない言語と断末魔を上げて爆発四散した。
同時に崩れかけの壁が限界を迎え建物が倒壊を始める。
—うわっ!
藤丸の目の前に瓦礫が降ってくる。アルトリアに抱き寄せられていなければ今頃大怪我だっただろう。
『そこにいるのは危険だ!再度我々のナビに従って脱出するんだ』
「そこの方!ここは危険ですから一緒に行きましょう」
「で、でも五代さんがまだ・・・」
降り積もる瓦礫に白い怪物の姿は掻き消されていく。
「五代さん、五代さーーーーん!!!」
アルトリアに手を引かれる女性の悲痛な叫びが崩落で見え始めた虚空に響き渡った。