電子の海でふたりきり   作:梶五日

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2.午後一時の母港

 

 

 はじめまして。ようこそ、鎮守府へ。

 なにもないところですけど、あの、よかったらゆっくりしていってください。

 当鎮守府は、あなたを歓迎します。

 なぜ、ですか。そうですねえ……。

 ちょうど、話し相手が欲しかったんです。

 あなたは記念すべき、ええと、33人目のお客さんですから。

 え、私ですか?

 はい、提督なんて呼ばれてます。

 ええ。そんな大それたものじゃないんですけどね。

 あの子にそう呼ばれてたから。

 なんとなしに、それに慣れちゃったんです。うちの秘書艦の子なんですけど。

 その子はどこに、って?

 今日は、まだ海に出てます。夜には帰るって言ってました。

 え? はい。一人で。

 一隻で、って言ったほうがいいんでしょうか。難しいですよね、艦娘って。

 お茶でも用意しましょうか。

 ……あ、大丈夫ですよ。

 折角ですし、とっときのお菓子も出しちゃいます!

 お茶請けには羊羮、ですよね。

 いいのかって?

 いーんですいーんです。

 あの子のぶんだけ残しておけば怒られません。

 そういえば、どうお呼びしましょうか。

 ――もしかして私、あなたのお名前聞いてないですか。

 じゃあ、時雨ちゃん、って呼んでもいいですか?

 ええ。はい。

 ……まあ、提督、でもいいですけど。

 どうしてみんな、そう呼びたがるんでしょう。

 この帽子、そんなに似合ってます?

 

 あなたは、どうしてここに?

 ええっ。

 記憶がない。

 気が付いたら海の上にいた。

 ――大変じゃないですか!

 私ったら、歓迎しますなんて呑気なこと言っちゃって……

 あの、大丈夫ですからね。

 私もそういうときありますから!

 えっと、記憶喪失……なんでしょうか。

 なにか、覚えていることとかありますか。

 はい。

 名前、艦種、魚雷の撃ち方、……うーん。

 所属なんてどうでしょう。

 あ、はい。

 いろいろなところを渡り歩いたんですね。佐世保……ええ。

 ここはどこなのかって?

 いっぱいある鎮守府のひとつ……です。たぶん。

 このあたりにも、結構な数があるらしいんですよ。

 そんなの、ここへ来るまでにひとつも見なかった?

 そう、実は私もなんです。

 演習とか、してみたいなあなんて思っていたんですけど。

 なかなかどうして、ままなりませんね。

 

 あ、ちょっと待っててください。

 

 ……はい、ええ、すぐ出るんですね。

 わかりました。書いておきます。

 ええ、いってらっしゃい。

 

 ――お待たせしました。

 そうです、秘書艦の子から。

 せっかく帰ってきたのに、もうひと仕事するからって。

 すごく頑張り屋さんなんです。そのぶん、なんでもひとりで抱え込みがちですけど。

 お茶くらい飲んでいけばいいのに、って思うんですけどね。

 ……さて、忘れないうちに書いとかないと。

 あ、これはですね、出撃票です。

 誰かが海に出るときには、この紙を書くことになってるんですよ。

 日付、艦隊名、編成……まあ、あの子の名前ばっかりですけど。

 私がこうなってからのぶんは、全部まとめてあるんです。

 だいたい、そうですねえ、二ヶ月ぶんくらいでしょうか。

 今日がいつか、ですか?

 ええと……実はその、お恥ずかしながら、それがわからないんです。

 私が来たときには、出撃票は一枚しかなくて。

 その日付はからっぽで……あの子に聞いても、わからないんだ、って答えが返ってくるだけで。

 なので、私は数えられるだけ、何日目なのか数えることにしているんです。

 今日はいつでも昨日より、一日ぶんだけ新しいわけですから。 

 五十八日目。

 それが、私の知っている今日なんです。

 

 時雨ちゃんは、これからどうしたいですか。

 どうもこうも。そうですねえ。

 あの、大丈夫ですよ。放り出したりしません。

 ここにいたいのなら、いつまででもいてくれていいんです。

 あの子もきっと、そう言ってくれますから。

 ……あ。

 ふふ。お腹空きました?

 おゆはんの準備でもしましょうか。

 あ、はい。いいんですか?

 じゃあ、お言葉に甘えます。お米、磨いでおいていただければ。

 今日はなんと……カレーです!

 お野菜準備しちゃいますね。

 お肉は、たしか冷凍のがあったと思うので出しておきましょう。

 昨日は?

 えっと………………カレーだったような。

 いえ、あの子と二人で食べて。

 いえ、他の料理も作れますよ。

 肉じゃがとか。クリームシチューとか。あと、ハヤシライスとか。

 ただ、ちょっと色々試したくて。

 ――カレールウ、便利ですよね。

 でも、一口にカレーと言っても、いろんな味付けがあるんです。

 時雨ちゃんはどんな味付けが好きですか?

 私は……辛くないほうが好き、ですかね。

 作ってみましょうか。まだお昼過ぎですし。

 濃い味付けですか。ええ、いいですよ。

 赤ワインを? たしか、レシピ集にあったと思うので……

 えっと、これですね。

 ふふ、お酒はよくないんですよ。

 あの子にも止められてるんです。

 きみは酔うとなにをするかわからないから、って。

 ……だから、きちんと煮立たせて、アルコールを飛ばしましょうね。

 手慣れてる?

 実は、前にも作ったことがあるんです。

 あの子のリクエストで……その時は、ちょっと手が滑って。

 はい。入れすぎちゃったんですよね。考え事してて。

 艦娘は失敗から学ぶ生き物ですから、今回は大丈夫。

 カップに適量、計って入れておきましょう。

 そーっと、目盛りのところまで……えっと、あ、あれ?

 計量カップって、こっちがお米でしたっけ?

 というか、このレシピは四人ぶんだから、やっぱり多いような。

 だから、ええと、よんぶんのさん……ああ。

 うう、入れすぎちゃいました。戻すわけにはいかないし……

 お水の方をすこし増やしてバランスをとりましょうか。

 

 よし、できました。

 さんにんぶん……にしては、ちょっと多いですね。作りすぎちゃいました。

 大丈夫です。なんなら一晩寝かせますから!

 ――さ、食べましょ?

 あの子、帰ってきてから食べるって言ってましたから。

 いただきます。

 私は……半分だけ食べます。

 あの子をひとりで食べさせるのもあんまりですからね。

 さて、ど、どうですか。

 ……よかった。それなら、よかったです。

 一緒に食べたほうが、いいですもんね。

 懐かしい気がする?

 そうですか。

 なくした記憶の手がかりに、なってくれればいいですね。

 

 わ、もう食べ終わったんですか。

 やっぱりお腹すいてました……よね。

 お風呂これから沸かしますから、あとでご案内しますね。

 私は、今のうちに洗い物、してきちゃいます。

 時雨ちゃん……あれ、時雨ちゃん?

 あー。寝てる。ふふ、疲れてたんですね。

 

 さてと、どうしましょう。

 カレーを温めなおして、お風呂を沸かして。

 部屋に寝かせておいて、それで帰りを待ちましょうか。

 

 

 

 おかえりなさい、時雨さん。

 ええ。

 今日の収穫はひとつ、ですか。

 はい。ちゃんと届いてますよ。

 お疲れ様でした。おゆはん、用意できてます。

 はい。カレーです。

 時雨さん、こういう味付け好きでしょう。

 よかったあ。色々試した甲斐がありました。

 お風呂も沸かしてありますから、ゆっくり休んでくださいね。

 洗い物はやっておきますから。

 ……あ、はい。お願いしてもいいですか?

 いつもの部屋に。ええ。

 そのついでにお風呂……いいですけど、湯冷めしちゃだめですよ?

 私は……とりあえず、これ洗ってから考えます。

 

 

 ああ、あがったんですね。

 ふぁ、ふ。私も入ってきます。

 時雨さん、先に寝てていいですからね。

 そんな、気にしないでください。

 私が好きでやってることなんですから。

 ……時雨さん?

 どうしたんです?

 ……!

 そんなこと。

 ここにいてください。

 あなたに、居てほしいんです。

 ……はい。

 おやすみなさい、時雨さん。

 明日も、いい日になりますよ。

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