get data... ID 46 complete
send data... failed
Home is Full
get data... ID 43 complete
send data... failed
Home is Full
End of Script
go home
――
ねえ、提督。
疲れてないかい。
…………僕が、わかるかい。
うん……よかった。
提督。
今日は、もうちょっとだけ、ここにいるよ。
少しさ、話をしよう。
本当はね。うん。
本当のことを言ってみるよ。
たぶん、わかってるんだろう。
誰だって本当の提督じゃないんだって。
きみも、僕も、もとはと言えばただのいち艦娘なんだからね。
どうしてって?
そうだね……じゃあ、ほんとうのはじまりのことを話そうか。
むかーしむかし、あるところに。
まあ、つまりはここのことだね。
昔ね、ひとりの提督が着任したんだ。
その提督は秘書艦の子を選んで、まず工厰へと歩き、資材配分を決めて建造を指示した。
そうして生まれたのが僕、なんだって。
つまり、きみとは長い付き合いになるわけだね。
僕が名乗ると、秘書艦の子は喜んだ。
遠い昔も、僕たちは縁浅からぬ仲だったから。
ようこそ、鎮守府へ。
明るく透き通るような声で、僕を歓迎してくれた。
さて、問題が起きたのはそのときだった。
僕と彼女、それから提督は、艦娘図鑑を眺めていた。
ゆっくりでもいいんです。
僕のページを読みながら、彼女は楽しそうに言ったものさ。
いつか、みなさんと出会える日が来るとして、これがはじめの一枚なんですね。
ねえ、提督。
そう言って彼女は話しかけようと振り返った。
そこには帽子だけ落ちていたんだよ。
――いなくなっていたんだ。
それで、実を言うと、それきり姿を見てない。
それがここのはじまりさ。
なんで?
僕もねえ、そればかりはわからない。
面倒になって逃げ出したのかもしれないし、単に、あっちでなにかがあったのかもしれない。
わからないんだよ。理不尽だよね。
どっちでも、なんだって、結局同じなんだけどさ。
……続けてもいいかな。
うん。じゃあ、話すね。
提督のいない鎮守府は、すぐに世界のはしっこまで追いやられたみたいだった。
どういうわけか、本部への通信もとれなくなってね。
繋がらない電話を何度も何度もかけ直したよ。
彼女が震える手で、番号を控えたメモを見ながらダイヤルを回す。
間違えてるんでしょうか、って困ったふうに微笑みながら。
僕は何も言えなくて、彼女をじっと見るしかなかった。
そんなわけだから、当然、任務なんて降りてこなくてね。
資材が手に入らないもんだから、建造も開発もできやしない。
まあ、指示する人がいないんだから、あっても同じだったかもしれないけどさ。
使うアテもない資源はあっという間に溢れて、それきりになった。
僕らはといえば、まあ、困っていた。
違うかな。生活するのには不自由なかったんだよ。深く考えなくても、食料は補充されたし。
ただね、やることがないって、それだけなんだけどさ。ただ待つことの大変さと言ったらないね。
できたばかりの鎮守府だ。何もない、そう言っても間違いじゃなかった。
僕はわずかばかりの本を読んで時間を潰していた。彼女はレシピ集を見つけて、いろんな料理を試そうとしてたな。
それなら、きみも見たことがあるはずだ。
そう。カレーを作るとき、ときどき見ているあの本さ。
彼女が鼻歌交じりに、野菜を鍋に入れていく。
僕は小さな子どもみたいに、わくわくしながら出来上がるのを待っている。
夕暮れ時の鎮守府に、カレーの匂いが満ちている。
たとえば僕が覚えているのは、そんな光景なんだけれど。
帽子は執務室の、机の上に置いてあった。
提督がいつ戻ってきてもいいように。
おかえりなさい、っていつでも言えるように。
晩御飯のあとは交代でお風呂に入って、洗い物をして、それでおやすみなさいって挨拶を交わした。
はじめは自分の部屋に戻っていた彼女は、そのうち執務室のソファーで眠るようになった。
僕は鎮守府の見回りをして、彼女に毛布を掛けてから自分の部屋で眠るのが日課になった。
そうやって、何日も何日も、同じ今日が過ぎていった。
彼女は、時々秘書艦の心得を紐解いてくれたよ。
『こういうことはよくあるみたいです。待つことも、お仕事のうちですから』って。
だけれどそれも、日に日に弱まるささいな抵抗だったんだろう。
わかってたんだ。
繋がらない電話をかけるたびに、なにも起こらない毎日が、ひとつ終わるたびに。
僕らはそのたびに、絶望を日めくりで確認しているだけだってことくらい。
そのうち、日付を数えることにも飽きてきた頃だ。
秘書艦の子は考えた。
だれでもいい。
あなたでいい。
『提督になってくれませんか』
か細い声を震わせながら、彼女は僕を見つめていた。
その時僕は、うんと言って頷いたんだよ。
ここには彼女と僕のふたりしかいなかったから。
図鑑にはふたりぶんしか描かれなかったから。
それに――これはもう言ったかな。
僕は彼女が大好きだったから。
だから、僕は提督のふりをしたんだ。帽子を被って。
外と繋がっていないから、任務も演習もできないけど。
さいわい、海に出ることはできた。
出撃票を書く。あの子が海に出て、大体負けて、時々勝つ。
勝ったときには、海で女の子を見つけることがあった。
僕によく似た子。あるいは、彼女にとてもよく似た子。
だけど、決まって僕らが海にいる間は目を覚まさない。
僕らはひとつの艦隊だったから。
なんとなくね。
わかるようになったんだよ。
なんでもやってみるものだね。
同じ顔をした僕たちは、肩を並べて海を進むことはできない。
実を言うと、いちど僕だけを並べて、人海戦術で押し通ろうとしてみたんだけど、まあ、だめだった。ばたばたと眠りに入っちゃってね。
ひとつしか艦隊を組めないんだから、当たり前なんだろうけどさ。
うん。最初はね。それでよかったんだ。
僕らはいつまでも強くならないから、なるべく奥まではいかないようにしてたんだよ。
実際のところ、同じなんだけどさ。
きっと同じだったんだろうけどさ。
……ううん。
わかってるよ。
僕が決めたことなんだから。
最初に間違えたのは僕だった。
彼女だけは、沈まないのだと思っていた。
どれだけやられても、彼女だけは必ず帰ってきたからだ。
彼女と話し合って、試しに僕と同じ名前の子を、僚艦として艦隊に入れることにした。
結果としては――その子達は時々帰ってこなかった。
彼女は青い顔して言ったんだ。
時雨さん。時雨さんは沈んじゃだめですからね。
僕は苦笑して頷いた。
結果から得られた仮説は、分かりやすくひとつだった。
僕は沈む。彼女は沈まない。
馬鹿な判断だったね。
彼女の前に……ちゃんと、彼女と同じ子で確かめればよかったんだ。
彼女はそれでも、自分がやると言って反対しただろうか。
そう言ってほしかったのかな。
そうだったら、僕はきっとすこしだけ楽になっただろうから。
ううん。
僕がそう信じたいだけなのかもしれない。
だって、彼女がそれを望んでいただなんて、考えたくはないんだもの。
秋だった。波の荒れた日だった。
普段とは違う、よくない風が吹いていた。
もちろんそれは、後になって僕が辻褄をつけたのかもしれない。
悪い日にはそれだけのきざしがあったんだって考えたいだけなのかもしれない。
記憶なんてあやふやなものさ。
何度も繰り返し話すうちに、すこしずつほんとうから離れていく。
今の僕は、そのとき嫌な予感がしたはずだって思ってる。
それだけは、間違いなくほんとうだよ。
彼女を送り出して、僕は帰ってくるのを待った。
いつも通りのやさしい笑顔で、彼女が帰ってくるのを待った。
昼を過ぎ、日が暮れはじめて、夜になった。
温めなおした晩ごはんが冷めてしまったころに、僕が帰ってきた。
僕と同じ顔の子だけが、帰ってきたんだ。
それも、ここに着くなり倒れてしまって目を覚まさない。
僕がいるからね。
当たり前なんだけどさ。
気が動転して、困り果てて、だけど何ができるわけでもなかった。
提督になったことを、はじめて後悔したよ。
ほんとうは、なにもかも捨てて、海へ駆け出したかった。
それとも、もっと落ち着いていれば、別のやり方があっただろうか。
起こってしまったことに、取り返しをつける方法があっただろうか。
なかった、と冷静な僕は言っている。
すべては引き返せない。物言わぬ船だった僕が、あの夜の海に戻れなかったみたいに。
けど、あったはずだ、といまだに僕は思っている。
彼女はなにも悪くなくて、ただ僕が間違っただけだ、って。
そうであってほしいんだ。
結局、一睡もしないまま朝になった。
五時をすぎてからだったと思う。
執務室の扉をノックする音が聞こえたんだ。
馴染みのある叩きかただった。
彼女だ。間違いなく。
……入って。
その時の僕は、どんな顔をしていたんだろうね。
そこには、あの子がいた。
とっさに言葉が出てこなくて、おかえりを言いそびれた。
それが幸運だったのか、不幸だったのか、僕にはわからない。
なぜなら、その子は満点の笑顔でこう言い出したからだ。
『はじめまして!』
くらっときたね。言葉通りさ。
不思議に思わないかい?
僕らの首にだけ、どうして飾りがついているのか。
本当はね――あの提督は、彼女と僕にだけ、呪いをかけていったんだ。
お揃いの、ハートマークの首飾り。悪趣味だろう。
だからさ、間違えるわけはないんだよ。
彼女を見間違うわけないんだ。
そんな彼女が、はじめましてときたもんだ。
きみは、どうすればよかったんだと思う?
僕はね、提督のふりを続けようとしたんだよ。
言葉を繕って、うわべだけの歓迎を伝えようとした。
だけど、だめだった。すぐに感情が溢れて、馬鹿なことを思い付いた。
きみになら、殺されたってかまわない。
だから僕は、自分から提督をやめた。
――撃ってほしかったんだ。
誰かに、きみに、罰されたかった。
この前きみに言ったような内容を、もっとぐちゃぐちゃな、あるいはまっすぐな形で突きつけたよ。
殺してくれ。僕を殺してくれ。
はは、錯乱してるとしか見えなかっただろうね。
あれでも、ようやく慣れてきたんだよ。
勿論、いつだって本心だ。
きみになら、殺されたってかまわない。
でも、ふつう逃げ出すと思うんだ。
記憶をなくして最初に出会った相手が、べらべらと戯言を喋り続けてさ。
それでも、きみが選ばなかったように、その時の彼女も撃たなかった。
ただ、僕の話をじっと聞いていた。
真剣な顔で、聞いてくれたんだ。
僕はそのうち話し疲れて、あとはすがるようにきみを見てた。
水色の髪が窓から差し込む朝陽に透けて、綺麗だったなあ。
長い沈黙が降りて、彼女は決心したようにひとつ頷いた。
それからこう言ったんだよ。
『だめです。死んじゃ、だめです』
そうして、僕をぎゅっと抱き締めた。
華奢な身体が震えていた。
きみは泣いていた。
僕はどんな顔をしていたんだろうね。
わからないけど、ひとつだけ確かなことがある。
『私がいます。あなたの側に。いつでも、いつまでも、ずっとここにいますから』
その声を聴きながら、僕の中で渦巻いていた感情が、張りつめていた気持ちがほどけたことを覚えてる。
そっか。きみは、ここにいてくれるんだ、って。
なんだかふっと安心してね。
それで、倒れるように眠った。多分だけど。
目が覚めた頃にはもう、彼女が帽子を被っていたよ。
ちょうどいまのきみみたいに。
似合ってるよ。うん。
『おはようございます、時雨さん』
その声に、おはよう、提督、って返事をした。
それがすべての始まりさ。
僕が覚えている限り、それが最初。
この、間違ってしかいない僕たちの。
ここのところ、きみは日に日に元気をなくしているように見えた。
まただ、と思ったね。
結局のところ、なんでこんなことになっているのかは僕にもわからない。
――考えることくらいは、できるけど。
朝起きて、鍋を覗き込む。
昨日のカレーはもう残っていない。
多く作って食べ残したはずだったね。
封の切ってあるルウを引き出す。
割れていない。ひと欠片さえ減っていない。
それは、つまり、何を意味するのかってことだ。
壊れたものは、最初の状態まで戻ろうとする。
壊れずに変わったものは、そのままにされる。
そんなところじゃないかなと、僕は疑ってる。
割れたガラスは元通りになるだろう。
縁の欠けた茶碗は、その姿をとどめるだろう。
その茶碗が割れたとして、それはどこまで戻るんだろうか?
あるいは、僕らは。
少し傷ついた僕らは留めおかれて、沈んだ僕らは元通りになるんだろうか。
記憶をなくして。
増えたものは、そのときに減ってゆくんだろうか。
確かめるまでもないと、僕は思ってる。
きみがいつだって、それを証明してくれている。
僕が証明したことはない。
結局、今までに一度だって、きみは僕を撃たなかったんだから。
優しすぎるよ。あまりにもさ。
そのたびに僕は秘書艦になった。
そのたびに、きみは提督になった。
紛い物の提督に。
提督になったきみは、そのうち疲れはててしまう。
変化のない日常に。いつからかお土産が手に入らなくなった日常に、そう、いまみたいに。選ぶことさえつらいように。
そうして、いつか僕は、かつて僕がきみにしたみたいに、海上に置き去りにされる。
ふだんだったら、それでも夜には帰ってくるんだけどさ。
この海は――時々、そのすがたを変える。
今から思えば、あのとき、彼女もあの秋の夜に迷い込んだのかもしれないね。
どうにかそこから帰る頃には、ひとりで放っておかれたきみはなにもかも嫌になっている。
僕は言う。
ねえ、提督。
僕がやるよ。
僕が、また、提督になる。
そうして、記憶をなくしたきみが、僕を殺してくれればいい。
全部、おわりにしよう。
だから、今度こそ――きちんと、僕を殺してね。
そうやって、何度も繰り返してきたんだ。
そのうち僕は選ぶことをやめて、きみは沈む。
記憶をなくして、きみは戻ってくる。
選ぶことをやめた僕は、きみに選択をつきつける。
優しすぎるきみは僕を殺さず提督になり、僕はのうのうと秘書艦になる。
日々が過ぎて行く。
なにもない、ただ日々であるだけの日々が積み重なってゆく。
いつかきみは選ぶことをやめて、僕は海に取り残される。
記憶をなくしたふりをして、僕は戻ってくる。
日々が重なって、きみはやがて疲れはてる。
僕は提督になり、きみは秘書艦になる。
日々が積み重なって、やがてなにもかもどうでもよくなる。
僕は選ぶことをやめる。
きみは沈む。
……そうして、また、記憶をなくして。
僕は引き金を引けない。
きみとは違う理由で。
ひどく利己的に――同じ顔をした艦娘をいくら沈めても、きみだけは殺せない。
なぜって?
そうしたら、本当に僕はひとりぼっちになってしまうからだ。
わかってるよ。わかってる。
選ばなかったその時に、記憶をなくして戻ってくるのが、いつだってきみである保証はどこにもないことくらい。
……わかってるんだ。
ぜんぶ終わってしまえばいい。さもなくば、すべて始まってしまえばいい。
そのどっちも選べないから、僕たちは何度でも繰り返す。
永遠にはじめましてじゃなくなったはじめましてを、何度も何度もきみに告げる。
終わりまで。いつかやがて来る終わりまで。
それは、僕がほんとうに耐えられなくなるそのときまで。
沈んだふりじゃなくて、ほんとうに沈んでしまうそのときまで。
そうしたら、僕はほんとうに記憶をなくして、きみの前に現れるだろう。
そうしても、きっと僕は頷くんだろう。
なぜって、きみのたのみなら、どんな僕だって頷くからさ。
生まれたときから一目惚れだったんだもの。
ねえ、五月雨。