「ワン、ツー、スリー、フォー。ワン、ツー、スリー、フォー」
夕暮れ時の屋上では9人の少女達が練習する声が聞こえていた。
「ルビィちゃんはもう少し内側。前よりもよくなったよ」
「本当!?」
「ではもう一度、と言いたいところですが…今日はもう時間がありませんわね」
そう言ってダイヤさんは海に沈んでいく夕日を見る。2学期は1学期に比べて日が短くなっているから下校時刻が早くなっていた。僕は練習を切り上げる時間だと思い、持っていた飲料水を配る準備をしていた。
「そろそろ下校時刻だからもう終わりだよ。はい、姉さん」
「ありがとう。祐」
姉さんが受け取ったところで次の子に渡そうとしていると、
「私!今日は先に帰るね」
と言って梨子ちゃんが飲料水も受け取らずに大急ぎで屋上の階段を下りていった。
「えっ、また?」
「何かあったずら?」
「そういえばここのところ、練習が終わるとすぐ帰っちゃうよね」
「それどころか練習のない日でも授業が終わったらすぐ帰ってたような」
「梨子ちゃん。どうしたのかな…」
急な変化に皆が心配しているなか、善子ちゃんだけは梨子ちゃんが下りて行った階段を見つめていた。
次の日、午後からの練習だったはずが、朝から善子ちゃんに呼び出されて午前中に学校へ来ていた。
「ライラプス~!」
休日の体育館に鳴き声が響き渡る。僕は今、部室で机に突っ伏して泣いている善子ちゃんの向かい合わせで座り事情を聞いていた。
「…つまり。前に写真で見せたライラプスを梨子ちゃんに託したと」
「…うん」
「すると預かってから梨子ちゃんが前の自分と同じような行動をとるようになっていき、不安になった善子ちゃんが梨子ちゃんの家に行ったら、ライラプスが梨子ちゃんに懐いてるように見えて取られてしまうと思ったんだね」
「そうよ!大体、梨子は犬が苦手だったはずよ!」
「帰るのが早かったのはこれが理由だったんだね…。それで取り返そうとしたら、沼津で飼い主が探していることが分かって返したと」
「あぁ…。ライラプス~…」
本来であれば飼い主が見つかって良かった思うのだが、善子ちゃんの今の心境からして余程の思い入れがあったのだろう。先日の電話でも「デスティニーに導かれた」と言っていたのだから。
「…何だか複雑な気持ちみたいだね」
「えぇ…。ずっとモヤモヤしてるわ…」
善子ちゃんはうつ伏せのまま顔を横に向けて外の景色を見ていた。そしてそのまま一言呟く。
「あのさ、祐は運命の出会いとか信じる?」
急な質問に僕はすぐに答えが出ず無言になっていた。それを気にせず善子ちゃんは話を進める。
「私の運が悪いことは知っているでしょ?小さい頃から外に出ればいつも雨に降られるし、転ぶし、何しても自分だけ上手くいかないし。その時は私が特別だから見えない力が働いてるんだって思っていたの。天使や堕天使もその頃から存在してると信じてた。でも高校生になってからは堕天使なんているはずないってもうなんとなく感じてる。けど、本当にそういうの全くないのかなって。運命とか、見えない力とか。そんな時ライラプスに出会ったの」
「それが運命の出会いだったの?善子ちゃんにとっては」
「うん。見えない力で引き寄せられるようだった。これは絶対に偶然じゃなくてなにかに導かれてるんだって、そう思った。不思議な力が働いたんだって感じた。祐はないの?こういった出来事とか」
善子ちゃんに聞かれて今までのことを思い出してみた。それを振り返ってみると問いに対する僕の答えが出てきた。
「僕にとっての運命の出会いはもう一人の自分、松浦祐かな」
「え?」
僕の答えに、うつ伏せ状態だった善子ちゃんが体を起こして僕の方を向く。
「だって本来なら松浦祐が生まれる事はなく、僕の名前は園田青夜だけだった。でもあの事故が起きて、姉さんに助けてもらって、記憶喪失だった僕に新しい名前がついた。それからはもう全てが運命の連続だった。園田青夜では生まれなかった時間が今も続いているからね。だから僕は信じてるよ。運命や見えない力を」
「ってことは、今こうしてヨハネと話していることも祐にとっては運命だというの?」
「そうだね。松浦祐として過ごす時間は全部だよ。ここに流れ着いた時から」
「…事故が起きて良かったとか思ってないわよね?」
「それを言われると僕も善子ちゃんと同じく複雑な気持ちになるよ…」
善子ちゃんの指摘に僕は思わず苦笑いしてしまう。そんな話をしているうちに時計は午後の練習時刻に近づいていた。
「そろそろ練習時間になるけど、善子ちゃんは大丈夫?」
「大丈夫よ。思いっきり体を動かして、このモヤモヤとした気持ちを全部吹っ飛ばす!」
そう自分に言い聞かせるように善子ちゃんは立ち上がって練習場所である屋上に向かって走っていった。だが練習が始まるとダンスやフォーメーションでのミスが多く、余り身が入ってない様子が見えた。しかしそれは善子ちゃんだけでなく、今回の件に関わってた梨子ちゃんも同じようで、練習が終わると2人はすぐさま学校を出て帰りのバスに乗って帰っていった。その時の僕の携帯には善子ちゃんから「梨子とライラプスに会って来る」というメッセージが届いていた。これで2人のモヤモヤがもう一度会うことで晴れたらいいなと思いつつ僕は帰りの準備をして帰路についた。
~~~~~~
「やっぱり偶然だったようね。この堕天使ヨハネに気づかないなんて」
帰りのバスの中で1人呟く。あの後私は飼い主の家の近くでライラプスが出て来るのを待っていた。待ってる途中で雨も降ってきたけど、それでも諦めることは考えてなかった。あの時のを見えない力を信じてたから。そして遂にその時が来た。雨が上がったころにライラプスが飼い主の家から出てきた。私は気づいてもらうために近づいたけど、ライラプスは一瞬だけこっちを向いたけど私のことなんかもう忘れてた。その薄情さに私も思わず苦笑いがこぼれたわよ。これでもうそんな力はないと思ってた私に梨子がこう言う。
「信じている限り善子ちゃんの言う見えない力は働いていると思うよ」
最初は励ましの言葉として受け取ったけど、梨子と別れた後に私は1人で考えていた。もし私がまだ諦めずに信じていたら、中学時代の祐との出会いは偶然じゃなくて運命になるのかなって。だとしたらそれだけは偶然で終わらせたくない。今はまだ片想いで告白までは踏み出せてないけど、絶対に運命の出会いにして見せる。そう息巻いてバスを降りた私だが、
「まずは祐にどうやってアピールするか。水族館でのヨハネ渾身のアピールも効いてなかったし…。後からずら丸にはヘタレと言われるし…。はぁ~、どうしたらいいのよ…」
そんな悩みを抱えながら自宅に入った。
~~~~~~
時刻は夜。自分の部屋に戻る前にリビングで僕と姉さんはくつろいでいた。
「ねぇ。祐は今まで恋愛の相談とかされたことある?」
姉さんが唐突に僕に聞いてくる。しかも恋愛。前回の鞠莉さんといい、やはり最近の浦女ではこういった恋愛の話が流行っているようだ。しかも姉さんがそういった話をするのが意外に感じた。
「いきなりどうしたのさ」
「実は私…
…好きな人がいるの」
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