「来年度の浦女の入学希望者ですが、数は先月の50人から7人増えて現在は57人です」
「57人…」
パソコンの画面に表示されている数を見ながら僕は生徒会室にいる3年生達に伝えた。
「そんな…。この一か月で10人も増えていないというのですか!?」
「鞠莉のお父さんに言われた期限まで後一か月もないんだよね」
入学者数を聞いて姉さんとダイヤさんは動揺していたが、鞠莉さんは一切動じずに窓の外を見ていた。
「そう。だから私たちで学校をアピールするのはもうラブライブ地区予選のみ。そこで出来なければ、後はNothingデース…」
「ってことは地区予選が浦女存続の…」
「Yes。Last Chance…」
鞠莉さんがそう言うと地区予選への緊張や不安のせいか、生徒会室は暗い雰囲気に覆われていく。僕は他に出来ることはないかと考えていたが、残り一ヶ月で50人以上の入学希望者を集める方法はそう簡単には思い浮かばず、ただ刻々と時間だけが過ぎていった。
その夜、夕食を終えた僕と姉さんはお互いが自室に戻る時間になるまでテラスの椅子に座って一息ついていた。僕は読書で姉さんは練習ノートを開いて見ていると、唐突に姉さんが僕に尋ねてきた。
「ねぇ祐。今のAqoursは地区予選を突破出来ると思う?」
「また急にどうしたのさ…。僕は地区予選だけじゃなくラブライブも優勝できると思っているけど。姉さんは不安なの?」
「私は…ちょっと不安だな。今日の練習で皆が話していた決勝進出の決め方を聞いてね。ほら、浦の星は他校と比べて生徒数では圧倒的に不利だし。でも、その状況を乗り越えるためには今まで以上の私たちを披露しないといけないのかなって。歌とかパフォーマンスで」
「なるほど…。だからそのノートっていうこと?」
僕はそう言って姉さんが持っている練習ノートに目を向けた。それにはAqoursが3人だった頃の練習内容が書かれてあり、ダンスのフォーメーションや振り付け、他には練習のスケジュールなどが主な内容だった。当時は練習する時に姉さんはずっと持ち歩いていたが、例の件があってからは一度も外には持ち出さずにずっと部屋に置きっぱなしのままだった。何故ならそのノートに書かれてある振り付けは、
「…姉さんはもう一度挑戦するの?あの時できなかったパフォーマンスを」
僕は恐る恐る姉さんに尋ねる。あの時というのは、姉さんが東京で棄権した時に披露するつもりだったダンスのことだ。だがその内容はとても難しく、鞠莉さんが練習中に足を怪我してしまうほどのハードな内容だった。僕としてはあまりに危険なので、出来れば避けてほしいと思っていると、
「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても私はするつもりないから。これを持っているのも鞠莉とダイヤでスクールアイドルしてた時の練習スケジュールを参考にして次の練習メニューを作るだけだから」
と言って姉さんは僕を安心させるかのように笑顔で応える。でもそれを見ても安心するには至らなかった。だって僕に向けてきた姉さんの笑顔が、まるで自身の迷いを隠すように見えていたから。そう思っていると、家の前の街灯に照らされた夜道の奥から鞠莉さんとダイヤさんがやってきた。
「懐かしいわね。まだ持ってたんだ…それ」
鞠莉さんは姉さんの持っているノートを見つめる。その視線に気づいた姉さんは鞠莉さんが次に話す言葉を察したのか、素っ気ない声で尋ねる。しかし鞠莉さんはそれを見越していたかのように言葉を返す。
「まさか、やるなんて言うんじゃないよね」
「まさか、やらないとか言うんじゃないよね」
返ってきた問いを答えなかった姉さんに鞠莉さんとダイヤさんは説得を試みる。
「状況は分かっているんでしょう?それに掛けるしかない」
「今回は、私も鞠莉さんの意見に賛成ですわ。学校存続のためにやれることはやる。それが生徒会長としての義務だと思っておりますので。それにこれがラストチャンスですわ」
「…掛けることなんて私には無理だよ。これは出来ないことだから」
「そんなことない。あの時ももう少しだった。もう少しで…!」
「でも出来なかった。それをやって鞠莉は足を痛めて、私は…祐に迷惑をかけた」
姉さんはそう言いながら僕に目を向ける。
「もうこれ以上、私のせいで誰かが傷ついて欲しくないし、祐にも心配かけたくないんだよ」
「あの怪我は私がいけなかったの。果南に追いつきたいって頑張りすぎたせいで」
「僕も迷惑をかけられたなんて思ってないよ。ちょっと心配はしていたけど」
「祐さんはどうお考えですの?」
「…正直に言って反対ですよ。僕も姉さんと同じで誰も傷ついて欲しくないですし。それにあの頃の姉さんの辛い顔はもう二度と見たくありませんから」
ダイヤさんに尋ねられた僕は2人の意見とは違って姉さんの意見を尊重した。確かにパフォーマンスが成功すれば地区予選を突破する確率が更に上がるかもしれない。でもそれはとても難しく、過去に失敗した記憶もあることから素直に賛成することは出来ない。そして僕が一番恐れているのは失敗した後のことであり、以前に3年生で挑戦したときはすれ違いが続いて3人が離れ離れになってしまい、もう一度集まるまで約2年の月日が経ってしまった。離れ離れになっていた時の姉さんが自分自身を責めている姿は今でも僕の脳裏には離れずに残っている。そんな姉さんの姿を見ないようにするためにも、僕は姉さんが反対をしている限りは同じ意見でありつづけようと決めていた。
「果南もユウも大丈夫よ。以前は3人だったけど、今回は千歌っち達もいる」
「そうですわ。今は9人で私達だけではないのですよ」
「…駄目、駄目だよ。届かないものに手を伸ばそうとして、そのせいで誰かを傷つけて、それを千歌達に押し付けるぐらいなら、こんなの…!」
そう言って姉さんは持っているノートを目の前の柵の向こうに広がる海へ向けて投げ捨てた。するとそれを追いかけるようにして鞠莉さんは柵を越えて海に向かって飛び込んでいった。
「鞠莉!」
予想外の行動に驚いた姉さんとダイヤさんは柵に手を付けて海を見回していると、近くの桟橋から水しぶきが上がり、そこには先ほど海に落ちた鞠莉さんが顔を出していたため僕は急いで桟橋に向かった。
桟橋に着くと、鞠莉さんが海上で手をあげながら救助されるのを待っており、その手には先ほど姉さんが捨てたノートが握られていた。
「はぁ…全く、ヒヤヒヤしましたよ。急に海に飛び込むなんて」
「Sorry。でも私にとっては大切なものだから。それより上がれないから手を貸してくれない?」
鞠莉さんはそう言いながらもう片方の手を僕に向けて伸ばした。僕はやれやれと思いつつ海水で濡れた鞠莉さんの手を掴む。するとその瞬間、突如として恐怖心を思わすような寒気が僕に襲いかかる。まるで過去のトラウマを思い出すかのように僕の脳裏には記憶喪失になる前の事故で船と共に溺れていく自分自身が浮かび上がっていた。何度振り払おうとするも、払った分だけまた同じ場面が浮かび、やがてそこに映る自分と同じように意識が溺れようとすると、
「…ユウ?」
海から引き揚げられるのを待ってる鞠莉さんが僕の名前を呼ぶ。すると意識が自分自身から鞠莉さんに逸れてようやく我に返ることができた。
「はっ!?、…ごめんなさい。少しボーっとしていました。じゃあ引き揚げますよ」
僕は掴んでいた手を上にあげて鞠莉さんを地上に引き揚げる。その後テラスへ戻るとダイヤさんは安堵のため息をついていたが、姉さんはさっきの行動に申し訳なさを感じているのか、鞠莉さんと目を合わせようとせずにうつむいたままだった。それを見て鞠莉さんは姉さんの目の前に立つ。
「鞠莉…」
「否定しないで、あの頃のことを。私にとっては大切な思い出。だからこそやり遂げたい。あの時夢見た私達のAqoursを完成させたいの」
そう言って鞠莉さんは持ってるノートを姉さんに渡してダイヤさんと一緒に帰っていった。2人の背中を見届けた僕は先程の桟橋の出来事もあってか少し身体が重く感じていたので、先に部屋に戻ることにした。
「僕はそろそろ部屋に戻るけど、姉さんはどうする?」
「…私はまだここにいるよ。もう少しだけ星を見ていたいから」
姉さんの返答を聞いた僕は最後に「お休み」とだけ伝えて逃げるように家に入る。何故なら過去のトラウマを思い出したせいか、鞠莉さんの手を握ってから時間は経っているのに未だ手の震えが止まっていなかったから。更にそれを見られて今の姉さんに心配をかけたくなかったから。部屋に戻った僕はすぐさまベッドに入って今日の出来事を忘れるために早めに眠りにつくのだった。
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祐が部屋に戻ってから私は一人、天体観測のつもりで夜空の星を眺めていた。でも、どれだけ星を見ても、さっきの一連の出来事が頭から離れない。今日の練習で皆が地区予選の決勝について話していた時に鞠莉は絶対このノートに目を付けるとはわかっていたけど、まさかダイヤまで鞠莉に賛成しているとは思わなかったな。2人は届かなかったものにもう一度手を伸ばそうとしている。その姿を隣で見ている私にはとてもまぶしかった。
「鞠莉とダイヤは凄いな。あの時の失敗を恐れずにもう一度挑戦しようしているんだから。それに比べて今の私にはとてもできないよ。自分の本心すら伝えることのできない私には」
口から思わず漏れた自虐的な呟きは誰にも聞かれずに夜の暗闇へと消えていく。
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