昨晩の話し合いから夜が明けた次の日の夕刻。もうすぐ海に夕日が沈もうとする中、僕は帰り道にある桟橋から浜辺で自主練習をする千歌ちゃんの姿を眺めていた。そして千歌ちゃんが今やっているのは昨晩の話し合いの要因でもある姉さん達が過去に出来なかったダンスの練習だった。どうして千歌ちゃんがこのダンスをやっているのか、事の発端は数時間前に遡る。
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「Aqoursらしさって何だろう…?」
「Aqoursらしさ?」
休憩を終えて午後の練習を始めるときに千歌ちゃんが呟いた。
「うん。私達だけの道を歩くってどういうことだろう?私達だけの輝きってなんだろう?それを見つけることが大切なんだってラブライブで分かったんだよ。でもそれが何なのか言葉にできない。まだ形になってない。だから形にしたい。形に!」
その言葉を聞いた僕はふと昨日の姉さんとの会話が浮かんだ。あの時姉さんが予選に不安を覚えていたのはきっと千歌ちゃんの言うAqoursらしさが形になっていなかったからだろう。そう考えていると、ダイヤさんが好機とばかりに姉さんと僕に話を振った。
「このタイミングでこんな話が千歌さんから出るなんて運命ですわ。果南さん、祐さん。あれ、話しますわね」
「えっ!?でも、あれは…」
「ちょっとダイヤさん待ってくだ…」
「なに?それ、何の話?」
動揺する僕たちをよそに千歌ちゃんはダイヤさんに尋ねる。
「2年前、私達3人がラブライブ決勝に進むために作ったフォーメーションがありますの」
「フォーメーション?」
「そんなのがあったんだ!すごい!教えて!」
千歌ちゃんの声は内容を聞く前からやる気に満ち溢れていて今にもそのフォーメーションの練習を始めようとする勢いだった。だが、もしそれで鞠莉さんみたいに怪我をしてしまったらと思うと、僕はまだ賛成することができないし、姉さんもノートをすぐには渡せない。
「でも、それをやろうとして鞠莉は足を痛めた。それに皆の負担も大きいの。今そこまでしてやる意味があるの?」
「なんで?今そこでしなくていつするの?最初に約束したよね。精一杯あがこうよ!ラブライブはすぐそこなんだよ!今こそやって、やれることは全部やりたいんだよ!」
「千歌ちゃんの気持ちもわかるけど、怪我をしたら元も子もないんだよ?予選に出られなくなってもいいの?」
「…それに、これはセンターをやる人の負担が大きいの。あの時は私だったけど、千歌にそれが出来るの?」
「大丈夫!やるよ、私。絶対にやって見せるから!」
「千歌…」「千歌ちゃん…」
千歌ちゃんの決意に押されて僕と姉さんは名前を呟くことしかできなかった。きっと今の僕たちでは千歌ちゃんを止めることができない。
「決まりですわね。あのノートを渡しましょう。果南さん」
「今のAqoursをBreakthroughには必ず超えなきゃいけないWallがありマース!」
「今がその時かもしれませんわね」
「…言っとくけど。もし危ないと判断したら、私はラブライブを棄権してでも千歌を止めるからね」
「待って姉さん!、…本当にそれを渡すの?」
観念してノートを渡そうとしている姉さんに僕は思わず口を挟む。
「…ごめんね、祐。また心配かけるけど」
そう言って姉さんは千歌ちゃんにノートを渡した。
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そして現在、千歌ちゃんは全員での練習が終わってからも一人でダンスの練習をしていた。しかし完成には程遠く、挑戦をするたびに千歌ちゃんの身体に絆創膏が増えていくような状態だった。このままだと千歌ちゃんの身体が壊れてしまうかもしれない。そう思うと今からでも止めたくなるが、姉さん達もフォーメーションに合わせた練習をしているし、何より千歌ちゃんの決意を思い出すと出来なかった。一体姉さんはどんな気持ちで千歌ちゃんに渡したのだろうか?。そう考えていると鞠莉さんがやってきた。
「千歌っちが心配?」
「それはそうですよ。もし怪我なんかしたら…」
「大丈夫よ。千歌っちなら必ずやり遂げてくれる。だからそれを信じましょ」
信じる…か。違うフォーメーションの練習だとそう思えたかもしれないが、今挑戦しているのは過去に失敗したという事例がある。だから千歌ちゃんには悪いけど、今の僕には成功する姿が想像できなかった。
「…無理ですよ、信じるなんて。鞠莉さんも挑戦して怪我をしたじゃないですか。だからあのフォーメーションは昨日の姉さんが言った通り。出来ないことなんですよ」
「私が出来なかったことは千歌っちには関係ないでしょ?初めから失敗することを考えたら何も成功しないよ」
「前に失敗した例がある以上、そう考えてしまいますよ」
「どうしてそんなにネガティブに考えるの?ラブライブ優勝を目指すなら高い壁を乗り越えることが今のAqoursには必要だと思わない?」
その意見に僕は少しだけ納得をした。でもそれなら危険を冒してまでアレを選ぶ理由はない筈だ。どうしてそこまでするのか僕には分からない。
「高い壁を乗り越えることは良いことかも知れません。でもその壁をあのフォーメーションにしなくてもよくないですか?リスクが高すぎますよ…」
「…そんな弱音が出るなんて驚きね。以前の貴方は不安になっている私たちを後押ししてくれていたのに。昨日だって私はてっきり貴方も一緒に果南を説得してくれると思っていたのよ」
「東京で歌わずに帰ってきた姉さんを見た僕がもう一度説得すると思いますか?あの時の姉さんの自分自身を責める姿をもう見たくないから僕は反対しているんですよ」
「でも果南は千歌っちにノートを渡した。それはつまり、果南は千歌っちが成功すると信じているということになるわね」
僕の反論する口は止まった。それは今の僕が一番知りたいことであって、今の姉さんの心境が分かっていないから言葉を返せなかった。そんな僕の横を通り過ぎていく鞠莉さんはすれ違いざまに呟く。
「私達は精一杯足掻きながら前に進んでいるの。貴方だけよ。過去にとらわれて前に進んでいないのは」
去り際の鞠莉さんの言葉は今の僕の状態を的確に表していた。そんなはずはないと否定したかったが、昨日の僕を思い返すとそう言われてもおかしくはなかった。初めはAqoursが9人になって姉さんからのお願いを受け入れた時は僕も前に進めたと思っていた。しかしそれは錯覚であり、本当はまだ立ち止まったままで動いてなどいなかった。姉さん達ばかりに前へ進ませようと後押ししていたくせに、僕自身は一度も前に進もうとしない臆病者だ。でも今はそれでもいいと思っている。危険な道を歩いて全てが駄目になるくらいならその不安がなくなるまで立ち止まった方が誰も傷つかずに済む。もしそれが駄目だというのなら…、
「だったら教えてくださいよ。この不安から抜け出せる方法を…」
僕は去りゆく鞠莉さんの背中を見ながら一言呟いた。
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