9人の少女と生き別れた姉弟   作:黒 雨

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嫌な思い出

~~~~~~

 

 

「はぁ…、はぁ…」

 

 

気づけば見知らぬ砂浜を走っていた。目指すは遠くに見える高台。だが後ろから大きな津波が砂浜を呑み込もうと追いかけてくる。僕は津波から逃げるべくがむしゃらに走る。しかし、どれだけ走っても高台にたどり着かない。やがて津波は砂浜ごと僕を飲み込んだ。

 

 

「苦しい…!息が…できない…!」

 

 

全身が水の中へと沈んだ僕は消えていく意識の中で必死に手を伸ばす。誰かがこの手に気づいてくれることを願って。だが僕の祈りが届くことはなく僕の体は底へと沈んでいった。

 

 

~~~~~~

 

 

「はっ!?…夢か」

 

 

放課後の生徒会室で僕は目を覚ます。ラブライブ予選決勝の練習を始めて一週間が経過し、予選まであと二週間を切ろうとしていた。Aqoursの皆が体育館で練習をしている中、僕は1人生徒会室で仕事をしていたのだが、いつの間にか机に突っ伏して眠ってしまっていたようだ。いつもならダイヤさんと一緒に作業をしているが、今回は予選も近いので練習に集中してもらうべく…というのは建前で本音はここ最近悩むことが増えて1人になる時間が欲しかったからダイヤさんには僕の建前を理解して皆との練習に参加してもらっていた。

 

 

「とりあえず終バスまでに書類だけは整理しないと」

 

 

寝ぼけつつも体を起こそうとすると机に触れていた手から寒気を感じた。恐る恐る手元をよく見てみると手から水滴が落ちていた。更に水滴が落ちた机に視線を移すと机全体が水浸しになっていた。すると脳裏には数日前に鞠莉さんの手を掴んだ時にも見たトラウマが再度浮かび上がり、またあの時と同じように水に溺れていく自分自身で埋め尽くされていく。やがて意識が溺れようとしていくなか僕はこの記憶から抜け出すべく、朦朧としながらも目の前にある水浸しの机を前へ蹴り倒して生徒会室の壁際まで離れる。机が倒れる音が響いて誰か来るかもという不安はあったが、幸い放課後であったため誰も様子を見に来ることはなかった。

 

 

「はぁ…、はぁ…なんで机が水浸しに…?」

 

 

荒くなった呼吸を整えながらあたりを見回す。すると机があった場所に空のペットボトルが転がっていた。たしか生徒会室に入る前に買った水だが眠ってしまう前にはまだ中身があったはずだが、それが空ということは…、

 

 

「なんだ。水が零れていただけか…」

 

 

原因が分かるとさっきまで気を張っていた緊張が急に解けて安堵の息を漏らしながらその場に座り込む。脱力した状態で両手を見てみると、数日前と同じく手が震えていた。最初は海水に触れたことによるフラッシュバックで手が震えているのかなと思っていたのだが、次の日から僕の手は海水だけでなく蛇口の水道水や飲料水、更には水溜りの水に触れるだけで手が震えるようになっていた。まるで海ではなく水に恐怖するかのように。そしてそれが起きると僕の頭の中にあの日の海に飲まれる自分自身が何度も流れてくる。溺れて意識が途絶えればまた沈む船内に時間が巻き戻ってを繰り返されて僕自身も次第に疲弊していくのを体感で感じていた。

 

 

「本当にどうしちゃったんだろうな、僕」

 

 

力が抜けた状態で生徒会室の天井を見上げながら僕は気づかないうちに自分の思っていたことが声になってため息交じりに呟いていた。そうしているといつの間にか終バスが来る時刻に近づいていたので、僕は重たい腰をあげながら急いで生徒会の仕事を終えて急いで学校を出てバス停に向かうことになるのだった。

 

帰り道に揺られながら数十分、やがてバスはトンネルを抜けて千歌ちゃんが練習している浜辺に近づいてきていたので僕は降りるボタンを押してバスから降車した。そこから少し歩くと砂浜が見えてきて、そこには練習を続けている千歌ちゃんとそれを石段から見守っている曜ちゃんと梨子ちゃん、そして姉さんの姿があった。3人は千歌ちゃんの練習をずっと見ていたので気づかず、僕が砂浜に着いて声を掛けるとようやく気付いた。

 

 

「あっ、祐君。生徒会のお仕事お疲れ様」

 

 

「大変じゃなかった?1人で放課後まで残っていたということは」

 

 

「大丈夫だよ。今はダイヤさんにライブの方を集中して欲しいし。それにみんなも予選を突破するために頑張ってるから僕だけ楽をするわけにはいかないよ」

 

 

僕はそう応えながら前で練習をしている千歌ちゃんに目を向けた。練習ノートを受け取ってから千歌ちゃんは学校とこの砂浜で毎日練習をしているけど未だに成功する兆しは見えない。でも最初の頃と比べたら少しづつ体が覚えて上達しているのが伝わってくる。だがそれと比例して擦り傷や絆創膏の数が増えているのを見ると大怪我してライブに出られなくなる姿を想像して辛かった。

 

 

「千歌ちゃん、頑張ってるね」

 

 

「うん。でも祐は見てて思うところがあるんでしょ?今の顔、スクールアイドルを辞めてた時の私を見る顔と同じだもん」

 

 

その言葉に僕は当時を思い返す。鞠莉さんが留学してからの姉さんは本心を隠して過ごすことが多くなった。最初こそは自分達の選択は正しかったのかと僕に問いながら号泣して本音をさらけ出していたが、日が経つにつれて自分の本心に蓋をするようになり、やがてもう気にしていないような表情を装って嘘の気持ちを見せるようになった。しかし素振りだけは隠すことが出来ず、日課のランニングでは休憩の合間にダンスの練習をしてたり、自分の部屋に一人でいる時はスクールアイドルをやっていた頃の写真をずっと眺めたりと未練が残っているような行動が多かったのを今でも覚えている。そんな日に日に壊れていく姉さんを見るのは僕にとって苦痛でしかなかった。

 

 

「…まぁね。あの頃の姉さんみたいになるかもしれないと考えたらつい。姉さんはもう千歌ちゃんを止めようとしないの?」

 

 

「しても無駄だよ。千歌は一度やると決めたら出来るまで続けるし。それにノートを渡した時点で私たちは千歌を説得することは出来なかった。だから後は怪我しない程度に見守るだけだよ」

 

 

「そっか。でも予選まであと二週間、練習を始めてからずっとあの調子だけど大丈夫なのかな」

 

 

「私たちもそこが心配。でも千歌ちゃん、今まで学校の皆や町の人たちに助けてもらってばかりだから恩返しがしたいって言ってたの。気持ちはわかるんだけど…」

 

 

「やっぱり不安になるよね…」

 

 

「じゃあ2人で止めたら?私たちが言うより2人が言ったら千歌、聞くと思うよ」

 

 

その提案に曜ちゃんと梨子ちゃんは言葉を返せず口をつぐむ。

 

 

「嫌なの?」

 

 

「姉さん言い方…」

 

 

僕が姉さんに指摘をしていると梨子ちゃんが口を開いた。

 

 

「…千歌ちゃん、普通怪獣だったんです」

 

 

「怪獣?」

 

 

「前は普通星人だったはずだけど、いつの間にか怪獣になってたんだね」

 

 

普通星人というのは千歌ちゃんが自分のことを例えるのによく使う言葉で、なにを始めても普通で終わってしまうことからそういう風に名付けたらしい。僕は普通星人のことを千歌ちゃんが自分自身のことをネガティブに言う時に使っていたので知ってはいたが、怪獣になっていたことは知らなかった。

 

 

「普通怪獣ちかちー。なんでも普通で、いつもキラキラ輝いている光を遠くから眺めてる。本当はすごい力があるのに…」

 

 

梨子ちゃんに続いて曜ちゃんも千歌ちゃんについて話す。

 

 

「だけど自分は普通だって言っていつも一歩引いて見てる。でも今は自分の力で何とかしたいって思っているんだよ。ただ見てるだけじゃなくて自分の手で」

 

 

すると2人の話を聞いていた姉さんが石段から立ち上がって千歌ちゃんの方へ歩き出した。そして近づいてくる姿に気付いた千歌ちゃんに対して姉さんはとある条件を追加する。

 

 

「千歌、約束して。明日の朝までに出来なかったら諦めるって。よくやったよ、千歌は。もう限界でしょ?」

 

 

「何を言っているの果南ちゃん!?私は大丈…」

 

 

姉さんの言葉に千歌ちゃんは反論しようとするも、今までの疲れが溜まっていたのか足がふらついてその場に転けてしまった。そんな千歌ちゃんを心配して梨子ちゃんと曜ちゃんはすぐに駆け寄ったが、姉さんはそれを気しようとせずに砂浜を離れようとしていた。そんな姉さんに僕はすれ違いざま理由を問う。

 

 

「どうして急に期限なんて追加したの?ついさっきまで止めるのは無駄だって言っていたのに」

 

 

「このまま続けてたら千歌の身体が危ないからだよ。ノートを渡す時に言ったでしょ?危なくなったら止めるって」

 

 

「そうだけど、だからって明日の朝までにしなくても…」

 

 

「だったらもうそんな顔しないで。今の千歌や祐を見ていると思い出すんだよ。鞠莉を怪我させて離れ離れにして、祐に心配をかけた私を。もし千歌になにかあったら私はもう自分を許せないよ…」

 

 

そう言って姉さんは石段を登って砂浜から去っていった。こうして千歌ちゃんに与えられた期限は1週間どころか明日の朝までになってしまい、時刻を示す太陽は沈んでもうすぐ夜を迎えようとしていた。




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