「うわぁあああああぁぁっ!!」
リンクヴレインズの片隅。発展・繁栄している中心部とは異なり、まるで廃墟のような街並みの中、男が叫び声をあげて地に倒れる。仮想空間とはいえ、実際に痛みを感じるこの空間での衝撃は相当なもの。ましてや、デュエルで建物の屋上から叩き落されたのだから、その痛みは尋常ではない。
男は呻き声を零しつつ、倒れた体を無理矢理起こそうとするが、体が思うように動かない。否応なしに片膝が着く形となってしまい、支給された純白のアバターに土埃に似た汚れが付く。仮面の下の顔には苦悶の表情が隠されており、それは敗北した悔しさ、アバターを汚した罪悪感――それらは自身の所属する『ハノイの騎士』に泥を塗る行為に等しいと、男は静かに右手を握り締める。
そんな男の様子を知ってか知らずか、先ほどのデュエルの相手をしていた男――ハノイの男とは正反対の漆黒に身を染め、薄紅色のバイザーで顔を隠した男が、ゆっくりとハノイの男に近づいていく。
「オイオイ、噂のハノイとやらはこの程度かよ? だらしなくて不甲斐ねぇ、その上デュエルの腕なんざお粗末なクソ雑魚レベル――こんなのが世間を騒がせるハッカー集団たぁ、あんまり過ぎて笑いが止まらねぇぜ」
ククク、と嘲笑しながら男は眼下に居るハノイの男にそう言い放つ。当然、自分はおろか、『ハノイの騎士』自体を侮辱したこの男に、ハノイの男は怒りを覚える。しかし、デュエルで敗北した以上、敗者に反論する権利はない。ハノイの男は握り締めた右拳にさらに力が入り、震え出す。それに気づいた男は、バイザーで顔を隠しているにも関わらず、ニヤリと意地の悪そうな笑みを内心で浮かべた。
「おーおー、いっちょ前に悔しいのか? てめぇらみてぇな底辺なんざ、誰であろうと、何人だろうとこの俺様に敵うハズねぇだろうが! 同好会の集まり程度のお仲間とハッキングごっこでもしていた方が良いんじゃねぇの? ぷ、くくく…!」
「き、貴様ぁ…!」
挑発としては幼稚園児、小学生レベルに等しい。しかし、敗北したハノイの男にとって、程度の低い挑発であっても、今の心情的には十分以上の効果があるのだ。
先の落下による痛みなどどこかに吹き飛び、ハノイの男は肩を震わせながら勢いよく立ち上がる。そして男の胸倉を掴もうと手を伸ばすが、男はおちょくるようにヒラリとかわす。
「暴力はいけねぇなぁ? デュエリストなら、デュエルで語れよ」
「くっ――ならば明日だ! 明日、貴様に再戦を申し込む! 私が勝てば、この区域の調査の邪魔はしないこと、そして我ら『ハノイの騎士』を侮辱したことを謝罪してもらう!」
「はぁ? またてめぇが来るのかよ? クソ雑魚に来られても時間の無駄でしかねぇし、俺様が勝ってもメリットがないじゃねぇかよ」
ケッ、と吐き捨てるように男が言う。確かに、目の前の男にとって再戦は時間の無駄でしかない。1度、圧倒的な差で勝った以上、実力差は歴然としている。その差が1日で埋まるとも思えない上、仮にもう1度デュエルして男が勝利しても、男には何も得られるものがないのだ。そのことに関しハノイの男もつい表情を歪めてしまう。
そもそも、ハノイの男は上司の命で秘密裏にAIの探索を行っていた。そこでたまたま、リンクヴレインズの末端の区域であるこの場所を調査しようとした矢先に、この男が『ここは俺様の縄張りだ。デュエルしろ』と問答無用で勝負を仕掛けてきたのだ。本来の目的を達成できないまま、おめおめと戻れるハズがない。本来の目的からかなり遠回りとなってしまうが、上司の命令には応えなければならない――いや、むしろ応えたいと、このハノイの男は願っていた。自分のような爪弾き者を拾ってくれた『ハノイの騎士』、そして上司に報いるために何としてでも、目的は達成しなければならない。その為にも、手段は選んでいられない、とハノイの男は断腸の思いでデッキから1枚のカードを取り出す。
「――貴様が勝てば、このカードをくれてやる。その条件ならば――」
「良いぜ、乗った。そのカードが手に入るんなら、喜んで再戦してやろうじゃねぇの」
良いカードが手に入るぜ、と自身が勝利することを確定しているかの如く、男は下卑な笑みを浮かべる。
この男の使用デッキが『機械族』であり、対峙しているハノイの男が掲示してきたカードも機械族のモンスターカード。さらには男自身が所有していないカード、かつ男のデュエルスタイルにも非常にマッチしているのだ。
先ほど勝利し、慢心・過信こそはあるかもしれないが、デュエルの腕に男は絶対の自信を持っている。このような好条件を見逃す手はない、と先にも増して不敵な笑みを浮かべていた。
「明日の正午! 場所はここだ! 逃げることは許さんぞ!」
「……そりゃあどっちかって言えば俺様の台詞じゃねぇのか?」
「う、うるさい!」
ハノイの男はそう吐き捨てると、逃げるようにログアウトした。
廃墟のようなこの場所に再び静寂が訪れ、男はふーっとため息を吐くと、地べたに座り込む。そしてふと自分の手を見ると、震えていることを確認した。周囲を見渡し、自分以外誰も存在しないことを視認すると、今度は地面に大の字で寝転がり――
「…………もうやだぁああああぁ!! 何でハノイがこんなとこ来んの!? 俺はただ、スラムに居そうな悪の親玉的なロールプレイがしたいだけなのに、邪魔しないでよぉおおおぉ!! しかも明日も来るかとふざけんじゃねぇええええぇっ!!」
――大声で文句を垂れ始めた。
この男――アバター名:ブラストは、リンクヴレインズで悪役ロールをしているただのデュエリストだ。ランキングも常にトップ10以内には入っている実力者でもある。
王道的な悪役ロールをしているため、彼とのデュエルはどこか一昔前の特撮作品感のあるデュエルになったり、GO鬼塚やブルーエンジェルらとデュエルした際には、前者は完璧にヒールとベビーフェイスの体で戦い、後者はプリティーでキュアっとくる作品風な戦いになってしまう。無論、当人・本人も観客がそれを望むのであればやぶさかではないので、延々と、それこそ知名度が上がっていっても方向性を変えなかった。
その結果――軌道変更が不可能になってしまったのだ。ブラストは元々デュエルさえ出来れば良いという、ただのデュエル馬鹿なのだが、使用カードのイメージに合わせて自分もこのリンクヴレインズでキャラクターを形成していった結果が悪役ロールになっただけの話。アバターの外装も、当初は≪メカ・ハンター≫か≪キャノン・ソルジャー≫辺りにしようかと画策していたが、完全な人型ではないのでデュエル進行に支障が出たため、結局は知人に頼んで≪A・ジェネクス・ドゥルダーク≫っぽい何かに落ち着いた。同業者・観客からも『ブラストと言えば凶悪な機械族使い』と周知される程度には有名になった――いや、なってしまった。
こうなったらとことんまで突き詰めてやると、悪役と言えばスラムだろう、という単純な発想で自身の縄張り的なものを主張すると、同業者も観客も『やはりあそこが本拠地だったか』と何故か納得されてしまう。しかも、『悪役だから、あそこに何か貴重品でも隠しているのではないか?』、『公表できない違法な何かがあるに違いない』等の噂が好き勝手に流れ始め、時折怖いもの見たさで訪問する輩まで出て来る始末。とは言え、月に1~2件程度なので、その際には普段は真逆の態度で誠心誠意精一杯な対応を取り、丁重にお断りしていた。だが、それさえも逆効果なのか『普段と真逆の態度だった。怪しい』、『きっとアレは俺たちを油断させるための罠だ』など、全く信用されなかったのだ。
この事態に解せぬ、と1人頭を抱えながら、デッキ調整をしていたブラストだったが、そんな時に先のハノイの騎士が現れた。内心では「ふぇえ、、ハッカー怖いよぉ」と涙目になりつつ、普段の悪役ロールらしい傲慢で不遜で威張っている態度で頑張って対応したのだ。いつもなら、対戦した後に悪役ロールで罵声等を浴びせて申し訳ありませんでしたとメールを送るのだが、ハノイ相手にメールは送りたくないので、結局は悪役ロールのままで終わってしまった。明日もまた同じようになるのかと思うと、ため息が零れる。
しかし、悪いことばかりではない。明日は勝てばハノイの騎士のカードが手に入るのだ。先ほどのデュエルで見た時は、その姿・ステータス・効果の全てがブラストにとってドストライクなものだったので、是が非でも欲しかった。それを相手側から提案してきたのだから、内心ではウハウハものだ。
「――よし、明日は絶対に勝とう。出来れば瞬殺だな、うん、そうしよう」
明日への希望を胸に、物騒なことを言いつつブラストは起き上がりデッキ調整を始める。必要なものは相手に何もさせない、一方的な勝利。今回は観客が居ないデュエルであり、批判を言う輩は一切存在しないのだ。ならば、自身が思いつく、最高の速攻デッキを作ってやろうと、意気揚々と所持カードを空中投影ディスプレイに表示させる。
「さぁーて、先ずはこのカードを入れて、ドロソはこれで、あとはこうしてトドメにコイツでOK!ダメだったら、これで保険をかけて――」
― ― ― ― ― ― ― ―
「来たか」
「ふん」
昨日と同じように、ただ空中投影ディスプレイでデッキ確認を行っていたブラストの目の前に、ハノイの騎士がログインした。しかし、1人だけではなく、後ろにもう1人の男が居ることを視認すると、ブラストは怪訝そうな眼差しを向ける。
「あぁん? 1人じゃ勝てねぇからって、雑魚いお仲間を連れてきやがったのか?」
「き、貴様ぁ! このお方に何と――」
「止せ」
ブラストの言葉にハノイの男が激昂しかけるが、それを隣から別の男が制す。
ハノイの騎士共通の白っぽい衣装に、仮面ではなく薄黄色のバイザーで顔を隠している男。上司か何かだろうか、、それにしても人前で顔を隠すなんて礼儀的にどうなのかと、自分のことを棚に上げつつ不満そうな表情を見せる。
「私はリボルバー。この男の上司でただの観戦者だ。我らハノイの騎士に勝ったという男が、どの程度の実力を持っているのか気になって来ただけだ」
「ふーん、アンタがこいつの上司? まぁ、(強さ的な意味で)悪くなさそうだな…」
一言で部下を制止させる統制力、どこか底の見えない雰囲気――そして、アバター越しでも感じられる強者としてのオーラを、ブラストは確かに感じた。このリボルバーという男は只者ではない。願わくば、この男ともデュエルしてみたいが、今回はハノイの男が相手だ。デュエルの約束をした以上、よっぽどの理由がない限りそれを反故してはならない。ましてやそれが、「お前の方が強そうだからこっちとデュエルするわ」などと言えば侮辱にも等しい――尤も、ブラストは悪役ロール中に限り平然と罵声を浴びせたりするのだが。
「今回は貴様に提案があってきたのだ」
「提案? つまらねぇもんだったら承知しねぇぞ?」
「つまらないかどうかは不明だが、今回は通常のマスターデュエルではなく、スピードデュエルでデュエルをしてもらいた――」
「乗った。やってやろうじゃねぇか」
「…う、うむ……」
神速の掌返しに、リボルバーはやや面食らうも、同時に胸の内に安堵を覚える。現在、部下達にイグニス捜索を任せているが、仮にイグニスが誰かしらと接触した場合、データストームの発生、それに伴うスピードデュエルへの移行も推測していた。しかし、それにしては部下達ではスピードデュエルの経験が圧倒的に不足し、後手に回ってしまう可能性も十分にある。ならば予めスピードデュエルに慣れさせ、仮の事態に陥っても、充分に戦えるようにしなければならない。現状では満足にスピードデュエルを行える環境下ではないが、自身が同行すれば1戦程度のスピードデュエルならば可能だ。ならば、今回のこのブラストという男を当て馬にし、ハノイの騎士を訓練させれば良い。そう考え、この場に来たのだ。
「んで、そのスピードデュエルってのは、マスターデュエルとどう違うんだ?」
「ふむ、スピードデュエルでは初期手札が1枚少ない4枚からのスタート、そしてメインフェイズ2が存在せず、モンスターゾーン、魔法・罠ゾーンの上限が3枚になる。また、各プレイヤーは『スキル』と言う、デュエル中に1度だけ使用できる能力を持つ。ドローの強化、モンスターの蘇生など、多岐に渡る――が、今回は互いにスキルなしで良いだろう。何せいきなり初めてスキルを設定しろなど、唐突にも程があるだろう」
「なるほど……よし、じゃあ早速始めようじゃねぇの」
「理解が早くて助かる――では」
ブラストの納得した表情、そして早くスピードデュエルを体感したいという逸る気持ちを見て、リボルバーは指をパチンと鳴らす。
すると、周囲に紫色のデータが風と化し、周囲一帯を周回するように吹き荒ぶ。そしてどこからともなくサーフィンボードのようなものが現れ、ハノイの騎士がそれに飛び移る。
「さぁ、貴様もDボードに乗れ! これに乗れなきゃスピードデュエルは出来んぞ!」
「昨日負けた割には威勢が良いじゃねぇか――だが、こいつは面白そうだ!」
続くようにブラストもDボードに飛び乗り、データストームに乗る。リンクヴレインズ――いや、ネットワークの世界でこれほどの疾走感を得ることは中々に新鮮だ。目まぐるしく変わる風景。風のような爽快感。自身の知らぬ初体験の世界に興奮し、ブラストはつい顔が綻ぶ。
「――は、ははは……良いなぁ! これでデュエルするってか! 最高に楽しそうじゃねぇの!」
「ふん! スピードデュエルは貴様が思っているほど単純ではないことを今から教えてやる!」
「はん! そういう台詞はデュエルで語りやがれ!」
2人は共にボードで駆け、示し合わせたのでもないのに、丁度コーナーを曲がったところでデッキからカードを4枚引く。互いのLP4000が空中投影ディスプレイに表示され、デュエル――否、スピードデュエルの準備が完了する。
「「スピードデュエル!!」」
― ― ― ― ― ― ― ―
(フ――完璧な手札だ…!)
ハノイの男は自分の手札を一見し、勝ち誇った表情を見せる。手札には最強モンスターである≪クラッキング・ドラゴン≫、2枚ドローした後に闇属性を1枚除外する≪闇の誘惑≫、手札1枚捨てることで除外されたモンスター1体を特殊召喚し装備する≪D・D・R≫、機械族モンスターの攻撃力を倍にする≪リミッター解除≫――この手札なら相手が無様に攻撃力2000以下のモンスターを攻撃表示で召喚すれば、自分の勝利は確定したようなものだ。また、デュエルディスクも自分に味方するように後攻開始の表示。完璧だ、とハノイの男は内心で勝利を確信しながらブラストへ目を向ける。
「俺様の先攻だ! 先ずは手札から魔法カード≪予想GUY≫を発動! 自分フィールドにモンスターが存在しない場合、デッキからレベル4以下の通常モンスター1体を特殊召喚する! 来い≪魔貨物車両ボコイチ≫! さらに魔法カード≪機械複製術≫を発動! 自分フィールドの攻撃力500以下の機械族と同名モンスター2体をデッキから特殊召喚する! 追加で来な! 2体の≪ボコイチ≫!」
(ほう……)
ブラストは2枚の手札を使い、弱小ステータスとはいえ、一気に3体のモンスターをフィールドに並べる。列車型のモンスターということもあり、Dボードと並走する様は中々に愉快なものだ。
対してリボルバーは一瞬にしてモンスター3体を揃えたブラストに感心した。通常召喚権を使わず、かつカードの消費を最低限にしてこの展開力。この状況であればリンク1~3のモンスター、上級・最上級モンスターなど、様々なプレイングが可能だ。さて、彼はどう出るかと、リボルバーは半ば愉しむようにブラストに注目する。
「≪ボコイチ≫1体を墓地に送り、魔法カード≪馬の骨の対価≫発動! こいつは自分フィールドの通常モンスター1体を墓地に送ることで、デッキから2枚ドローする! もう1体の≪ボコイチ≫を墓地に送り、もう1枚≪馬の骨の対価≫を発動し――こいつにチェーンし、手札を全て捨てて速攻魔法≪連続魔法≫を発動! チェーンした≪馬の骨の対価≫の効果を2回適用する! これで俺様は手札を1枚捨て、4枚ドローだ!」
連結していた貨物車両が1体、また1体と消え、その分以上にブラストが手札を補充していく。これでブラストは手札が4枚、場には1体――いや、いつの間にかもう1体モンスターが増えており、2体のモンスターが並んでいた。
「き、貴様いつの間にモンスターを…!」
「はん! 俺様が≪連続魔法≫で捨てたカードは≪幻獣機オライオン≫! こいつは墓地に送られた場合、自分フィールドに≪幻獣機トークン≫1体を生み出す! 尤も、このカード名のこの効果は1ターンに1度しか使えねぇがな。あぁ、あと最後の≪馬の骨の対価≫で最後の≪ボコイチ≫を墓地に送って、2枚ドローだ」
ついでに、とでも言うように場に並んでいた連結車両が全て消え、ブラストの手札は5枚にまで増える。しかも場にはトークンとは言え、モンスターが1体。開始時よりも明らかにカード・アドバンテージを確保しており、デッキをまるで自分の手足の如く扱うブラストに、リボルバーは再び感心する。
「さぁーて……これでテメエをぶっ潰す準備は整った! 俺様は手札からチューナーモンスター≪幻獣機ブルーインパラス≫を召喚! こいつはシンクロ素材とする場合、他の素材は手札・場の『幻獣機』モンスターに限られる! 俺様は手札のレベル4≪幻獣機メガラプター≫にレベル3≪幻獣機ブルーインパラス≫をチューニング!」
戦闘機を模した2体のモンスターの内、1体が3つの緑色のリングへ転じ、1体が4つの白い星へと転じた。リングの中央に星が並び、閃光が走る。
瞬間、眩い光の中から、黄朱色の体躯を持った、戦闘機――否、人型の戦闘機が姿を現した。
「現れやがれ――レベル7、≪ダーク・ダイブ・ボンンバー≫!」
「――っ、シンクロ召喚だとぉ!?」
リンク召喚ではなく、シンクロ召喚――主流とは異なる召喚方法を用いたことに、ハノイの男は驚愕する。無論、このデュエルを観戦していたリボルバーも同様なのだが、直接対峙しているハノイの男より動揺は小さい。
「まだまだいくぜぇ! 俺様は墓地の≪オライオン≫のもう1つの効果発動! 墓地の≪オライオン≫自身を除外し、もう1度だけ『幻獣機』モンスターを召喚できる! 俺様は手札から≪幻獣機テザーウルフ≫を召喚し、そのモンスター効果を発動! 召喚成功時、自分フィールドに≪幻獣機トークン≫1体を特殊召喚!」
止まることを知らない、とでも言うようにブラストは墓地・場のモンスター効果を使い、さらにフィールドにモンスターを増やしていく。エクストラモンスターゾーンには≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫、メインモンスターゾーンには≪テザーウルフ≫、2体の≪幻獣機トークン≫とモンスターゾーンは全て埋め尽くされていた。
「さぁーて……テメェに1つ面白いことを教えてやる。≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫はメインフェイズ1に1度だけ、自分フィールドのモンスター1体をリリースすることで、そのモンスターのレベルの200倍のダメージを与えられる効果がある」
「れ、レベルの200倍だとぉ!? 今の貴様のフィールドだと――レベル7の≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫をリリースして1400ポイントのダメージを与えることが狙いか!?」
「だぁれがそんな温い手を使うかよ! 俺様の≪テザーウルフ≫は自分フィールドのトークンのレベル分だけレベルを上げる効果がある! ≪幻獣機トークン≫のレベルは3! それが2体でレベルは6上がって10! つまりてめぇには――2000ポイントのダメージを与えてやるよ!」
「ひ、ひいぃ!!」
≪テザーウルフ≫が光の粒子となり、≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫へと吸い込まれていく。次いで≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫から幾つものミサイルが発射され、それがハノイの男目がけて飛翔。ハノイの男は情けない叫び声をあげつつ避けようとするも、未だ先攻1ターン目。対策として罠カード伏せられず、モンスターの召喚すら許されていない。必死に逃げ惑うが、ミサイルは周囲に着弾し、次々と爆風を生む。その余りの衝撃に何度からDボードから落下しかけるが、上司であるリボルバーの手前、無様な姿を見せられない。途中、Dボードにしがみつつ、何とか落下は免れた。尤も、LPは早速半分の2000ポイントにまで減らされているが。
「はぁ、はぁ……ま、まだだ! まだ終わらん!」
「その執念は見事なもんだと言いてぇとこだが……まぁ良い、俺様はフィールド魔法≪転回操車≫を発動する」
未だ勝利を諦めないハノイの男に少しばかり感心するが、ブラスト自身手心を加えるつもりはない。自身の勝利のために残りのカードをプレイしていく。
「さぁーて、仕上げの準備といくか――現れろ、俺様の暴走サーキットぉ!」
ブラストが右手を正面に突き出し、そこから蒼電が中空に走った。その後、何もない空間から、八方に矢印が向いた黒い四角形が現出し、ブラストを先導するように滞空する。
「召喚条件はモンスター2体以上! 俺様は≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫と2体の≪幻獣機トークン≫をリンクマーカーにセットぉ!」
次いで、効果を使用した≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫、その効果のためにレベル上昇効果の補助をした2体の≪幻獣機トークン≫が八方の矢印の内、左右と下方向へとその身を転じる。直後、黒い四角形が一瞬発光し、そこから光の粒子が人馬のような姿で形成されていく。
「現れろ――リンク3! ≪電影の騎士ガイアセイバー≫!」
そして完全に形が成され、≪電影の騎士ガイアセイバー≫がブラストと並走。手札・場・タイミング――これら全てが自身の思い通り――否、理想的な動きをしていることにブラストは一種の感動すら覚える。
逆に対峙しているハノイの男は、序盤の大量展開、大量ドロー、連続異種召喚を駆使するブラストに、これまで以上に恐怖と驚愕を覚えた。
「し、シンクロ召喚にリンク召喚――異なる召喚方法を自在に操るだとぉ!?」
「はん! 驚くのは、まだ、早ぇ! ≪電影の騎士ガイアセイバー≫がリンク召喚に成功した時、手札の≪重機貨列車デリックレーン≫のモンスター効果発動ぉ! 自分フィールドに機械族・地属性モンスターが召喚・特殊召喚された場合、こいつの攻守を半分にすることで特殊召喚できる! ここでフィールド魔法≪転回操車≫の効果発動! 自分フィールドにレベル10・機械族・地属性のモンスターが召喚・特殊召喚された場合、デッキからレベル4・機械族・地属性のモンスター1体を特殊召喚し、そのレベルを10にする! 俺様はデッキから≪無頼特急バトレイン≫を特殊召喚!」
モンスター3体がリンク素材になったと思っていたら、即座にまたモンスターが3体に増えていた。ハノイの男は自分で何を見て、何を思っていたのかと、一瞬思考を放棄しかけてしまった。
カードの効果処理、及びルール的には何の不備もない。しかし――これを先攻1ターン目、それもスピードデュエルという限られたカードゾーンで成し得たことに、本日何度目になるか分からない驚愕を覚える。ましてや相手はスピードデュエル初体験。対して自分は幾度かリボルバー指導の下で行ってきた。それを――それを目の前の男は、ブラストはまるでさも当然かのように行っている。ギリリ、ハノイの男は自分でも気づかぬ内に歯軋りし、ブラストを睨んでいた。
「さぁ! フィニッシュといこうじゃねぇの! 俺様はレベル10の≪デリックレーン≫と≪バトレイン≫でオーバーレイ! 現れろぉ! ランク10! ≪超弩級砲塔列車グスタフ・マックス≫!!」
2体の列車が黄土色の光となり、黒い渦へと吸い込まれる。瞬間、黒い渦から閃光が走り、Dボードを駆る2人の真下に、いつの間にか巨大な列車が爆走していた。
ハノイの男はある程度こそデュエルはできるが、正直なところシンクロ召喚やエクシーズ召喚は専門外だ。しかし、この真下に居る列車――≪グスタフ・マックス≫はレベル10ものモンスターを2体使用してまで召喚したモンスター。先の≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫よりも、何かしら凶悪な効果を持っているのでは、と危惧した矢先――
「≪グスタフ・マックス≫のモンスター効果発動! オーバーレイ・ユニットを1つ取り除き、相手に2000ポイントのダメージを与える!」
「な――っ」
――予想以上、というよりも自分の敗北が確定したことにハノイの男は戦慄した。自身の手札は≪闇の誘惑≫、≪D・D・R≫、≪クラッキング・ドラゴン≫、≪リミッター解除≫という、相手モンスターが攻撃表示で、攻撃力2000以下ならば確実に1ターンキルができる、完璧な手札だったのだ。だがいくら完璧であろうと、ターンが回って来なければ意味がない。
一体自分は何を間違えたのか。先攻を取れなかったことか? それとも手札誘発で効果ダメージ対策を取っていなかったことか? はたまたこの男――ブラストにデュエルを挑んだこと自体が間違いだったのか。
列車の上部がゆっくりと変形し、その中から弩級の名に相応しい、長大な砲身がせり上がってくる中、ハノイの男はそう考えていた。また、同時にこの男は危険だと、自分の中の役に立たない警鐘が今更鳴っている。
砲身が真っ直ぐに自身を捉えた瞬間、ハノイの男は全てを悟った――否、諦観したように力なくデュエルディスクを構えていた腕が下がる。そして、轟音と共に光の奔流が身を包み、LPのカウンターが2000から一気に0へ。同時にデュエル終了のブザーが鳴り響いたことを、薄れゆく意識の中で、かろうじて聞き取れた。
― ― ― ― ― ― ― ―
デュエル終了後、2000ポイントの大ダメージを2回も受けたハノイの男はうつ伏せで地に倒れていた。ブラストはそんな男にゆっくりと近づくが、明らかに気絶している状態であることを確認すると、チッと舌打ちする。
「良きデュエルだった」
「あぁん?」
そんな不機嫌そうなブラストの背後から、ハノイの男の上司であるリボルバーが声をかける。ブラストはつい喧嘩口調で応え、リボルバーはデッキから1枚のカードを抜き取り、ブラストへと投げ渡す。
受け取ったカードを見て、ブラストは僅かに微笑み、「ありがとよ」と対して感謝の念を感じない言葉をリボルバーへ。
「何、部下の不始末は上司がつけるものだ。それに貴様のデュエルは観ていて中々に滾らせるものがあった」
「そりゃどーも――んじゃ、今から俺とデュエルするか?」
「悪くない提案だが、今は遠慮しておこう。貴様とはいずれやるだろう、いずれな…」
何か引っ掛かる物言いだなと、ブラストが感じた瞬間、リボルバーはそのまま倒れ伏しているハノイの騎士と共にこの場から姿を消した。ログアウトでもしたのだろうか、とブラストは周囲を見渡し、誰もいないことを確認する。そして受け取ったカード――≪クラッキング・ドラゴン≫のカードを手に取り、アバターでは不敵な笑みを浮かべ、現実世界では恍惚とした表情になる。
「やったぁあああああぁぁ!! 何この優秀カード!? 機械族・闇属性・レベル8・攻撃力3000・守備力0! ≪闇の誘惑≫に≪トレード・イン≫に≪悪夢再び≫に対応しているし、≪可変機獣ガンナードラゴン≫や≪ダーク・ダイブ・ボンバー≫から≪トランスターン≫で呼び出しても良いし、≪スクラップ・リサイクラー≫で墓地に落としてから蘇生しても良い! 攻撃力も高いし、守備にされても戦闘耐性あるし、効果でダメージも与えられるし――最高ぉおおおおぉぉ!!」
まるでクリスマス、誕生日プレゼントをもらった子供のようにはしゃぐブラスト。カードを手に取り、嬉しさのあまり意味もなく地べたをごろごろと転がり始める。
この時のブラストは浮かれていた。それはもう歓喜と言っても足りないくらいに。故に――
「≪クラッキング・ドラゴン≫うっひょおおおおぉぉっ!!」
「………………」
――ログアウト後、どうせなら≪ジャック・ワイバーン≫等もオマケで渡そうと、すぐにログインし直したリボルバーに、この痴態を見られても気づかなかった。
DDBとグスタフのアニメLP4000絶対殺すマンコンビ好き。
あとボコイチの可能性は無限大。サポートできるカード多過ぎて、ボコイチからDDBはもちろん、グスタフまで育ちますよ!