正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第0話 プロローグ

 激しい風雨の吹き荒れる海を、一隻の小舟が走り抜ける。静かに凪いでいたはずの海は、()()()()()()()()()()荒れ狂っていた。時折轟音とともに、二千メートルの大気を引き裂いて稲妻が天と海とを繋ぎ止める。その度に、夜のような闇が晴天の如く煌々と照らし出された。

 突然の嵐に逃げ遅れた海鳥たちが、恐怖と混乱で無茶苦茶に飛び回る。必死に逃げ惑う鳥たちは、方向を見失い次々に荒波に激突して溺死した。

 雷光は小さな小舟の様子も浮かび上がらせる。吹けば飛ぶようなその小舟には、一組の年若い男女が必死にしがみついていた。

 

 

 

 なんだこれは?

 ボロボロの小型ボートを操縦しながら衛宮士郎は思う。

 嵐の中、海中から湧き上がる闇は瞬く間にボートを追随し取り囲み、海上をどこまでも広がっていく。

 打ち付ける波と雨で視界は悪いが、視力には自信のある自分だから確信できる。この闇は決して自然の色ではない。こんな現象は見たことがなかった。

 

「遠坂!本島までとばす!しっかり捉まっててくれ!」

 

 振り返り叫ぶが、いつもは溌剌としているパートナーの表情は優れなかった。やはりかなりの負荷が魔術回路にかかっているらしい。目だけでこちらに頷いている。

 士郎は歯を食いしばり足下のペダルをさらに踏み込んだ。

 スクリューが唸りを上げ、ボートが加速する。人ひとり分ほどもある波を掻き分け、飛び越えて進む姿はもはや水切りの石のようだ。

 遙か遠くに本島が浮かんでいるのが微かに見える。このまま行けば二十分もかからずに到着できるだろう。しかし

 

「……士郎!。右後方に二体出て来た。追ってくるわ」

「またか!?そもそも何なんだアレは?」

「知らない。……時計塔の資料でも見たこと無いわよ」

 

 二百メートルほど後方。魔力で強化された視力が波間に見え隠れする異形の姿を捉える。

 黒く染まった波を掻き分けて、ソレは追随してくる。

 それは見たことのないモノだった。

 二人が乗ったボートを超える巨体。その体表は滑らかな流線型で、黒く古びた金属のような質感を持っている。

 それだけならばクジラのような印象を受けるが、決定的におぞましいのはその歯だった。前面には人間の歯のような器官が剥き出しで備わっており、二人が見ている間にガバりと大きく口を開けた。

 

 次の瞬間、轟音と砲火を伴って何かが発射された。

 

「なっ!?」

 

 生物のような見た目と銃火器のような攻撃行動。そのアンバランスさに思考に一瞬の空白が生じる。

 黒い飛翔体は士郎が対応する間もなく襲いかかり――――

 遠坂凛がまき散らした魔力のカーテンに衝突して爆散した。魔力の燐光と爆炎が闇の中で瞬いて消えた。

 

「防げた……?」

「いや遠坂、頼むから今は無茶をするな……」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。それより士郎、奴らの攻撃は今の私でも減衰させられるらしいわ。後ろは任せてあんたは操船に集中して」

 

 彼女が行ったのは魔術ですらなく、ただの魔力の霧を撒くだけの燃費の悪いもの。本来は投げつけられた小石すら防ぐことは出来ない。魔術回路にダメージのある今の凛にでも行える、初歩的な技術。

 それでもある程度減衰できたということは、魔術的な要素の濃い攻撃だったということだろうか。

 

「くそっ……」

 

 状況は最悪だった。

 訳のわからないことだらけで解決の糸口すら見えない。だからこそ、一度落ち着ける場所で状況を整理しなければならないのだが、今はその余裕さえない。

 とにかく今は一刻も早く『本島』まで辿り着くことが先決だ。士郎は転覆しないことを祈りながら必死で舵を取る。

 後ろからは凛が攻撃を弾く音が断続的に聞こえてくる。もし彼女に攻撃が当たってしまったら。そう考えると気が気ではない。

 いっそ無理矢理にでも自分があの敵を――――殺してしまおうか。頭に浮かんできた考えを一瞬で切り捨てる。無茶をして船が転覆でもしてしまえば二人とも海に投げ出されてしまう。何より遠坂は俺に守られるようなやつじゃない。彼は自分に言い聞かせた。彼女は自分の師であり、誇り高い魔術師であり、自分のパートナーなのだから。

 

 凛が攻撃から船を守り、士郎が船を安定させ、異形の敵から逃げる。二人は確かな連携で『本島』を目指した。

 厄介なのは至近弾だった。直撃コースの攻撃は凛が減衰させることができる。しかしボートの近くの海面に当たった攻撃は水柱を上げ、衝撃で船体とバランスにダメージを与えてくる。

 

「遠坂!ジグザグに航行したほうがいいのか!?」

 

 少しでも敵の狙いを外そうとしての提案だったが、すぐに否定が帰ってきた。

 

「直撃は私が全部防ぐんだから最短で陸を目指すほうが賢明よ」

 

 冷静な声がこの上なく頼もしい。

 

 遠かった島影も大分大きくなっている。もう少しで上陸できるだろう。そしてクジラのようなあの生物も、まさか陸の上まで追いかけては来まい。

 逃げ切れる。そう思った。

 

「あと少しだ遠坂!あと少しだけ踏ん張って……」

 

 鈍い音と共に船底に衝撃がきた。そのままボートが押し上げられていく。

 

「なに!?」

「下から……!もう一体いたのか!」

 

 咄嗟に体勢を立て直そうとする間もなくボートが転覆する。宙に投げ出される瞬間、浮かび上がってきたソレと目が合った。

 意思を感じさせない無機質な眼。その奥に確かな憎しみや怒りを見た気がして、思わず息を呑んだ。

 直後に海に落下した。

 慌てて息を吸おうとしてしまったのが致命的だった。海水を吸い込んでしまい、水の中で激しくむせる。

 息が吸えない。たったそれだけのことでパニックになった。

 

 なんて無様な。アイツが見ていたらそう嘲笑うことだろう。お前は一体、どの面下げて正義の味方なぞ目指すというのか。

 藻掻けば藻掻くほど状況は悪くなる。体が海中に沈んでいく。

 

(ああ、ここで俺は殺されるのか)

 

 異様なほど暗い水の中でそんなことを思う。いや、わざわざ殺さなくともほうっておくだけで溺死するだろう。

 

(でも、ここで死んだら遠坂が……)

 

 自分だけならまだいいが、彼女まで死ぬのは我慢できない。なんとしてでも助けないと。

 しかし体は全くいうことを聞かない。段々と意識が薄れてゆくのを感じる。

 

(とお……さか……)

 

 そうして衛宮士郎の意識は途切れた。

 

 何もない真っ暗闇。

 

 何も聞こえない水底のような沈黙。

 

 その果てで、

 

……。……は……デス……か?……

 

 微かに震えた誰かの声を聴いた気がした。

 

 

 

 




いつまでも書けなさそうなんで取りあえず無理矢理投稿
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