正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

12 / 56
第11話 夜明け前の海を歩く

 翌朝、目覚めたのは客室のベッド。

 カーテン越しの光はまだ弱く、日の出前だと分かる。どうやら体内時計はこの世界でも上手く機能しているらしい。

 見知らぬ天井にはて?と思ったが、すぐに昨日医務室からこちらに案内されたのを思い出した。

 確か、お偉いさんを泊めるための部屋らしく、内装や調度品も中々豪華である。ここに来てから至れり尽くせりで申し訳なくなるのだが、どうせ使う人がいないからと強く勧められた。せめて、帰還する前にこの鎮守府に何かしらお返ししなければ、自分自身に申し開きが出来なくなりそうだ。

 

 そんなことを思いながら、遠坂が寝ている隣のベッドを見る。朝に弱いこの恋人は、今朝もまだ当然の如く夢の中に――――

 

「あれ?」

 

 いなかった。

 ベッドから抜け出した跡がある。

 遠坂が俺より早く起きるなんて、珍しいこともあるものだ。

 貸してもらった寝間着から手早く着替えると、遠坂を探しに部屋の外へ向かう。すると、廊下の隅のほうにあるソファに叢雲が座っていた。

 

「おはよ」

「ああ、おはよう。お陰でよく眠れた」

 

 ごく普通に挨拶を交わす。最初は俺たちに強い警戒を向けていた叢雲だが、深海棲艦疑惑が晴れた今、その対応はラフなものだった。

 

「お連れさんなら海の方に行くって言ってたわよ」

「そっか。それで、叢雲はもしかして寝ないでそこにいたのか?」

 

 眠くないのか?と言外に問う。

 艦娘は人間ではないらしいので、ひょっとすると眠る必要はないのだろうか。と思っていたらそうでも無いらしい。欠伸をかみ殺すようにしている。

 

「昨日ちょっと昼寝したからまだマシよ。もともと昨日の昼間はずっと寝てるはずだったんだけど、アンタたちの対応があったし。まあでもあと少しで歩哨も金剛に引き継ぐから」

「悪いな。でも歩哨なんて立てなくても、変なことしないぞ俺たち」

「アンタたちを警戒してるんじゃなくて、敵の襲撃に備えてるだけよ。もしもの時はさっさと島の奥に誘導するから」

「……」

 

 どうやら深海棲艦の襲撃があったとしても、俺たちを関わらせる気は無いようだ。言いたいことが無いわけではなかったが、今はおとなしく黙っておく。

 

 そのまま赤煉瓦の建物を出て、波止場へ向かう。

 沖に向かって延びる桟橋の先に、目当ての人物を認めたのだ。

 

 叢雲はついてこなかった。離れていても襲撃を察知したり、対処したりする仕組みがあるのだろう。

 

 夜明け前の空気は、空と海の色を溶かし込んだよう。

 背後の空を振り返ると、まだ夜空の紺色が残っている。水平線に目を向ければ、間もなく日が昇るであろう、白み始めた暁色。文明の光のほとんど届かぬ原初の空は、はっとするほど美しかった。

 そういえば昨晩は星空を見逃してしまった。きっと満天の星空だったのだろう。

 

「遠坂」

 

 桟橋の先端で声を掛ける。

 彼女はパジャマとして借りているゆったりとしたドレスタイプのルームウェアのままで、海風に髪をさらわせていた。

 

「士郎」

 

 こちらを振り返った遠坂に、思わず胸が高鳴った。

 その理由が分からず、彼女をじっと見つめる。彼女によく似合う白いルームウェアも、風に流された髪を押さえる仕草も、見慣れたものだ。じゃあ表情がいつもより柔らかいから?それとも並行世界の南国の孤島なんて特殊な状況だからだろうか?

 

「ああ……」

 

 しばらくしてようやく理由が分かった気がした。

 

「調子が戻ってるみたいだな、遠坂」

「あ、やっぱり分かる?」

 

 少し嬉しそうに答える遠坂。よく見ると両腕やドレスの裾から見える足が薄らと光を放っている。これは活性化した小源(オド)の輝きが漏れ出たもので、調子の良い時の遠坂にたまに発生するのだ。やはり遠坂は快活で自信に溢れている方がいい。

 

「ね、もっと沖の方まで行ってみない?」

 

 遠坂はそう言って海を指す。その先には桟橋も足場も無い。ただの海だ。

 

「行けるのか?」

 

 遠坂は当然だと言うように頷き、小さく詠唱すると

 

「Es ist gros,Es ist klein.Oberflächenspannung Maximale―――― 」

 

 裸足になり、そのまま桟橋の先からふわりと飛び降りた。

 水音と共に遠坂の身体は海面に降り立っていた。足元をよく見ると水面に少し違和感があった。魔術で何らかの干渉が行われているのだろう。恐ろしく精密な術式であるとは想像できるが、それを簡単にこなしている事からも、体調が十全に回復しているのだと分かる。だから今更この程度で驚いたりはしない。

 

 遠坂は両手を広げて、波打つ海の上でバランスをとって歩く。

 

「ほら、士郎にも掛けてあげるから」

 

 だけど俺はそれを断った。

 

「大丈夫だ。自分で行く」

 

 もしまた今度、水上で襲撃された時、遠坂が万全でなかったら。今回は金剛らが助けてくれたが、それは幸運だっただけ。また何も出来ずに遠坂も守れない、などということは許されない。だから、どうすればいいのかを考えていた。

 とはいっても、衛宮士郎に取れる手段など限られているのだが。

 

 意を決して桟橋から一歩踏み出す。そのまま二歩、三歩とゆっくり遠坂のあとを追う。遠坂を見ると目を丸くしていたので、してやったりという気分だ。

 

「……驚いた。そんなことも出来たのね、士郎の投影って」

 

 俺の足下を見ながら遠坂が言った。俺が立っているのは水の上ではなく、空中に投影した剣の上だ。幅広で切れ味なんて無いに等しい粗悪品。間違っても宝具などとは呼べない代物だが、足場として使い捨てるにはぴったりだろう。

 

「待機状態で座標を固定している……?それ、どの程度の負荷まで耐えられるの?」

「多分投影が破壊されない限りは固定し続けられると思う」

 

 つま先で足下の投影をコツコツと叩いてみるが、全く壊れる気配はなかった。

 今まで水上での戦闘なんて想定していなかったため、こんな運用方法は思いつかなかったが、いざ試してみると色々と可能性を感じる。

 

 粗悪な投影であるために、魔力消費もさして気にならないレベル。後ろを振り返ると、足場に使った投影が飛び石のように浮かんでいる。

 使わなくなったら消せばいい。いや、踏みしめる瞬間だけ投影する、なんて芸当が出来ればさらに無駄は減らせるだろうか。

 そうしてしばらくの間、慎重に遠坂と並んで海の上を歩く。

 

 不意に世界に光が差した。

 

「あ……」

 

 水平線から昇る朝陽が、海も空も朱く染め上げていく。

 夜明けの光景は、この世界でも変わらない美しさだった。

 何故かそのことがとても大事に思えて、二人でずっと水平線を見ていた。

 

 

 

 

 

 

「オハヨーございます叢雲。交代しに来ましたヨ」

「早かったわね」

 

 叢雲が客人の宿泊している棟の前で日の出を見ていると、歩哨の交代要員として金剛がやってきた。これでようやく眠りに就くことが出来る。

 

「それにしても……本当に魔法使いみたいネー」

 

 金剛が海を見ながら言った。視線の先には当然、二人組の来訪者がいる。

 凛という女性の方は完全に海面上に立っているし、士郎という男に至っては海面から少しばかり宙に浮いている。かなり沖の方まで歩いているようだが、叢雲たちの視力なら補足は容易だった。

 

「あの調子じゃ案外、襲撃されても深海棲艦を返り討ちにしちゃうかもね」

 

 深く考えずに出た言葉だったが、金剛はゆっくりとかぶりを振った。

 

「だとしても、彼らは私たちが守るべき人間デス。必ず無事に帰って貰いましょう」

「分かってる」

 

 金剛がいるなら自分がここに居続ける理由はない。自室がある棟に戻ってさっさと休むことにする。

 

「じゃあ後はよろしく」

「Okay」

 

 自室に向けて歩き出したが、ふと思い出して振り返る。

 

「ああ、そうだ」

「?」

「回収したアタッシュケースを二人に返しておいてくれる?なんか危ないものみたいだし、本人らで管理するのが一番でしょう」

 

 確かアレが無いと帰れない、というようなことを聞いた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 朝食として出されたのはパンの缶詰とスープ、そしていかにも南国らしい鮮やかな果実だった。このアリマゴ島で採れたものらしく、掌サイズの西瓜らしきものと、サボテンの仲間の果実らしいもの。どちらも果肉は真っ赤で、瑞々しく強い甘みがあった。

 

 叢雲と交代で来た金剛は、食後のハーブティーまで用意してくれた。

 ハイビスカスの近縁種を使ったハイビスカスティーで、遠坂に大変好評だった。なんでも、昨日出会った駆逐艦の四姉妹や鳳翔さんが何種類かハーブを育てているらしい。

 

「これで紅茶があればいうことないんですケドね」

「あら、チャノキは無いんだ……。それは辛いわね」

 

 金剛が何気なく漏らした一言に、遠坂が反応した。

 

「分かってくれますか……!紅茶が存在しない日々の味気なさを」

「そうね。贅沢は言わないから毎食後だけでも欲しいわね」

「ええ、切実に」

 

 いやそれは贅沢と言っていいのでは?

 ていうか、この子も遠坂と同じで紅茶党なんだな。紅茶の何が彼女らをそこまで引きつけるのか。

 

「うー……。気候的にはお茶の木が育ってもおかしくは無いはずなのにー」

 

 そういえば、この島は孤立しているから外部から食料も入ってこないのか。

 あれ。じゃあさっきの保存食とかはどうやって手に入れたのだろう。

 グレイ・グーが起きたのが八年ほど前らしいが、保存食ってそこまで保つのか?

 

 隣の金剛に聞けばいいのだろうが、明日にでも立ち去るかもしれないこの鎮守府について、どの程度まで事情を聞いていいものか。端的に言えば、距離感を図りかねていた。仲良くなる分には問題ないと思うのだが。

 

「士郎……サン?どうしたの?」

「いや、ちょっと考え事。それと“士郎”とか“衛宮”でいいよ。丁寧な呼び方をされると落ち着かない」

 

 外見的にあまり歳の変わらない女性にさん付けさせているのは気が引ける。

 

「そうね、士郎は士郎なんだし。私も“凛”でよろしくね、金剛」

「分かりましタ。じゃあ、“シロウ”、“リン”と」

「うん。それで金剛、私たちは明日にでも、宝石剣を使って帰還を試みるつもりなんだけど」

 

 ティーカップをテーブルに置いて、遠坂が話を切り出す。

 

「そうですカ……」

「それで、その前にここの人たちに恩返しがしたいの」

「そんな、私たちは別に」

「お願い。これだけしてもらって、何も返さずにさよならなんて嫌なの」

「で、でも別に困っていることなんてありませんヨ?」

「それなんだけど」

 

 軽くテーブルに身を乗り出して遠坂が聞く。

 

「昨日、この周囲の海に深海棲艦除けの護りがあるって言ってたでしょ?最近綻びだしているって」

「え、ええ。確かに」

「それを私に修復させてくれないかしら。『結界』の一種だと思うし、なんとか出来ると思うの」

 

 遠坂の魔術属性は『五大元素』。基本属性全てに適性を持つ才能の化け物のようなものだ。故に彼女は、理論上ほとんど全ての魔術を習得することが出来る。時間と資金が無限にあれば、という条件は付くが。

 そんなことを知らない金剛は懐疑的な感じだった。

 

「確かに皆『結界』って呼んでマス。でも、詳しい仕組みは大本営しか知らないはずで、提督も分からないって言ってましたヨ?」

 

 折角なので、俺も遠坂をフォローしておく。

 

「遠坂なら大丈夫だと思う。基本的に魔術なら何でも出来るし」

「Hum……。正直ここの結界が完全に消失するのも遠くないと思っていまシタ。直して貰えるのならありがたいネー」

 

 どうやら思っていたよりこの島の結界は老朽化しているようだ。だが考えてみれば、深海棲艦を寄せ付けない特殊な作りと、八年以上も放置されていることを考えれば、不思議なことではないのかもしれない。

 

「決まりね!じゃあ早速結界の起点に行きましょうか」

「重要なことですカラ、一応叢雲とかにも伝えておきマス。うわ、寝てるとこ起こして怒らないかな……」

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。