正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第13話 提案

「そろそろ時間だ。遠坂」

 

 扉を開け、部屋の中を見渡す。

 遠坂はベッドの上で抱えた膝から顔を上げた。

 

「……納得して貰えるかしら、私たち」

「わからない。でも、他に頼れる人なんていないじゃないか。だったら頼み込んでみるしかない」

 

 重く息を付く遠坂。

 

「そんな顔するなって。もし駄目だったとしても、時間を掛けて準備さえすればきっと何とかなる。結果は同じだろ?」

「そうよね。……よしっ!当たって砕けろってヤツね。」

 

 遠坂は気合いを入れるように、ぺちりと両手で頬を叩くと立ち上がった。そのままずんずんと廊下を歩いて行く。

 窓から見える空は、相変わらず抜けるように青い。しかし水平線に目をやると、僅かに黒い雲が浮かんでいた。

 じきに一雨来るかもしれないな。そんな風に思いながら、俺は遠坂の背中を追いかけた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府本館の二階にある会議室で、遠坂が言った。机を叩きながら。

 

「……それで結局、宝石剣を用いた帰還の試みは失敗が続いている訳ですが!」

 

 大きく豪華な会議用の机を囲む面々は、皆なんとも言えない微妙な表情だった。それなりに別れの挨拶とかを済ませちゃったりしてからの帰還失敗なので、当然と言えば当然である。

 唯一金剛だけは、なぜか嬉しそうにしていた。今も元気に手を挙げて発言を求めている。

 

「ハイ!ていと……じゃなくてリン!」

「何でしょう金剛君!」

 

 何だか遠坂のテンションもヤケクソ気味である。

 

「つまり、二人はまだしばらくこの島に居るってことデショ?ワタシとしては、ずっと居てくれても歓迎ですケド……」

「それについては今から話すわ。まず、頼みの綱だった宝石剣だけど、何度試しても本来の機能しか発揮できなかった。空間に穿てるのは極小の穴だけ。今の環境では最初のようなイレギュラーの再現は出来ない可能性が高い」

 

 当然、遠坂は一度失敗した後も繰り返し宝石剣を行使した。しかし、いくらやっても出てくるのは膨大な魔力だけで、最後には遠坂の負担が限界に達したので中断した。

 「ちがう……これは違う。()()()()()()()()()……」うわごとのような小さな呟きが、妙に頭に残っていた。

 

「それで、そもそも何故最初の時には肉体ごと移動できたのか、改めて考えてみたんだけど……。これも結局はっきりとはしないのよね。正直に言うと、私も宝石剣の性能全てを把握しているわけじゃ無いの。そもそも全く別の原因があるのかもしれない。何にせよ、こんな事になるなんて、認識が甘かったとしか言いようがない」

 

 溜息を吐く遠坂。原因は分からないと言っているが、俺には何か心当たりがあるように感じた。しかしそれを遠坂が言わないということは、まだ確証がないのか、或いは言う意味が無いと判断したのか。

 

「だから覚悟を入れ直したの。本気で肉体ごと元の世界に戻るつもりなら、それこそ根源を目指すぐらいの気概を持たなきゃ、って」

「根源……ねぇ……」

 

 叢雲がやや胡散臭げな表情で呟いた。その向かい側では暁型の姉妹が、よく分からないといった様子で首を傾げている。

 

「実際に今目指すって訳じゃ無いけどね。それで、具体的にはもっと質の高い環境を用意して実験を行うことにしたの」

「……一昨日から資料室に連れ込まれたのって、そういう理由?」

 

 遠坂はこの二日の間、鎮守府の資料室に籠もりきって、ずっと様々なことを調べていた。この鎮守府の正確な位置関係や、世界中の深海棲艦や『深海』の発生地点、かつての艦娘による海域奪還作戦の内容。彼女はそれらの情報を元に、この世界における大まかな霊脈の流れを推測したのだ。

 その結果、一つの有力な候補が浮かび上がった。というか、その候補しか見つからなかったと言うべきか。

 叢雲は知らなかったようだが、俺は遠坂から事前に相談を受けている。俺としても、元の世界への帰還を最優先にしている以上、遠坂の提案に異論は無かった。

 

「ンー……?それで結局、リンは何をするつもりなんデスカ?」

「私と士郎は、恐らく世界で最も大きな歪みを抱えた霊地の一つ、太平洋中の霊脈が集まる場所、『マリアナ海溝最深部』直上に向かうつもり」

 

 この安全な島から出て、考え得る限りの最善を尽くす。それが、俺たちの出した結論だった。他の案として、日本まで辿り着いて冬木で実験するというのも考えた。しかしこの世界の冬木市が、俺たちの世界と同じような霊地であるとは限らないため、確実性の面でマリアナ海溝に劣ると判断したのだ。

 会議室を沈黙が覆う。遠坂は、皆を見渡して頭を下げた。

 

「……それで、お願いがあります。この島にある小型船を一隻、私たちに貸して……いや譲って貰えませんか」

「俺からも、お願いします。俺たちに出来ることなら、どんな対価も惜しまないつもりです」

 

 バンッと机を叩く音が鳴り響く。

 

「却下よ。以上。」

 

 机に手をついて立ち上がった彼女は、それだけ言うと静かに席に戻った。表情も落ち着いたもので、怒っているようには見えない。それだけに、その言葉は覆すことが出来ない決定事項であるかのような印象を持っていた。

 

「え、えーっト……」

 

 数拍遅れて、今度は金剛が口を開いた。

 

「確認しますが、リン。マリアナ海溝はこの世界では太平洋北西に位置し、その最深部はチャレンジャー海溝と呼ばれていマス」

「……私たちの世界でもそこは一緒よ?」

 

 遠坂が困惑気味に返すと金剛もまた、困ったような表情を浮かべて言った。

 

「そのマリアナ海溝が今、どういう状況にあるのかは?」

「……一応は。資料から見る限り、あの周辺が一番深海棲艦の数と、艦娘側の損失が多かった。多分あの辺りが……」

「ハイ。深海棲艦の発生地、或いは本拠地と推察されマス。そこまで分かっていて、それでもそこを目指すのデスカ?悪いことは言いません。それだけは辞めておいた方がいい。辿り着く前に死にますカラ」

 

 金剛も叢雲と同じで、俺たちの計画を認めてはくれないようだった。しかしこちらとしても代案が見つからない以上、そう簡単に諦めることは出来ない。

 遠坂は尚も食い下がった。

 

「その辺は十分な準備さえあれば、魔術でどうとでもなると考えているわ。特に今なら」

 

 手を握りしめる遠坂。宝石剣を戦力に勘定するならば、際限なく魔力を使うことが出来る。リスクを度外視すれば、の話ではあるが。

 

「ちょっといいか」

 

 さらに金剛が反論しようとした直前の空白をついて、眼帯の少女が口を開いた。

 今までほとんど会話してこなかったが、確か軽巡洋艦の『天龍』という名前だったはずだ。頭部には少し叢雲の物と似たような機械が接続されている。

 

「どうしてオレたちを頼らない?オレたちは深海棲艦と戦うために生み出された。人間の為に戦う事が存在理由だと言ってもいい。お前らにとって、俺たちの力は頼るに値しないってことか?……まあ実際にこの島からマリアナの深奥まで行けるかって言われりゃあ、厳しいとしか言えねぇんだがよ」

 

 天龍は、隣に座る暁の頭をぽんぽんと優しく叩きながら言った。

 

「それは……貴女たちは『この世界の人間』の為に在るべきだと思うからよ。別世界の人間の為に犠牲になる必要は無いわ」

「『この世界の人間』って、そりゃ……」

 

 そこで天龍は叢雲をチラリと見た。

 

「あー……。まあ、なんだ。お前らの考えは分かったよ」

「分かりまセンよ」

 

 被せるように金剛が呟く。彼女は気を落ち着かせるように、一度大きく息を吐き出してから続けた。

 

「すみません。思わず熱くなっちゃいマシタ」

「いや、いいんだ。俺たちも相当都合の良い頼み事をしてるって自覚はあるから」

 

 俺がそう答えると、金剛はゆっくりとかぶりを振った。

 

「そうじゃないネー。勘違いしないで欲しいのは、ワタシたちは皆、シロウとリンの力になりたいと思っているという事。勿論それは叢雲だって同じデス。態度はあんな感じで分かりにくいですケド」

「悪かったわね分かりにくくて」

「まあまあ……。それで実際問題としてワタシたちには、二人が無事にマリアナ海溝に到達できるとはとても思えないネー。しかしどうしてもと言うのなら、一度ワタシが護衛として同行しましょう。自分たちの無謀さがよく分かるはずデスヨ」

「お願いだから辞めて。私たちはこの世界の人間じゃ無いのよ?勝手に命まで掛けるのは間違いよ」

 

 遠坂の言葉は頼み込むようなものだった。視線が一瞬だけ俺に向けられる。

 しかし金剛は首を縦に振らなかった。確たる意思を感じさせる菫色の瞳が、俺たちに向けられる。

 

「並行世界であろうが関係ありまセン。貴女たちは人間デス。ワタシが身命を捧げるべき相手。その貴女たちが死地に向かおうとするなら、力ずくでも止めて見せマス」

「……へぇ」

 

 遠坂の瞳に妖しい光が灯ったような気がした。

 

「それに、心配しなくてもワタシや叢雲は、粘り強さだけなら中々のものデスヨ?単独でもマリアナに辿り着くだけなら可能性はゼロではないでショウ。体の大部分は失うことになる気がしマスが……」

「駄目だ。そんな事になるぐらいなら、例え船が無くたって俺たちだけで行く」

「船が無くてもって、泳いで行くつもり?それとも、この前みたいに剣の上を歩いて行くの?どっちにしろ、戦闘を抜きにしたって何週間もかかるわよ」

「それは……!」

 

 叢雲は呆れたような顔で言うと、遠坂の方へ視線をやる。まるで、この馬鹿を止めろとでも言いたげな感じである。

 それに対して遠坂は、フム、と少し考えてから答える。

 

「別に実現性が無いワケじゃないわ。単独で実践したことは無いけど、かなり無茶苦茶な飛行魔術が提唱されてたのは覚えてるから、それを使えば」

「……ちょっと?別にこの島から出ていいなんて言ってないわよ」

「あら。許可なんて取る必要があるの?」

 

 ちょっと話の雲行きが怪しくなってきた。熱くなりかけていた頭を振って、冷静になるように努める。

 互いに主張が相容れないのは仕方ないにしても、こんな事で争いになるのは避けるべきだ。道中の障害になるであろう深海棲艦について、もっと詳しく知り対策を立ててから提案すれば、受け入れてもらえるかもしれない。

 

「あのー。ウチからもちょっちいいか?」

 

 その時、新たな発言が挙がった。

 やや癖のある関西弁の発言者は『龍驤』。容姿だけ見れば、叢雲や暁たちと同じくらいの年齢に見えるが、艦種は駆逐艦ではなく『軽空母』らしい。つまり鳳翔さんと同じである。

 

「さっきから聞いてるけどな、お互いに基準が曖昧やねん。口で行けるか行けへんか言ってても、実際お二人さんの実力がどの程度のものか、ウチらもイマイチ把握出来てないんよ」

 

 確かに、それが現状をややこしくしている一因ではあった。そもそも俺は艦娘たちの実力も、深海棲艦の脅威というのもよく分かっていない。

 

「だからなあ?一度二人の――――魔術とやらの実力を見せて貰ったら良いんとちゃう?」

「それは、結界の外に出て深海棲艦と戦ってみるってことか?」

「いや、それはあかん。この鎮守府の近海には雑魚しか居ないからなー。それにもし姫だの鬼だの、とんでもない奴らの索敵に引っかかったら一大事や。だから――――」

 

 龍驤は、顔の前で小さな人差し指を立てて言った。

 

「ウチら艦娘と戦ってみたらいいと思うんよ。それでお二人が、マリアナの敵さんを相手にしても戦えそうや、って判断できたなら、ウチらも少しは安心して送り出せるんと違う?」

「……」

 

 後半は叢雲たちに向けた発言のようだ。叢雲はしばらく逡巡する素振りを見せていたが、やがて観念したように言った。

 

「そうね。それが一番手っ取り早くはあるわ」

 

 そうして隣の金剛と顔を見合わせると

 

「こっちは金剛が相手をするわ。一応うちの鎮守府では一番の実力よ。二人とも遠慮無く攻撃して構わないわ」

 

 味方に対して随分な物言いに、金剛も流石に苦笑いを浮かべている。

 

「わかった。じゃあこっちからは俺が」

「私が相手をする。士郎は見学してて」

「おい遠坂!?」

 

 勝手に決めてしまう遠坂に慌てて言い募る。しかし遠坂はあっさりとこう言った。

 

「士郎じゃ無理よ。あなた、金剛を相手にして本気で戦えるの?」

「それは……」

「ほら、敵でもない女の子を前にして、士郎が手加減しないはず無いもの。今回はなるべく全力を示す必要があるから、私の方が適任よ。威力の調節だって、私の方が向いてるんだし」

 

 遠坂の言葉はどこか俺をからかうような響きを含んでいた。暗に「女の子に対しては優柔不断」と言われているようで、すこぶる居心地が悪い。

 

「いいのよ。士郎は今のままで」

 

 からかわれた本人からフォローされる始末である。このさき名誉挽回出来る日は来るのだろうか。来ると良いなあ。

 なんとか溜息をこらえて、遠坂の健闘を祈る。

 

「……分かったよ。気をつけてな、遠坂」

「ありがと」

 

 そんな俺たちに対して、金剛は不思議そうにしている。

 

「リンだけでいいのデスカ?」

「ええ。でも、殲滅力というか、突破力なら士郎の方が上だから安心して。ただ士郎の魔術は模擬戦では使いにくいから、別の方法で見てもらいたいの」

「分かりましター」

 

 話がまとまったところで、叢雲が立ち上がって言った。

 

「決まりね。会議は一時中断して、金剛と凛には今から戦闘演習をしてもらう。その他の者は、凛の魔術をよく観察して実力を測ること。それじゃあ、退室して本館の正面玄関前に集合」

 

 ふと窓の外に目をやると、空は大部分が灰色の雲に覆われていた。

 

 




そう簡単に帰れる訳ないよ……
まだ書きたかったシーン全然書けてないし

マリアナ海溝って型月ではまだ扱ってないと思ってたら、FGOでちょっと出てたんですね

金剛の一人称は私→ワタシに変更します。発言者がわかりやすいので

あと誤字報告ってのを初めて頂きました。マイページの通知情報欄にいつの間にか。感謝
こんな機能があったんだ……
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