今頃会議室では、叢雲たちが議論をしているのだろうか。
今更だがこの鎮守府の建物群は、海側から見ると右から、修復ドック(地下に鎮守府の地脈管理神殿)、工廠、要人宿泊棟、鎮守府本館、艦娘寮が六棟ほど、となっている。
俺と遠坂は鎮守府本館と工廠の間、海から見るとやや奥まった位置にある要人宿泊棟の部屋を借りている。
貸し与えられた部屋は、要人の宿泊を想定して造られただけあってかなり贅沢な間取りに、広いベッドが二つと机やソファなど。内装や調度品は、遠坂邸に近い雰囲気だ。
そのベッドの上で俺は、何故が遠坂に膝枕されていた。
ベッドの上でぺたりと座り込んだ遠坂が、無言でこちらを見て、ぽんぽんと自分の膝を叩いて要求してきたのだ。
「……」
時折、遠坂の指がこちらの髪を梳くように撫でたり、触れたりする。その間、俺はずっと目を閉じて、されるがままでいた。
いや最初は目を開けていたが、無言で視線を合わせているのが何だか気恥ずかしくなって、逃げるように瞼を下ろしたのだ。
そのままどれくらい経ったか。
窓の外からは、遂に降り出した雨の音が聞こえてくる。
「……不安か?遠坂」
髪をもてあそんでいた手が止まる。
瞼を開けると、困ったような苦笑い。
「そうよー。私だって、不安になることぐらいあるんだから」
「……知ってる」
「ふふ。じゃあそのまま、もうしばらく私を甘えさせるように」
俺は知っている。本当なら遠坂は、どんな不安も高い壁も、一人で飛び越えてゆけるような奴なのだ。だけど今はこうして俺を、ほんの少しでも頼って、甘えてくれている。
それがとても嬉しかった。
「ねえ士郎、このまま帰れなくなったらどうする?」
「それは……」
もしマリアナ海溝に辿り着けなかったら。仮に辿り着けたとしても、並行世界への道を開けられなかったら。
その時は、この島で暮らすしかないのだろうか。
幸い海に囲まれたこの南国なら、食料の心配は要らないだろう。もし深海棲艦が攻めてきても、艦娘の彼女らと協力すれば撃退し続けられる。
この島で、遠坂とずっと一緒に。
それはある意味ではとても魅力的な話なのかもしれない。
だけど――――
「それでも私は、絶対に元の世界に帰りたい」
はっとして、遠坂を見上げる。
こちらを覗き込む苦しげな瞳と目が合った。
「帰って、桜を助けたい。謝らなくちゃいけないことだって、きっと沢山ある。だから……」
吐き出すような遠坂の言葉。
そんな遠坂を見ているのが苦しくて、その頬に手を伸ばした。
「あ……」
「そうだな……。遠坂はお姉さんなんだから、妹を守らなくちゃな」
「……あの子がまだ、そう思ってくれてるかは分からないけどね」
幼少の頃に引き離されたという、遠坂家の姉妹。
彼女らがお互いに向ける思いなんて、俺には想像すら出来ない。
それでも遠坂が望むのなら、俺は全力で支えるだけだ。
「向こうからこっちに来れたんだ。その逆が出来ないなんて理屈はないさ。大丈夫、遠坂なら絶対にやれる。まだ頼りないかもだけど、俺だってついてる」
俺にだって、帰るべき理由は沢山ある。桜、慎二、臓硯、聖杯戦争などの問題。藤ねえや一成、美綴にも久しぶりに会いたいし。
そして切嗣に誓ったこと。
聖杯戦争でヤツと対峙して答えを得て、失ったこと。
これからも、衛宮士郎が衛宮士郎でいるために。遠坂と一緒に歩んでいくために。
それらを、改めて確認していく。
見上げると心なしか、遠坂の表情が和らいでいた。
「士郎……ありがと」
「あ、ああ」
少し動揺してしまったのは、遠坂の両手が俺の頬を優しく挟んだからだ。そのまま覆い被さるように顔が近づいてくる。
長い髪が顔に触れてこそばゆい。
そうして俺の唇――――ではなくて、その横の頬に遠坂の唇が優しく触れた。
「……とおさか?」
「ん?なに、士郎」
「いや、なんでそんなとこに……」
「だって誰かに見られてたら嫌じゃない?何となく」
「へ?」
「あら、気付かなかった?」
遠坂はいたずらっぽく笑っている。
「あの子たち――――艦娘って、レーダー?みたいに魔力を使って周囲を探る力があるの。だから、その気になればこの部屋の様子だって筒抜けでしょうね」
「なっ――――!」
慌てて跳ね起きようとして、遠坂とおでこ同士をぶつけてしまい、ふたり揃って悶絶する。
「……まあ、無闇にそんなことしないと思うけど。今だって視られている魔力反応はないから……」
おでこを押さえつつ、恨みがましげな表情で付け加える遠坂。
でも今のは遠坂も悪いと思う。
結界が修復された際に響や電がそれらしい反応を見せていたために、余計慌ててしまったというのもある。
さっきまでの雰囲気を、あんなに小さい子に見られてしまうのは、とても駄目な気がする。何が、といわれると説明しづらいのだが、とにかく冷や汗は出る。
俺、今までこの部屋で変なこととか不審な真似とかしてなかったっけ?
――――オーケー。多分大丈夫。
そんな俺の様子を、気がつくと遠坂がニヤニヤと眺めている。全く、このあかいあくまめ……。ちょっと弱気を見せたかと思ったら、すぐこれだ。
「はぁ……。それで、さっきの会議で言ってた戦力の増強って、どうするんだ?魔力量の方は何となく予想できるけど……俺の対魔力の方は本当に何とか出来るのか?」
「多分ね」
事もなげにに遠坂は言う。
「
「え、ええと」
確か、基礎学科で習ったことがある。何度か遠坂の現代魔術科の講義について行った時も、あの先生がそんな話をしていたっけ。
小宇宙とは人間。大宇宙とはそのままの意味の『宇宙』の事だ。
この二つに対応関係を見いだす考え方は世界各地に存在する。
そして、両者の繋がりをより密接に、強固にすることで宇宙と調和する、或いは宇宙に満ちる力を人体に取り込もうと考えた人々もいる。勿論魔術師も、そこに含まれている。
「――――って感じだっけ」
「よく出来ました」
生徒を褒めるようにぱちぱちと手を叩く我が師匠。
何とか合格点を貰えて安堵する。
「でも、具体的に何をすれば良いんだ?」
「そうね……。複雑にしすぎても破綻しやすくなるだけだし、士郎は瞑想しているだけでも上手く回るように場を整えましょう。場所は……出来るだけ高くて、地面と直に接していないところが理想ね。まあ魔力増設と併せて、準備に時間が掛りそうだから、今は自分に出来ることをやっておいて」
「了解だ」
立ち上がり、コネクティングルームへ向かう。恐らく付き人やボディーガードのためのその部屋には、簡易的なキッチンが備わっている。
「ええと……あ、あったあった」
摘みたてと思しきハーブの入った籠を発見する。恐らく鳳翔さんか、六駆の子が用意してくれたのだろう。
心の中で感謝しつつ、金属ケトルに水を入れて火に掛ける。
出てくる火の色はよく知るものとは少し違っていた。化石燃料とは別のモノを燃やしていると分かる。
「……」
しばらく黙々と作業に没頭した。
「遠坂ー。お茶が入ったぞ」
「あら、ありがとう」
遠坂が隣のテーブル席に着いたので、透明なガラスポッドからハーブティーを注ぎ、俺も向かい側に座る。
「?私は疲労回復に努めるけど、士郎はまだまだ平気でしょう。何処にも行かなくていいの?」
そう聞かれて、頬を掻いた。
「あー、それもそうなんだが……。今は遠坂と一緒にいるよ。明日から色々と忙しくなりそうだし、俺に今出来る一番のことは、遠坂に早く元気になってもらうことだって決めたから」
「……」
すると遠坂は、何処かぽかんとした表情になった。
「駄目……だったか……?」
「ううん、そうじゃなくて」
そう言って笑う遠坂は、少し嬉しそうに見えた。
「いつの間にか士郎も、ちょっと頼もしくなっちゃったな、って」
「いや、まだまだだ。もっと頑張らないと」
「むー。頑張るのは構わないけれど、あんまり他の女の子にモテちゃ駄目よ?」
「遠坂がそれを言うのか……」
そのまま俺たちは、他愛のない話をして過ごした。
それは、大変な事態に巻き込まれた俺たちにとって、久しぶりの優しい時間だった。
士郎の誕生日っていつなのさ
4/15はufoさんの誤爆なんです?
※※追記:士郎の誕生日は設定されていないようです※※
それから、魔術理論とかは、色々な型月資料を漁りつつ、テキトーに作ってしまっているのであしからず
というわけで、Happy birthday!遠坂凛ちゃん