正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第18話 アリマゴ島の中央へ

 写真でしか見たことがないような青い空に、白い雲。

 太陽からは燦々と陽光が降り注ぎ、じわじわと発汗を促してくる。風が半袖のシャツを穏やかに撫でて汗を冷却し、背後へと突き抜けていった。

 どこをどう見たって夏真っ盛りといった様相なのだが、これでも一二月の末日である。

 

 ここアリマゴ島はカロリン諸島内にある孤島だ。赤道付近に位置しており、つまるところ南国である。

 具体的に言うと、ポンペイ島の西側に位置し、マリアナ海溝の目的とする位置まではおよそ1200km程度離れているそうだ。

 気温は一年を通して高く、10℃を下回ったことは少なくとも彼女らの記録では無かったらしい。今日も最高気温は日本で言うところの“夏日”に届くだろう。

 

 現在、正午を過ぎてからそろそろ長針が一回りするかという時刻。遠くの方で、小さな四姉妹のものと思しき楽しげな声が、微かに聞こえてくる。

 俺が目を閉じて座っているのは、鎮守府本館の屋根の上。その僅かに存在する水平な部分であった。

 

「……」

 

 息を吸い込み、時間を掛けてゆっくりと吐き出す。

 腹式呼吸を行いながら、体内の魔術回路を回転させ、淀みなく魔力を生成し続ける。この時に自分の中と外を同時に意識し、魔力の流れ――――それも宙から降りてくる魔力だ――――を把握出来れば理想的だそうだ。しかしこればっかりは生まれ持った才能というか、魔術的センスの足りない俺には中々理解できない感覚だった。

 せめて、最低限魔術回路だけは回し続けるように言われているので、そちらへ意識を集中させる。

 そんな時、声が聞こえた。

 

「アレ?シロー!そんなところで何してますカー?」

 

 目を開けて声のした方を見下ろすと、白いワンピース姿に麦わら帽子という夏を満喫する感じの格好をした少女がこちらに手を振っていた。

 誰?と思ったが、先ほどの口調から考えて金剛だろう。今まで巫女装束のような衣装しか見てこなかったが、ああいう服も着るのだな、と新鮮な気持になる。そういえば昨日天龍はタンクトップだったし、暁や響たちだって涼しげな装いだったような気がする。ずっと同じような服装というわけでもないのだろう。

 

 そんなことを考えていると、彼女はなんと俺がいる屋根の上まで、一息で跳び上がってくるという暴挙に出た。麦わら帽子を押さえながらそんな事をするものだから、着地時にワンピースの裾がめくれ上がり……

 咄嗟に何も見なかったように自然に振る舞う。我ながら見事な対応である。

 

 金剛は慌てて裾を整えると、やや恥ずかしそうに笑った。

 

「ア、アハハ。見苦しいとこを見せちゃいましたネー」

「人がせっかく見なかったフリしてるのに……」

 

 遠坂を見習って欲しい。

 丈の短いスカートでも見えそうで決して見せない立ち回りは、頻繁にパリパリ割られるローアイアスよりも余程鉄壁の名に相応しいのではないか。一緒に暮らすようになる前はそんな感想すら抱いたほどだった。

 

「それで、こんなところで一体何を、というかこれは……?」

「ああ、これは……」

 

 俺は、自分の周囲に配置された仕掛けを見渡す。

 やや不規則な幅の同心円と、随所に配置されたナイフや剣。それらの間を縫うように刻まれている、魔法陣や呪文。

 

「昨日遠坂が言ってた、対魔力を高めるための対策だよ。叢雲に許可は取ってあるって」

「これが……?」

 

 不思議そうな顔をする金剛。正直に言うと俺もこの『祭壇』の細部まで理解しているわけではなかった。それでも分かる範囲で説明しようと口を開いた。

 

「そこに突き立ってる剣は中国の古い時代の物で、銅製のヤツ。これは金星に対応する金属なんだ。そっちのナイフは秋津洲に手伝ってもらったらしくて、水銀が混じってるらしい。対応する惑星は水星」

「ああ、つまりこれは太陽系の擬似的な再現……ってわけデス?」

「剣を使ってるから、俺専用の表現らしいけどな。それだけじゃ無くて、剣の持つ意味を付け加えて、黄道十二宮にも対応させてるとか……」

 

 西洋占星術。

 本来なら、あのオルガマリーちゃんの父親であるマリスビリー氏が君主(ロード)を務める天体科(アニムスフィア)の領分だ。

 しかし基礎的な部分は全体基礎学科(ミスティール)でも教えているため、俺でも少しは知識があった。ましてあの遠坂である。当然のように実用レベルで習得していたようだ。

 

「ほへー。って、もしかして鍛錬中にお邪魔しちゃったデス?そ、Sorryネ……」

 

 慌てたように謝罪を口にする金剛。だがそれにかぶりを振って答える。

 

「いや、いいんだ。丁度終わろうと思ってた頃だった」

 

 深夜零時と正午からそれぞれ一時間。それを毎日続けることが俺に課された対策だった。

 これを毎日続けたとしても対魔力が上がるのは一時的で、鍛錬を放棄すればたちまち効果はなくなってしまう。それでも今の俺には必要な努力なのだ。

 

「それで、俺に何が用だった?」

「そうでした!ワタシの妹を紹介しようと思って……予定が無ければ付き合って頂けませんカ?」

「妹……確か榛名さん、だっけ」

 

 島の中央で周辺海域の監視をしているという、金剛の妹。

 

「ハイ。出来ればリンも一緒に、と思ったのですが……」

「遠坂は今ちょっと難しいと思う。俺だけで良ければ案内してくれるか?」

「……!わかりまシタ!」

 

 遠坂は今、結界の起点に再び出向いている。

 マリアナ行きが決まったため、準備を円滑に進めるための措置として、俺たち二人もこの島の『管理者』として登録する必要があるらしい。

 

 そう。

 

 マリアナ行きの承認が会議で決定されたらしい。

 それどころか、この鎮守府の総力を挙げてサポートをする、とまで言われてしまった。

 アリマゴ島鎮守府の艦娘たちとしては、この『今』を最大の好機と捉えることにしたらしい。

 他の鎮守府や艦娘と連絡が取れず生存すら不明である以上、それらとの大規模な合同作戦は現実的では無い。ならば、戦力として数えられそうな『魔術師』二人が存在している今こそが、アリマゴ所属の艦娘にとって敵の中枢であるマリアナ海溝へと侵攻する最後のタイミングかもしれない。

 叢雲はそう言っていた。

 

 こちらの事情に付き合わせるのでは無く、彼女たちにもマリアナ海溝へ行く理由があるのだとしたら、それは協力関係といえる。こちらもあまり気を遣わずに済むのだが、“本当だろうか”とも考えてしまう。

 八年前にグレイ・グーのような現象を引き起こしたという深海棲艦。当時と比べて総量では激減しているとはいえ、そんな奴らの本拠地を、この島の戦力だけで何とか出来るのだろうか?辿り着くだけならまだしも……。

 

 ともかく準備は既に進められている。

 俺は何よりもまず、対魔力の底上げ。さらに深海棲艦との戦闘について叢雲たちから講習を受け、実戦練習も行う。

 次にマリアナへ侵攻するために必要な船の復旧。この鎮守府が保有している霊力式の哨戒艦艇で、修復ドック内で保管されていた。これは遠坂や艦娘の皆と協力して行う。俺も今日の午前中にこれに参加していた。

 ちなみに一番活躍していたのは工廠管理者の秋津洲。彼女の艤装は金剛や叢雲の物と全く違う形態だった。

 

 遠坂は、継戦能力を向上させる手段も並行して確保に動いている。

 今結界の起点に赴いているのは、そのために必要な魔力を確保しやすいからという理由もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 舗装されていない土の悪路を、古いピックアップトラックでゆっくりと進む。

 道端に並んだヤシのような木々が陽光を遮り、枝葉の間からの木漏れ日がフロントガラスに落ちる。

 道がデコボコなので、乗り心地はかなり悪い。しかし窓からは熱帯の樹木や草花、日本では目にすることのない鮮やかな蝶などが通り過ぎていき、目を楽しませてくれる。

 

 ハンドルを握るのは金剛だ。

 麦わら帽を脱いだことで、彼女がいつもの特徴的なカチューシャを付けていないことに気がついた。

 

「アレはワタシの艤装なの。着脱自由なのデース!」

「もしかして、叢雲とか天龍のアレもか?あの子たちはいつも出現させっぱなしだったけど」

「いつ襲撃があってもいいように、というか付けてないと落ち着かないのカモ?」

「金剛は出してなくていいのか?」

「出したままだと帽子被れないデショ?日焼けは女の子の大敵デース!」

 

 意外と女性らしい理由で思わず感心してしまった。

 

「おお……。艦娘も日焼けするんだ」

「まあ基本艦娘は日焼けしませんケド」

「……」

「……」

 

 じゃあ麦わら帽いらないじゃん。

 

「まあまあ、何事もメリハリが大事ヨ。リフレッシュは徹底的にやるくらいがきっと丁度いいワ」

「……一理あるとは思う」

 

 遠坂も同じようなポリシーを持っている。オフの時は自分のやりたいようにやるのが、オンの時のコンディションに繋がるという点では二人は似ているのかもしれない。

 

「そういえばさっき集落の跡みたいなのがあったけど、元々は人が住んでたんだな」

 

 鎮守府の施設からは結構離れた入り江に、それらしき痕跡が見えたのだ。

 

「そうみたい。でもワタシたちが来た時にはもう、誰もいなかった。火事か何かでほとんど焼失したっぽいヨ。感染症のウイルスか何かが広がって、被害を拡大させないために燃やしたんじゃないか、って、あのテイトクは言ってたネー」

「そうなのか……。その、提督さんはどんな人だったんだ?」

 

 少し気になっていた事を聞いてみる。

 かつてこの鎮守府を管理し、艦娘たちを指揮する立場にあったという『提督』。

 

「ウーン……優しい人でしたネー。艦隊指揮も正確で無駄が無かったデスし、理不尽な指示なんかもしない。『提督』として理想の存在を思い浮かべろと言われれば、彼のような人が当てはまると思いマスよ」

 

 なかなか優秀な人物であったらしい。まあ優秀でなければ提督などという地位にはなれないのかもしれない。

 

「ただ……テイトクは必要だからそうしている、という感じがちょっとだけしてたけどネ。まるでそれが必要だから『理想の提督』を演じていたような」

 

 それって……

 

「……まあワタシの気のせいかもしれまセン。いやー、こんな話他人にするべきじゃなかったデース」

「あの、一つだけ聞きたいんだが……その提督も俺や遠坂みたいに、その、魔術みたいなのを使ったりはしなかったか?」

 

 金剛はハンドルを握り前を向いたまま、少し考えた後に答えた。

 

「……深海棲艦を攻撃したことはなかったワ。というか、普通テイトクは敵と対面したりしまセン!」

 

 そういうものか。まあ確かに実艦と違って、艦娘に搭乗して指揮を執るわけにもいかないよな……。

 

「でも、鹵獲した深海棲艦を定期的に解剖していたのはテイトクでした。何らかの特殊な技能を持っていたのは間違いないネー」

「やっぱりその提督も魔術師だったんじゃないか?」

「……どうなんでしょうネ。いや……違うんじゃないデスか?『提督』たちが貴方たちほどの力を使えるなら、ワタシたちはそれを知り得たワケですし……。鹵獲した深海棲艦を調べる時も叢雲に付き添ってもらって、木曾……じゃなくて天龍の軍刀とか使ってたらしいネ。あくまでテイトクはチョットだけ不思議な力が使える人、みたいな印象カナ?」

「……」

 

 金剛はそう言ったが、俺の中では提督=魔術師説が確定しつつあった。

 提督という存在については、もう少し知るべきかもしれない。

 後で遠坂とも話し合ってみよう。

 そう記憶に留めておく。

 

 それからしばらくして、島の中心と思われる高台へと到着した。

 周囲の森を切り拓いたのか、海を見渡せる開けた空間が横たわっている。そして、中心には大きめのログハウスが建っている。

 

 ログハウスの屋根の上には小さな物見櫓が突き出ていて、中に一人の少女の姿が見える。こちらに気がつくとヒラヒラと手を振っていた。

 金剛が手を振り返している。

 

「お邪魔しマース!榛名ー?」

 

 勝手知ったる様子で中に入っていく金剛の後を追う。

 

「いらっしゃい金剛さん。……と、衛宮士郎さんだっけ?榛名さんは奥にいるわ」

「あ、ワタシ連れて来マース」

 

 出迎えたのは中学生くらいに見えるラフな服装の少女。

 俺と同じような色の髪を白いリボンでツインテールにしている。

 

「やっと会えたわね。陽炎型駆逐艦ネームシップの『陽炎』よ。よろしくね士郎さん」

「ああ、よろしく。綺麗な名前だな」

「ありがと!」

 

 気さくではきはきとした性格をしているようだ。

 聞けば彼女は、もう一人の駆逐艦――――物見櫓にいた少女だろう――――『荒潮』と共にここで金剛の妹である『榛名』の手伝いをしているそうだ。

 

「お待たせデース!」

 

 奥の部屋から金剛が、車椅子を押して入ってきた。座っているのは十代後半くらいだろうか、物静かな雰囲気を纏った長い黒髪の少女。

 

「こうして直接お会いするのは初めてですね……。金剛お姉様の妹、三番艦の榛名と申します」

 

 どこか眠気を感じさせるほどの柔らかさで、彼女はそう微笑んだ。 

 




アリマゴ島
原作では詳しい所在は不明ですが、『アリマゴ』=フィリピンの言葉で『蟹』であることからフィリピンがモデルという説があるそうです。

でもこの物語内では私が「ここがいい!」と決めたので今回の位置になりました。

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