「お会いできて榛名は本当に嬉しいです」
「は、はあ……」
彼女――――榛名さんはニコニコと笑みを浮かべながら、両手で俺の手を握っている。だが俺としては何故そこまで喜ばれるのかが分からないため、やや逃げ腰になってしまう。
「Sorry、シロウ。榛名は八年ぶりに『人間』と話せて少し舞い上がっています」
「ああ、そういう……」
そういう理由であれば、もう暫くこうしていようという気になる。
――――それにしても
榛名さんの姿を見て思う。
金剛の妹らしく、同じような巫女装束を思わせる装いに、頭のカチューシャ。
服装自体は似ているのだが……。
「あっ!その目は“似てないなー”って考えてマスね!言っておきますガ、ワタシたち金剛型姉妹は全員タイプが違いますカラ!」
「い、いや別にそんなことは……」
ジットリした金剛の視線から目を逸らす。
「ホントにー?“金剛と違ってお淑やかな美人!”とか考えてません?」
「……お姉さまはこの世で一番美しいと思いますが」
「考えてないって!それにほら、二人とも凄く綺麗だと思うし……」
スッと金剛が真顔に戻る。
「……よし。今の発言はリンに報告しておきますネ」
「ぐっ……!」
そんなことになったら全身ガンド漬けにされて一週間寝たきりコースだ。知らないけど。
というか、こう、流れ的に社交辞令というか、そういった雰囲気を感じて欲しい。
とか考えていると、隣で見ていた陽炎が可笑しそうに笑った。
「女の子にオモチャにされやすそうな性格してるわね、士郎さん」
アリマゴ島鎮守府が擁する戦艦、そのもう一人である榛名さん。
彼女は車椅子で生活しているようだった。
「以前、少し無茶をしてしまって。立てなくなってしまいました」
そう話す彼女の両足は、人形のような球体関節をした物だった。義足……なのだろう。
「この通り海の上では役立たずとなってしまいましたので、恥ずかしながらここで結界内の監視役を頂いております」
「このっ!ハールーナーはー!」
俺が何か言おうとする前に、榛名さんの後ろにいた金剛の両のげんこつがこめかみをグリグリと抉るように締め上げた。
「アナタがそうなったのは誰よりも無茶をして、頑張ったからデショ!?それを蔑ろにするなんて、アナタが許しても your sister が許しませんヨー!」
「あうあう……」
可愛らしく悶絶する榛名さんの表情は、どことなく幸せそうに見えた。
姉妹の仲はとても良好であるらしい。
「姉妹、か……」
「ん?どうかした?」
「……いや、何でもない」
ただ、遠坂と桜もあんなふうになったらいいと、そう思っただけだ。
「わかりましたカ?」
「ふふ……はい、お姉様。ああ、申し訳ありません衛宮さん。あちらにお飲み物を用意してありますので、ゆっくりしてくださいね」
「ああ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな……」
「お姉様もどうぞ」
しかし金剛はドアの先、元来た道の方を見ながら言った。
「あー……。そうしたかったのですが、加賀から呼び出しが入ったネー」
「え、加賀さんから?」
「エエ、気になることを思い出したから、テイトクの所有物の捜索を手伝えって」
「な、なんか大変だな……」
金剛にしろ叢雲にしろ、俺たちが現れたせいで随分苦労を掛けているのではないだろうか。
すると彼女は、向日葵のように明るい笑顔で答えた。
「ハイ!シロウたちが来たお陰で、皆楽しそう!鎮守府がこんなに活気づくのは本当に久しぶりヨ」
「――――」
そのまま榛名さんに“また後で”と告げると、足早に駆けていった。
森の入り口近くで思い出したように振り返ると、大きく手を振って叫ぶ。
「あ!クルマ置いてくので、帰りはソレ使ってくだサーイ!」
「いいのかー!」
「はーい!ぶっちゃけワタシたちは走った方が早いデース!」
白いワンピース姿はそのまま駆け足で消えていった。
「はいっ、ココナッツジュースよ」
「ありがとう。……おお、ひんやりしてるなぁ」
南国の海辺といえば、多くの人が思い浮かべるのがヤシの木だろう。アリマゴ島にも沿岸部の至る所に自生しており、たくさんの果実を実らせていた。この島に来るまでは口にする機会が無かったが。
口にするとあっさりとした爽やかな甘みが広がった。俺は市販のスポーツ飲料が甘すぎると感じるタイプなので、このくらいが丁度いいかもしれない。
「へぇ……。こんなに美味しかったのか」
「そりゃ、アタリのやつを選んでるからね。ハズレで、しかもぬるいココナッツジュースは飲めた物じゃないわよ」
「この鎮守府に着任した当初は、皆ハズレばっかり引いて大変でしたね。懐かしいです。陽炎さんも荒潮さんも今ではすっかり目利きが磨かれました」
腰に両手を当ててやや自慢げな陽炎。なんだろう、この子はヤシの実博士か何かか。
「そういえば、どうやって冷やすんだ?霊力式の冷蔵庫とか?」
「そんなの本館に一つあるだけよ。採れたてのココナッツジュースはそこそこ冷たいの。気化熱で冷やしてやろうとか考えたこともあったけどね」
「気化熱……」
「素焼きの壺にね、水を入れて蓋して放置しておくだけで冷たくなるの。でもこの島、気温は高いけど湿度が高すぎてね……」
思い当たることはあった。
時計塔を離れて日本に帰るまでの間、必要があって遠坂と諸国を巡っていた時だ。中東の乾燥地帯で水がたくさん入る皮製の水袋を使っていたのだが、炎天下でも驚くほど中身が冷たくなっていることがあったのだ。
恐らく皮から染み出た水分が蒸発する際に、中の熱を奪っていたのだろう。
この原理で効率よく物を冷やすためには、気温が高く湿度の低い気候であることが重要なはず。湿度の高い南国の孤島では難しいだろう。
「でもそれじゃ、大量に食品を保存するのは大変だろう」
この島にいる艦娘はログハウスにいる三人と、鎮守府の建造群にいる十一人(叢雲・金剛・加賀・鳳翔・龍驤・秋津洲・天龍・暁・響・雷・電)の合計十四名。
それだけの人数に必要な食料を蓄えておくのは、冷蔵庫一つで足りるとは思えなかった。
「ん?あれ、もしかして金剛さんや叢雲からは聞いてない?」
だが、陽炎はココナッツジュースのグラスを両手で持ちながら、不思議そうに小首を傾げて言った。
「私たち、基本的に食事は必要ないのよ」
「――――は?」
いやいや、そんな馬鹿な。
だいたい今も二人ともココナッツジュース飲んでるし、鳳翔さんや六駆の子たちはハーブを育てているという話だ。
「それは嗜好品として味わってるだけよ。本当なら摂らなくても生きていけるわよ?」
確認するように榛名さんを見るが、彼女も不思議そうにこちらを見ている。
「は、はい。私たち艦娘は霊力を動力源とする人形ですから……。何故か人間としての機能はほとんど備わっていますので、食事をすることも出来ますが。あの……私てっきり叢雲さんから説明されているのかと……」
「そう……だったのか……」
それが事実であるなら腑に落ちる事もあった。外部からの補給がないこの島で、艦娘の皆が食料調達や調理に時間を割いている場面を見たことがなかったのは、その必要が無かったからか。
「……もしかして、これ言っちゃ駄目なヤツ?」
そう呟いた陽炎の顔色は、若干青くなっている。
彼女はこちらに背を向けて耳に片手をやると、何やら呟いている。“おーい叢雲さんや……”とか何とか言っている所を見ると、直接確認を取っているのだろう。暫くふんふんと頷いたりしていたが、通信を終えると安堵した表情でこちらへ向き直った。
「言い忘れてただけだって!あ~びっくりしたっ」
「ええ……」
なんでも、彼女らにしてみればあまりにも当たり前の事だったので、そもそも説明する必要があるとは思っていなかったそうだ。
こんなところでも世界間の認識のズレが出てくる。流石は並行世界だ。
その後は、榛名さんから俺たちが来た世界の様子について尋ねられた。
うまく説明できる自信はなかったが、まずは深海棲艦などという脅威は確認されていないことを。次に日本とイギリスを中心として人々の暮らしや世界の情勢について、出来る範囲で話した。
「そうですか……。深海棲艦さえ排除できれば、この世界もいつかきっと、衛宮さんたちの世界のように……」
感慨深げに榛名さんは呟いた。
「ああ。そうなるために、叢雲たちはマリアナ攻略を決めたんだと思う」
「……今ほど自分の足が恨めしく思えたことは、ありませんね」
視線を落として消沈する榛名さん。
榛名さんだけを残して全員が出撃するような作戦は今のところ想定されていない。もしそのようなことになるとしても、本当の最終局面くらいだと思う。しかしそれでも、海域攻略に直接関われないのが悔しいのだろう。
隣の陽炎は、苦笑い気味に言った。
「榛名さんは八年前にこれでもかってくらい活躍したじゃない。今回は私たちに譲ってよ」
なんでも、『グレイ・グー』の際にこの鎮守府をギリギリのところで防衛できたのは、榛名さんの奮戦によるところが大きいらしい。足の負傷はその時のものだそうだ。
「そうだな……。榛名さんが――――」
「榛名とお呼びください」
「は、榛名がこの島を守ってくれていれば、出撃する皆もきっと安心できる。俺だってそうだ。後顧の憂いを断つってやつだな」
「……ありがとうございます。榛名、頑張りますね」
とそこで、頭上からおっとりした声が降ってきた。
「……ちょっとぉ?荒潮だけいつまでも除け者とか、寂しいわぁ」
物見櫓にいたあの少女だろう。
陽炎が高い天井の外側に向かって返事する。
「あんたも降りてきなさいよ。まだ居るの?深海棲艦」
「まだ見えてるからむりー」
「え?また侵入してるのか!?」
思わず椅子から立ち上がってしまう。
さっきから、榛名さん……榛名も陽炎も何も反応していなかったが、どういうわけなのか。
「うふふふ。違うわぁ、結界のずぅっと向こうの方に群れてるだけよ~」
気になるので俺も物見櫓に上げてもらった。
二畳ほどの櫓では、陽炎と同じくらいの年齢の少女が、手摺りにもたれて海を眺めていた。長いブラウンの髪が風に揺れている。
「ほらぁ、あそこよ~」
「む……本当だ。ちょっと海の色も変わってるか……?」
視力を強化していても、注意しないと見逃してしまいそうな距離だ。
「……どれくらい離れてるんだコレ?」
遥か遠方に見える点の数は、五~六。気のせいかもしれないが、一つだけやけに大きな点もある。
「一応計算上では、ここから水平線まで30km以上あるからぁ、多分あそこは20kmくらいじゃない?」
「確か島の結界が4.5kmくらいか。じゃあだいぶ外側なんだな。あの一つだけかなり大きなやつは?」
「あれは戦艦ね~。多分姫級か、鬼級かそこらへんじゃない?」
今までも何度か姫・鬼という呼称は聞いてきたが、恐らく親玉のような扱いなのだろう。
「でもぉ、なんか昔よりも大きくなってる気がするのよねぇ」
「それはあの戦艦が?」
俺の問いに、荒潮はおっとりと頷いた。
「もしかしたらぁ、八年前よりも敵全体が厄介になってるかもしれないわぁ」
「……」
確かにそういう可能性もあるのだろう。
楽観しているよりは、警戒するに越したことはない。
ふと気がつくと、荒潮がこちらをじっと覗き込んでいる。
「どうかしたのか?」
「ふふふ。ちょっとねぇ。士郎さんって、結構可愛い顔してるのねぇ……」
「は、はい?」
荒潮はにっこりと笑うだけだ。ちょっと怖い。
唐突な意味深な態度にどう対応すれば良いのか分からずにいると、階下の陽炎から救いの手が差し伸べられた。
「あらしおー!その人彼女持ちだからねー!手ぇ出したら殺されるわよ!」
「陽炎……」
「失礼ねぇ~。私そんなに品のない女じゃないわぁ」
ご不満な様子で頬を膨らませる荒潮。
その姿は、何処にでもいそうな普通の女の子だった。
荒潮だけではない。
陽炎も、榛名も、勿論他の艦娘たちも。自分たちは人間ではないと、彼女らは言う。
だけど肉体ではなく精神を見た場合、彼女らと人間とを識別するのは困難であるように思えるのだ。
沖合を航行していた深海棲艦は、その後しばらくして姿を消した。
「つかぬことをお伺いしますが、衛宮さんは元の世界でこのアリマゴ島にいらっしゃったことは無いのですか?」
そろそろ鎮守府の方へ戻ろうかという頃、榛名がそう聞いてきた。
「いや、無いけど。それがどうかしたのか?」
「いえ、今ふと思い出したのです。私の記憶違いかもしれませんが、昔どこかで“衛宮”という名を目にしたことがあったような気がするのです」
ドクン、と心臓が大きく脈動した。
衛宮という名字は、本来の
だから、衛宮という名字を榛名が目にしたのなら、それは切嗣に関係する物かもしれない。
衛宮なんて名字は全国的にも珍しいはずだから、その可能性は低くない。
「それは……何処で?」
揺れそうになる声を抑えて聞く。
「申し訳ありません。微かに記憶を掠めた程度で、詳しい状況までは……」
「……そうか。教えてくれてありがとう、榛名」
「はい……」
そうして、思いがけない言葉に揺らいだ気分のまま鎮守府へと戻った。
だが、“衛宮”という名字に関する事実は、そこであっさりと明らかになった。