正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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金剛改二丙……だと……

今回は本筋にはあまり関わりのない話かも


第20話 過去への扉

 時刻は午後三時過ぎ。

 予定では、遠坂と一緒に深海棲艦に関する知識や海上での戦闘の流れについて、叢雲から叩き込まれることになっていた、のだが。

  

「あ、いたいた。ちょっとコレ見てください。加賀と一緒に見つけたデスヨ」

「へ?」

 

 加賀さんと一緒に金剛が現れて言った。金剛の示す先、加賀さんの手には一冊の古びたノートが収まっている。

 研究用の実験ノートと思しきそれを俺の机の上に置いて、加賀さんは記録者名の部分を指でなぞる。

 

「えみやのりかた……と読むのでしょうか。衛宮さん、貴方と同じ姓です」

「……!」

 

 たった半刻前に榛名さんから聞いた内容を思い出す。彼女が目にしたという“衛宮”は、間違いなくこの人物だ。

 

 ――――衛宮矩賢。切嗣の実の父親であり、魔術師としてわずか四代目にして『封印指定』に至った天才。

 俺はその名を時計塔で知った。発令された封印指定は執行が完了しており、その魔術刻印の八割は時計塔に回収されたらしい。

 つまり、もう殺されている人物だ。少なくとも俺たちの世界では。

 

「これを何処で!?」

「提督の私室……遺品の中に。かつて、榛名がいる高台には住居の焼け跡がありました。提督はそこで隠された地下室を発見し、何人かの協力を得て遺留物を見つけ出しました。その一つがこのノートです。」

「……悪い、少し見させてくれ」

「待って士郎。それ、ロックが掛ってるわ」

 

 遠坂はノートの背表紙を優しく撫でた。どういう理屈か分からないが、それで解除されたらしい。ぴっちりと閉じていたノートの頁が緩く広がった。

 

 はやる気持ちを抑えてノートをめくっていくと、遂に探していた名前を発見した。

 思わず手で顔を覆う。

 

「……“切嗣”。あ……ああ……」

「衛宮くん……」

 

 遠坂が気遣うように声を掛けてくれる。

 

「ここに、居たんだな。切嗣はこの島に……」

 

 自分でも感極まっているのが分かる。

 思わぬところで、亡き養父の足跡を見つけた。かつて切嗣が過ごしていたかもしれない場所に、俺は立っていたのだ。

 

「ええ、少なくともこの世界ではそうなるわね……。ほんとに不思議な巡り合わせ。ねぇ、良ければ他の遺留品も見せて貰えないかしら」

「もしやと思ったのですが、縁者だったようですね。無論そうするべきでしょう」

「ありがと。ほら行きましょう、士郎」

「ああ、頼む」

 

 もちろん断る理由なんて無く、俺は案内されるままに部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?」

 

 士郎たちに講義するためにやってきた叢雲は、誰もいない部屋の前で、大量の教材を両手に抱えたまま首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女らに連れられるまま、かつての提督の私室だという部屋に通される。

 見た感じ書斎のようだ。幾つかの書棚に、書物やファイルが並べられている。

 それほど汚れていないのは、定期的に誰かが掃除しているのだろう。

 だた、二人でいろいろ探したためか、書類の山が幾つか積み上がっていた。

 

「ここよ」

 

 加賀さんは、部屋の隅に隠れるようにして備え付けられている扉を開いた。

 その中に足を踏み入れた時、遠坂が何かに気付いたような反応を見せた。視線を部屋のあちこちに巡らせていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

 薄暗いその部屋は、書斎とは打って変わって乱雑に物が置かれていた。この感じは遠坂邸の地下室に似ている。

 違うのは,遠坂邸と比べて和を感じさせる物が多いことくらいか。

 たくさん置かれた腰くらいまでの高さの棚。そのうちの一つが、高台の地下室跡の遺留物用にあてられていた。

 

「同じようなノートが数冊。試験管、ビーカー、薬品……これは研究機材か。洋燈、燭台、巻かれた羊皮紙の束。あとこれは……」

「『哲学者の卵』ね」

 

 遠坂は丸いフラスコを手に取ってしげしげと眺めた。

 通りで見たことがあると思ったら……。現代の学校などで見られるフラスコよりも厚いそれは、水晶をくり抜いて作られており、今となっては魔術師くらいしか使わないような代物だ。

 

「何か分かりましたー?」

「まだ詳しくは。士郎が気になってるのはこのノートよね」

「シロウの親族の物なら、シロウが所有すればいいネー」

「え、でも……」

「遠慮は要りませんヨ、どうせ死蔵ですし」

「そうなのか?」

 

 正確には切嗣と俺は血縁関係にはないのだが。

 しかし正直にいうと切嗣の父親が、というか衛宮の一族がどのような魔術を研究していたのか、興味はあった。許されるのなら今すぐ隅々まで確認したい。

 

 しかしそういうわけにもいかなかった。

 俺たちを探しに来た叢雲に見つかってしまい、金剛や加賀も一緒になって暗くなるまでみっちりと講義を受けた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠坂と手分けして実験ノートを検分していく。

 俺は対魔力の訓練を、遠坂は魔術師としての戦力拡充を、それぞれ終えた後である。

 

「なあ、やっぱり昔ここにいた提督って魔術師だと思うか?」

「それは間違いないわね」

 

 昼間気になっていた事を話すと、遠坂はノートの魔術的なロックを解除しながら言った。

 

「あの部屋だって魔術の痕跡だらけ。あまり詳しくないけれど、神道系の術者でしょうね」

「なら、なんであの子達はそれを知らないんだ?」

「さあ……?」

 

 それ以上の手がかりもないので、自然と俺たちは手元のノートに集中していく。

 

 今のところ、切嗣に関する情報は多くない。切嗣の父親である衛宮矩賢氏は、時間の流れを操作する魔術を研究していたようだ。それも封印指定を受けるほどだから、とんでもない領域の話だった。

 対象を限定すれば、少しの時間操作は難しくない魔術だ。割れたガラスを巻き戻したり、経年劣化を与えたりすることは開位(コーズ)未満の実力でも簡単にこなせるだろう。俺?末子(フレーム)ですらないただの従者なので無理です。

 ところが衛宮家の魔術というのは、咲いた花の時間を一年以上も固定したりしていたらしい。

 

「……凄い。凄いのは分かるけど、結局どういうアプローチなんだ?」

 

 時間操作からどのように根源に至ろうとしたのか。遠坂の方を見ると彼女はふむ、と考え込んでから言った。

 

「考えられる可能性は二つね。宇宙開闢まで時間を遡るか、逆に宇宙の終焉まで時間を加速させるか。……それで、この場合は多分後者ね。前者は第二魔法の範囲に強めにかかってくるし。どちらにしても根源に触れることが叶う。これを極小の断絶された空間で行えば……いえ、この場合『術者の体内』で行う方が無理がないかしら?……まあ当たらずともそれほど遠からずってところでしょう」

「とんでもないスケールの話だな……」

「ただ、一つ問題があるの。時間がかかりすぎるらしいわ、これ。人間の寿命では一生かかっても達成できないって」

「じゃあ、このアプローチは放棄されたってことか?」 

「……ところがそうでもないらしいの。こっちのノートに仄めかしてあったんだけど」

 

 そこで遠坂は、わずかに逡巡するような様子を見せた。しかし短く溜息を吐くと、こちらの目を見つめて言った。

 

「衛宮くん。このノートには『魔術師として』衛宮矩賢が辿り着いた結論が書いてあるの。あなたはそれを知りたい?」

 

 しばし遠坂の言葉の意味を考える。

 『魔術師として』と強調したのは、多分それが非人道的な内容だったりとても危険な手段だから。魔術師という存在には魔術や根源を第一に考え、そのためにいかなる犠牲も被害も厭わないような連中が少なからず存在する。

 遠坂は、切嗣の父親がそうだったと知って、俺がショックを受けるのではないかと危惧したのだろう。

 

「ありがとう遠坂。それでもやっぱり知りたいかな」

 

 ショックというか衝撃を受けたという事なら、切嗣の時点で経験済みだ。

 『魔術師殺しの衛宮』なんて物騒な呼び名が時計塔関係者の口から出た時には、別人の事ではないかと本気で疑った。

 でも同時に、――――ああ、やっぱり切嗣もそういうふうにやってきたんだな。と何処か胸にストンと収まった感覚がしたのも事実だ。

 

「……べつに心配したわけじゃないから」

「そっか」

「もう……!」

 

 溜息をまた一つ吐いて、遠坂はノートをめくり始めた。

 

「この衛宮矩賢さんはね、“人間の寿命では届かないなら、より長命な種族になれば良い”って考えたの」

「より長命な種族?」

()()()()()()()。それが彼の出した結論よ」

「死徒……」

 

 聞いたことがある。それどころかそれに関連する事件に巻き込まれたこともあるため、無駄に詳しくなってしまった。

 死徒とは、一般的な『吸血鬼』のイメージに近しい吸血種だ。有名なところで言えば第二魔法の使い手、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ。彼が宝石剣で月を跳ね返した逸話の敵こそが死徒の産みの親であり、ゼルレッチはその敵を倒した際に吸血されて死徒になってしまったらしい。

 

 それから『腑海林(アインナッシュ)』。植物が死徒に変じたもの。

 こいつの仔株については時計塔の恩師が実際に相対したことがあり、話を聞かせてもらった。なんとも規模が大きく、そしておぞましい死徒だ。 

 

 英霊が『人類史を肯定する存在』であるなら、死徒とは『人類史を否定する存在』。後天的な吸血種である彼らは、数千年の時を生きることさえあるという。

 確かに死徒になることが出来れば、矩賢氏の方法でも根源への目処が立つかもしれない。

 しかし死徒という奴らは確か、活動を始めた直後は食屍鬼というゾンビのような存在で、手当たり次第に人を――――

 

「……ああ、そうか」

 

 そこまで考えを巡らせて、唐突に理解してしまった。

 証拠なんて無いし、上手く説明できないことだけど。

 

 アリマゴ島に残る、集落の焼け跡。

 封印指定の結果殺され、刻印だけとなった衛宮矩賢。

 根源に至る手段としての死徒化の研究。

 幼い頃に正義の味方を夢見たという切嗣。

 

「だから切嗣(じいさん)は、『魔術師殺し』になったのか……」

 

 この世界でも、衛宮矩賢氏は死んでいる。

 『魔術師殺し』衛宮切嗣が最初に殺した魔術師は自分の父親だったのだ。

 それだけは直感的に分かってしまった。

 

「……士郎?」

「いや、何でも無い。それより遠坂、明日も忙しいんだし今夜はここまでにしよう」

「……そうね。貴方がそれでいいんだったら」

 

 先ほどまで浮ついていた心は静かに凪ぎ、冷え込んでいる。

 俺としては、これ以上矩賢氏の実験ノートに興味は無かった。これには家族の思い出なんて記されていない。いっそ冷酷に思えるほど淡々と、根源に挑み続けた軌跡があるだけだ。

 

 

 

 その夜俺は、切嗣が自分の父親を殺している夢を見た。

 夢の中の切嗣は拳銃を握りしめていて、何故かそれが酷く似つかわしいように思えた。

 

 

 

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