宝石剣の試運転で異常事態が発生し、並行世界で目を覚ましてから約一週間が経過した。
つまりどういうことかというと……
「A Happy New Year~!シロウ、リン、今年もヨロシクオネガイシマース!」
「あ、ああ……。よろしくお願いします」
新年を迎えてしまったのだ。俺たちがアリマゴ島に閉じこもっている間に。
会議室に向かう途中に出会った金剛から底無しに明るく挨拶されて、恐ろしい事実に動揺しつつも何とか挨拶を返した。
ちなみに、たった今起きたばかりの遠坂は、金剛のハイテンション挨拶で脳が揺さぶられたらしく、「ぐうぅ……」と呻きながら俺の肩に頭を預けてきた。
「お寝坊さんデスカ?なんか意外ネ……」
しげしげと見つめる金剛。
「本来なら朝はいつもこんな感じだ。確か午前一時が一番調子が出るんだっけ?」
「……二時……よ、馬鹿」
「夜型か……。艦娘にもそういう娘がいましたネ……」
懐かしそうに呟く金剛。
それは今は亡き知り合いの話なのか、それとも他の鎮守府に所属していた艦娘なのか。踏み込んで尋ねるのはなんだか憚られた。
金剛と他愛ない会話をしながら会議室に着く頃には、遠坂も少しは調子が出てきたようだ。
会議室に集まったのは俺たちの他に、叢雲、加賀、龍驤、天龍、雷、電、そして榛名さんと一緒にいることが多い陽炎、荒潮だった。
「今回も、なんとか全員で新年を迎えられたわね」
そう切り出したのは叢雲。
その他の皆も、先ほどの金剛のような祝賀ムードもなく、淡々と首肯している。正月っぽさの欠片もない南国なので、致し方ない反応だろう。
俺や遠坂に至っては、帰還出来ないまま時間が流れていったことを感じさせるため、焦燥感がどうしても掻き立てられてしまう。慎二は今頃心配しているだろうか?
だが、今は余分な感傷に浸っている場合ではない。
今日は、ようやく鎮守府から近海に出て訓練を行うのだ。
「さて、それじゃあ前置きとか無しで本題に入るわね」
叢雲の言葉に姿勢を正す。
「本日の訓練の目的は二つ。『鎮守府近海の哨戒』と『衛宮士郎の慣熟訓練』。哨戒については、この間金剛が近海の敵をあらかた殲滅したから、少しだけ遠くまで行きましょう」
知らない間に準備を整えてくれていたらしい。当の本人は、呑気にピースしているが。
「そして敵を探知した場合は、編成によっては戦闘を開始。衛宮士郎は無理に戦闘に参加しなくても良いわ。戦闘の流れを学ぶことがメインだから、決められた陣形を守って前に出すぎないように」
「わかった」
陽炎が挙手して質問する。
「遠坂さんは?訓練しなくて大丈夫なの?」
「悪いけど私は今日はパスね」
やや気怠げな様子の遠坂。
「魔術師的には魔力のストックとか、もう少し下準備する期間が欲しいの。どのみち私の射程では、士郎や
「そっか」
遠坂が疲れているのは、朝が弱いという理由だけではなかった。
来たるべき日に備え、毎晩遅くまで宝石剣を用いて各種切り札の準備に傾注していた。今はゆったりとした薄手のチュニックに隠れているが、既に彼女の身体にはその成果が現れている。
「それで、部隊編成だけど」
話を戻す叢雲。
「まず衛宮士郎。船舶免許を持っているみたいだしRHIB*1に乗ってもらうわ。同乗者として私、対潜哨戒要員として雷、電。砲戦要員として天龍、陽炎、荒潮。以上よ。天龍はS-51Jで後方とかの対潜哨戒もお願い。あともしも対空戦闘になったらメインでよろしく」
「おいおい!随分押しつけてくれるじゃねぇか」
そう言う天龍だが嫌がっているようには見えなかった。むしろ嬉しそうだ。
「んー?ワタシの出番は無いデース?」
「うちら空母は?」
疑問の声が上がったが、叢雲に「アンタたちは明日行ってもらうから」と言われて納得したようだ。
彼女らの戦闘については一応机上で学習しているが、初期に比べてかなり複雑化しているらしいうえに、実際に目にしてみないとよく分からない部分も多かった。
そこで今日は、交戦距離が大きく変化する空母と戦艦は抜きで訓練を行うらしい。
叢雲はそれからしばらく訓練の流れを説明した。
「――――って事で、明日の訓練については今日の結果次第になるわね。その他の詳しい説明は海上で行うわ。なにか質問はある?」
叢雲に言われたので、ちょっと気になっていたことを聞いてみる。
「訓練とは全く関係ない話なんだけどさ」
「なに」
「叢雲って俺のこと『衛宮士郎』って呼ぶのはなんでだろうなって」
「う……」
「普通に『衛宮』か『士郎』の呼び捨てで良いけど……?」
すると彼女は、なにやら気まずそうな顔で黙り込んだ。
そんなに変な質問をしたつもりは無いのだが……。
「ヘーイ叢雲!もしかして恥ずかしがってマスぅ?」
隣から叢雲のほっぺをツンツンしまくる金剛。
「あんた相変わらず人見知りよね。あー、もしかしてアレ?初対面でいきなり攻撃しちゃったらしいけど、それをずっと気にしてるとか?」
「可愛らしいわぁ……」
便乗して煽る陽炎と荒潮。凄く楽しそうな笑顔をしている。
何処か生暖かい空気に満たされる会議室。
「~~~~~~っ、うっさい!」
叢雲はついに吠えた。
「アンタらが人見知りしなさすぎなのよ!それに、どうせもうすぐ名前を呼ぶ必要なんて無くなるんだし、別にいいじゃない!」
そう言うと勢いよく立ち上がって扉に向かう。
確かに首尾良く元の世界に帰ることが出来れば、彼女たちと互いを呼び合うことも無くなるわけだ。俺はそんな意味に捉えていたが、実は違う趣旨の発言だった。それが分かるのはまた後日のことだ。
「他に質問が無いなら解散よ。出撃は一時間後。フン、精々水分とか酔い止めとか、忘れたりしないように注意することね」
そしてまるで捨て台詞のような勢いで、こちらを気遣う台詞を残していく叢雲。
なんだあいつ……。
「……士郎」
隣で遠坂が呟いた。
「私、なにか今凄く、あの子と友達になりたいわ」
……なればいいと思いますよ。
ドック付近の桟橋から、6.3メートル級のRHIBに乗り込む。これは普通のゴムボートと違い、船底が繊維強化プラスチック等で出来ているらしく、足元がふにゃふにゃしないので安定した作業が可能となっている。
さらに普通のRHIBとも違い、霊力式であるために航続距離も段違いであったり、表面や船底が霊的なコーティングで強化されていたりする。聞くところによれば、「もしかしたら敵の魚雷一発程度なら耐えられるかも」ということらしい。
操縦席に立ち、自分で操船出来るかどうかを確認していく。
「どう?いけそう?」
上から秋津洲の呼びかけが降ってくる。
「ああ、何とかなりそうだ!降ろしてくれてありがとう秋津洲!」
このRHIBは、ドックの中に保管されていて――――今は桟橋の横に停泊している霊力式哨戒艦艇に搭載されていた物だ。流石に俺一人で動かせる物では無かったので、秋津洲がやってくれた。
俺が見た限りでは彼女の艤装は、複数の大きなクレーンやロボットアームのような形状だった。ともすれば、戦艦である金剛の艤装よりも大きく見えるそれらを器用に操作して、彼女は自身の何倍も大きなRHIBを一人で哨戒艦の上から吊り降ろしてくれたのだ。
「どういたしまして!あたしは戦闘はからっきしだからね。こんな事くらいしか出来ないかも」
そう言うが、よく遠坂と一緒に哨戒艦艇の魔改造について議論したり、作業にいそしむ姿を見かけている。
「技術者とか衛生兵とかみたいなもんだろ。重要な役回りじゃないか、卑下すること無いと思うぞ」
「そう?……えへへ」
へにゃりと笑う秋津洲。
「こんなこと言うと不謹慎だけど、士郎君たちが来てくれてから、役に立てることが多くてちょっと嬉しいかも」
「ああ、皆に世話になりっぱなしだ」
と、そこで別の声が降ってきた。
「そう思うのならせめて、先走って怪我しました、みたいな真似は止めてよね」
「叢雲」
彼女はとんっ、とRHIBに飛び移ってくると、少し挑戦的な目つきで見上げてきた。
「
「ああ、気をつける。……ところで俺の呼び方ってどうなった?」
「……『衛宮士郎』」
嫌そうな表情で答えられた。
まだしばらくは、それで突き通すらしい。
「かげろー、抜錨しまーす……」
新たな声に顔を向けると、陽炎が気怠そうにやってきた。
歩きながら徐々に腰回りや足元に艤装が生成されていき……
「よいしょっ……と」
海面に着水した時には完全装備と思しき状態になっていた。
「んー」と伸びをする陽炎。
その艤装は、腰から背中に掛けて煙突と恐らくは機関のような部分があり、その両側面に魚雷を納めた発射管が備わっている。その後ろにあるのは魚雷の次弾を格納する機構だろうか?
「せんせー、陽炎さんの態度がとても不真面目だと思いまーす」
そう言ってあとに続く荒潮も、若干上品だが似たような感じだった。
艤装は陽炎と比較すると幾分コンパクトに見える。機関をリュックサックかランドセルのように背負っているためだろうか。
そして二人とも主砲は手で保持するタイプのようだ。砲塔が二つなので『連装砲』と呼ぶのだったっけ。
“せんせー”と呼ばれた叢雲をちょいちょいと促して聞く。
「なんか不良娘みたいなのが二人いるんですけど……?」
しかし叢雲は大して気にした様子も無く言った。
「あいつらはあれでいいのよ。気負いすぎないように自分で調整してるような感じでしょう。いざとなればちゃんとするから」
「そういうものなのか……」
気を取り直して、準備を確認する。燃料計は満タンを指している。上着は簡易的な対魔力加工+アルファが済んでいる。行動食と水分も積んだ。備蓄品の酔い止め(恐らく使用期限切れ)も一応飲んだ。『薬』も持った。
――――よし、多分大丈夫。
その後、雷と電を連れた天龍も抜錨*2した。
姉妹艦なだけあって、電と雷の艤装はよく似ている。陽炎の艤装を小型化したような形状だが、側面を覆う薄い防盾と右肩の方から前を狙う連装砲が印象的だ。あと、よく分からん
最後に唯一艦種の違う軽巡洋艦の天龍。
彼女の艤装自体は駆逐艦のスケールアップ版といった感じだが、いつも腰に提げている軍刀とは別に、随分大きくて圧刃な刀を担いでいる。
あれでどのように戦うのだろうか。艦娘が近接戦をする意味とかあるのだろうか?
そう考えたが、なんだか盛大に自分に返ってくる気配を感じたので、全力で思考を打ち切った。
しばらくして、RHIBに同乗している叢雲の号令により、六隻+一人の艦隊は出港した。
まずは俺の操船方法の確認のため、結界の内部、アリマゴ島の周囲を一周した。
ちなみにこのRHIBは最大で28ノット(時速52キロ)程度出せるらしく、その状態だとまるで飛んでいるのではないかと思うほどだった。叢雲は
「基本的には私たちの巡航速度に合わせて進むように、だいたい12ノットくらい」
と言っていた。その他にも、
「なるべくアンタに操船してもらうつもりだけど、緊急時には私が代わるから」
とも。恐らくまだまだ今のままでは技術が足りていないと判断されたのだろう。
うっかり被弾して、俺たち人間にとっての貴重な海上機動力を失うことは避けたいので、俺としても文句など無かった。
入念に操船を確認した後、遂に結界の外へ向かう。
「各艦、衛宮士郎を中心に輪形陣。雷及び電は前方で対潜哨戒。右翼を陽炎、左翼を荒潮、殿を天龍」
叢雲が、喉に手をやって各艦に指示を通達する。一定の距離内であれば、彼女らは無線機を使わずとも互いに声を届けることが出来る。俺や遠坂にそんな機能は無いが、使えないと不便なので秋津洲があり合わせのインカムを絶賛改造中である。
辺りを見回すと、皆は俺と叢雲が乗るRHIBから40~50メートルほど離れてそれぞれ所定の位置に移動していった。
「輪形陣の特徴は覚えてる?」
叢雲が聞いてきた。
「ああ、防御重視の陣形だったよな。対空戦闘で使う」
「ええそうね。対空も対潜も、基本はこの輪形陣で行うことになるわ」
そう答えると、彼女は再び首に手をやって呼びかけた。
「雷、電は不明音源を探知したらすぐに報告してね」
俺には返事は聞こえないが、前を見ると雷と電が手を振っているのが見えた。二人とも右耳にヘッドホンのような艤装が出現している。
「陽炎、荒潮は敵艦、敵機の発見に注力して。一応敵の電波を拾ったらすぐに指示出すけど」
それから叢雲はこっちに視線を戻すと、
「ほら衛宮士郎。速度は出来るだけ一定に」
「あっ、悪い」
慌てて速度を戻しながら、俺は警戒しなければいけない事柄の多さに閉口していた。空と海上だけでは無く、海中まで気を配らなければならないとは。
アリマゴ島の結界は物理的な遮断では無く、境界を越えてその外側に出た時も特に変化は感じなかった。同じ景色が続くだけだ、少なくとも外側は。
「ほら、見てみなさい」
しばらくして、叢雲が元来た方向を指して言った。
言われるがままに振り返って息を呑んだ。
「……島が無くなってる」
そこには、波の穏やかな青い海だけが横たわっている。まるで島全体が神隠しに遭ったかのように思えて、急に不安になった。
「凄いでしょ。これが島そのものを丸ごと隠匿する、鎮守府の結界よ」
「これは……帰ってこれるんだよな?」
「当たり前でしょう。……馬鹿にしてる?」
半眼で睨んでくる叢雲。
「いや、だって俺たちが最初にこの世界に来た時は島影が見えてたから……」
そうでなければアリマゴ島を目指すことも、金剛たちに救助されることも無かっただろう。
「まあ、あの日は結界の綻びが大きかったみたいだし、そういう事もあるでしょう。というより、あなたたちがが目覚めたっていう小島自体が、ギリギリ結界の境界上にあるのよ」
だから隠匿の効果が薄れていて、深海棲艦に追いかけ回されたのか。
運が良かったのか悪かったのか。
「天龍、そろそろヘリ飛ばしといて」
叢雲の指示に、「ぉぅょ」と後方から天龍の声が届いた。
振り返って確認すると、天龍の伸ばした腕にカラスくらいの大きさの、
翼はみるみる回転数を上げると、あっという間に浮き上がり、3メートルほどの高さを維持して飛び去った。
「軽巡洋艦って、あんなものを載せてたのか……」
思わず溢れた呟きに、叢雲が微妙な表情で反応した。
「まあ私たちの艤装はかつての艦艇を完全に踏襲してるわけじゃないから……」
「何でもありってことか?」
「……微妙に否定しづらいのが腹立つわね」
10分ほどして、対潜哨戒中の二人から通信が入ったようだ。
叢雲は全艦隊に警戒するように通達した後、天龍にs-51J(先ほどのヘリのことらしい)を向かわせるように指示した。
「敵潜水艦かもしれない不明音源を探知したわ。方位30、距離不明。これからs-51Jで位置を特定するの」
現状を解説してくれる叢雲。
「今は深海棲艦のテリトリーである『深海』じゃないから、通常はパッシブソナーで聞き耳を立てるの。これなら敵はこちらに気付く可能性が低い。で、今みたいに発見した場合は、攻撃的な探知・アクティブソナーで正確な位置を割り出して爆雷で撃沈するの」
「そのアクティブソナーってのは、さっきのヘリに搭載されてるのか」
「私たち自身にも、ヘリにも搭載されてる。でもヘリからソナーを海中に垂らした方が、私たちの艦隊の位置を悟らせずに済むでしょう?だから慎重を期すならヘリは凄く便利よ」
思わず唸る。
海上を幼い少女の姿をした存在が滑るように移動する様子は、なんともファンタジーな光景である。しかし彼女らが行っているのは立派な情報戦だ。
「でも、潜水艦相手だと俺が出来ることはあんまり無さそうだな……」
「そこは専門家に任せておきなさいよ。アンタはただでさえ無駄撃ちできないんだから」
やがてs-51Jのアクティブソナーによって位置を割り出された敵潜水艦は、現場に急行した雷の爆雷投射により撃沈された、らしい。
「どうやって撃沈したって判断するんだ?」
「残骸とか、体液とかが浮上してくるのを目視したり、ソナーから反応が消えたりしたらね。まあ残骸はしばらくしたら消えちゃうし、ソナーも絶対じゃないから、どちらも確実では無いけれど」
「なるほど……潜水艦って怖いな」
「ええ。でも艦娘の私たちにとっては、かつてほどの脅威は無いけど。何せ身体が小さくて身軽だもの」
速度が上がったためにRHIBの舳先が浮き上がり、海面を滑走するような状態になっている。
「全艦隊、進路そのまま第四戦速!敵艦隊はまだ気付いてないわ。陽炎、荒潮は距離2000から撃ち方はじめ。」
叢雲の号令により、艦隊は速度を増して海上を進む。
四隻からなる敵の水雷戦隊を発見したのだ。
陽炎と荒潮は、艤装の魚雷発射管が片方無くなっており、代わりに新たな連装砲が形成されていた。砲撃戦のための形状に変化した、ということだろう。
叢雲は水平線上に見え隠れする敵艦を指さして言った。
「どうする!?状況的にアンタも砲撃に参加する余裕はあるけど!海の上で撃つのは初めてでしょう」
「ああ、頼む!」
何事も最初は初めて。挑戦しなければ何もはじまらない。
叢雲はにやりと笑う。
「合図するまでいつでも射てるように待機してなさい。……
RHIBの操縦を叢雲に任せて、自己に埋没する。
魔術回路に撃鉄が落ちる音を聞いた。
紫電が駆け抜けるような感触と共に、いつの間にか手の中には黒い弓が握られている。
何も無い空間から、零れ落ちてきたかのように現れた剣を掴み取り、揺れる船上で弓につがえる。
やがて叢雲が全艦に号令した。
「砲斉射、撃ち方はじめ!」
※この子らの戦闘、装備は現実に当てはめないで……あくまでフィクションです(フィクションです(フィクションです
あと、注釈の使い方を覚えました