正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第22話 訓練要継続!

 金剛は艦隊の帰投を会議室で待っていた。彼女の目の前には救急箱が用意されている。

 カモミールティーの注がれたカップを机に置き、ぼんやりと水平線を眺める。

 

 艦隊は無事だろうか。というかシロウは無事だろうか。

 叢雲がいれば、まず大丈夫に決まっているのだが、それでも心配にはなってしまう。なにせ、シロウには負傷を癒やす術がほとんど無いのだ。

 リンとの模擬戦で、彼女は怪我を一瞬で治癒させてみせたが、あれは軽傷だったから出来たことらしい。そして、それは得意な魔術が著しく偏っているシロウには真似できないことである、と。

 

 艦娘の皆のことは、心配していない。

 間違いなく無事だ。

 

 別にリンやシロウの実力を疑っているわけではない。模擬戦の最後にシロウが見せた一撃は、恐るべき威力だった。あれが通用しない深海棲艦はいない、そう思わせるには充分だ。

 

 それでも、艦娘と人間では決定的に()()

 

「はぁ……」

「なんやの自分。恋する乙女みたいな吐息漏らして」

 

 龍驤がお茶をすすりながら話しかけてくる。

 

「誰が恋する乙女デスカ!冗談は胸だけにしてくだサーイ」

「あぁん!?全世界の貧乳を敵に回したで君」

 

 怒った振りをして詰め寄ってくる龍驤。しかし金剛は知っている。彼女は実のところ、自分の体型について全く気にしていない。むしろネタとして美味しがっている節すらあった。

 龍驤のほっぺを両手でぷにぷにしながら窓の外に目を向ける。

 

「ねぇ龍驤、まだ帰って来ないネ……」

「ほっほはおひふいはらほーや」

「あアア心配デース」

 

 そのまま龍驤を、抱き枕のようにガシリと抱きしめる。

 龍驤はじたばたと藻掻いたが、抜け出せないことが分かると大人しく収まった。

 

「金剛さぁ、すぐ他人を抱きしめるの、悪いとは言わんけどあの衛宮クンにはしたらあかんで」

 

 すると金剛は若干呆れたような顔で言う。

 

「何言ってるネー。男性にそんなことするわけないでショ?常識で考えて」

「そっかー常識がないのはウチの方やったかー」

 

 龍驤は諦めたように溜息を吐いた。

 

「……私にこんな事を言う資格など無いのだけれど」

 

 それまで静かにしていた加賀が、ぽつりと呟いた。

 

「やはり、人を深海棲艦が待つ海に送り出すというのは、心苦しいですね」

「加賀……。やはり貴女は、あの子たちを喚び戻すつもりはありませんカ?」

 

 金剛は躊躇いがちに問いかける。

 加賀の表情が少しだけ、苦しそうに歪んだ。

 

「ごめんなさい……。私は……怖い。あの子たちの心を知るのも、また同じ痛みを与えてしまうかもしれないことも」

 

 それは消え入りそうな声だった。

 

「なにより、あの子たちが私に応えてくれるわけがない……」

 

 栄光の第一航空戦隊、通称『一航戦』の中核を担った航空母艦『加賀』。

 彼女は、自らが擁する熟練の航空隊員の大部分を、失っていた。

 他人がどうこう指図出来る物では無い。加賀の痛みは彼女だけの物だ。だから、金剛も龍驤も何も言えなかった。

 

 ほどなくして、彼女らは鎮守府の結界に反応を感知した。

 ほとんど同時に叢雲からの通信が入る。

 

『艦隊帰投したわ。みんな無事よ』

「!」

 

 金剛の電探カチューシャの索敵範囲が、瞬間的に結界の内側ギリギリまで広がった。

 ちなみに艦娘が使用する『電波探信儀』は、電波では無く霊波を用いることで通常のレーダーが用を成さない『深海』でも効果を発揮する。正確には『霊波探信義』とでも呼ぶべき代物だ。

 霊波を使用する副次的な効果として、霊波が届く範囲をある程度制御することが、理論上は可能であった。

 つまり今の状況を例にすると、『結界の外まで霊波が漏れ出て深海棲艦に気付かれる』というリスクを無視出来るのだ。

 勿論これは金剛を含むこの島の艦隊の霊的な制御力、そして艦娘としての能力が昔と比べて隔絶したものになってしまった結果、可能になったことである。

 

「……見つけた。確かにみんな揃ってる」

 

 そう呟くと、金剛は救急箱を引っ掴むと部屋を飛び出した。

 龍驤も半ば引っ張られるようにそれに続いた。

 部屋から出る直前、龍驤は加賀に呼びかける。

 

「加賀。それでもウチは、一度でええから皆の声を聞いてみるべきやと思うわ」

 

 パタパタと、高下駄のような足音が遠ざかっていく。

 加賀は、心ここに在らずといった様子でそれを聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 桟橋に接舷したRHIBから上陸する。海上を航行していた天龍や陽炎たちも艤装を解除して海から上がった。

 出迎えには遠坂だけでなく、金剛と龍驤も出てきていた。

 

「怪我は無かった?」

「ああ、皆無事だった。薬も使わずに済んだよ」

「アレは見つけた?」

「……いや、見なかった」

 

 遠坂に聞かれ、そう返す。

 

「そう」

 

 遠坂は俺の肩や腕を確かめるようにポンポンと叩いて、「……よし」と納得すると、工廠の方に引き返そうとする。

 訓練の結果には興味が無いらしい。

 

「……ああそうだ、後で工廠に来てくれる?秋津洲さんにお願いしてた無線機の改造が終わったから」

「早いな。分かった」

 

 その後、同じように出迎えに来ていた金剛と龍驤から、訓練の様子について聞かれたので報告する。

 

「それが、まだ全然ダメみたいだ」

「……え?」

「この調子だよ。一隻でも仕留めれば、初陣にしちゃあ上出来だろうによ」

 

 天龍はそう言ってくれるが、俺の感想は変わらない。

 先ほどの戦闘で俺は――――

 

 

 

 

 

  「砲斉射、撃ち方はじめ!」

 

   叢雲の号令と共に、2000メートル彼方の敵艦に向けて皆が砲撃を行う。

   俺もそれにならう。

   音速を超えたために軽い衝撃波を伴って撃ち出された矢は、数秒後、()()()()()()()()()

   狙った敵の10メートル横をすり抜けた矢が、海面に刺さって水柱が立つ。

   敵艦隊はこちらに気付いたようだ。

 

  「く……」

 

   的を外すなんて何時ぶりだろうか。別に弓の腕前に誇りがあるわけでは無かったが、それでも精神的な衝撃はあった。

   少し遅れて陽炎や荒潮の砲撃も着水する。どうやらわずかに遠弾になったようだ。

 

   「各自諸元修正。本射撃、撃ち方はじめ!」

 

   再度の号令により、第二射を放つ。本能的に、上下に揺れるRHIBが上に浮き上がった頂点で狙いを定めた。

   今度はギリギリ命中した。ほとんど掠めたといっていいレベルだが、それでも砲塔の一つを吹き飛ばした。

 

   しかし狙い通りの結果というわけでは無い。

   内心で歯噛みしていると、同じ標的に艦娘たちの第二射が降り注いだ。

   何発かが命中し、一拍おいて深海棲艦は爆発に飲まれた。

 

  「先頭の軽巡級は撃沈ね。……む、敵駆逐級撃ってくるわ。一応掴まっていなさい」

  「分かった!」

 

   俺の目にも、こちらのPHIBを一回り大きくしたような姿の深海棲艦が、口から砲煙を吐き出すのが見えた。

   操縦席に跨がる叢雲が、大きく面舵を切る。

   同時にその身体から、薄く光る障壁――――彼女らは装甲と呼ぶ――――が大きく広がり、俺や船の一部を包み込んだ。

   そして敵の砲弾は朱く尾を引きながら、俺たちの艦隊の左後方に着弾した。

   少し安心する。敵の砲弾は十分に視認できるし、視認できるなら対応だって出来そうだ。

   この事実を知れただけでも、この訓練の意味はあった。

 

   射撃を続行する皆に合わせて、一振りの剣を投影する。

 

  「……それ、こっちに向けないでよね」

 

   チラとこちらを見て言う叢雲に目だけで頷いて、つがえた剣を引き延ばす。

   矢へと加工しても、宝具はその性質を失わない。

   そして今撃ち出されようとしているこの宝具の性質とは――――

 

  「赤原を往け、」

 

   狙いを彼方の化け物クジラに合わせた。

   今回に限っては、射角とか弾道計算とかはあまり重要では無い。

 

  「――――緋の猟犬」

 

   赤色の光が撃ち出される。

   解き放たれた矢はさながら猟犬の如く。先ほどに倍する速度をもって、獲物へ猛進する。

   そして標的をわずかに外れるか、と思われた瞬間。

 

   それは軌道を変え、駆逐級の横腹を貫いた。

   体高の半分以上もある大穴が空いた化け物クジラは、一拍後に爆発し、外殻や対組織を散逸させた。

 

   赤原猟犬(フルンディング)。例え標的に防がれようとも、幾度でも翻り、獲物を襲い続ける魔剣である。

 

  「……駆逐級、撃沈」

   

   叢雲が呆けたような声で言った。

   それでも俺は苦々しい気分のままだった。

 

 

 

 

 

 

「なんや、キミ海の上で敵を射るの初めてなんやろ?それで撃沈させたんなら大したもんやで」

「いやそれどころか、本当に人間デスカ……?実は艦娘だったり……?」

「だから、あれはあの矢が凄いのであって、俺自身の実力じゃ無いというか……」

 

 必死に説明しようとするが、上手く理解して貰えなかった。

 

「……結果的に自分の意思で敵を沈められるんですから、それはシロウの実力デショ?」

「いや……とにかく今のままじゃ駄目なんだ」

 

 船上で敵を狙うのは、予想以上に困難だった。

 まず、船は水平方向に移動し続ける。

 さらに、波の影響で垂直方向にも揺れる。

 おまけに標的まで移動しているのだ。

 陸の上での狙撃とは、何もかもが違った。

 

 得体の知れない敵に対して、赤原猟犬だけで挑むのはリスクが高い。なんとか通常の矢でも敵を捕らえることが出来なければ……。

 

「フム。つまり海上での射撃精度をもっと向上させる必要がある。そう考えているわけネ」

 

 と、そこで金剛が俺を見た。

 

「アノ……だったら、します?特訓」

「特訓?」

「Yes.結界の内側で。ワタシ標的……というか敵やりますヨ」

「危なくないか、それ……」

「大丈夫!演習用の特殊なペイント弾だから怪我は(多分)しまセン」

 

 そういう物もあるのか。

 でも俺が言いたいのはそっちではなくて。

 

「いや、俺じゃなくて、標的になる金剛が危ないだろ」

 

 すると金剛はぽかんとした表情を浮かべ、やがて思わずと言った感じで笑い出してしまった。

 

「な、別に笑うことじゃないだろ」

「アハハハハ!ご、ごめん馬鹿にしてるワケじゃ……ふふ……っ。そうネ!こんな儚い美少女に怪我なんてさせては一大事デース!……ふふふっ」

 

 隣の龍驤がジトッとした視線を向ける中、ようやく呼吸が落ち着いてきた金剛は説明に戻った。

 

「まさか、怪我しないように気遣われるとは思いませんデシタ。ワタシたち艦娘なのに。……でも心配しなくても、ワタシの『装甲』は頑丈デース!リンがボコボコ撃ち込んでも平気だったでショ」

 

 言われてみれば、確かにそうだった。

 

「それに、艦娘は怪我をしても簡単に治りマス。……ねえシロウ」

 

 少しだけ声音が変わる。

 笑っているが、その中に少しだけ困ったような顔色が混じった。

 

「ワタシたちこれから、どんどん人間とは違うところを見せてしまうかもしれまセン。でも、出来ればあまり怖がらないで欲しいネ」

 

 皆が息を呑む気配がした。今まで言い出し辛かったことが、とうとう話題に上がってしまった。そんな雰囲気を感じる。

 だがそんな事を言われても、答えなど最初から決まっている。そも魔術世界とは、まともな人間は居ることさえ難しい人外魔境。遠坂の身体だって、普通の女の子とは違うところはある。俺だってそうだ。

 俺は金剛に右手を差し出した。

 

「むしろお願いするのはこちらの方だ。色々迷惑掛けるかもしれない、きっと掛けると思う。できる限り気を付けるから、その……」

「要するに、変わり者同士よろしく!ってヤツだろ」

 

 天龍が勢いよく肩を組んできた。微妙に身長が足りずに、組みづらそうだ。

 

「ま、まあそんな感じ……かな?」

 

 すると金剛は今度こそ明るく笑うと、俺の手を握って言った。

 

「ええ、よろしくお願いしマース!」

 

 そして話題は俺の訓練に戻る。

 

「何にせよ、シロウが手加減してくれればヘーキ。よし、決まりネ。早速特訓やりましょう――――」

「ああ、お願いするよ。と、その前に俺、対魔力の対策やらないと……」

 

 こうして、実戦訓練で明らかになった課題を克服するための特訓が始まった。

 

 

 

 

 

 

 工廠で秋津洲から渡されたのは、出撃中に艦娘の皆が行っていた通信を再現できるようにした無線機だった。

 骨伝導の片耳に掛けるタイプの受信機と、首に巻く咽喉マイクである。

 

 秋津洲に促されるまま装着してみる。

 小さくて、意外としっかり固定できている。これなら戦闘中でも使えそうだった。

 

『どう?聞こえてるかも?』

「ああ、はっきり聞こえてる」

『こちらもよ。……つくづく魔術師泣かせよね、現代科学って』

 

 遠坂はやるせない、と言うような表情だ。

 この無線機を魔術で再現しようとすると、多分何十倍もコストが掛るのだろう。

 それを誰でも使えるような機械として生み出してしまう科学は、現代の魔術師にとって常に悩みの種である。

 まあ今回の改造で、使用者から微弱な魔力を吸い取るようになっているため、本当に誰でも使えるわけではないのだが。

 

 ともあれ、これは早速訓練で使わせてもらうことにする。

 秋津洲に礼を言って訓練場所へ向かった。

 

 

 

 

 訓練を行うのは、湾港から1kmほど沖だ。

 相手は戦艦金剛。そしてRHIBに同乗して操縦してくれるのは、オレンジ色のツインテールの駆逐艦、陽炎だ。

 

 俺たちは無線で連絡を取りながら、演習を行った。

 最初は距離1000メートルで、互いに航行していない状態から開始し、段々と距離を遠くしたり、互いに航行しながらだったり、金剛が砲撃してきたり、と難易度を上げていった。

 

 ちなみに、金剛が撃ってくるペイント弾は割と容赦なくこちらを捕捉してきて、俺と陽炎は何度も染料を浴びる羽目になった。

 対する俺も負けじと、先端にペイント弾をくっつけた矢を投影して放つのだが、金剛が展開する『装甲』にサクッと突き刺さったり、手を抜きすぎると完全に弾かれてしまって、金剛が染料を浴びることは一度もなかった。

 幾分かは慣れたとはいえ、まだまた命中率も満足できるレベルではなかった。

 

 それから、叢雲たちと出撃した訓練と、金剛を相手にした演習を経験して分かったことがあった。

 それは、彼女ら艦娘の砲撃への考えだ。

 

 俺の場合、遠距離の標的を狙う際は、一撃で命中させることに専念する。

 だが彼女らは、標的との距離がかなり離れている場合は、砲撃の回数を増やし、着弾する範囲の中に標的を納め続けることで、やがて命中弾を出そう、という方針を採っているようだ。

 その事を陽炎に話すと、「イージス艦でもない限りそれが普通だ」と言われた。

 

 だが、俺はそういうわけにはいかない。

 遠くにいる敵を一隻沈めるために、十発も二十発も消費していては、すぐに魔力切れを起こしてしまうだろう。

 だから、一撃で命中させられるように練習する必要がある。

 

 そう考えると、ずっと砲撃し続けられる艦娘というのは、膨大な魔力を備えているのだろうか?

 或いは、能力を『砲撃』『海戦』などに限定する代わりに、極限まで効率化された燃費の良い魔術(?)を使用しているのかもしれない。 

 

 そんなこんなで、多少の手応えと共に、初日の特訓は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 夜、ドック棟にある浴場。

 この建物には負傷した艦娘を治療するための『ドック』と呼ばれるカプセル型の設備がある。また、地下には最近遠坂が籠もりっぱなしである地脈管理神殿があり、鎮守府の建物の中では最重要な位置付けだ。

 

「……ふぅ」

 

 そのドック棟の中にある大浴場で、俺は一日の疲れを癒やしていた。

 なぜ浴場がこんな重要施設の内部にあるのかは定かではない。もしかすると、神殿の真上にあるから第五架空要素(エーテル)の影響で、艦娘的に疲労回復効果とかあるのかもしれない。

 

「今日は中々大変な一日だったな……」

 

 いつもの海域攻略準備だけでなく、近海での慣熟訓練に、課題克服のための演習。

 多少は疲れも溜まるが、こうしてゆっくり風呂でくつろげるのは、何と幸せなことか。

 金剛によるペイント弾攻撃の被害も、先ほどようやく洗い落とせた事だし。

 

 そんな風に湯船の中で気を緩めていた俺は、理解していなかった。

 本日一番の災難は、たった今から始まるのだということに。

 

 ガラガラ、と浴場の戸が開く音がする。

 ビクッとして闖入者に視線を向ける。湯気の向こうに見える姿に安堵した。

 

「なんだ遠坂か……」

「疲れたから私たちも入れてもらおうと思って。別にいいでしょ」

「まあ別に。……待て、()()()?」

 

 急速に嫌な予感が膨らむ。

 脳裏で警鐘を鳴らすのは、心眼(真)*1とかのスキルなのだろうか。

 

「よしもう十分疲れも取れたことだし俺は先に上がるよ悪いな遠坂!」

 

 ざばっ、と急いで立ち上がり離脱を試みる俺に、無慈悲な現実が突きつけられた。

 

「お邪魔しまぁ~す」

「はあ、ペイントが乾いて髪がパリパリする……」

「はは、手酷く負けてんじゃねぇか。新人の頃を思い出すな」

 

 ガラッと空いた戸から、身体にバスタオルを巻いた少女たちが入ってくる。

 

「な……」

 

 余りのことに口をパクパクさせていると、天龍や荒潮が普通に声を掛けてくる。

 

「おう!邪魔するぜ」

「うふふ、裸の付き合いってやつねぇ」

 

 なぜ俺は浴場の一番奥に陣取ってしまったのか……。

 戦線を離脱したくても出来なくなり、急いで湯船に戻る。

 そして、事態の元凶と思しき人物を問い詰める。

 

「遠坂さん……?」

 

 しかし遠坂はけろっとした表情のままだ。

 

「別にいいじゃない?男女別で浴場が別れてないんだし、実質混浴みたいなもんよ」

「い、いや、だからって」

「それに……」

 

 あかいろのあくまは、いつもの愉悦に満ちた表情で言った。

 

「最近士郎ってば、なんか落ち着いちゃったでしょ。たまには前みたいに、慌てふためくのを楽しむのもいいかなって」

「ぐっ……この悪魔め」

 

 なんとか絞り出せたのは、負け惜しみじみた捨て台詞だけだった。

 でも正直これはやり過ぎだと思う。ついでに言うと、俺にはこんな状況を喜べるほどの胆力は、残念ながらない。

 これまで幾度となく死線をくぐってきた経験から、俺は活路を導き出そうとする。

 しかし俺の中の『心眼(真)』っぽいスキルのような何かは、この状況を打破する術は無いから諦めろ、と首を振っていた。

 

「うわっ、凛さん。何なのその腕。入れ墨?」

「いや、違うぜ陽炎。ありゃあ多分マホウジンってやつだろ。それとも何かやべぇヤツを封印してるのか……?」

「あら、そんな物騒な物じゃないわ。これを全部使ってもこの島を砕けるかどうか……」

「ふ、フフフ……怖えぇ……」 

 

 遠坂は俺の気も知らずに――――いや確実に知っていて楽しんでいるのだが――――雑談に興じている。

 だが、幸いにも天龍と陽炎は、身体や髪の汚れを落とすことがメインのようだ。直ぐに上がってくれるかもしれない。

 だから問題は……

 

「あら~、やっぱり士郎さんって、結構鍛えてるのねぇ」 

「ち、近い!っていうか触るのはやめようか荒潮。……そもそも何歳なんだ!?」

「うふふ」

 

 やたらと接近してくる荒潮を押し止めつつ、それでも俺は諦めなかった。

 そうだ。俺はかつて、気を逸らせば命を落としかねないような鍛錬を、毎晩欠かさず続けてきた男だ。

 この程度の窮地、凌ぎきってみせる。

 

「ふっ。――――別に、全員風呂から上がるまで耐えきってしまっても構わんのだろう……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「信じらんない!お、男のいるお風呂に突撃するだなんて!」

 

 金剛との相部屋で、叢雲は怒っていた。

 

「艦娘として以前に、大和撫子として有り得ないわ……!」

 

 彼女は帰投後にさっさとシャワーを済ませた一人である。

 

「まあまあ、コミュニケーションの一環として、的な?そういうアレなのかもしれまセン」

 

 ベッドに腰掛けた金剛が宥める。

 叢雲は、「そんなコミュニケーションあってたまるか」と思いながらも、ふと金剛を見て、

 

「そう言えばアンタお風呂はどうしたの?」

「ワタシ?皆が上がった後で……」

 

 叢雲の顔に意外そうな表情が広がった。

 

「アンタは先陣切って突撃すると思ってたけど」

「……」

 

 金剛はやや落ち着かなそうに目線を逸らしている。この反応は……

 

「え、まさかアンタ、本気で恥ずかしいと思ってるの?益々意外だわ……」

「の、ノー!チガイマス!リンとシロウは恋人ですヨ?そんなとこに突っ込んでいくなんて……」

「つまりある程度は異性として意識しちゃってるんだ……」

「意識するも何も異性デショーガ!」

 

 自分にとっても新鮮な反応を見せる金剛に、叢雲は溜息を吐くと生暖かい目で

 

「……まあ程ほどにね」

「意味がワカリマセン!」

 

 金剛は短く息を吐くと

 

「言っておきますケド、ワタシの『好き』は所詮、リンもシロウも提督も、それにあの子たちも……」

「はいはい。アンタの博愛っぷりはよく分かってるわよ」

「むー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はベッドの上にうつ伏せで倒れ伏していた。身動きする余裕すら無く、じっと身体から熱が取れるのを待つ。

 

「完全にのぼせ上がっちゃったか……」

 

 魔術で冷風を送ってくれる遠坂。ありがたいのだが、のぼせた原因も遠坂であるため素直に感謝できない。

 ふと、浴場での艦娘の子たちの様子が頭に浮かぶ。

 朦朧として余り覚えていないが、彼女らは何か、背中か腰の辺りに違和感があったような……。

 その時、遠坂が口を開いた。

 

「ごめんね士郎。今回は流石にやり過ぎだった」

「……そう思うなら今度から勘弁してくれ」

「そうする」

 

 熱が引いてきたところで、起き上がって遠坂に向き合う。

 

「ストック、大分溜まったみたいだな」

「ええ、明日からは私も海上の訓練に参加するわ」

 

 右腕を見ながら答える遠坂。

 かつて第五次聖杯戦争で発現した『令呪』。それが、手の甲だけでなく、腕から肩口に掛けて歪な広がりを見せていた。

*1
修行・鍛錬によって培った洞察力。窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる




UBWアニメ1stの12話で、アーチャーがキャスターに滅茶苦茶追尾する矢を放ってましたよね……
あれは赤原猟犬です間違いない(脳内補完

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