正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第23話 遭遇

 翌日。

 午前中の出撃訓練で、俺と遠坂は複合型ゴムボート(RHIB)に搭乗していた。

 同行するのは、駆逐艦は叢雲、暁、響。軽巡の天龍。軽空母の龍驤と鳳翔さん。そして戦艦の金剛。

 ちなみに叢雲は昨日と違い、ゴムボートには同乗していない。

 

 陣形はボートを囲むように輪形陣。先頭には暁、響姉妹の対潜部隊。両脇は叢雲と金剛。殿を天龍。

 龍驤と鳳翔さんは、陣形の中心であるボートのすぐ近くを航行している。 

 

 島の結界から出て、昨日よりも遠く、西を目指す。

 方向としてはマリアナ海溝を向いている。

 

『今日は、『深海』に踏み込んで、敵中枢部隊の旗艦を潰すわ』

 

 耳に付けた受信機から、叢雲の声が聞こえる。

 

「普通の電波が遮られるっていう、深海棲艦の巣よね。訓練で行くの?」

『そう。数日前に小さいのを見つけたから、大きくなる前に潰しておくのよ。その無線機のテストも兼ねてね』

 

 すっかり説明役が板に付いてきた叢雲は、そのまま続ける。

 

『前にも言ったけど、『深海』っていうのは深海棲艦にとって、『鎮守府の結界』みたいな物なの。自分たちに有利な領域。それで、だいたいの『深海』は、その中枢に強力な要石の役割を持つ個体が居座っているわ。そいつを倒してしまえば、『深海』は力を失い、消滅する。再発生するまでのしばらくの間は……ね』

「あ、復活するんだっけ、そういえば。どれくらい掛かるの?」

『そうね……。経験から言えば、一度潰してしまえば最低でも一ヶ月以上は掛かるはず。ただ……』

「?」

『……“グレイ・グー”の直前に限っては、異常に復活が早かった気がする』

 

 やや自信なさげに叢雲が言った。

 

 

「“グレイ・グー”の兆候自体は存在してたってことか」

「……もしかして深海棲艦は、等比級数的に勢力を増す性質がある……?でもそれじゃあ、八年間も再発しないのは不自然よね。抑止力の影響も考えないと……」

 

 俺も遠坂も、勝手に思考に没頭しそうになるが、意外なところからストップが掛かった。

 

『二人とも。考えに耽るのは帰投してからの方がいいよ』

「響?」

『この八年間、深海棲艦に関する情報は自前の物しか無い。奴らがどの程度進化しているかなんて誰にも分からないんだよ。だからきっと、不測の事態は起きる』

『Yes.今は目の前のミッションに集中。ネ?』

「ごめん。了解よ」

「こっちも気を付けるよ」

 

 再び叢雲が説明を続ける。

 

『……『深海』の場合、踏み込んだ瞬間に、こちらの存在が敵の中枢個体に察知される事もある。私たちの鎮守府がそうであるようにね。いきなり砲弾が飛んできてもおかしくないってワケ。だからこちらも隠密行動なんて考えずに、電探の探知距離を最大にして索敵する』

「私たちはどうすればいい?」

『基本的には自衛に徹していて。被弾しないことを最優先に、『深海』の攻略を覚えていくの。金剛との模擬戦で見せたくらいの防御術があれば、多分安全だとは思う』

「まあこっちにはとっておきの『盾』もあるからね……。とりあえず何かあれば指示お願い」

 

 すぐ隣を航行する龍驤が会話に加わる。

 

「なあ、そろそろ偵察機上げてええんちゃう」

『そうね。龍驤及び鳳翔は、彩雲で当作戦海域を捕捉したのち、『深海』の外周を遠巻きに飛行、作戦海域の規模を確認して』

 

 叢雲の指示に二人の空母は了解の意を返す。

 

 

「では発艦致します」

 

 鳳翔さんがほとんど弓道のような動作で矢を番えている。

 小指と薬指の間には、二本目の矢が挟まれていた。今番えている矢、“甲矢”に対して二本目を“乙矢”と呼ぶ。

 鳳翔さんは、流麗な動作で甲矢を射った後、瞬間的に乙矢を番えて撃ち放った。

 目にも留まらぬ二連射。

 

 通常の弓道には無い射法に驚いていると、先に放った甲矢は鬼火のような光を発して、一機のプロペラ機に姿を変えた。

 続く乙矢は、プロペラ機に追いついて命中したかと思うと、光の粒子となってプロペラ機へと吸い込まれていった。

 

「あれは……?」

「はい、容易に撃ち落とされたりしないよう、祈りを張りました。一度くらいなら、あの子を護ってあげられるはずです」

「そんな事が出来るのね……まるで魔術みたい」

 

 後半の呟きは、遠坂の隣にいる俺にだけ聞こえた。

 発艦した偵察機“彩雲”は、一度こちらへ戻ってくると、頭上をぐるっと大きく一周してから飛び去っていった。

 鳳翔さんはその機影に小さく手を振っていた。

 

「無事に帰ってきてくださいね……」

「こっちも出撃するでー!」

 

 龍驤は鳳翔さんと違い、弓を持っていなかった。

 代わりに円筒形の巻物のような物を出現させると、空中にズバッと広げた。

 

「さあいくで」

 

 伸ばした二指の先に明るい火が灯り、その中に『勅令』の文字が浮かび上がった。

 すると広がった巻物から、神道で見られる“形代”のような物が一つ浮き上がり、巻物の紙面を滑るように流れていき、端から飛び出す頃には偵察機の姿に変わっていた。

 

「それって絶対……」

 

 遠坂も驚いている。

 明らかに日本固有の魔術系統の意匠が感じられるのだから無理も無い。

 艦娘の誕生に、何らかの形で魔術師が関わっているのは、もはや疑いようがない。

 

 龍驤が発艦させた彩雲も、鳳翔機を追いかけるように飛んでいく。

 

「実際にウチら空母艦娘のやりを見るのは初めてやろ?ウチらは本体の戦闘力がない代わりに、艦載機を駆使して色々やる艦種なんよ」

「ですから、皆さんと同じように中央で守って頂いているわけです」

 

 龍驤の説明に鳳翔さんが続ける。

 

「魔術師で言うと人形師みたいなものね」

「よく分からんけど多分そんな感じ。それで、ウチらは艦載機が収集した情報を直接理解したり、艦載機の視点を自分の視点と重ねたり出来るんや。空母がいると、その艦隊の索敵能力は結構上がるんやで」

「勿論これは、敵にとっても同じ事です。もしも皆さんが見落としている敵艦載機を見つけた場合は、すぐに無線で通達してくださいね」

 

 

 それから暫くして、二機の彩雲は目標の『深海』を見つけたようだ。

 二人の軽空母は情報を遣り取りしたのち、無線で全艦隊に報告してきた。

 

『彩雲から入電や。作戦海域を捕捉。距離は18000、形状はほぼ真円で、直径7000の模様』

『こちら叢雲。このまま行けば約48分後に外縁部に到達するわ。実際には『深海』の1000メートル手前から金剛は電探の範囲を全開にして攻撃開始。中枢個体を探しつつ強力な個体は手当たり次第に沈めて。龍驤及び鳳翔は金剛の攻撃と同時になるように航空攻撃。事前に艦載機上げといて。無理せず、対空能力の高そうなのは避けて、取り巻きを減らして。先行する暁と響は、艦隊に潜水艦を近づけさせないで』

 

 叢雲は一気に指示を出すと、最後に「道中の警戒も引き続き厳とすること」と付け足した。

 各々了解の意を返す。

 

 

 事態が動いたのはそれから半時間後だった。

 

『こちら鳳翔。作戦海域の外縁部に敵水雷戦隊を確認しました。軽巡1、駆逐5』

 

 予想していなかった動きに、思わず質問してしまう。

 

「敵に気付かれたのか……?」

 

 すると隣の龍驤が応えてくれた。

 

「いや、機械的な巡回行動やね。対空電探も動いとらんよ」

「でも、厄介事は増えたってことだよな」

「まあなー」

 

 そこで叢雲から指示が入る。

 

『作戦を修正する。第一目標を外縁部に出現した水雷戦隊に変更。初撃は航空攻撃にて行う。攻撃隊の発艦始めて』

 

 その言葉に従って、二人の軽空母は先と同じように発艦作業を開始した。だがその数は段違いだ。

 龍驤からは桜吹雪のように形代が舞い上がり、姿を変じさせていく。

 鳳翔さんの放つ一矢は、渡り鳥の群れのような編隊を生み出す。

 直援機、というのが含まれるため、全部が攻撃隊というわけではないらしいが、合わせて五十機程が二人によって放たれた。

 どれもが、最初の日に医務室で見た艦載機よりもかなり大きく、小型の猛禽類くらいはあった。

 攻撃隊は一見纏まりがないように見えるほど横に大きく広がりながら、水平線へと飛んでいく。

 

「ん……?」

 

 よく見ると金剛と、後方の天龍からも、一機ずつ発艦したようだ。

 程なく無線で叢雲の声。

 

『全艦隊、第三戦速』

「えっと」

『第一戦速が18ノットですカラ……?』

「24ノットね。了解」

 

 第二戦速……第三戦速……と、3ノットずつ上昇していくらしい。俺はメーターを睨みつつRHIBの速度を上げた。

 これだけの速度が出ていても、艦隊全員が遅れることなく進んでいる。

 

 やがて、攻撃隊が水雷戦隊の上空にさしかかったらしい。

 

「急降下爆撃、開始致します」

「こっちもいくで!」

 

 数秒後、無線に報告が流れる。

 

『敵旗艦行き脚止まり』

『……合わせて駆逐四隻撃沈、旗艦と残り一隻もすぐに沈みそうやね』

 

 それを受けて叢雲は号令を下した。

 

『良し、艦戦はそのまま、艦爆隊は戻して。全艦隊第四戦速。戦闘開始よ』

 

 その瞬間、一帯が帯電したかのように張り詰めた。

 

「なに……?」

「金剛の電探か?」

 

 電波の代わりに霊波を用いるという艦娘のレーダー。

 だがこれほど重圧を感じたのはこれが初めてだ。一体どのくらいの出力なのだろう。

 

『この艦隊の周囲10000mを探査。作戦海域以外に水上艦の反応はありまセン。『深海』内に反応無数。……中央部に中枢艦隊と思しき強力な反応を捕捉。距離約6000……手前の方の敵から叩いていきマース!』

 

 金剛の声が流れるや否や、右側から物騒な変形音が届く。見れば彼女の艤装は、あの列車砲のような長距離用に組み変わっていた。

 

『Hey 空母ガールズ!ワタシの水観だけじゃイマイチなので、どちらかの彩雲を使わせてくだサイ』

『でしたら是非私の……と言いたいのですが』

『まあウチのほうが融通が利くしな。ホラ、視点だけ貸したる』

 

 伸ばした二指に挟んだ“形代”を金剛の方へと飛ばす龍驤。

 形代は、金剛のカチューシャ型の艤装に張り付いて、溶け込むように消えた。

 

『Thanks. ……彩雲との情報連結を確認。よく見えマス。そのまま『深海』の中へ』

『よし。水観からあんまり離れんように飛ばせばいいね。艦戦隊も突入や』

 

 俺や遠坂にはよく分からない会話が暫く続く。

 

『敵中枢艦隊を確認。旗艦は……空母棲鬼デスね、この娘。鬼じゃなく姫かも。随伴は戦艦1、ヌ級系が4、駆逐2、それから補給系が2』

『周囲には護衛部隊が3部隊ほど確認できます』

『問題無さそう、かしら。ワ級がいるなら、放置したら『深海』を広げられるわね。金剛は中枢艦隊を集中攻撃して』

『向こうもこっちの機体を捕捉したネー。まだ遠いデスが対空砲火と発艦準備を確認。モタモタしてられまセン』

 

 しかし、主目標との距離は6000メートルと、未だ水平線の向こう側だ。もう暫くは待機だろう。

 そう思っていたのだが……。

 

『それじゃあ撃ちます!Fire!』

「もう撃てるのか?」

 

 長大な砲身が火を噴いた。砲弾は遙か彼方へと消えていく。

 

「水平線越え射撃!」

 

 そうだとすれば、先ほどの遣り取りの意味も理解できる。どんな射撃の名手でも、見えない/認識できないものは狙えない。しかし、電探や観測機などが取得する情報を、五感と同じように直接理解できるとしたら、可能性は出てくる。

 

『……ハズレ。弾着やや遠。諸元修正、本射撃 Fire!』

 

 巨大な砲身が、連続して火を噴く。しかしこれだけ離れているからか、流石に命中率は高くないようだ。

 

『挟叉。偏差修正……ハズレ。偏差修正……ハズレ。ハズレ。んー……』

 

 暫くそんな状況が続き、見ている方もやきもきさせられる。

 

『こちら鳳翔。空母棲姫及び軽空母ヌ級F個体からの艦載機発艦を確認。私と龍驤で航空優勢を確保しますが、なにぶん数が多いです。撃ち漏らしがこちらへ到達するでしょう』

『対空戦闘だな。ようやくオレの出番か』

『こちら叢雲。響と天龍は配置交代。私と天龍、暁、それから凛と衛宮士郎は対空戦闘用意!』

『『了解』』

「りょ、了解」

 

 海上戦闘についても座学で学んだはずだが、いざ実戦となると未だ不安が強い。自分には見えないところで戦況が変化していくのがもどかしいというのもある。

 まるで目隠しして将棋を指しているような気分だ。

 

 その時、金剛が朗報を告げた。

 

『こちら金剛。戦艦タ級撃沈、ヌ級F撃沈2小破1。軽空母なのに小破で耐えるとかドン引きデスよ……改のフラグシップ級ですネーこれ』

「いつの間に!?」

「敵の射程外からの一方的な蹂躙ね……」

 

 遠坂と二人、唸らずにはいられなかった。

 前に叢雲が、金剛のことを“鎮守府で一番の実力”と言った事があったが、その理由がよく分かった。

 

『ワタシ一人ではこう上手くはいきまセン。連携の賜ネ!』

『勘が戻ってきたみたいね。そのまま空母棲姫もよろしく』

 

 叢雲が言った。まるで、コンビニ行くついでに牛乳もよろしく、くらいの気楽さだ。確か鬼級や姫級は、特に強力な深海棲艦に対する呼称だったと聞いているが……。

 

『さ、流石に『装甲』がありますカラ、飽和させるのに時間が掛かりそう……。もうすぐ『深海』。敵が視認できるはずデス。リンもシロウも、警戒を厳としてくだサーイ』

「分かった」

 

 前方へ目を凝らすと、空に小さな点が幾つも飛んでいるのが見える。

 強化された視界に映るソレは、艦娘の艦載機とは明らかに異なり、白っぽい球体だった。

 

「あれが深海の艦載機……」

 

 呟いた言葉に龍驤が応えた。

 

「敵の“旧”新型艦載機、通称“たこやき”、もしくは“猫やき”や」

「なにそれ」

「見た目がそれっぽいからなあ。でも、めっちゃ痛い攻撃落としてくるから、気を付けときなー」

 

 そう言われてもう一度目を凝らすと、確かにそう呼びたくなる気持も分かるような……。あ、でも凄く凶悪な歯が剥き出しで生えている。駆逐級といい、あの艦載機といい、深海棲艦はどこか恐怖や嫌悪を感じさせるデザインをしているんだな。

 

「士郎、操縦は私が代わるから、対空射撃に専念して」

「大丈夫か?」

 

 遠坂はやや得意げに言った。

 

「士郎の操縦を見て覚えたわ。私才能あるかも」

 

 ……まあ自動車の運転も、恐れていたほどの事態にはならなかったし、任せても大丈夫だろう。

 

「……なによ」

「いや、頼む」

 

 操縦席を代わり、ゴムボートの中央に立つ。

 

「よっと」

 

 ワイヤーを投影し、自分の腰からボートの左右の縁に固定する。揺れる船上で立ち上がっても、バランスを崩さないための備えだ。

 無いよりはマシだと思いたい。

 

『対空戦闘、攻撃始め』

 

 天龍や暁たちが、比較的小口径の砲から空に向けて大量の砲弾をばら撒いている。

 対空戦闘では、威力の高い大口径主砲ではなく、取り回しと連射性に優れた高角砲や機銃(機関銃)が有用らしい。

 先頭の敵機は既に1000メートル以内にまで近づいているようだ。

 一機、また一機と撃ち落とされていくが、簡単に全滅とはいかないらしい。各機体がばらけて飛んでくるため、狙いが定めづらいのだ。

 

(鳳翔さんたちの艦載機がばらけて飛んでいったのもこれが理由か……)

 

 そう思いつつ弓を構える。

 番える矢の数は一度に三つ。

 今の俺にとって、この不安定な海上では正確な射撃は難しい。それならば天龍たちのように、量で勝負しようというわけだ。

 

(艦載機は脆い。宝具では威力過剰だな)

 

 赤原猟犬ならば確実に当てられるだろうが、たった一機の艦載機に対して使っていては、いくら魔力があっても足りない。

 

 そうして撃ち出された矢は、見事に何も無い空間を貫いていった。

 

「……」

 

 再び投影した矢を射る。

 敵艦載機の近くまで矢が到達した時、意図的に投影のイメージを破綻させる。すると矢は破裂して、無数の破片を撒き散らして消えた。

 これは『壊れた幻想』では無い。だから威力は比べものにならないほど低いが、それでも一機、黒煙を引きながら高度を下げていく“たこやき”。その下部から、爆弾のようなものが投棄された。

 

「諦めたのか……?」

「誘爆を恐れたのかもな。何にせよ実質的に撃墜や」

「そっか」

 

 その後も対空砲火は続き、白い艦載機は無事全て撃墜された。

 

『間もなく『深海』に突入するから。敵の砲雷撃に注意して。金剛、空母棲姫は?』

『『装甲』は剥がれマシタ!本体は未だ損傷軽微……あ、肉眼で捕捉出来てるネ』

 

 言われて気付いた。遙か遠くに、その異様が浮かんでいる。

 その姿を見て嫌でも気になるのは――――

 

「あれが空母棲姫……。あれは艦娘じゃないんだな」

「ちょっと士郎!?」

『Yes!強力な深海棲艦デス。()()()()()()()()()()()()()?』

 

 遠坂が慌てた理由は分かる。

 俺の質問は、捉え方によっては艦娘たちへの侮辱となるかもしれない。

 だが、こちらを睨む白いその姿は、人間だと言われても違和感なく受け入れられそうなほど、人間のカタチをしていた。

 

「ああ、少し違和感はあるけど、人間に見える……。艦娘と同じように」

『そうデスカ』

 

 何故かその声からは、僅かな安堵が感じられた。

 

『個人的にシロウのその感想は嬉しいネー。でも』

『でもあれは絶対的に敵よ。どれほど姿が似通っていても。沈めなきゃ殺されるわ』

『だから躊躇はしないで。それがあの子のためにもなりますカラ』

 

 その時、空母棲姫の艤装がキラッと光った。

 次の瞬間、赤い閃光がゴムボートに着弾し、爆風を撒き散らす。

 より正確には、遠坂が張っていた障壁に着弾したのだ。

 

「……っ!ちょっと!?空母なのに砲撃してきたんだけどアイツ!」

「流石にまぐれ当たりでしょう。しかし、よく防いでくれました。怪我はありませんか?」

 

 鳳翔さんが胸を撫で下ろしている。

 

「なんとかね!でもこんなのを複数もらったらキツいかも。士郎!」

 

 遠坂の視線が俺を射貫く。アレは覚悟を決めた目だ。

 

「倒すわよ」

「……分かった」

 

 俺も覚悟を決めよう。

 

『金剛!』

『分かってマス!全砲門、Fire!』

 

 金剛の艤装が、幾つもの砲門を備えた普段に近い形状に変化していた。叢雲や暁たちも、一斉に砲撃を行っている。

 既に艦隊は、『深海』に足を踏み入れていた。海水は黒く濁り、注意していれば、少しの息苦しさを感じる。魔力の無い一般人なら、或いは体調不良や昏倒に至るかもしれない。

 空母棲姫は、巨大な艤装から更に艦載機を排出し、同時に砲撃による攻撃を仕掛けてくる。

 

 早急に片を付ける必要がある。

 投影し、矢として番えるのは偽・螺旋剣。

 最大威力で放つため、時間を掛けて魔力を込める。

 

 途中、空母棲姫の砲撃が艦隊に降り注ぐ。

 暁の悲鳴が聞こえた。見れば、腕の艤装が吹き飛び、血が流れている。

 

「……!」

 

 思わず指を放してしまいそうになるが、ぎりぎりの所で堪えた。あと二十秒。

 

『こちら暁。小破です。修復まであと90秒くらい』

『こちら叢雲。暁は修復完了までやや後退して』

 

 自然に……治癒するのか?

 叢雲の反応からしても、その可能性が高い。あと十秒。

 

『敵右翼から水雷戦隊が接近。合流されれば少し厄介です。早急な撃破を』

『空母棲姫中破!回復される前にこのまま押し切りマース!』

 

 鳳翔さんの報告に金剛が応じる。

 それを意識の片隅で聞きながら、結実しつつある幻想を仕上げに入る。刻印を通して流れ込んでくる遠坂の魔力が、自分一人では不可能な領域まで投影物を押し上げていく。

 

――――I am the bone of my sword(我が骨子は捻れ狂う)

 

 敵までの距離はおよそ2000。完了まであと……

 

「征け。――――“偽・螺旋剣(カラドボルク)”!!」

 

 音の六倍の速さで奔るそれは、既に半壊していた空母棲姫の艤装を完全に吹き飛ばし、彼方の空へ消えていく。

 呆然とした様子で立ちすくむ空母棲姫。その胸部には、大穴が穿たれていた。

 

「――――」

 

 “彼女”は海面に崩れるように、ぺたりと座り込み、空を眺めていた。

 やがて白い身体は、足元から光の粒になって、蒼い空へと吸い込まれていった。

 

『空母棲姫の消滅を確認』

『……ありがとうシロウ。彼女の最期があなたで良かった』

 

 それはどういう意味だろう。

 聞き返そうとしたが、叢雲が続けて指示を出した。

 

『まだ油断しないで。引き続き敵残存戦力を殲滅する』

 

 

 その言葉で俺たちは緊張感を取り戻した。

 油断なく攻撃を続け、10分後には全ての敵を撃沈することが出来た。

 

 

 

 

 

 

「衛宮お前、普通に当たるじゃねぇか!あの最後の一撃よぉ」

「ああ、いつも以上に集中できたからかな?失敗しなくて良かった」

「早速特訓の成果が出たんじゃないデスカ?これは今後も継続しないとネー」

 

 電探やソナーで敵がいないことが確認され、天龍や金剛がゴムボートに集まってきていた。

 

「それで、暁。怪我は平気なのか?」

 

 そう問いかけると、暁はどこか決まり悪げに頷いた。

 

「……?本当に?ちょっと腕見せてみろ」

「あっ。ち、ちがうの。もう直ってるから……!」

 

 彼女はいじけたように俯きながら

 

「ただ、暁だけ被弾しちゃってかっこ悪いな、って」

 

 隣で響が溜息を吐いた。

 

「あんなのは確率の問題だろう。性能や技術とは関係ない。皆わかってるよ」

「うぅー。それは暁もわかってるもん!」

 

 どうやら理屈ではないようだ。難しいお年頃なのだろう。微笑ましいが、それはそれとして疑問は残る。

 

「それで、怪我は勝手に治るのか?艤装も元通りだけど」

「あ、そ、それは」

「あー。昨日言った内のひとつデスネ。“人間とは違うところ”」

 

 なるほど。俺たちを怖がらせたくないとか、そういう気を遣ってくれたのか。

 気がつけば、暁の頭をナデナデしていた。

 

「でも、魔術師だって遠坂みたいに怪我を治癒魔術で治したり出来るし、そんなに気にすることじゃないぞ」

「そうね。何処かの誰かが毎度毎度怪我するお陰で、治癒魔術は随分上達出来たわねー」

 

 藪蛇だったかー。

 

「ところで気になったんだけど、中枢個体を倒したのに、海の色はまだ黒いままなの?」

 

 遠坂の問いに、叢雲は「そう言えば……」と辺りを見渡して

 

「そろそろ『深海』が消えてもいい頃だと思うんだけど……」

 

 ……あれ?

 

 そこで俺は、奇妙なことに気がついた。

 いつの間にか皆の中に、一人、見慣れない艦娘がいる。ニコニコと楽しそうに笑っている。黒いフードを被ったその子は、いや、もしかして

 

「深海棲艦……?」

「ん?」

 

 その子は、笑顔のまま小首を傾げると、金剛の右腕を引き千切った。

 

「……ぎ」

 

 声を上げようとした金剛は、フードの少女に蹴り飛ばされ、数十メートル向こうの海面で飛沫を上げた。

 理解が追いつかない状況の中、その少女は口を開く。

 

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!

 

 その絶叫を受けて、ようやく思考力が戻ってくる。

 

「戦艦レ級……!!」

 

 叢雲がその名を叫んだ。

 

 戦闘はまだ終わらない。

 『深海』は今、その口を限界まで広げて、俺たちを飲み込もうとしていた。

 


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