火線が奔る。
光が溢れ、視界を埋め尽くす。目を開けていられない。
全ての感覚が曖昧になったような一瞬の後、開けた視界には、有り得ない光景が広がっていた。
隣に立つ叢雲の唇が、震えるように開かれた。
「なによ……これ……」
無意識に一歩後ずさり、ざり、と乾いた音を立てた足元に視線を落とす。
直前まであったはずの海面は、錆び付いた地表へと変化していた。
――――それは、夜明けの訪れた荒野だった。
命の気配は何処にも無く、風化した大地を鋼の風が吹き抜ける。
荒涼とした地面に突き立つ無数の剣。
無造作に、無尽蔵に存在しているそれらの剣は、まるで一つひとつが墓標のように見えた。
そして、100メートルほど離れたさき。多くの墓標たちに隔てられた彼方には、大蛇を思わせる巨大な艤装が存在していた。
戦艦レ級。
「悪い。やっぱり二人とも巻き込んじまったか」
ワタシたちの前には、申し訳なさそうにこちらを見るシロウ。
優しい声と、何処か触れれば壊れてしまいそうなその表情。
全く似ていないはずなのに、何故それがこの寂しい風景と重なるのだろう?
『正義の味方が着任しました。』
『第25話 全開』
「遠坂が言うにはさ」
シロウが前方へ手を翳しながら言った。
すると、何処からか一振りの剣が高速で飛来し、シロウはそれをしっかりと掴み取った。
リィン……と刃先が振動する心地よい音が響く。
レ級はまだ、こちらを見ていない。人間や艦娘への攻撃本能が、深海棲艦の根源的な行動原理だと言われているが、一時的にそれを後回しにするほどの異常を感じ取っているのだろう。事態を把握しよう周囲を見渡している。
それでも、互いの砲撃が時間を置かずに届いてしまう距離に、ワタシたちはいた。
「あの深海棲艦は、『深海』の暗い海水と繋がっている可能性があるらしい。『深海』の中にいる限り、再生力が高すぎて厳しいだろうって」
それは薄々感じていたことだ。
このレ級は普通の深海棲艦よりも、『深海』の恩恵を強力に受けている。
「だから魔術で、『深海』とヤツとを切り離した」
「切り離した、って……」
そこで、レ級の周囲を舞っていた艦載機群が消えているのに気がついた。
リンは確か、レ級と艦載機を切り離すと言っていた。つまりさっきまでいた海にはまだ、艦載機が残されているのだろうか。
「あとは本体をなんとかするだけだ」
その言葉と共に、レ級がこちらを振り向いた。100メートル以上はありそうな艤装も、こちらへ狙いを定めるように向けられる。
「二人は怪我の回復に努めてくれ!」
こちらを見ずにそう言い残すと、シロウはレ級へと駆けた。別人のような膂力を発揮し、ひとっ跳びごとに10メートルの距離が0になる。明らかに人間の出せる速度ではない。
「待ちなさい……!」
叢雲が叫ぶ。
ワタシたちの損傷ならとっくに完治している。そう言おうとするが、更なる異変に見舞われた。
後方から、幾条もの剣がワタシたちを追い越して射出されたのだ。それらはシロウに追従するようにその周りを飛行している。
そして、シロウを狙ってもたげられていた大蛇の鎌首が、敵を食い千切らんと解き放たれた。
その限界まで開かれた顎が、大地を削りながら迫ってくる姿は、さながら超大型重機が鉄道を猛進してくるかのようだ。
「シロウ!!」
彼の居た場所を、レ級の艤装が抉り取りながら通過した。大量の土煙が巻き上げられ、視界が悪くなる。
シロウが轢き殺される様を幻視する。だが――――。
土煙の中で、キラキラと光る剣閃だけが、シロウの進路を示すように奔った。
恐らくすれ違うようにして切り刻んだのだろう。煙が晴れた後には、側面を幾箇所も切り裂かれた大蛇だけが残る。胴体の中心近くまで切り込まれた凄惨な傷だ。シロウが持つ奇妙な剣の長さでは、あんなに深い傷が出来るのはおかしい。
シロウの姿はレ級本体の上空にあった。
空中に出現させた剣を足場にして蹴り上がったシロウは、体を半回転させながらレ級を捕捉し、何かを投擲するように何も持っていない右手を振り下ろした。
その瞬間、シロウを追従していた剣の群れは、解き放たれた矢のような勢いで、レ級のいる大地目掛けて突き刺さった。
(マズい……!)
相変わらず混乱したままだが、深海棲艦相手に空中に留まり続けるのは悪手だ、と伝えないと。
だがそれよりも早く、煙を裂いて現れたレ級からシロウへ向けて、対空射撃が見舞われた。肩や腹を先ほどの剣で貫かれているが、レ級は気にした様子もない。
巨大な大蛇型とは別に、背中から艦娘と同じような艤装が生えている。
シロウは間一髪で防いだらしい。落下しながらも、花弁のような深紅の光が凶弾を弾いている。
「Fire!」
大蛇の艤装の隙間を縫うように、レ級本体を砲撃する。
叢雲も、再び光を噴出させながら疾走しつつ、シロウへ叫ぶ。
「上からは攻めないで!対空用砲弾は近接信管よ!近づくだけで破裂する!」
「――――わかった!」
その言葉と共に、彼の周囲の墓標――――大地に突き刺さる剣の群れが、一斉に浮き上がる。
レ級からの直接の砲撃は、それらの剣が舞うような動きで弾いていく。
見事としか言いようがないが、一度の被弾が命取りであり、心臓に悪い光景だというのは変わらない。
「このっ!」
叢雲がレ級の背面へと辿り着き、シロウから意識を逸らそうと距離を空けて本体の艤装を狙う。レ級は規格外の艤装を出現・接続しているにも関わらず、素早い動きで射線から逃れると、叢雲に襲いかかった。
しかし叢雲はワタシたちの中では恐らく最速だ。気を抜けば見失いそうな速さ。距離を離しつつ牽制を続けるだけなら、なんとかなるだろう。
ワタシはこちらから本体を狙い、行動の制限と『装甲』の飽和を支援する。
そしてシロウは――――
「シロウ、後ろ!」
シロウの背後では傷だらけの大蛇が起き上がり、死に物狂いで突貫してくる。
「……っ、閉じてろ!」
シロウが叫ぶ。
大蛇の上空に、身の丈を超すほどの大剣が複数精製され、引き絞るように槍状に伸ばされる。かと思うと大蛇目掛けて落下し、大顎や胴体を貫通して大地に縫い止めた。
これで一時的にレ級の主武装を封じることが出来た。
シロウもそう思っただろう。
ワタシも意識を本体の方に向けようとして、それを見てしまった。
地に縫い付けられた巨大な頭部に、ポツポツと、まるで水疱のように無数の砲口が形成されていく。
同時に頭部全体が風船のように膨張し始めた。
(爆発?撒き散らす……?間に合わな……)
警鐘が脳裏に鳴り響いている。
ワタシの修復力なら死にはしないが、シロウが食らえばお仕舞いだ。
遅れてシロウも異常に気がついたようだ。
目を見開いて、こちらに手を伸ばしている。
咄嗟に助けを求めているのか。
そんなふうに考えたワタシは、全く彼のことを理解していなかったのだろう。
深紅の花弁が開いてゆく。
シロウではなく、ワタシのそばで。ワタシを爆発から守るように。
「な……っ!」
そして、膨れ上がった艤装の頭部が破裂する。
全方位に空間を埋め尽くすほどの砲弾が撒き散らされた。
何も見えなくなるほどの暴力の嵐を、深紅の花は耐え抜いた。
「シロウ!!」
心臓を握り潰されるかような焦燥感と共に、シロウを探す。
彼の前面には、たくさんの剣がまるで魚鱗のように組み合わさり、即席の盾として展開されていた。
しかし、とても完全に防御できたようには見えず、半分近くが砕けている。役目を終えた剣が、次々と落下し地面に散らばった。
さらに服が破れ、流血している箇所も散見された。
「バカっ……!何考えてるネ……!」
どう考えても自分の防御を優先すべき場面だった。意味がわからない!
怒りのままに、レ級本体へ向けて砲弾を叩き込む。これ以上シロウが無茶をする前に終わらせないと。
しかし、見込みが外れる。レ級はまだ力を失っていなかった。
頭部を失った大蛇。多少短くなったとはいえ、未だ100メートル近いそれが、レ級を中心として薙ぎ払うように振るわれる。向こう側で叢雲を吹き飛ばしたソレが、弧を描くようにこちらへ向かってくる。
「ハ、ァアアア――――!」
シロウが、新たに作り出した剣を杖のようにして立ち上がる。
手に握るのは、先ほど大蛇の頭部を切り落とした時にも持っていた拗くれた剣――――
「
虹のように輝く光彩が、剣先から吹き出した。
全力で振るわれたそれは、迫り来る大蛇の胴体を完全に切り飛ばし、地面を数十メートルに渡って深々と切り裂いた。
切り飛ばされた大蛇がやけに緩慢に落下していくのを待たずに、ワタシはフード姿の本体へと駆ける。
それを見たレ級から強力な砲撃が飛来するが、そのまま一直線に距離を詰めていく。
『装甲』を突破され、腹や胸を貫かれるが知ったことか。今この状況で、その程度で、立ち止まれるワケがない。
砲身に全ての霊力を集め、絶対に外さない至近距離から打ち抜く。
レ級が、初めて焦ったように一歩下がろうとする。が――――
「!?」
背後からレ級の脚を、一本の槍が貫いた。
叢雲が咄嗟に投擲したその槍は、レ級の『装甲』に防がれることなく貫通している。
大蛇の艤装を破壊されて弱ったのか、それとも叢雲が撃ち込み続けた砲撃が効いてきたのか。
――――どちらでもいい。今すべきことは。
レ級の胸に、ピタリと砲身をあてがう。
「ヴァルハラで、先に待っててくだサイ」
間違いなくここ数年で最大威力の一撃が炸裂した。胸部どころか左半身のほとんどを喪失したレ級は、びっくりとした表情で空を見上げながら、残された艤装ごと光の粒子に変わっていった。
「――――っ、はあっ、はぁっ」
崩れるように膝をつき、肩で息をする。
こんなにも巨大な深海棲艦と戦ったのは初めてだ。そういえばあの子は最期、何を見て驚いたのだろう?
振り返りってレ級が見上げていた空を仰ぐ。
そして、有り得ない光景を見た。
空が、崩れ落ちてくる。
まるで天井に描かれた“空”の絵が砕けてしまったかのように、“空”の破片が降ってくる。
地面も、存在が急激に希薄になったかのように薄れていく。
再び世界が光に包まれ、目を開けるとそこは元いた大海原だった。
暗く染まっていた海水は、普通の色に戻っている。
レ級の艦載機も、何処にも見当たらなかった。
「戻って……来た……?」
少し離れた所にいる叢雲も、狐につままれたような顔をしていた。
そしてさらに離れて、シロウが空中に出現させた剣の上に、なんとか立っていた。
このままでは倒れてしまいそうだ。手を貸しに行こう。
そう考え膝に力を込めるが、その時シロウがふらりと倒れ込んだ。
「あっ……!」
このままでは海に落ちてしまう。慌てて飛び出そうとする、が。
「はい、お疲れ様。よく頑張ったわね」
遠坂凛が、ふわりとシロウを受け止め、抱きしめた。
びっくりして周囲を見渡すと、近くにゴムボートが泊めてあった。あそこから海面を歩いてきたのだろう。
「まったく、相変わらず心配掛けさせるんだから、士郎は」
リンの指が士郎の赤毛を優しく撫でる。
その目を見れば、彼女がどれほどシロウを想っているのか、誰だって分かってしまうだろう。
「とお……さか……?」
ようやく気がついたように、シロウが呟く。
そしてワタシは。
何故かその光景を見ていられなくて、目を逸らした。
戦闘は終了したはずなのに、鼓動が不規則に乱れている。
この時自分の胸に芽生えた感情が何なのか、ワタシには分からなかった。
令呪について
建前:
原作で人間に対する命令権としての描写は無かった気がする。
しかし間桐臓硯が考案者であり、間桐家は『使い魔』に造詣が深いとされています。サーヴァント(英霊の魂)は人間よりも使い魔として格上に当たるでしょう。
→鯖に効くなら人間に効くようなアレンジもおかしくは無いかな、と考えたので士郎には令呪に逆らえなくなってもらいました。
本音:『瞬間移動かめはめ波』ならぬ『瞬間移動UBW』が書きたかった。
偽・虹霓剣改について:
更なる無断改造済み。フェルグスが持ってるのはデカ過ぎるので、幾分スマートに(赤セイバーの剣に近い見た目)。丘を三つ切り裂いた剣なので、斬撃の射程延長が出来ます。燃費:多分わるい