正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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第26話 考察

 ――――時折、その剣戟を思い出す。

 

 何十合にも渡る攻防は未熟で、とても剣舞と呼べるものではなかった。

 不器用で、引くことを知らなかった剣のぶつかり合い。

 

 あの時。

 答えを失い、同時に答えを得た。

 

 プラスマイナスはゼロで、結局、何一つとして変わっていない。

 俺は俺のままで、こうして惰眠を貪り、薄れていく記憶を夢見ている。

 

 記憶は日に日に輪郭をなくしていき、今では相手の姿さえ思い出せない。

 

 

 

 ――――はずなのだが、何故か今はあの残響が、やけにはっきりと脳裏に響く。

 

(……?)

 

 風が、強く吹いていた。

 気がつくと、一面真っ白な世界に立っている。

 視線の先に、あの紅い背中が見えた。

 

(……っ!)

 

 風が勢いを増す。

 息が苦しい。

 目を薄く開けているのもやっとだ。

 

 俺が立っていられないほどの風の中を、ヤツは進んでいく。

 俺のことなど気にも留めていないようだ。そう思っているとヤツは、ほんの少しだけ振り返り、言った。

 

「――――ては貴様次第――。勝手に――んで――――手に終われ」

 

 そうして紅い影は、風の向こうへ消えていった。

 

(待て……それはどういう……!)

 

 声は出ない。

 伸ばした手は届かない。

 

 腹部に衝撃を感じる。視線を下ろすと、一対の夫婦剣『干将・莫耶』が突き刺さっている。 

 

(が――――!?)

 

 次第に、体を押し潰すような圧迫感が強まっていき――――

 

 

 

 

 

 

 

 俺はベッドの上で目を覚ました。

 掛け布団をどけて起き上がろうとしたが、お腹の辺りに重しが乗っかっているようで起き上がれない。

 

「やあ、ようやく目覚めたね。どんな気分だい?」

「――――あ……ぇ……?」

 

 小柄な女の子に乗っかられている。

 体の上に物を置いて寝ると悪夢を見るというが、よく分からない夢を見たのはこのためだろうか。

 というか、この子は……

 

「響……か……?」

「他に誰に見えるんだい」

 

 そういう声は、何処か不機嫌そうだった。

 

「……なんか怒ってないか?」

「キミはっ……!なんでそう言葉が出てくる!」

 

 ぼふぼふと布団の上から叩かれた。痛くはない。加減されているし、昨日の怪我だって遠坂のおかげでその日のうちに完治している。

 ――――あ。

 しかし今の響の表情を見て思い出した。

 

  『ずるい……!』

 

 俺は彼女の制止を振り切ってレ級に突撃したのだった。

 

「キミを行かせたおかげで、私は命令違反だ。叢雲にたっぷり30秒も怒られたよ」

「わ、悪かった。……ん、30秒?いやっ、ごめん響っ。頼むからぼふぼふは止めてくれ」

「……」

 

 不機嫌そうな顔のまま手を止める響。しかし俺のお腹を椅子代わりにするのは、止めるつもりがないらしい。

 仕方なく、上に乗っかった少女の目を見て言う。

 

「響、多分俺は、これからも俺のやり方を変えられない」

 

 そう、口にした。

 耳当たりの良い言葉で誤魔化すことはしたくなかった。俺はこれからも、不器用な生き方しか選べない。そうやって生きていくと、それでいいと決めたのだ。

 

「……わかってはいるさ」

 

 何処か拗ねたような気配。

 

「わかってはいるんだ。昨日みたいな深海棲艦がこの先現れた時、私たちだけじゃ力不足だって」

「……」

「叢雲や金剛さんなら勝てるかもしれない。でもキミたちの護衛に割ける戦力なんて残らない。後方支援以外でも、戦ってもらうしか、ない。それでも……」

 

 響は俺の目を見つめようとして、自信をなくしたように視線を逸らした。頭から帽子がずり落ちる。

 

「……それでも、キミたちを守れる艦娘でありたかったよ。すまない、全部私の八つ当たりだ」

「響……」

 

 艦娘は人間の為に在る。人を守ることが存在理由なのだと聞いた。こんな小さな体で、人類の盾として戦っている。

 それは構わない。例えそれが作られた精神性だとしても、彼女たちが自分でそう望んでいるなら、俺にどうこう言う資格なんてない。

 響の頭にそっと手を置いて、目を合わせる。

 

「一緒に戦わせてくれないか。響が人間を守りたいと思うように、俺も君らの助けになりたい。皆が怪我するのを見たくないんだ」

 

 しばらくじっとこちらを見ていたが、響は静かに俺の手をどかすと、両手で帽子を被り直した。

 

「私たちの戦い方は、基本的に怪我を前提としている。この先、無傷で済ませるなんて不可能だ。……でも、ああ。キミの言いたいことは理解した。せめて私の名にかけて、微力を尽くそうか」

 

 もしかすると俺の気のせいかもしれないが、この時少しだけ、彼女と信頼関係を結べた気がした。

 

 

「はい、冷たいお茶が入ったわ」

「ありがとう、なのです」

 

 突如沸き上がった人の気配に、ビクッとする。

 今まで全く気付かなかったが、隣を見れば、テーブルで遠坂と電がティータイムだった。

 時計を確認すると、時刻は午前十時前。

 

「おはよ。士郎にしては随分寝てたわね」

「お邪魔しています。響ちゃんがごめんなさい、なのです」

「い、いや悪いのはこっちだから……。それより今、気配偽装の術式とか使ってなかったか」

「別に」

 

 指輪くらいのサイズの草茎の輪を、机の端に置きながら遠坂は言った。

 よく見れば遠坂も電も、髪に赤いハイビスカスの花飾りが付いていた。なんとも南国っぽい。

 それにしても随分寝過ごしている。

 

 腹筋に力を入れて上体を起こす。

 無表情な顔のまま、響がお腹からずり落ちていく。

 

 今日は近海に出ての訓練はなかったと思うが、哨戒艦艇の整備の手伝いや、対魔力の訓練。それから金剛たちとの特訓もやっておきたい。

 そう考えていると、遠坂が言った。

 

「ああ、士郎は今日いちにち、魔術は禁止ね」

 

 ……なんと。

 

「昨日は結構無茶したでしょう。特に固有結界。アレを使った翌日は、安静にしていること」

 

 確かに昨日は衛宮士郎基準でいえば、かなり無茶をしたといえる。

 『カラドボルグ』の真名解放が三度に、固有結界の展開。他の宝具投影etc...

 いつも通りなら、かなり疲労が残っているはずだ。

 

(……?)

 

 何の気なしに自分の魔術回路に意識を向けて、違和感に気付いた。

 だが今は一旦置いておくことにする。

 

「わかった。今日は投影とか訓練とかは止めておく」

「よろしい」

 

 俺は大きく伸びをすると、隣の部屋へ向かう。

 

「ちょっとシャワーで寝汗落としてくるよ」

「あ、えっと、じゃあ電たちはそろそろ失礼するのです!」

「ん?ああ、悪い。気を遣わせて。でも着替えは向こうでするから出て行く必要はないよ」

 

 シャワールームへ入ろうとした時、声を掛けられる。

 

「――――待って」

 

 着替えとタオルを手に振り返ると、響が部屋の扉の前でこちらを見ていた。

 

「……Спасибо」

「へ……?」

 

 謎の言葉に驚いていると、響は電と一緒に部屋から去って行った。

 

「……遠坂、響はなんて言ったんだ?」

「さあ?ロシア語とかさっぱりなのよね、私」

 

 

 

 

 

 

 

 シャワーで汗を落とし、手早く朝食を済ませた後は、遠坂と連れ立って艦娘寮へと向かった。

 

「ん。来たわね」

 

 部屋の一つから叢雲が顔を出した。

 彼女に連れられて、小さめの会議室のような部屋へ案内される。中には先客、金剛がいた。

 着席した姿勢のまま、目を閉じて眠っているように見えたが、直ぐに目を開けると俺たちに微笑んだ。

 

「二人とも昨日はお疲れでしタ。身体は大丈夫デスカ?」

「ええ、お陰様で。貴女たちこそ平気なの?その……かなり激しい戦いだったけど」

「チョットSleepyなくらいデース」

 

 軽くおどけたように振る舞う金剛。

 全員が席に着くと、叢雲が遠坂に言った。

 

「もし出来るなら、この部屋を結界で封じてくれる?」

「それはいいけど……」

「他の子に聞かれたくない話もあるかもしれないでしょ」

「……そうね。じゃあ」

 

 遠坂はサイドアップにしていた髪から、挿していたハイビスカスを取った。茎の部分を折り取ると、バチッと音がして先端に魔術の火が灯る。

 それをチョークのように振るい、扉や窓、壁に向けて『þ(スリザズ)』や『|(イサ)』のルーンを刻んでいく。

 

「外からは音も、魔力も届かないわ。電探だっけ?それらも含めてね」

「ありがとう。……早速だけど、二人を呼んだのは昨日の戦闘を受けて『聞きたいこと』と、『話し合いたいこと』が出来たからよ。――――まず最初の問題は、戦艦レ級」

 

 叢雲の言葉に姿勢を正す。

 『深海』の中枢個体である空母棲姫を撃破した直後に、どこからともなく現れた深海棲艦。

 たった一隻によって、俺たちは追い詰められたのだ。

 

「正直に言うけど、あんな事は私たちにとっても初めてだったの。出現方法も、一個体としてあんな強力な深海棲艦も、昨日が初めて」

「じゃあ、アレが特別に強い個体なのか、それともこの先に何隻も待ち受けているかどうかも、不明ってことか」

「残念ながらね」

 

 なんとも不運な話だ。いや、本格的な作戦開始前に、危険を認識できただけで儲けものだった、のかもしれないが。

 金剛が手を挙げる。白衣の袖がヒラヒラ揺れた。

 

「一番の問題はあの出現方法ネー。直前まで感知できないのでは、対処のしようがありまセン」

 

 確かに、今後哨戒艦艇で出発したとしても、突然真横に出現されてしまえば即撃沈される危険性がある。

 そんな事態は何としても未然に防がないといけない。

 

「……金剛の電探にも、あのレ級は引っかからなかったんだよな」

「Yes。 反応が発生したのは腕を引っこ抜かれる直前ネー。正に晴天の霹靂って感じでフリーズしちゃいマシタ」

「まあ、あれは仕方ないよな」

 

 そっと隣を窺う。遠坂なら、なにか気付いたりしていないだろうか。

 そう思っていると、果たして遠坂は口を開いた。

 

「ねぇ、昨日撃破した空母棲姫は、強かった?」

「……どういう意味?」

 

 叢雲が怪訝な表情で問う。

 

「『深海』の根幹たる中枢個体として、相応しいだけの強さだったかしら?」

「そう言われるとどうでショウ?いえ……むしろやや力不足だった、かも」

「そう……。これは仮説なんだけど」

 

 そう前置きすると遠坂は、指を組んで何かを思い返すように話し始める。

 

「あの『深海』の中枢は、レ級だったんじゃないかしら。空母棲姫ではなく」

「どうしてそう思うの?」

「レ級の方が、あの暗い色の海域との繋がりが、強かったような気がしたの。空母棲姫はレ級と比較して再生力が低すぎた。レ級の場合は、暗い海水を取り込んで一瞬で艤装を修復していたように見えたわ」

「あ!あの時海水の色が薄まったのって、レ級が黒い水を吸い込んだからデスカ?」

「確証はないけど」

「それで?」

 

 叢雲は、完全に結論を待つ体勢になっている。

 

「あのレ級が本当の中枢個体だったとして、姿を見せる直前まで電探に反応がなかった理由は分かる?」

「仮説に仮説を重ねた考えで申し訳ないけど。……あの『深海』全体がレ級の身体なんじゃないかしら」

「え……?」

 

 俺だけじゃなく、叢雲と金剛も固まった。

 

「『深海』一面に広く浸透した、というか偏在しているというか。そんな状態になっていたら、貴女たちも感知できないんじゃない?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」

「遠坂。それはつまり、『深海』の内部ならいつでも中枢個体が目の前に出現しうる、ってことか?」

「その可能性は捨てきれない、残念ながらね」

 

 部屋にいる全員が、思わず黙り込んでしまった。

 やがてぽつりと、遠坂が呟く。

 

「……私としては、もう一度同じような『深海』を攻略してみたいわね」

「え、ええ……?」

「実験してみたいもの。幾つか対策を考えて、それが実証できれば、勝ち筋も見えてくるってものでしょ」

「……」

 

 叢雲と金剛はやや苦い表情を浮かべている。

 

「そういえば、昨日俺たちが固有結界の中にいた間、『深海』の様子はどうなっていた?」

「士郎が戻ってくる直前に綺麗さっぱり消えた。普通に考えてレ級の撃破に同期しての事態でしょう。『深海』と中枢個体が強く繋がっているなら、それを切り離せる“無限の剣製”は相性がいい。……幸か不幸か分からないけど」

 

 『深海』と強固に繋がった中枢個体は、イリヤスフィールという少女と似ているかもしれない。遠坂から聞いた話では彼女は、大聖杯が存在する冬木という土地に根ざした魔術師であったらしい。本人を土地から切り離さない限り、真っ当な魔術師では太刀打ちできない程に強力なのだという。

 

「ああ、その話で思い出したわ」

 

 叢雲の視線が俺を射貫いた。

 

 

「私たちは、あんたのアレが何だったのか、知る必要があると思う」

「……そうだな」

 

 流石に俺も、彼女の言葉が何を指しているのか、わからないほど鈍くはない。

 もう隠すつもりもなかった。

 

「あれは『固有結界』。俺がまともに使えるほぼ唯一の魔術だ」

 

 怪訝な表情を深める叢雲と、首を傾げる金剛。

 

「固有結界……。私と金剛はその結界に転送されたの?」

「唯一の魔術……?じゃあ、弓とか剣とかを出現させてるのはどういうことデスカ?あれは魔術ではないと?」

「それに科学で不可能な領域は『魔法』って呼ぶんじゃなかった?あれは間違いなく科学では不可能でしょ」

 

 矢継ぎ早に聞かれて返答に詰まってしまう。

 

「……えっと、あれは皆を転送したとかじゃなくて、自分の心をカタチにしただけなんだ」

「?」

「だから、別の場所に移動したとかじゃなくて、俺の心象で一時的に世界を描き変えたんだ」

「???」

「と、遠坂ぁー」

「いいわ、私が解説する」

 

 やれやれ、と見かねたように遠坂が対応してくれた。

 

「まず固有結界というのは、最上級の秘術なの。魔法に最も近い魔術とか言われることもある。士郎が使う剣の投影は、この固有結界という能力の一部みたいね。なんで士郎にそんな魔術が使えるのかはわからない……というか確証が持てない」

「心をカタチに云々は?」

「……『世界卵』って魔術理論があるの。術者を卵に例えてみて。卵の殻が肉体で、卵の中身は精神/心。で、“殻”の部分はそのままに、外と中身を入れ替えるのが固有結界。卵の中に、切り取った世界を閉じ込めて、逆に自分の中身である心象風景で外界を塗りつぶしているの」

「……叢雲、わかりマスカ?」

「……なんとなく」

 

 金剛はカシカシと頭を掻くと、諦めたように溜息を吐いた。

 

「まあ詳しい理屈は、正直分かりまセン。ワタシが知りたいのは、固有結界の発動でシロウにかかる負荷ネー。あんな現象が、何の負担もなく引き起こせるワケではないデショウ」

「それは……そうね。体力や魔力だけじゃない。精神や魔術回路への負荷だって相当なはず。あまり酷使すれば、最悪固有結界が暴走する事も――――」

「あー、それなんだけど。遠坂」

 

 何事かと視線が集まる。やや居心地の悪さを感じつつも、安心材料になるであろう情報を提供する。

 

「多分大丈夫だと思う。()()()()()()調()()()()()()()。一応今日は休むことにするけど、もしかすると固有結界を連発することだって出来そうなくらいだ」

 

 遠坂はぽかんとした表情でこちらを見ていたが、じわじわと表情が強ばって――――

 

「――――(エイワズ)!」

「うおっ!」

 

 いきなり俺へ向けてルーン魔術が炸裂した。

 思わず身構えてしまったが、攻撃的な物では無いようで、何の変化も感じられなかった。

 

「と、遠坂?」

 

 その表情を見て再び驚く。

 俺の見間違えでないならば、遠坂は絶望した、としか表現できないような表情をしていたのだ。

 

「どうしたのデスカ、リン!?」

 

 金剛に呼びかけられて我に返った遠坂は、顔を俯かせた。

 

「……その、早とちりっていうか、ちょっと動転した。本当に何でもないの」

 

 突然の豹変ぶりは俺だけでなく叢雲たちも気になっただろうが、遠坂の態度が追求を拒絶していたので、何も言わなかった。

 

「……とりあえず士郎は、固有結界の連続発動なんて無茶はしないでね」

「あ、ああ……」

 

 遠坂は気を落ち着けるように長く息を吐くと、自分の両頬を叩いた。

 

「ごめん、もう大丈夫。固有結界については、なるべく慎重に扱うつもりよ。次はこっちから聞きたいことがあるの」

「なに?」

「そうね、まずは貴女たち二人が使うあの奥の手から聞きましょうか。あれは、何を代償に発動しているの?」

 

 空気の凍り付く音が聞こえた気がした。

 

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