それは、彼女たちにとって踏み込まれたくない事だったのだろうか。
「金剛との模擬戦で一瞬見ただけでは、よく分からなかった」
遠坂が言葉を紡ぐ。
対する二人は、唇を引き結んだまま。
「そして昨日の戦闘で確信できた。あれは
「星幽体……?」
「神秘学で言うところの、物質体、エーテル体に続く階層のこと。当然エーテル体よりも高次にあって、魔術世界では『魂』というものは星幽界に存在しているとされている。……一説では、アーサー王が眠りについた妖精郷は星幽界にあるらしいわよ」
「……。それで、その星幽体をこの二人は……?」
「ええ、ある程度制御下に置いていると見ていい。エーテル体よりも高次のエネルギーであるから、爆発力も段違いだったってワケね。あの現象は、一般的に星幽体励起とか星幽体崩壊と呼ばれていたと思う。それを利用した術式があるとすれば、
遠坂は向かい合う叢雲と金剛に問いかける。
「――――消費する星幽体はどうやって賄っているのか。あなたたち自身の魂だけで、今まで持ちこたえられるとは思えないわね」
沈黙の幕が下りる。
やがて口を開いたのは金剛だった。
「リンの推測は正しい」
彼女は叢雲に目配せをした。
「……そうね。いつかは話さなきゃいけなかったんだし、丁度いい……か」
「そう考えるしかありまセン。……二人とも、チョットこちらを見てください」
そう言うと金剛は目を閉じて、両手でお椀を作るようにして机の上に載せる。
「……見えるデショウカ。この人が……いえこの子がワタシの艦長妖精デス」
「……?」
目を凝らすが、何も見えない。
「ぼんやりと、熱源のような物は感じるわ。輪郭はおぼろげにしか分からないけど、人の姿……よね」
遠坂には何か見えたらしい。
叢雲が感嘆の声を上げた。
「へぇ。あの提督と同等か、それ以上にはっきりと認識できてるわね。艦娘以外でそこまで見えるのは稀だと思うわ。普通は全く見えないらしいから」
後半は俺の様子を見てフォローしてくれたのだろうか。
もともと魔術などの才能には期待していない俺だ。曖昧に笑って済ませる。
「それで、『妖精』って言ったよな。確か鳳翔さんもそんな言葉を使ってたけど」
「そうよ。かつての私たち――――帝国海軍の艦艇に乗組員がいたように、艦娘には『妖精さん』がいるわ。昔日の彼らとの関係は不明だけど、普通に考えれば……関連があるんでしょうね」
「……ちょっと待ってくれ」
何か冷たい感覚が背筋を奔った。
遠坂は金剛たちの特殊な技能が魂を消費するのだと言った。
それに対して提示されたのが『妖精』なる存在。
「まさか……」
「ハイ、そのまさかデス。ワタシたちは、『妖精さん』の魂を犠牲にして、あの形態を発動していマス」
「……っ」
思わず言葉を失った。俺自身の善悪の基準から見てそれは、どう判断すれば良いのか。迷いが生じているのが分かる。
「……貴女たちは、その『妖精さん』ってのが人間の魂かもしれないと、確証は無いにせよ考えが及んでいたのよね」
「……ハイ。むしろその考えに至らない方がおかしい」
「それでも、あの形態を使わざるを得なかったのね……」
遠坂が何を考えているのか、俺にもよく分かった。
彼女らに対してマイナスの感情を抱くのが嫌で、納得できる理由を探している。
だが金剛は何処か突き放すように言った。
「リン。ワタシたちの葛藤だとか、苦しみだとかは関係ありまセン。事実としてワタシと叢雲は『妖精さん』を犠牲にしてきた。そして今後も……。最後には必ず地獄に墜ちるでしょう。そうでなくてはならない」
「そんな……」
あまりにも自罰的な思考に、咄嗟に反論しそうになる。
この島の皆は、人類のために深海棲艦と戦ってきたのだ。どうしようもない状況に追い込まれて、偶然発現した能力を使ったとして、それを糾弾するのは違う気がする。人類のために禁忌を犯すか、禁忌を恐れ滅びを静観するか。
どちらが正しいかは誰にも分からないことだ。
だが漠然と浮かんだ思考を言葉にするのは容易ではなく、結果的に沈黙してしまう。
「……痛っ」
金剛が唐突に顔をしかめた。その後もまるで、顔を叩かれたり抓られたりしたかのように痛がっている。
「艦長妖精?に怒られてるみたいね、彼女」
「『妖精さん』に……?」
遠坂が教えてくれた。
艦長妖精なる存在にとっては、金剛の思考は好ましくないということだろうか?
「……星幽体の出所は理解したわ。そういう事なら、貴女たちに聞いておいてほしいことがあるの」
遠坂は息を吐くと、リラックスするように顔の前で指を合わせた。
金剛と叢雲も注目する。
「もしその『妖精さん』が、人間の魂に関係のある存在だとして、その方法を魔術世界の観点から説明するとね。
「どういう……意味?」
「一般的な言葉で言えば……“あの世”か。“あの世”、もしくは“天国”にある魂を丸ごと引きずり下ろすことは不可能だってこと。地上に降ろせるのはコピー、本体の影法師みたいな存在なの。だから貴女たちの星幽体駆動形態は、人の魂そのものを辱めているわけじゃないの」
「……詭弁デス、それは……」
金剛が小さく呟いた。
「ワタシたちが、自分の乗組員を犠牲にしている事実は変わりまセン。ワタシは……そんな自分がおぞましい」
遠坂は少しの間、何かに逡巡するように押し黙っていたが、やがて頷く。
「そうかもしれない。実際に私も清廉な手段だとは考えていないから。……だから、私に出来るのはお願いすることぐらいかしら」
「お願い?」
「どうかその力を使って、私と士郎をマリアナ海溝まで連れて行って。皆で深海棲艦の発生源を潰すのよ」
俺を含め、遠坂以外の全員が息を呑んだ。
叢雲が声を上げる。
「……あなたたちの目的は帰還でしょう?マリアナに辿り着くだけで事足りるはず」
「そのつもりだったわ。でも気が変わったの。……ごめん士郎、私はこの二人の苦しみに意味があってほしい。犠牲になった魂を無駄にしたくない」
俺を見る目は、光を湛えていた。
遠坂はこういうヤツだ。
自分の心に嘘は吐けないし、正しいと信じたことのためなら全てを投げ捨ててしまう。
「出来ると思うのか、遠坂」
「士郎が手伝ってくれるなら、きっと」
「……絶対に解決して、二人で無事に戻らないとな」
「うん。心配しないで、なるべく士郎に無茶はさせないから」
「いや別にそれはいいんだけど」
俺にしても遠坂の意見に嫌はない。むしろ本来なら、俺から言い出していた意見だろう。
俺と遠坂は、少しずつ互いの信念に影響を与えているのかもしれない。
しかし、叢雲たちにとっては見過ごせない内容らしい。
「ちょっと、そこまでしてくれなんて頼んでないわ。この世界の問題なんだから、私たちで片を付ける」
「悪いけどもう決めたから。それに無償の奉仕ってわけじゃないの。帰還のためのポイントの安全性を確保するのは、こっちにとっても有益よ。それでも文句があれば……マリアナに着いてからお願い」
「……そうさせてもらうわ」
何を言っても無駄だという雰囲気を感じたのか、叢雲は引き下がった。少なくともこの場では、これ以上追求する気はないらしい。
「どうしてこうなったんだか……はぁ……」
一気に疲れた様子で叢雲が溜息を吐いた。
だが申し訳ないことに、俺たちが聞きたいことはまだ残っている。
「あと一つだけ教えてほしいことがあるんだけど……いいか?」
「なに?」
「今、この世界の趨勢……人類と深海棲艦の現状について、本当は何か知ってるんじゃないか?」
この鎮守府で目覚めた最初の日、叢雲は外界の事情については『深海』が邪魔で知ることが出来ないと言っていた。しかし、ここで過ごすにつれて、疑いは大きくなっていった。
「……どうしてそう思ったの?」
「一つは最初に話を聞いた時に感じた違和感かな。情報的に隔絶された島にいる人の説明としては、視点が俯瞰的だった」
思わずといった感じで叢雲が顔を覆った。
「……もう一つは?」
「単純に訓練で海に出ての感想だけど、『深海』の分布が思っていたよりは疎らだった。で、状況によっては通信が繋がる日もあるんじゃないかって」
俺の話を聞いた叢雲は、「むぅ……」と唸るなり押し黙った。
そんな叢雲に金剛が話しかける。
「もういいんじゃないデショウカ」
「……」
「結局の所、居たたまれなくて隠していたようなものネー。一緒にマリアナを目指すって決めた時に話しておけば良かった」
金剛の口ぶりは、ほとんど答えを言ってしまっているようなものだ。
「やっぱり、何か知ってるのか」
「ハイ。グレイ・グーの後も、鎮守府間での霊的な通信は何度か繋がることがあったのデス。その時に日本の被害も知りまシタ」
その顔を見るだけで、良い状況ではないことが伝わった。
「日本は……どうなってるんだ」
「人口の7割から8割がグレイ・グーで失われたそうデス。世界の沿岸国も同様で、一番最新の情報――――といっても三年近く前ですケド――――それによると、現在の地球の総人口はグレイ・グー以前の1/5を割り込んでいる可能性がありマス」
人口が俺たちの世界と同数だったとしても、1/5で十数億人かそれ以下ということになる。実に50億もの犠牲が発生したという未曾有の事態だ。さらにそれから三年が経過しているとなれば――――
「……現代文明を維持できるのかすら怪しい数字じゃない」
「絶対無理だと思う。このままじゃ生活水準が百年近く後退するかもしれない」
「海運が全滅しているなら、さらに厳しいかも」
そして俺たちが注目しなければいけないのはそこでは無い。
「なんて言うか……冷静、なんですネ……」
「実はある程度想定してたの。確認の意味を込めて飛行機雲を探したりしてたんだけど」
「飛行機雲……?」
「遠坂が、この辺りならオーストラリアとかニュージーランド行きの便が通過するかもって。結局一つも見つからなかったけどな」
高度10,000メートルを飛ぶ旅客機ならば、撃墜されることはないだろうとの考えだったのだが、成果は得られず。つまり旅客機の運用が困難な程度には、厳しい状況にあるだろうと予想していた。
「最悪、誰も生存者がいなかったら……なんて考えも浮かんだけど」
「それは違う!」
叢雲が声を荒げた。
「人類は滅びてなんかないわ!絶対に生き残ってる……はずなんだから」
尻すぼみに小さくなる声。
悔しそうに俯く叢雲の頭を金剛がよしよしと撫でる。
「……実際にワタシもそう確信していマス。保存食、食べてるでショウ?実はアレ、漂流物なの。大きい木製の箱で漂ってたネー。一番製造年月日が新しい物は、グレイ・グー以降に日本で作られたみたい。つまり……」
遠坂が指を鳴らした。
「保存食の製造設備と、この近くまで持ってくるだけの輸送力!少なくともこの二つは、日本に残されているのね。……でもどうしてこんな小さな孤島に輸送しようとしたんだろう……。オーストラリアへ向かう途中で沈められたとか?」
「正確には“撃ち落とされた”ですネ。コンテナじゃなくて空輸の木箱なので。そして本来の輸送地点デスガ……コッチも予想が付いてマス。九割方トラック島……今で言うチューク諸島にある大規模な鎮守府に向けての物だと考えていい。それが北赤道反流に乗って、この付近まで流れてきたのだと思いマス」
厳しい状況だというのは窺えるが、それでも決してどん詰まりの底では無い。そう思った。
遠坂は金剛に問いかける。
「チューク諸島って、マリアナへの進路上にある島よね」
「ハイ。もしかしたら、トラック泊地にもここと同じように戦力が残っているかもしれまセン」
「それならまずは、そのトラック泊地への航路を開くのが目的になるわね」
「ワタシたちもそう考えていマス」
もしトラック泊地に艦娘たちが残存していた場合、マリアナ攻略の助けとしては非常に心強い。
もちろんこちらの作戦に賛同してくれるかは分からないが、金剛の話しぶりからすると、アリマゴ島よりも大きな鎮守府であるらしいし、大幅な戦力アップになるかもしれない。
「っと、そうだった。一番重要な懸念材料を忘れてた」
遠坂が、少し声のトーンを下げた。
「なに?」
「『抑止力』についての話」
叢雲も金剛も、怪訝な表情を浮かべている。単語の意味は知っていても、それが何を指しているのかは分からないのだろう。
「説明してなかったわね。あなたたちには馴染みがないと思うけど、魔術世界では極めて重要なワードよ」
そこからしばらく、遠坂の説明が続いた。
『ガイア』と『アラヤ』のうち、『アラヤ』だけに絞った説明で、簡単に纏めると、
・抑止力とは、人類の集合無意識が形成する破滅回避の祈り、世界の安全装置である。
・世界滅亡、人類滅亡の要因が発生した瞬間に発現し、その要因を抹消するとされている。
・脅威の対象に合わせて規模を変え、絶対に勝利できる数値で発現する。
・人間や自然現象のカタチをとって発現するが、本来その発現は誰にも気付かれることはない。
「……というわけなんだけど、この世界の現状を見る限り、
「敗北って……深海棲艦に?」
「正確には『グレイ・グー』に、だと思う」
「……さっき自分で、絶対に勝利できる数値で発現するって言ってなかった?」
叢雲の疑問はもっともだ。俺だって信じたくない、というか俄には信じ難い。
「流石に真正面から抑止力に打ち勝つなんて想像したくもないし、私たちが知らない抜け道があるんだと思う。五つの『魔法』だって、到達する過程で抑止力の排斥対象になるはずだけど、現実として存在しているんだし」
金剛が頭に手を当てながら聞く。
「つまり……世界の総人口が激減したという結果そのものが、抑止力の発現と敗北を物語っている、って事ですネ」
「そういう事。そして抑止力は人類依存の力だから、人口が減ればその分だけ弱まっている……かもしれない」
「ムー。それは確かに大変な事態なのかもしれまセン。でも……」
金剛の視線に、叢雲が頷く。
「結局の所、自分たちでなんとかするしかないんでしょう。こっちは抑止力なんて当てにしたことは無いんだし、今まで通り自分で切り拓くだけよ」
「……そうかもね。ただ覚えておいて。抑止力の保証が無い今の状態で『グレイ・グー』が再発したら、今度こそ人類は確実に淘汰される。だからもし何か予兆を感じた場合、準備が整っていなくても即座にマリアナを叩かないと手遅れになる」
この世界は謂わば、セーフティが消失したような状態と言えるかもしれない。俺たちが居た世界よりも、滅亡が実現しやすい。
「……肝に銘じておくわ」
叢雲は真剣な表情で頷いた。
遠坂と二人、宿泊棟への道を歩く。
あの後結局、最後の念押しとして金剛たちには自己修復能力があることと、艦娘を守るよりも自分の身を守る事を最優先するように、という感じで皆から怒られた。善処しようと思っている。
ふと違和感が過ぎり、立ち止まる。
「士郎?」
「なんだろう……この感じ」
キャスターの宝具、『
すると、バチッと火花が散って、何かを破戒した感触が伝わった。
「なに……!?」
その反応から、この島の結界の管理者になった遠坂でも気付かなかった『何か』が壊れたのだと分かった。
バチバチという火花は空中に連鎖的に広がっていき、海の方向、それも結界の外側へと瞬時に消えていった。
「……今のは、何かの魔術?」
「分からない。はっきりしてるのは、俺たちでも艦娘でも無い何かが仕掛けていたって事だ」
海の向こうの世界を思う。
世界の総人口が激減し、人類の活動範囲が縮小した地球は、俺たちが知る世界と比べて遙かに静かな惑星となった。
一体どんな存在が、どんな手段でこの状況を作り出したのか。
その答えは、マリアナ海溝に向かえば得られるのだろうか?
神秘学で言うエーテル体=第五架空要素。或いは微妙に≓という扱いで進めていきます。