一応大まかな結末までの流れは考えてあるけど、いざ書いていったら穴だらけな気がしないでもない
ユスティーツァ・リズライヒ・フォン・アインツベルン。
『冬の聖女』とも呼ばれる存在。
彼女は第三魔法の使い手と同等か、それ以上の性能を持ったホムンクルスであり、偶然の産物として生み出された奇跡。そして冬木の大聖杯の炉心となった少女である。
彼女の魔術回路は今なお大聖杯として円蔵山の内部に敷き詰められており、その敷設にはユスティーツァだけでなく、遠坂永人、マキリ・ゾォルケン、そして遠坂家が大師父と仰ぐ『第二魔法』の使い手、宝石翁キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグも立ち会ったとされている。
アインツベルンの礼拝堂で、私と士郎は最終確認を行う。
「それで、これから士郎には遠坂家に伝わる宝石翁の魔術礼装、宝石剣を投影してもらうわけだけど」
「ああ。こっちの準備は出来てる。ここは凄く調子が良い」
「そりゃあアインツベルンの魔術工房を貸してもらっているんだもの。条件としてはこれ以上無いってくらいよね……。でも、今回の投影はいつもと訳が違うわ。できうる限りの補助は考えてきたけど、それでも危険かもしれない。いえ、きっと危険よ。だからもし士郎が危ないって感じたら――――」
「わかってる。無茶はしない。けど俺だってあれからずっと鍛錬してきたんだ。きっと成功させてみせるさ」
士郎は私を安心させるかのように微笑む。本当なら私が支えてあげないといけないのに。
「衛宮君……」
らしくもない弱音が漏れた。
もし士郎になにかあったら。そう思うと今更になって意思が揺らぐ。私は唇を噛んだ。
別に宝石剣は絶対に必要だというわけではない。あればかなり私たちの助けになるが、大幅に遠回りすれば無くとも目的は達せられる。
しかし今回を逃せば再入手は困難だ。アインツベルンが滅ぶと分かった以上、士郎の投影を使ったショートカットはもう出来なくなる。そうすると独力で第二魔法を再現するしかなくなってしまうのだ。魔術師たちが千年単位の研鑽を続けてまで求めている奇跡を、私の独力で。
「大丈夫だって遠坂。それにこれを成功させれば、桜のためにもなるんだろ?」
士郎の声に目を上げる。
「ええ。そうね……」
「だったら挑戦してみないと!大丈夫、しつこいようだけど無茶はしないさ。信じろって、俺も遠坂を信じてる」
まったくこいつは……。
いつも通りの士郎を見て苦笑いしてしまう。そうだ、こいつは私を信じているのだ。なのに私が自分を信じないでどうするのか。
私は頭を切り替えて手順の確認に戻る。
「ええ、任せなさい。あなたのフォローは完全にこなしてみせるわ。」
そして用意してきた。儀礼用の小刀を取り出す。
「このアゾット剣はうちに代々伝わる宝石剣の設計図を元にして、できる限り構造を再現しているわ。士郎はこれを投影で補強して、なるべくオリジナルの性能に近づける。この方法なら、ある程度負担は減らせるはずよ」
士郎は黙って頷いている。
「でも士郎が投影を成功させるには実物の宝石剣を見る必要がある。そのために必要になるのが」
「こちらのフィーネさんの中にある、ユスティーツァって人の記憶ってことか」
士郎が紹介されたホムンクルスの少女のほうを向いて言った。言葉を話せないらしい彼女は、どこか茫洋とした様子で小さく頷いている。
私も頷いて続ける。
「『冬の聖女』が大聖杯を敷設した際に、大師父も立ち会ったとされているわ。だからその時に、彼の持つ宝石剣を見ているはずなの。士郎はフィーネさんの持つ記憶の中に潜って、当時の宝石剣を見て。士郎の意識をフィーネさんに移すのはこっちでやるから」
かなり高度な技術になるが、時計塔で研鑽を積んだ今の私なら不可能じゃない。必ず成功させる自信はある。
「――――それじゃあ始めましょうか」
礼拝堂の中央で、士郎とフィーネが向かい合っていた。士郎はあぐらをかいて、手にはアゾット剣を持っている。フィーネは女の子らしくぺたんと座っている。ホムンクルスの年齢は外見と関係ないが、かなり幼く見える。双方ともになるべくリラックスできる体勢だ。
二人の周囲には、溶かした宝石で描いた魔方陣。これで術式の安定を高め、二人の精神を守護する。さらにその外側に
「士郎。危ないと感じたらすぐに戻ってくること。良いわね」
「ああ」
最後にもう一度念押ししておく。
「二人とも、目を閉じて」
私は士郎の背中に手を当てながら言った。
反対側ではメイドさん――――へレーナというらしい――――がフィーネの背中に手を置いている。
ゆっくりと息を吸い込む。自分の心が十分か落ち着いていることを確認して、詠唱を開始する。同時に魔術刻印を起動させ、周囲の魔方陣と繋げてゆく。
「――Auftrag wird ersetzt.
Das dritte Element wird als das erste gekennzeichnet.
das Fleisch geht einmal zum Teil des Sternes zurück.」
士郎の意識が混濁し、曖昧に自我が曖昧になっていく。同時にフィーネの精神が開き、二人の接続が可能になったことを確認する。補助術式たちも問題なく機能している。
「Sie fliegen,hoch,schnell,weit,zumorgen.
Nie zurück schauen.」
士郎の精神を移動させ、フィーネに繋ぎ合わせる。これで士郎は記憶の中に潜ったはずだ。
私はそのまま二人の繋がりを強固にしていく。
「Es gibt niedrig, ist langsam, ist nahund in die Vergangenheit.」
あとはこのまま士郎がフィーネの中から宝石剣を持ってるまで維持すればいい。逸る気持ちを抑えながら待ち続ける。
三十秒が過ぎ、
一分が過ぎ、
二分が過ぎようとしていた。
士郎の様子は少し変わっていた。額に汗が滲んできている。
記憶を見つけるのに手間取っているのだろうか。今は見守ることしか出来ないのがもどかしい。
その時。
向かい合っていたフィーネが突然目を開いた。驚く私に構わずに士郎の肩を揺さぶり始める。
「なっ……!?」
危険な行為に慌てて止めに入ろうとするが、彼女は私にも身振り手振りでなにかを伝えようとしてくる。残念ながら意味は分からなかったが、どういう意図かは察しが付いた。
「これ以上は危ないってことか……!士郎!そこまでよ!戻ってきなさい――――!」
背中に手を当てたまま呼びかける。しかし士郎は僅かに苦悶の表情を浮かべたまま動かない。
散々注意したのに……!
「士郎!聞こえる!?もういいから早く帰ってきなさい!」
言葉で言って訊かないのなら力業に頼るしかない。周囲の術式を使って士郎の精神をフィーネの中から追い出しにかかる。
しかし士郎は意外なほど抵抗した。意識のない腕が微かに痙攣している。
「っこの!」
この抵抗は魔術を使う者として士郎が成長した証なのかもしれない。しかし今はそれが見事に裏目に出ていた。
私は周囲の術式の状態を瞬時に把握してこの儀式を終わらせにかかる。
「Nie vorher betrachten――――!!」
魔方陣が眩い光を放ち、士郎とフィーネの体がビクンと震えた。
崩れ落ちそうになる二人の身体を、私とメイドさんで支える。そして荒れた呼吸を整えながら、二人の状態を把握した。
フィーネはややぐったりとしていたが、やがてゆっくりと起き上がった。メイドさんの問いかけに頷いて答えている。彼女は問題なさそうだ。
「士郎?」
問題は士郎だった。
薄らと目は開いているし、一人で起き上がれてはいるのだが、私が呼びかけても反応しない。軽く肩を揺すったり、目の前に手をかざして振ったりしても変わらず、ぼんやりとしたままだった。
自分の体中から血の気が引いていくのが分かる。
無理な投影に挑んだことで精神に何か異常が起きたのかもしれない。みっともなく取り乱しそうになる心を、歯を食いしばって抑えた。
成長した私と士郎ならば、なんとかなるかもしれないと思っていた。しかし宝石剣は限定的に第二魔法の使用を可能にする常人には理解すら不能な魔術礼装。投影しようとした者の精神を犯すほどの何かがあったのだろうか。
このまま士郎が戻らなかったらどうしよう。
悪い考えばかりが頭をよぎる。
ああ。やはりリスクを冒すべきではなかったのだ……。
そう絶望しかけた時
「……あ……。……えっと、……遠坂?」
寝起きのような不安定さで、士郎が声をあげた。
「士郎!?聞こえる?私が分かる?」
抑えきれずに矢継ぎ早に問いかける。
「……そうだった、俺は。いや、大丈夫だよ……遠坂。――――わっ!?」
士郎の身体をぎゅっと抱きしめる。
「馬鹿っ!無理はしないって約束したでしょう!」
「む、無理はしてないぞ。ほら、俺は全然平気だから遠坂」
「あんたの『平気』ほど信用できない言葉もないわ。私がどれだけ……」
ちょっと涙が滲みそうなのを士郎に知られたくなくて、抱きしめる力を強めた。
「ご、ごめん遠坂。悪かったって。あとちょっと届かなそうだったから手を伸ばしていたんだ」
相変わらず自身の安全の優先度が低くて溜息が出そうになる。少しでも士郎が変われるように私なりに努力してきたつもりだが、まだまだ先は長そうだ。
私は身体を離しながら確認する。
少しでも異常があるなら治癒魔術で徹底的に治療し尽くしてやる。
「それで、本当に大丈夫なの?記憶に欠落とか出てない?」
「……ああ。さっきは少し音が聞こえづらかっただけで、今はなんともないな。記憶も正常だと思う。きっと遠坂のおかげだ。それで――――」
士郎の視線を追って彼の手に目をやる。
「――――あ。」
宝石でできた透明な刀身。一見すると、とても剣には見えないが、それも当然だろう。これの本質は剣ではなく魔法使いの杖。かつての宝石翁は、これで月落としすら止めて見せたという。
宝石剣ゼルレッチが確かに握られていた。
あの後、何度も士郎の精神と身体を看たが、本当に異常は見つからなかった。
後部座席でバスに揺られながら、私は回想を終える。
もうすぐ冬木市に着くだろう。景色も見慣れた、懐かしい物に変わりつつある。
今は十二月の半ばだが、やや温暖な気候の冬木では雪が積もるようなことはあまりない。とはいえ、バスの外はそれなりに肌寒いだろう。なんとなく首のマフラーに触れながら思う。
隣の士郎は、ぼんやりと外の景色を眺めていたが、着信があったのか携帯端末を取り出して確認していた。
「誰から?」
「慎二。着いたら連絡しろってさ」
間桐慎二。
かつて聖杯戦争に参加し、私たちと敵対関係にあった。当時の慎二は勝つために手段を選ぼうとしないどうしようもないやつだったが、私たちに命を救われ生き延びてからは憑き物が落ちたように穏やかになり、士郎との旧友も復活したようだ。妹の――――桜ともよい関係に戻った、と桜本人が言っていた。
それを知っても私は最初、慎二をまったく信用していなかった。
人は容易く変わったりしない。一度改心したくらいで、その本質まで変化することはないだろう。そう思っていた。だが、かつて彼が士郎に送った一通のメールが、私の認識を変えた。
今でも少し気に入らないやつではあるが、慎二はもう私たちに必要な『協力者』でもあった。
バスは、冬木市郊外に入ったようだった。記憶とほとんど変わっていない懐かしい町並み。まるで溜息をつくかのように、言葉が漏れた。
「久しぶりね」
「ああ……」
こうして、私と士郎は故郷に帰ってきた。