正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

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セントエルモが指す方へ
第28話 近づく攻勢


 およそ500メートルの海を隔てて、無数の砲弾が襲いかかる。

 小口径の砲弾ではあるが、その分連射速度は高い。

 海上に数メートル間隔で生成した剣の足場を駆け抜けて、背後から執拗に食らいついてくる陽炎の照準から逃れ続ける。

 

「――――」

 

 使い終わった(あしば)の群れを待機状態から解凍し、陽炎たちの方へと射出する。

 当てるつもりは無く、周囲に着弾して盛大に水飛沫を上げてもらうのが狙いだ。射出された剣は狙いの通りに陽炎の僅か手前で水柱を上げる。

 少しの間でも、これで攻勢が弱まればいいのだが。

 

 しかしその時、陽炎の後方に控えていた金剛の主砲が、一斉に火を噴くのが見えた。

 

「――――っ」

 

 複数のペイント弾が飛来する。

 その内の一つは、こちらの未来位置に直撃する弾道を描いている。

 恐らく、こちらが剣を射出する際の僅かな隙を待ち構えての一撃だろう。

 だが、隙が生じるタイミングが狙われやすいことは当たり前だ。最初から分かっているので、駆け引きとしては素直で対応にも余裕があった。

 

 そのペイント弾を俺は、右手で握る莫耶の腹で滑らせるようにして軌道をズラし、後方へ弾き飛ばす。弾体が砕けて、中のペイントが後ろに飛び散った。

 

 俺は振り抜いた莫耶を瞬時に矢に変形させ、同時に投影した弓につがえて解き放つ。

 

「そこまで~!」

「……えっ」

 

 だがそこで、審判役・雷の制止がかかった。

 

 

 

 

 

 

「衛宮さん、被弾判定なのです」

 

 同じく審判役の電が指摘する。

 よく見ると、服の数カ所にペイントが付着していた。金剛のペイント弾を弾き飛ばした時に掛かったのだろう。

 

「む……。これくらいならセーフじゃないか?」

「いいえ、実戦の場合は砲弾の爆発で怪我をしていると思うのです」

「うーん……。でも俺も少しは対魔力上がってるだろうしな……」

 

 こちらへ戻ってきた金剛と陽炎も会話に加わる。

 

「中枢個体クラスの砲撃なら、アウトじゃないカナー?ペイント弾を壊さずに弾ければ、実弾もなんとかなりそう……いや、自分で言ってて無茶苦茶だと思うけどネー」

「ぐっ……」

 

 確かにそうだ。艦娘と違って自己修復が出来ない俺は、少しの怪我が積み重なっていけば、いずれ動けなくなってしまうだろうから。

 

「でもま、最初の頃とは見違えたわよね。むしろ習熟速度が異常に速い!海戦のプロとして、こっちの立つ瀬が無い!」

 

 そういう陽炎だって、実際には生徒を指導する教官として、手加減をしまくっているだろうに。

 

「陽炎先生の教え方が良かったんだよ」

「あぁそう……」

 

 少し脱力気味に返される。

 

「今回は、五分弱くらい無被弾で逃げ回れたわね」

「もう少し大規模な敵艦隊を想定した訓練もやりたいのですが……中々難しいのです」

 

 雷電姉妹が話し合っていると、金剛が妙案を思いついたかのように指を鳴らした。

 

「それなら訓練中に、ランダムで榛名に砲撃してもらいまショウ!こう……島の上からドーンと」

「えぇ……。いやでも割といい案なのか……?」

 

 一つの敵艦隊にばかり注目していると、横から隠れていた別艦隊に狙い撃たれる、といった想定だろうか。

 常に一定の意識を周囲の警戒に充てる必要がありそうだ。

 

「ん。そろそろお昼じゃない?今日はここまでにしよっか」

 

 陽炎はそう言った後、俺をチラリと見て。

 

「あー今気付いたけど私燃料切れそうー。このままじゃ沈んじゃうなー」

「え?流石にまだ大丈夫そうだけど……」

「沈んじゃうなー。何処かに、海上に足場を出せる人居ないかなー」

「……君なぁ」

 

 仕方ない、という雰囲気を滲ませてはみたものの、期待されたり頼られたりするのは嫌ではなかった。

 ……それが例え、遊具(アトラクション)として期待されているのだとしても。

 

 ビシリと、島までの200メートルに及ぶ剣の飛び石が敷設された。

 

「やったー!ねっ、競争しよ競争!」

「え、普通に嫌だけど」

 

 もう一本コースを作らないといけなくなるし。

 

「えー?……じゃあ金剛さん、競争しよう!」

 

 俺に断られた陽炎は、すぐさま次の遊び相手を探す。

 けど金剛に持ちかけたところで、流石にそんな子供っぽい遊びをするヤツじゃないだろう。

 

「コホン」

「……金剛?」

 

 そこには、ヤレヤレといった表情と仕草を取り繕った金剛がいた。

 

「これは仕方なくです。駆逐艦の子に誘われたら、応じるのが戦艦の務めというか……」

「……」

 

 ビシリと、二本目の飛び石コースが敷設された。

 

 

 

 

 

 

「って感じで、速度特化の艤装まで展開して勝ちに行ってましたよ、二人とも。訓練では見せてくれなかったのに……」

 

 フライパンで白身魚を焼きながら、隣で作業する鳳翔さんに報告する。彼女には島で採れた果物と、刻んだハーブでソースを作ってもらっている。

 料理に使う油は、ココヤシの実から精製したヤシ油だ。

 

「あらあら。きっと士郎さんを驚かせようと温存していたんでしょうね。今回で無駄になってしまいましたが」

「……充分驚きましたよ、はあ……」

「ふふ」

 

 時折熱した油を掬って、魚の上に掛けてやる。

 魚は天龍と響が釣ったものを貰った。ウシノシタ科が混ざっていたのには驚いた。

 そういうわけで、今日の夕食は問答無用で“舌平目のムニエル”だ。

 

「よし……そろそろ完成だな」

「あら、それでしたら残りは私がやっておきます。衛宮さんはお風呂になさってください」

「いや、そんなわけにもいきませんよ」

 

 すると鳳翔さんは、ずいっとこちらに顔を近づけた。

 

「衛宮さんの本分はお料理ではありませんよね?明日からも過酷な戦闘が続くでしょうから、休息は十二分に取らないと駄目ですよ」

「は、はい……」

 

 こうなると絶対に逆らえない。実年齢はともかく、精神年齢では完全に負けているので、大人しく彼女に従うことにする。

 

「それじゃあ、後はお願いします」

「はい、ごゆっくりどうぞ」

 

 建物から出て、ドック棟の浴場に向かう。

 夕焼けにはまだ少し早い時間。茫洋とした気持で水平線を眺めながら歩く。

 

 深海棲艦『レ級』と遭遇した日から一週間が経った。

 俺たちはあれから、更に二つの『深海』を破壊することに成功した。それなりに苦戦はしたが、固有結界『無限の剣製』の使用には、幸いにして至っていない。あれを使うとすれば、例えば俺たちの艦隊の直ぐ近くまで敵に迫られた時、等だろう。

 

 あの時のレ級のように、索敵を掻い潜って突然至近距離に現れるような敵も、いなかった。

 遠坂の推測は、まだ裏付けられていない。

 

 

 

 

 

 

 大浴場に身体を沈め、息を吐く。

 艦娘にとっては修復促進効果があるらしい謎の薬湯が、今日いちにちで出来た細かな傷に染み渡るような気がする。実際に人間にも効き目があるのかは知らないが。

 

「……もう一月九日か。慎二や桜、心配してるかなぁ」

 

 自分で口にした後で、そんな程度ではないかもしれない、と思い至った。

 冬木では慎二たち以外の知人に気付かれないように、魔術も使って隠蔽していたため、俺と遠坂が忽然と消えたとしても騒ぎになることはないと思う。

 しかし慎二が俺たちの捜索願を出した場合は話が違ってくる。

 

「藤ねぇや一成……皆に迷惑が掛かってなければいいんだが……」

 

 想像すると胃が痛くなってきた。

 

「考えても仕方ない」

 

 直ぐに帰還出来るような見込みは立っていないのだから。

 今考えるなら、それは今後の海域攻略についてであるべきだろう。

 そう思い、最近の戦闘を振り返る。

 

 そういえば、金剛と叢雲が発現しているあの特殊な状態――――遠坂は星幽体駆動形態(アストラル・ドライブ)と呼んでいた――――はあれから一度だけ、金剛が発動した。

 妖精さん……艦娘たちの乗組員の魂を犠牲にして発動するという禁忌の技術。この話を聞いた時の金剛たちの様子から、彼女ら自身この技術を忌み嫌っている事は窺える。

 それでも金剛は、必要に迫られた場面で一切の躊躇なく、その切り札を切ってみせた。一体どのような感情が、それを可能にしたのか。何を支えに彼女らは戦っているのか。

 

 ガチャリ、と扉の方で音がして、思索が中断される。

 見れば強引に扉を開けようとしているのか、何度も音を立てている。

 誰なのかは予想が付く。多分荒潮だろう。

 今まで何度か単独で突入してきた前科があり、今回は扉に錠前を五つ投影して完全ロックしてある。

 

「悪い荒潮、もうすぐ上がるからー」

 

 正直に言えば、もう慣れたというか見慣れたというか、彼女の突入を許したところであまり気にはならないだろう。所詮はませたお子様一人だ。大人力で華麗に対応してみせます。

 だがそれでも、一人でゆったり出来るに越したことはない。

 

 そう考えていたところで異音が聞こえた。

 

「あら~。……壊れちゃった(笑)」

 

 壊れたんじゃなくて壊したんだろ!

 そう言い返す間もなく二個目の破砕音が響く。投影物だと見破られたのだろう、遠慮のない壊しっぷりだ。

 このままでは一日の疲れを癒やす入浴で、精神的な疲労が積み重なってしまう。

 

(……熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)で完全に出入り口を塞ぐか?)

 

 そんな投げ遣りな思考に突入し始めた時だった。

 

 ゴスッ……と鈍い音。続いて人が崩れ落ちるような気配。

 

「おい?荒潮……?大丈夫か!?」

「……すみません、お騒がせしたのです」

「その声は電か?」

「なのです。荒潮ちゃんは疲れてたのか、ぐっすり眠っちゃってるのです。電が連れて帰るのです」

「そ、そうなのか」

 

 疑問を投げかけるタイミングを逸した俺は、そう返すしかなかった。

 

「はい。衛宮さんは、ゆっくりしてくれて大丈夫なのです」

 

 そう言って、何かを引き摺る音と共に、足音は遠のいていった。

 

「……」

 

 電ってこういう子だったっけ?

 艦娘は皆、外見よりもしっかりしている印象があったが、それでも暁型の子はもうちょっと無邪気なイメージだったのだが。

 

 だが考えてみれば、八年前のグレイ・グー以前から既に戦闘要員として活躍していたのだから、電も精神的には結構老成していたりするのだろうか。

 

「……辞めよう。こんなこと考えるのは」

 

 湯船に深く浸かり直して呟く。

 艦娘の精神には謎が多そうだが、今更対応を変えるのもおかしいし。

 

 それは精神だけではない。さっきの荒潮が何度か侵入してきた際に、腰の後ろ辺りに円形の金属面のような物が露出している(埋没されているのだろうか)のを俺は見ている。

 身体にタオルを巻いていれば気付かないくらいであり、以前感じた違和感はこれだったのだろう。

 本人に聞いたところ、艤装と接続するために最初から存在する物らしい。

 

 湯船に浸かっても大丈夫なのかと聞いたら、「今まで何見てたのよぉ……」とやや呆れられた。

 考えてみれば、海上で塩水を被りながらの戦闘を続けてきた彼女らだ。水に浸かっても大丈夫なのは当たり前だった。

 

 ぼんやりと天井を眺める。

 それにしても、並行世界の移動からもう二週間になる。

 最初の頃は、早く帰らないと!と焦りを感じていたものだが、今ではなるようになれ、と若干開き直っている。焦って解決する問題では無い以上、意識してでも心を平穏に保つ事が、パフォーマンスの向上にも繋がるだろう。

 遠坂も似た感じで、お互いに独りじゃないという安心感があるのも理由だが、目指すべき目標がはっきりと存在しているのが大きい。

 

 最終的にマリアナの敵本拠地の壊滅と帰還。

 そのために先ずは、トラック泊地があるチューク諸島への到達。

 これが直近の目標だ。

 

(桜、慎二。必ず戻るから。もう少しだけ待っていてくれ)

 

 チューク諸島までの道中に存在している『深海』は、残り二つか三つ程度だろうと叢雲は言っていた。

 一歩ずつ、着実に近づいている。決戦に向けた準備だって、着々と進んでいる。

 

「……そういえば、遠坂があの礼装を微調整するとか言ってたな」

 

 素人目に見ても、あの礼装と宝石剣は相性が良い。相乗効果でどうなってしまうのかが少し恐ろしいが、怖い物見たさはある。

 

「今夜の鍛錬が終わったら、ちょっと覗いてみるか」

 

 

 

 

 

 

 ずるずると引き摺られていた荒潮が、目を覚ました。

 

「……ちょっと私の扱いがぞんざい過ぎるんじゃないかしら~」

 

 振り返らず、溜息交じりに答える。

 

「あれは荒潮ちゃんが悪いのです。衛宮さんはああいうの、喜ぶ人じゃないと思うのですよ」

「えー。私だってぇ、ちゃんと考えて行動してるわぁ」

「ウソ吐け、なのです」

「酷いわねぇ……でも一応嘘じゃないわ」

 

 荒潮のトーンが少しだけ真面目なものになる。

 

「この先、敵がたくさん出てきてたくさん被弾しちゃうかもしれないでしょう?そんな時に、律儀に服まで修復してる余裕なんて無いかもしれないじゃなぁい?」

 

 電は、はたと足を止めて振り返った。

 荒潮はにこりと笑う。

 

「その時に、お互い恥ずかしがったり気まずくなったりして被弾する、なんて馬鹿みたいじゃなぁい」

「だから今のうちから慣れて貰おうと?……それ、電や荒潮ちゃんみたいなお子様ぼでぃじゃ大して意味ないと思うのです。加賀さんや金剛さんをひん剥いて投げ込むぐらいじゃないと」

 

 荒潮の顔が微妙に引きつる。

 

「……流石にそれは洒落にならないっていうかぁ……」

「でもそれぐらいじゃないと効果無いのです。どうせあの遠坂さんの身体も見慣れているでしょうし」

 

 電から見ても、遠坂凛という女性は魅力的だ。

 微かに異国の血が混じったような顔立ちに、名前の通り凛とした強い意志を感じさせる立ち振る舞いは、男女を問わず多くの人が憧れる理想像の一つだろう。

 

 対する衛宮士郎はというと、特別に容姿が優れているわけではない。

 しかし、背が高く大人しそうな雰囲気がありながら、時折妙な凄みを感じることがあり、遠坂さんの隣に立っていても見劣りはしていない、と思う。

 

「電ちゃん……昔はあんなに純粋な子だったのにねぇ。すっかりスレちゃって悲しいわぁ」

「何言ってるのです、荒潮ちゃんは電より後に建造されたでしょうに……」

 

 荒潮は、細かいことは気にしないとでも言いたげにスルーした。

 

「つまりぃ、一見破廉恥な荒潮の行動の裏には、深謀遠慮な理由が存在していたのよぉ」

「……本音は?」

「からかうの楽しいわぁ」

 

 電の口から、一際大きな溜息が溢れた。

 

 

 

 

 

 

 夕食は、遠坂にも艦娘の皆さんにも中々好評だった。自分でも食べたが、調味料などの乏しい環境にしてはまあ、及第点といったところだろうか。

 

 そして深夜。

 対魔力のルーチンワークを終えた俺は、宿泊棟へと戻る。

 

「あ、お疲れ士郎」

 

 遠坂はベッドの上にぺたりと腰を下ろしており、周囲には宝石剣の入っていたアタッシュケースや、少し大粒の宝石が散らばっていた。

 礼装の調整は工廠で行うのかと思っていたが、自室で済ませるようだ。

 

「丁度良かった。この子たちの調整に使う道具が足りなくて……投影してほしいんだけど、大丈夫?」

「いいぞ。でも剣じゃないから、ガワだけの劣化品になるけど」

「ありがと、士郎。……ていうか、本来投影魔術ってそういうものなんだからね」

 

 遠坂の周りに散らばる宝石の数は十。一見雑に扱われているように見えるこれらこそが、宝石剣と共にアタッシュケースに収められていた遠坂の魔術礼装だ。遠坂凛という魔術師が、自己のスタイルを模索していく中で辿り着いた答え。

 彼女の異常なまでの才能があってようやく真価を発揮するため、凡百の魔術師では持っていても意味が無い代物だ。

 

 遠坂の依頼通りに記憶の中から道具のイメージを引き上げて、次々と投影していく。

 それを使って遠坂が宝石に書き込まれた術式や概念を微調整する。

 全ての作業が終わったの頃には、一時間ほど経過していた。

 

「終わったー」

 

 最後の宝石を照明の光に透かしながら、脱力する遠坂。

 

「結構遅くまでかかったな。明日に差し障っちまう」

「うん。でもお陰で宝石剣と一緒に使っても、術式が干渉したりはしなくなった」

 

 満足げな遠坂を見ていると、こっちの頬も緩む。

 俺は立ち上がって消灯する。一秒でも睡眠の時間は多く確保するべきだろう。

 

「よし、じゃあもう眠ろう」

「そうね……。はい、じゃあこれをよく見て」

「ん?」

 

 振り返ると、直ぐ近くに遠坂の人差し指があった。

 伸ばした指の先端に、暖かい色の炎が灯っている。それを見ていると急速に睡魔に襲われた。

 

「ちょっと健全じゃないけど、こういう睡眠導入も場合によっては有用だと思わない?」

「ああ……うん……」

 

 不意に訪れた原始的な欲求に抗えず、そのまま崩れるようにベッドに沈み込んでしまう。

 

「おやすみ、士郎……」

 

 眠りに落ちるまでの僅かな合間に、同じように眠たげな遠坂の声をすぐ隣に感じた。

 

 

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