正義の味方が着任しました。   作:碧の旅人

32 / 56
第30話 オロルク環礁攻略戦

『敵艦発見。左60°、距離75,000、水雷編成やね……』

 

 甲板で偵察機による警戒を行っていた龍驤の声が、耳元の受信機から響く。

 

「こちらに気付いてないなら放置で構わない、わよね?全部と戦闘してたらキリがないし」

「そうね。これだけ離れていれば、まあ追いつかれないでしょ」

 

 やや自信なさげな遠坂に対して、叢雲は気楽に返答している。

 操舵室からの目線でも水平線にぎりぎり隠れるくらいの距離だ。叢雲が言うとおりだろう。

 

 今のところ海上は波も穏やかで、船内も揺れが少なく快適だ。途中までは今まで『深海』を潰してきた航路を進むため、会敵もほとんどなかった。

 操舵室には様々な機材があり、固定された椅子もそれぞれ配置されている。

 秋津洲は操舵室中央の椅子に腰を下ろし、艤装を床や機材と接続させている。

 室内のその他の面々は思い思いの席に座ったり、立って窓から外を眺めたりしている。

 

「Herbal tea が入りましたヨ」

 

 そう言いながら操舵室に入ってくる金剛は、給湯所で湧かしたであろうポットとマグカップを持っている。

 

「そろそろ雷と電も交代でショ。その分もありマス」

「揺れで溢れて危ないんじゃ……」

 

 指摘するが、金剛はニヤリと笑う。

 

「抜かりはないヨ」

 

 そう言って渡されたステンレス製のマグカップは、溢れないための蓋が付いている。

 彼女のティータイムに掛ける情熱は本物だ。金剛はそのまま遠坂や艦娘たちにもカップを渡していく。

 

「Here.」

「ん……」

 

 操船と各種機材への感覚を研ぎ澄ませている秋津洲は、神妙な面持ちのままカップを受け取り、よく確認せずにそのまま傾ける。

 

「~~~~~~」

 

 神妙な表情のままで舌を出して呼吸している。どうやら猫舌らしい。

 と、その表情に緊張が走る。

 ほぼ同時に、受信機に雷の声。

 

『魚雷!推進音みっつよ!『かぜなみ』の右90°!秋津洲さん!』

「こっちも捕捉してるかも!むらく……じゃなくて提督」

 

 呼ばれて思わずギョッとした顔をする遠坂。

 

「え、ええと、回避運動任せた!」

「了解。おもかーじ!」

 

 秋津洲が叫ぶと、船が右へ回頭していく。

 

「それから……龍驤、直援機でさっきの水雷を警戒して。潜水艦は帰路の邪魔だから沈めておく」

『了解や』

『こちら雷。司令官、敵潜の音を拾ったわ!』

「ほんと?じゃあお願いできる?」

 

 再び秋津洲の声。

 

「魚雷、後方を通過するかもー!」

 

 全員が息を止めて待つ。

 

「通過!」

「行ったか……」

 

 安堵の息を漏らす俺の隣で、陽炎が立ち上がった。

 

「ね、遠坂司令。雷の抜けたカバーに出てもいいかしら」

「そうねお願い。雷、電、聞こえる?終わったら哨戒を交代するわね」

『はーい』

『なのです』

 

 雷から敵潜の撃沈報告を受けたのは、それから間もなくのことだった。

 

 

「お疲れ、二人とも」

 

 船尾近くの喫水の近い部分から、甲板に上がってくる二人に手を差し出す。

 

「んしょ」

 

 電は登り切る直前で艤装を霧散させ、俺の手を取った。

 その隣に、海から勢いを付けてジャンプした雷が着地する。

 

「体調は問題ないか?中で金剛がハーブティー淹れて待ってるけど」

「わーい貰う貰う」

「問題、ありません。本物の船と出港すると、途中で休憩できてとても楽ですから」

「そうね!極楽……って言うのは大げさだけど、そんな感じ」

 

 彼女らと入れ替わりで、現在は叢雲と陽炎が先行して警戒に当たっている。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は14:00頃。

 出港から三時間半が経過した。ここまでは“攻略済み”の海域で比較的安全は確保されていたが、この先は俺と遠坂にとっては未踏領域であり、トラック泊地までの中間地点にさしかかっている。

 

「なんか……深海棲艦がいない海域は、普通に穏やかな海なんだよな」

「どうした唐突に」

 

 甲板の手摺りにもたれて呟いていると、すぐ近くにいた天龍が反応した。

 俺は遠くの方で『かぜなみ改』に併走するように泳ぐイルカの群れを指しながら問う。

 

「あのイルカたちは問題なく生きている。深海棲艦の攻撃対象でも、捕食対象でもないって事だ」

「そりゃそうだ。奴らが攻撃するのは人間か、もしくは艦娘か。それ以外の生物にはほとんど無害だろうよ」

「何故だろうな」

「?……あぁ、そういやオマエ、深海棲艦の言葉を聞いたことなかったな」

「言葉……?」

 

 深海棲艦と、会話が成立するのだろうか。だとしたら、和解を試みることも……。

 そう考えて首を振る。

 和解出来るなら、とっくの昔に争いは終わっているはずだ。

 

 つまらなそうに息を吐く天龍。

 

「……奴らも必死なんだろうさ。深海棲艦の気持ちなんて分かんねぇけど、やるせねぇよ」

「必死……?」

 

 それは変だ。

 海はもはや深海棲艦の物であり、人類は敗北したようなものではないか。

 この上、深海棲艦が必死になる理由はないだろうに。

 

 そこで、これまで対峙してきた深海棲艦を思い出す。

 彼女(?)らから感じたのは、こちらへの強い敵意と、それから憎しみ……だろうか。

 なぜ深海棲艦は人を憎み、攻撃するのか。

 俺も遠坂も、未だにその理由を知らない。

 叢雲や金剛は、俺たち自身に答えを見つけてほしがっていた。

 

 その時、耳元のレシーバーがジジ……と鳴った。

 

『鳳翔です。14キロメートル前方に大規模な『深海』を確認しました。三十分以内に外縁部に接触する見込みです』

『めちゃくちゃデカいでー。正確な大きさが見えてこないけど、直径50キロメートル以上あるかもなー』

「……っ」

 

 全身を緊張が駆け抜ける。

 

「やっと戦闘かよ」

 

 天龍が大きく伸びをしながら言う。

 俺は彼女と共に急いで操舵室に入った。 

 中では遠坂や叢雲たちが、机に広げた海図を睨んでいた。

 

「間違いなくこれね。オロルク環礁」

 

 叢雲が指さすのは、ポンペイ島とチューク諸島(トラック泊地)のほぼ中間。

 直径20~30キロメートルの環礁が横たわっている。陸地はごく僅かで、大部分は水深の浅い砂地だろう。

 環礁を中心として形成された『深海』だろうか。

 

「うげ……。霊脈の本流がモロ被りしてる場所ね、ここ」

 

 苦虫を噛み潰したような表情になる遠坂。

 

「つまり……?」

「山ほど力を蓄え込んでるでしょうね。正面から切り崩すのはかなり厄介だと思うけど」

 

 フム、と考え込む叢雲。

金剛が手を挙げる。

 

「過去の大規模作戦では、そういう海域には“準”中枢個体とも言うべき強力な別艦隊が複数存在したネー。中枢個体よりも、なるべくそちらを先に叩いた方がいいと思いマス。間接的に大本の中枢個体の力を削ぐ事になるからネ」

「……そういう事。結界の“支点”の役割を持った個体が存在するのね」

 

 遠坂は机から離れ、持ち込んだアタッシュケースを開ける。

 納められているのは宝石剣と、十個の宝石から成る礼装。

 

「秋津洲、悪いんだけどこの先の操船は、基本的にあなたの判断に任せる」

「エッ」

「素人の判断じゃどうしてもレスポンスが悪いし……ごめんね?」

「うぅん、頑張るかも。凛ちゃ……提督はどうするの?」

「私は甲板上で深海棲艦とか『深海』を観察する。勿論ただサボるワケにはいかないし、この船の防衛にも当たらせて貰うけど」

 

 遠坂が手を翳すと宝石たちが浮かび上がり、手の中に吸い込まれるように集まっていく。

 

「準備も万端だし、敵の砲撃を受け止めるぐらいはこなさなくちゃね」

 

 

 14:25。

 遠坂と共に甲板から前方の海域を見渡す。

 前方には黒く変色した海域が、一面に広がっている。『深海』の外縁部は視界の端まで続いていて、その広大さを物語っていた。

 

『こちら鳳翔。外縁部周辺に深海棲艦の姿はありません』

『こちら雷。聴音機(パッシブソナー)では魚雷も潜水艦の音も聞こえないわ!でも何処かで息を潜めてるかも』

『こちら金剛。みんな戦闘配置に着いたヨー』

 

 次々に無線連絡が入る。

 既に秋津洲と空母組以外の艦娘全員が巡視艇から降り、輪形を作っていた。かぜなみ改を中心に、雷と電が前方を、金剛と陽炎が右舷と左舷を、叢雲と天龍が後方を護衛する。各員かぜなみ改から数百メートルほど距離を開けている。

 遠坂はやや緊張した面持ちで首に巻いた送信機に手を置く。

 

「分かった。先頭の雷と電は、『深海』に侵入した瞬間から探信義(アクティブソナー)で海中を洗って。どうせこちらの位置はバレるから、遠慮は要らないわ。同時に金剛はレーダー。龍驤と鳳翔さん、偵察機の突入は艦隊に合わせて。それから士郎は……私と一緒に甲板で待機ね」

「今は特に出来ることもないからな、俺たち……」

 

 遠坂の指示に対して叢雲からの注釈も特になかったのは、問題ないという証左だろう。

 程なくして、かぜなみ改を中心とした輪形陣は、巨大な『深海』に突入した。

 

 

 

 

 

 

 

 見渡す限りの黒い海が広がっている。

 海水の透明度は低く、浅瀬だったとしても海底を見通すことは出来ないだろう。

 

 異常なのは海水だけではない。

 雲がほとんどなく空が見えているにも関わらず、空気が暗く淀んでいた。

 空気中に不純物があるわけではなく、目に見える彩度自体が低く感じられるのだ。風景がモノクロやセピア調に近いといえばいいのだろうか。だが少なくとも、目を凝らせば水平線までしっかりと警戒できる。

 

「ここまで暗いのは初めてだ」

「それだけ強力な『深海』なのかしら?」

 

 遠坂と感想を述べ合う。

 

『こちら電です。未だ探信儀に潜水艦の反応はありません』

『聴音機でも何もないわ!』

「ありがとう。引き続きよろしくね」

 

 前方で対潜警戒を行っている二人に礼を言いつつ、遠坂の表情は怪訝なものになる。

 

「……全然現れないわね」

「これだけ広いんだ、偶然手薄な部分だったのかもな」

 

 そう言いつつ俺も逆に不安になってくる。早い内に準中枢個体とやらに会敵して、撃破したいところだ。

 するとその時、鳳翔さんから無線が入った。

 

『こちら鳳翔。提督、方位30°から敵の艦載機群が向かってきます。およそ80機ほど……空襲です!』

『こっちも敵艦隊発見したネ!270°の方向から空母機動部隊。計10隻以上でお出ましデス』

 

 金剛からの通信も続けざまに入る。

 

「同時に二方向から……!」

 

 驚く遠坂だが、すぐに気を落ち着けて指揮を執ろうとする。

 

「空襲は鳳翔さんと龍驤で迎撃お願い」

『はい。ですが機動部隊の方からも航空隊が発艦しているでしょう。空襲は私だけで対応しても構いません』

「数で負けてるけど大丈夫なの?」

『問題ありません』

「……じゃあお願い!龍驤と金剛、士郎は機動部隊が射程に入り次第攻撃開始して」

 

 その言葉と同時に、俺たちの後方から艦載機の群れが一斉に飛び去っていった。

 その数は40機程度。襲来する敵機の半分しかない。

 

『アー、龍驤?偵察機と情報連結させる余裕って……』

『遠慮せんでええで。制空力では鳳翔に負ける分、並列作業はウチに任しとき』

『Thanks!』

 

 逆サイドに飛び立っていくのは龍驤の艦載機だ。

 鳳翔さんよりも搭載数が多いのか、50機ほどである。

 

 程なくして、有視界距離ぎりぎりの空域で、龍驤の航空隊が敵と格闘戦に入ったのが見て取れた。

 

「こちら龍驤や。こらアカンわ……。数が多くて制空均衡がやっとやね。撃ち漏らした攻撃機が向かってくるから、その時は対空戦闘頼むで」

 

 無線越しではなく、すぐ横で声が聞こえる。

 隣に並んだ龍驤は難しい顔で水平線を睨んでいる。

 

『金剛デース。観測機及び彩雲からの視野で敵機動部隊を視認しまシタ。フラヲ改が4、フラヌ改が3、フラツが2、後期型のナ級が……5。……よく制空均衡が取れましたネ、龍驤』

「嫌すぎる……!厄介なヤツしかおらんやんけ!とりあえずツ級は勘弁して!」

『ナ級もネー……。滅茶苦茶に奇妙な動き方してる』

 

 彼女らが口にしているのは深海棲艦の種類だ。

 例えば、フラヲ改というのは空母ヲ級という艦のフラグシップ級……の改装型を指す略称なのだ。

 同様に軽空母ヌ級フラグシップ改、軽巡ツ級フラグシップ、駆逐ナ級後期型……等々。

 種類が多くて覚えるのに苦労した。

 

 その点俺と違って、遠坂はあっさりと暗記している。

 一時的とはいえ、魔術回路に情報を写し取って記録できる遠坂のような魔術師は、暗記の効率がとても高い。

 彼女はその技能をフルに活かして、過去の作戦に於ける提督たちの艦隊指揮の記録を自分の体に叩き込んだのだ。

 結果として今の遠坂には、基本的な艦隊指揮能力が備わっていた。

 その遠坂の声が無線を通して全艦隊に響く。

 

「記録にある外見に似てたとしても、同型の深海棲艦とは限らない。むしろ記録よりも進化してて当然だろうから、皆気を付けてね」

『了解デース!』

 

 金剛がいる右舷を見ると、既に超距離狙撃用の艤装を出現させている。今回も水平線越え射撃を狙うつもりらしい。

 俺も少しでも早く敵機動部隊を視認したいのだが、甲板の上からでも未だに見えてこない。

 仕方が無いので艦橋の上に登る。秋津洲が反応した。

 

『わわ、何かが屋根の上に……!』

「悪い、俺だ」

『なんだ士郎君かぁ』

 

 操舵室の上に立ったことでより遠くまで見渡せるようになった。270°の方向に目を凝らすと、水平線ぎりぎりの波間を時折黒い影が過ぎるのが見えた。

 

『聞こえてる?シロウ』

「ああ、こっちも敵艦隊を捕捉した」

『“壊れた幻想”が使えそうなら、駆逐ナ級を狙ってくだサイ。回避能力が高くて厄介ですが、範囲攻撃なら幾分か当てやすいと思うのデ』

「了解した。金剛は?」

『ワタシはまず空母を。龍驤の負担を減らしたいからネー』

 

 その通信が終わるや否や、金剛の艤装が火を噴いた。

 彼方へと飛んでいく砲弾が着弾するよりも早く、二射目が放たれる。どうやら着弾を待たずに誤差修正を済ませたらしい。

 三射目が終わった時点で、敵艦隊を挟叉している。

 

 俺も攻撃に移るために弓を投影する。

 

「遠坂!」

「了解よ、大事に使いなさい」

 

 彼女の右手の令呪。その一画が輝きを放つ。

 

「ありったけ投影しなさい、士郎!」

 

 途端、大量の魔力が流れ込んで来る。

 溢れそうなそれをなんとか御しきり、形に変えてゆく。

 

「――――弾倉(ソードマガジン)装填(フルロード)!」

 

 大量の投影宝具が、周囲の足元に突き立つように出現した。

 これが俺の継戦能力を持続させるための解法だ。令呪を魔力源として活用することで、俺や遠坂自身の魔力を温存できる。

 

『ぎゃー!なんか天井から剣の先っぽが!』

「ご、ごめん秋津洲!あとで絶対直すから……!」

 

 慌てて謝り、気を取り直して剣を一つ抜き取ると矢に加工して弓に番える。

 敵艦隊を見やれば、陣形の外側を航行する球形に近い深海棲艦が目立っている。どこか臨海部のコンビナートなどにある巨大な石油タンクを連想するが、大きく開いた口が体の半分ほどを占めており、何重にも重なった歯が生理的嫌悪感を催させる。

 

 駆逐ナ級。その進化個体。

 回避や耐久に優れていて艦種詐欺じみた性能を持つ駆逐級……らしい。

 

 そんな相手に出し惜しみはしない。

 弦を引く手の震えがピタリと静止した瞬間、赤原猟犬を解き放った。

 次の矢を準備しながら、甲矢の行方を見守る。

 赤原猟犬は細かく回避運動を繰り返すナ級の口内に、狙い違わず吸い込まれて、爆発する。

 

「……ナ級撃破1。でも爆発範囲にほかの個体は無しだ」

『オーケイ、こちらもこれで……』

 

 金剛が言い終わると、陣形の中心にいた人型の深海棲艦から派手に爆炎が上がった。

 

『フラヲ撃破!さっさと終わらせるネ』

「ああ」

 

 そこで雷と電から通信が入る。

 

『高速推進音!魚雷6本よ!』

『方位40°、距離1000!扇状に広がってきてて、現在の進路では直撃コースはありません……!』

「潜水艦!?ソナーは?」

 

 慌てて遠坂が確認を取る。

 

『反応が無いわ!探信義(アクティブ)にも写らないの』

「なんで……まさか水温躍層に隠れた……?」

『こちら叢雲。多分それよ。雑魚にはそんな小細工を仕掛ける知性はないから、多分姫級の潜水艦がいる』

『ひえぇ……』

 

 その言葉に思わず金剛が反応する。

 『深海』の中枢とは離れた場所に潜んでいる姫級の深海棲艦。金剛が言っていた準中枢個体である可能性が高い。

 

「……ここで沈めておくべきね。秋津洲、現在の海水温の変化を教えて」

『海面付近で28℃。混合層は――――。風向風速は――――』

 

 秋津洲から艦隊に、情報が伝えられていく。

 その間も俺と金剛は射撃を続け、鳳翔さんと龍驤は艦載機を操り続ける。

 

「雷、分かる?」

 

 問いかける遠坂の声。

 すぐに返事が返ってくる。

 

『はーい!計算できたわ。だいたい水深50メートルから100メートルが、ソナーで探れないシャドーゾーンになってるみたい。そこからこっちの音か霊力だけを頼りに狙ってきたから、狙いが不正確だったのね』

「いけそう?」

『爆雷の起爆深度を……55メートルに設定するわ!電、魚雷音の出現した場所は覚えてるわね』

『はい、なのです』

『あ、魚雷通過まであと50メートル。……通過!』

 

 雷が叫ぶ。

 船の上からでも、黒い影が跡を残して抜けていくのが分かった。

 

「よし、全艦進路40°。雷と電はなるべく先行よ」

 

 その言葉と共に、かぜなみ改はゆっくりと魚雷が放たれた方向に対し斜めに回頭した。

 

『こちら陽炎よ。聴音機の吊り下げ深度55メートルに到達したわ。相手はこっちが気付いていること確信できてないはず。聴音機(パッシブ)だけの三角測量で割り出さない?』

『了解よ』

『なのです』

『うう……なんと頼もしいデストロイヤーガールズ……。くれぐれもヨロシクネー』

 

 金剛の声は、しかし何処か不安げだった。どうしたのか。

 遠坂も気になったらしい。

 

「なに?金剛は潜水艦が苦手?」

『えっ、あー……。チョットだけネ。もちろん味方の潜水艦娘は別デース!彼女たちが居ると、安心感が違いましたカラ』

『大方、元になった艦艇の記憶でしょ。日本海軍の戦艦金剛は、敵潜水艦の魚雷が原因で沈んだから』

『ちょ、叢雲ぉ!』

『別にいいじゃない。てかあんたはアレよね、そういう記憶に囚われすぎ。いろいろ引き摺り過ぎてるわ、あんたも加賀も。――――っと、そろそろかしらね』

 

 金剛の返事を待たずに話題が中断される。

 水温躍層に隠れ潜む姫級潜水艦の位置を、陽炎たちが割り出したのだ。

 彼女らは艤装から梯子車のハシゴのような部品を伸ばすと、そこから缶珈琲くらいのサイズの爆雷を勢いよく投射していく。

 投射された爆雷は先頭の雷たちの数十メートル先の海面に広範囲に散布されていく。

 

 金剛と共に敵機動部隊を殲滅し終えた俺は、注意深く海面を見守る。するとやがて、部分的に海面が盛り上がり、爆発したことが分かった。

 しかし。

 

『……これは、爆雷の爆発音に紛れて……!』

『……推進音多数!魚雷が20本近く向かってくるのです!『かぜなみ』命中コースです!』

「逃げていた……!?秋津洲、回避を……」

『ごめん間に合わないかも!』

『大丈夫、私らがなんとかする!』

 

 陽炎が声を上げた。

 

『両発射管一番から六番、魚雷発射っ』

『こっちも魚雷全門発射よ!分かってると思うけど雷と電は霊力を限界まで抑えなさい!霊力感知式に設定してるから。それから司令官、『かぜなみ』の機関停止命令を』

 

 唐突な叢雲からの言葉の意味を、俺は分からなかった。しかし遠坂は一瞬で理解したのだろう。

 

「……分かった、秋津洲」

『機関、停止したかも』

 

 それに合わせて、艦隊の全員が行き足を止める。

 陽炎と叢雲が放った魚雷は、前方の雷と電の足元を通過し、さらに前へと進んでいく。

 そして敵からの魚雷と交差する瞬間、一斉に爆発していった。

 魚雷によって敵魚雷を迎撃したのだ。

 

 雷、電、陽炎の三人はすぐさま探信儀に切り替えて水温躍層を探るが、敵の行動の方が早かった。

 雷が叫ぶ。

 

『魚雷のスクリュー音!右45°から8本。()()()()()()()()()コースよ』

 

 遠坂が呟いた。

 

「こっちが機関停止したことに気付かなかった?……さっきの魚雷の爆発音で聞こえなかったのね。じゃあ次は……金剛、聞こえる?」

『ええ、良く聞こえマス。さすがリン、叢雲の考えに追いついてますネー』

「準備お願いね」

『Sure.』

「士郎は二人が撃ち漏らした敵航空機を警戒して」

「ああ、よく見えてる。天龍と二人で何とかしよう」

 

 既に3000メートルほどの距離に迫る敵機の数は、二方向から合わせて20程度か。

 天龍はもう対空砲火を開始している。

 彼女の今の艤装は対空戦闘に特化した高角砲ガン積み状態だ。その砲口の一つひとつから、毎秒1発程度の勢いで砲弾が射出されていく様は中々に壮観だ。

 

 俺も天龍を真似て、弾数で勝負することにする。

 横に寝かせた弓に通常の矢を3本番え、引き絞り、放つ。

 鋭い風切り音を響かせて飛んでいった矢は、全て外れたようだ。気にすることなく機械的に撃ち続ける。的の方から近づいて来てくれるのだ。いずれは当たる。

 

 その思惑通り、俺たちの対空射撃が敵機を捉えだしたとき、陽炎が叫んだ。

 

『右60°、鯨型の艤装が潜望鏡深度についてる!』

『Fire!』

 

 間髪入れず金剛が斉射する音が轟く。

 まさか浅い深度に上がってきた潜水艦を直接狙い撃とうとは……。

 つまり機関停止したのはこちらの位置を敵の聴音機で確認できなくして、潜望鏡で探させるためだったのだろう。

 

『発射された魚雷は全部潰したネ!』

『爆雷叩き込めー!』

 

 元気よく声を張り上げるのは陽炎。

 電や叢雲たちもそれに続く。

 ありったけの爆雷が、狭い範囲内で連続して弾ける。

 

 やがて海中が静かになり

 

『浮上物確認。探信儀にも反応無いわ!』

『水温躍層も同様なのです。撃沈、しました』

 

 姫級の潜水艦の撃沈が宣言された。

 秋津洲が舵を切り、艦隊の進路を戻す。

 

「ひとまずお疲れさま……って、そういえば敵航空機は?」

「終わったよ」

『全機撃墜だな』

 

 天龍と共に戦果を報告する。

 これでこの『深海』での第一波を凌ぎきった。思わず胸を撫で下ろしそうになる。

 だが当然この程度で終わりではないはずだ。

 とりあえず空母組に確認を取る。

 

「龍驤、鳳翔さん。第二波は来てるかな」

 

 すぐさま答えが帰ってきた。

 

『来てます』

『来とるな。えぇーと……』

 

 どうやら休む暇は無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 第二波は空母棲姫含む機動部隊、水上打撃部隊、それから空襲の同時戦だった。

 それを打ち破った後も、第三波として大規模な空襲が待っていた。

 そして今。

 空襲をやり過ごした俺たちは、15キロメートルほど先に、遂に中枢艦隊と見られる部隊を確認した。

 

『戦艦棲姫らしき個体が2隻、南方棲姫らしき個体が1隻、後は戦艦系4、空母系3、水雷戦隊が計10隻ですが……うーん帰りたいですね』

「鳳翔さん……?」

『冗談ですよ♪』

 

 少なくとも鳳翔さんが変なテンションになる程度には面倒な内容だ。強力な姫級が3隻も含まれているのだから。

 今はまだ向こうも射程外らしく攻撃して来ないが、こちらも金剛含め射程外であるため、空母以外は何もすることが無い。

 

 ほんの少しだけ、気が緩んでいたかもしれない。

 三度に渡る敵の攻撃を突破した後だということもあって、中枢艦隊の前でも全員の心が短時間の休息モードになっていたように思う。

 だからだろうか。

 ソレを感知するのに、僅かな遅れが生じたのは。

 

 遠坂が立つ甲板のほど近くに、海から何かが着地した。

 ソレは人間の女性の姿をしていた。

 

「遠坂――――!」

 

 一拍おいてその正体を理解する。直ぐに遠坂を守るべく飛び出そうとするが、間に合わない。

 ソレの背後に軽く10メートルはありそうなサイズの赤黒い片腕が出現し、遠坂を襲うのがまるでスローモーションのようにゆっくりと見えた。

 厳めしい巨腕が遠坂を握り潰そうと迫り――――

 

 ――――大量の光が甲板で吹き荒れる。

 

「思ったより効果が低い……」

 

 彼女の周囲5メートルほどが半球状に光で満たされている。その手の中で輝きを放っているのは、第二魔法を再現する宝石翁の礼装。

 自身をドームのように覆う七色の光の領域が巨腕を阻み、それどころか徐々に分解していく様を横目に見やりながら、遠坂は呟いた。

 

「ようやくお出ましってワケね、『海域浸透型』」

 




本作の秋津洲は有能です
後々やり過ぎかと思われるかもしれません……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。